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第六章プロローグ・英雄神

 高天原。数ある、神が住まう世界の一つ。神はそれぞれ割り当てられた世界の人々の様子を観察し、善行をする者には幸運を、悪行をする者には悪運を与える他に、自然を操って恵みを与えたり等と、その並外れた力によって世界を良い方向に進ませる事を目的としている。そんな世界にある洞窟『天岩戸アマノイワト』の外では、一人の女が慌てている。


「あ、あのーアマテラス様? ここのところ日本は曇ってばかりなので、引き込もってばかりいないでそろそろ出てきてくれませんかー?」


 女の名は、アメノウズメ。れっきとした女神で、日本に踊りの文化をもたらした事もある。そんな彼女に、洞窟から返事が来る。


「出たくなーい」

「そんな事言わないでくださいよー。アマテラス様が出てくれないと私はまた裸で踊らされるんですよー」

「いつもの事でしょー?」

「それでも嫌なものは嫌なんです! ほら、タヂカラオさんからも何か言ってください!」


 アメノウズメは隣にいる大男、アメノタヂカラオに呼び掛ける。怪力が自慢の彼はめんどくさそうに答える。


「あー、アマテラス様が出てくれないと俺達が皆に怒られるんすよ。だから俺達を助けると思って出てきてくれませんかねぇ?」

「いやー」

「そんな子供みたいなこと言わないでくださいよ。アマテラス様がそうしておられるからツクヨミ様が大変なんすよ。主神会合では他の主神からネチネチ言われたり、高天原でも暴れたスサノオ様の尻拭いをしたり……。だからツクヨミ様を助けると思って」

「あいつきらーい」


 アメノタヂカラオの説得にもアマテラスは応じる気配が無い。アメノウズメは仕方ないと言わんばかりにやれやれと首を振る。


「アマテラス様、ここにおまんじゅうが有るのですが……」

「それを早く言いなさい!」


 その言葉と同時に、アマテラスはドタドタと走ってくる。そして天岩戸から顔を出す。


「ほい」

「きゃっ!」


 有無も言わせずにアメノタヂカラオはアマテラスの首を掴んで強引に体を引っ張り出し、それを右肩に担ぐ。


「ちょっとウズメ、おまんじゅうは!?」

「そんなもの無いですよー。さぁ行きましょう、タヂカラオさん」

「あぁ」


 批難の声を上げるアマテラスにアメノウズメは、軽い調子で答える。バタバタと暴れるアマテラスだが、太腕の中からは逃げられない。


「ちょっとタヂカラオ! 主神である私にこんなことをして許されると思ってるの!? 今すぐ解放しないと蒸発させるわよ!」

「実際にそれをやった試しが無いじゃないすか。心優しいアマテラス様」

「う、うるさいわね! とにかく放して! はーなーしーて!」


 着物が乱れるのも構わずにジタバタもがくアマテラス。それもアメノタヂカラオの怪力の前には無意味だった。ともあれ彼女達は、アマテラスが所有する宮殿にたどり着く。金色の光を放つ、人間には到底造れない、豪奢という言葉すらおこがましいその建物の周囲では神々によるざわつきが起こっていたが、彼らはアマテラスを見るなり表情を輝かせる。


「アマテラス様! アマテラス様がお帰りになったぞ!」

「キャー、アマテラス様! 私を見てください!」

「あぁ……いつ拝見しても神々しいお姿です」


 一瞬にして人垣ならぬ神垣が出来る。アメノタヂカラオは右にアマテラスを担いだまま左手でアメノウズメの手首を掴み、強引に宮殿へと突っ切る。それにより神々はポーンと飛んでいくが気にしない。何とか宮殿に入れたアマテラス達を、世話役の神が迎え入れる。


「これはこれはアマテラス様、お久し振りでございます。ウズメもタヂカラオも御苦労だった」

「宮殿の外が騒がしかったんだけど、どういう事?」


 世話役の挨拶を無視して、アマテラスは一方的に質問を投げ掛ける。だがその態度に何を言うでもなく、世話役は質問に答える。


「他の世界より、お客様がお見えになりました」

「どこの誰?」

「さぁ、自らを『英雄』と名乗るだけでそれ以上の事は……。現在ツクヨミ様とスサノオ様が応対されているのですが、話が進まない……というよりはスサノオ様とお客様がお争いになられているという状況でございます」


 その報告にアマテラスは呆れる。


「何でスサノオにお客さんの相手なんかさせるのよ……?」

「ここに訪れた『英雄』様を見た瞬間にスサノオ様が『気に入らない』と喧嘩を売り始めたのです。すると向こうも売り言葉に買い言葉で争いが始まり、見かねたツクヨミ様が何とか別室にお二方を誘導した、という状況です」

「お客さんの目的は?」

「それを聞く前にスサノオ様が……」

「あのバカ……。じゃあ、案内して」

「承知しました」


 世話役は頭を下げ、アマテラスを案内する。部屋に近づくにつれて、二つの怒号や激しい物音が彼女の耳にも飛び込んで来た。耳を塞ぎつつ何とか部屋の直前まで来たところで世話役は退散した。アマテラスは心を落ちつけてから部屋の引き戸を引く。


「テメェ、本当に気に食わねぇ! 俺様の視界から消えやがれ!」

「だーかーらー、人の話を聞けってんだよ! この脳筋が!」

「脳筋だぁ!? また俺様を侮辱しやがったな、死ねぇ!」

「あぁもう、めんどくせぇ!」


 広大な部屋の中ではアマテラスの弟スサノオと、彼女にとって見覚えのない赤髪の男が、人間には到底追えないスピードで激戦を繰り広げていた。剣を片手に驚異的な身体能力で室内を縦横無尽に駆け巡り、赤髪の男は体からビームを出して応戦する。それでもなお原型を保つ部屋の丈夫さに感心しつつ、光のバリアで自分を守る少年に声を掛ける。


「ツクヨミ、これは一体?」

「やった、姉さんが来た! 後は任せたよ、僕はもう行くから!」

「待ちなさい」


 アマテラスの姿を見るなり顔をパッと輝かせながらその場を去ろうとした、彼女の弟でありスサノオの兄であるツクヨミの襟を掴む。ツクヨミは泣きそうな表情で質問に答える。


「正直な所、僕もよく分からないんだよ。あの人に何か質問しても聞く耳持たないし」

「役立たず」

「ひどい!」


 バッサリと切り捨てたアマテラスに抗議するツクヨミ。だが、そんなものには目もくれず、彼女は叫ぶ。


「お客様! ご用件は!?」

「うげっ、ねーちゃんじゃねぇか! 面倒なことになる前に、テメェを片付ける!」

「チッ、何でそうなる。まぁいい、そっちがその気ならオレだってなぁ!」


 アマテラスの叫びは無視され、激しい戦いは続行される。すると彼女の怒りは限界に達する。彼女は自分が無視されることが何よりも嫌いなのだ。


「あなた達……!」


 ゴゴゴゴゴ……という唸りを上げて、彼女の両手に炎が宿る。球状の炎は徐々に大きさを増していく。それを見たツクヨミは自分を守るバリアを何重にもして強化する。だがスサノオと『英雄』は彼女の変化に気付かない。


「太陽神なめんなファイヤアアアアアアアアア!」


 アマテラスの手中の炎の球はやがて、この部屋全体を満たすまでに肥大化した。


「ね、ねーちゃん! こんなところでソレは……!」

「な、なんだこりゃ!?」


 その言葉を最後に、二柱は炎に呑み込まれた。やがて炎はアマテラスの怒りと共に収まっていく。二柱はぐったりと倒れている。アマテラスは女神らしく、慈悲のこもった笑顔を浮かべて『英雄』に微笑む。


「お客様、お名前とご用件は?」


 しかし、笑顔の裏に怒りがこもっている事は誰から見ても明らかだった。その笑顔に顔を引きつらせながら答える。


「オレの事は英雄とでも呼んでくれ。ま、用ってのは、オレをここに住ませてほしいってのを頼みに来たんだけどよ」

「どちらから来られたのですか? そもそもあなたは何者です?」


『英雄』の答えにアマテラスはすっきりしないものを感じながら、質問を重ねる。すると彼は戸惑いながら答える。


「いやぁ、オレも自分が何なのかよく分かんねぇんだよな」

「それは記憶を失っているという事でよろしいでしょうか?」

「記憶はバッチリあるぜ……多分。そういう事じゃなくてさ、オレ、人間だったはずなんだよな。だいぶ前に死んだんだけどさ。それなのに今、こんなとこにいる。ここ、カミサマって奴の世界なんだってな」


 たどたどしい言葉にアマテラスは少しだけ驚いた。この高天原という世界の生物は神しか存在できない。そもそも、世界観を自由に行き来できるのは現時点では神しか存在しない。だが“少し”で済んだのは、人間が神の世界に行くという例はある。厳密に言えば元人間だが。例えば中国では歴史に名を残して人間が神として祀られる。有名な所で言えば三国志に登場する関羽雲長は商業の神となっている。


「なるほど、つまりあなたは人々に崇拝された結果として神になり、ここにいるのですね」

「正直なんでオレがここにいんのかはわかんねぇけどな。変なとこをプカプカ浮かんでたら、何か偉そうな、デカい帽子を被ってて眼帯かけてるジジイに送られたんだよ。それで、一番豪華な建物に行って挨拶して来いって言われた」

「恐らくオーディンさんですね。面倒事を全部押し付けてきて……失礼しました。何でも有りません」

「お、おう」


 思わず本音を漏らしたアマテラスに『英雄』は何とも言えない声を出す。するとスサノオが口を挟む。


「出てけ。死ね」

「すっげぇ疑問なんだが、なんでお前オレにそんなにキレてんの?」

「なんかムカつく」

「スサノオ」


 再び喧嘩を売り始めようとするスサノオに、アマテラスが微笑みかける。するとスサノオの表情が固まる。そして舌打ちした。アマテラスはそれを無視して『英雄』に言う。


「まあ、あなたの高天原に住みたいという申し出ですが、許可します」

「ねーちゃん!?」

「感謝するぜ」


 スサノオは驚き、『英雄』は感謝の言葉を述べる。アマテラスは「ただし」と前置きして続ける。


「何か問題を起こせば追放します。よろしいですね?」

「まあ、当然だな」

「ねーちゃん、コイツさっきここで暴れてたぜ!」


 頷く『英雄』にスサノオは嬉々として言う。アマテラスはそれを一瞥する。


「今回の事は不問とします。喧嘩を売ったのはスサノオですしね。ただ、これからは挑発があったとしても乗らないでください」

「気を付ける」


『英雄』は再度頷く。スサノオは不満そうに鼻を鳴らす。そしてアマテラスは新たな質問を投げかける。


「あなたの人間時代のお名前は? やはり英雄という呼び方は紛らわしいので別の呼び方がいると思うのです。そこのスサノオも一応英雄なんですよ」

「一応って、俺様は正真正銘の英雄だ!」


 スサノオは抗議するが誰も気に留めない。『英雄』の方は得意げに答える。


「ヴェルダルテ・ラフトティヴ。生まれた国じゃ、めちゃくちゃデカい銅像なんかも作られてる英雄だ」

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