第二章プロローグ・狂気の科学者
1ヶ月前、私立天振学園中等部3年2組に在籍する生徒36人が突如行方不明になるという事件が起こった。生徒の保護者達やマスコミは学園に問い詰めたが、それについて学園側のコメントは皆無であった。学園に押しかけようとした者は警察の妨害を受け、中には逮捕される者もいるほどだった。しかし学園は、本日説明会を行う事を発表した。開催場所は3年2組の教室であり、対象は主に保護者であるが、いなくなった生徒の友人やマスコミ、上層部に疑問を抱いた一部の警察なども教室に押しかけていた。教師は友人の生徒に説明会に行かせることを止めたが、それを押し切って多くの生徒が教室に入っている。それほど広い空間ではないため教室はかなり混雑していたが、開催場所を変更するという事は無かった。まもなく説明会開催予定時刻である10時になるが、教師がここに現れるという事は無い。
「おい! 場所はここで合ってるのか!」
「私に聞かれても知らないわよ!」
「返して! ウチの龍を返して!」
「秀馬様はどこに行ったのよ!」
「こんな狭いとこじゃデジカメしか持ち込めないじゃないか!」
「大体、なんでマスコミがいるんだよ! 出て行け!」
ここに集まった者達が思い思いに怒鳴る。まったく情報を得られなかった彼らは今、必死だった。暗闇の中にかすかな光を見つけられるかもしれない。それが彼らの状況だった。すると、教室のスピーカーから男の声が出る。
『保護者、警察関係者そして報道関係者各位。この度はお忙しい所お集まり頂き、誠に感謝申し上げます』
その声に、教室内では怒号が飛び交う。男はそれを無視して話を続ける。
『皆様は突如行方不明になられたお子様方の事を思っては、さぞかし夜も眠れない日々が続いているでしょう。……端的に申しますと、私共はお子様方の行方を把握しております』
教室内はどよめく。
「どういう意味だ!?」
「お前達がウチの平子をどこかにやったのか!」
「答えて、どうしてあの時水姫を無理矢理学校に行かせたのよ!?」
怒鳴る彼らを内心で嘲りながら、男は告げる。
『実はお子様方の居場所は少々説明しがたい所でして……。実際に見て――いえ、行って頂いた方が早いかと思います』
次の瞬間、保護者達の頭上には、1か月前に聖騎達が見たものと同じ記号――魔法陣が浮き上がっていた。それを疑問に思う間もなく、彼らの姿は教室から消失した。
◇
その様子を見ていた天原考司郎は、傍らに座る女性――神代怜悧に尋ねる。
「さぁて、ひとまず五月蝿いのは消えたか。神代君、彼らはどこに飛ばしたんだったかな?」
「『シュヌティア大陸』、妖精族の棲む大陸です」
「そうだった」
怜悧の答えを聞いた天原は納得する。そしてモニターを注視する。そこには人間のような姿の生物の姿があった。大きさは人間と変わらないものから、人間の手のひらサイズのものまで種族によって様々である。彼らは世界の至る所に存在するが、多くは西の大陸『シュヌティア大陸』に生息している。
「人間に比較的友好な妖精族に『召喚魔法』を使うように仕向けました。踊って魔法を発動するというのは可愛らしいですね。何も言わずに魔法を使う魔族とは大違いです」
「そのようにしたのは君じゃないか。設定を変更するかね?」
天原はやれやれと問う。
「いえ、今更変更するつもりはありません。新しいシステムを『追加』することはあっても、元々あったものを無かったことにするのは好きではありませんので」
「追加か。さて、今回のアップデートによって追加した『パーティシステム』は成功か失敗か」
「元々の仕様では、敵に与えたダメージに比例した経験値を得られる事になっていました。しかしこれは、回復役や盾役として活躍していて、まともに攻撃が出来ない人にとって不公平です。最高で6人の集団、つまりパーティを作り、パーティメンバーの誰かが得たものと同じだけの経験値をメンバー全員が入ります。これは良いバランス調整になると確信しています」
「むしろ、なぜこれを最初から導入しなかったのか。まあ、無意味な疑問か」
天原は自分のモニターを眺めようとする。すると彼の部下の一人が声をかける。
「天原先生、古木卓也の方に動きが見られました」
「ほう、どれどれ?」
天原は部下の元へと行く。そこにあったモニターには卓也が何者かと戦っているのが見えた。その近くには、頭に猫のような耳がついている褐色肌の少女がボロボロの姿で倒れている。
「奴隷商人が雇っている腕利きの剣士だそうです。逃げ出した獣人族の少女を再度捕獲しようとしていた場面に遭遇し、これを助けようとしているところです」
「なるほど。見たことが有るような無いような。ところで、このローブを被っているのが王女だったかな?」
「はい、エルフリード王国第一王女、エリス・エラ・エルフリードは現在『アリス』と名乗って古木卓也と同行しています。そして、こちらのメイド服の少女がナターシャ・スカーレット。夜中にこっそりと王宮を抜け出したエリスを追いかけて、同行したようです……あっ」
部下の男は思わず声を出す。卓也が敵の剣士によってあっさりと倒されたのが見えたからだ。
「『右手』の解放はしばらく出来ないんだったな」
「しかも彼は、今まで一度も敵を倒していません。よって、未だレベル1です」
「なるほどな。……おっと、ここでメイドが来たか」
ナターシャは苦無を右手に持って走る。彼女は亡きマリーカの様に投擲するのではなく、直接手に持って斬りかかる。風のような速さで駆け抜けた彼女の苦無は敵の剣と鍔迫り合いになる。そして激しい斬り合いが始まる。ナターシャの嵐のような斬撃を敵の剣士は全て受け止める。剣士は一瞬の隙をついて一気に斬りかかるが、ナターシャは後ろに跳んで一旦距離を取る。
「スピード型とパワー型の戦いといったところか。レベル的には剣士の方が上の様だが」
天原は呟く。それと同時に、いつの間にか呪文を詠唱していたエリスが魔術を発動する。生み出したのは水の球。水球は剣士に当たる。しかしダメージを受けた様子は無い。だが、その瞬間にナターシャは一気に跳びかかり、苦無を剣士の首に突き刺す。そしてエリスは次の魔術を発動。水の槍が動きの止まった剣士の腹部を貫く。
「基本的に魔術による攻撃は武器による攻撃よりも高い威力を誇る。しかしその発動にはある程度の時間がかかる為、体術を鍛えた者には簡単に避けられてしまう。そこで、同じように体術を鍛えた者が隙を作ることによって魔術攻撃を当てる事が出来る、か」
「おっと、奴隷商人の方は逃げ出しましたね。そして獣人族の少女は古木卓也に惚れたようですね。何故でしょう? 全然役に立ってなかったのに」
「彼女の話を聞いていればわかるだろう。自分を守る為に迷わず剣士に立ち向かったからだと」
「はあ、そういうものですか」
釈然としないまま男は頷く。
「そういうものだ。こうして古木卓也のハーレムは順調に作られていくのだな」
「そして彼らは次にたどり着く街『セベストス』を牛耳っている冒険者ギルドに入ってお金を稼ごうとするのでしょう。その際、侮るように絡んできたギルドの先輩冒険者を王女様かメイドかネコ耳が実力を示して黙らせる。容易に想像できます」
音もなく部下の男の横に近づき、モニターを見ていた怜悧が口を挟む。自分のすぐ真横に怜悧の美貌があったことに男は硬直するが、彼女は気も留めないまま話し続ける。
「このような型にハマった冒険なんて面白くありません。ですが聖騎さんは違います。あの子はいつも、私を飽きさせません。うふふふふふっ」
怜悧は不気味に笑う。彼女の横の男のみならず、天原を除いたここにいるすべての人間が戦慄していた。