Vampire Magician~孤独な手品師と陶器の貴婦人~
遊森謡子様の企画、春のファンタジー短編祭「武器っちょ企画」(勝手に)参加作品です^^
お題は
○短編であること。
○ジャンル「ファンタジー」
○テーマ「マニアックな武器or武器のマニアックな使い方」 です。
※なんちゃって英会話があります。横書きでお読みいただくことをおすすめします。
※このお話はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありませんよ?(笑)
とあるマンションの一室から、にぎやかな音が聞こえてくる。
『さぁ、皆さま、お待たせしました!
今、ラスベガスで大人気! 日本のテレビ初出演、昨日来日されたばかりの天才手品師、ロドニー・アディントンさんのご登場です!!』
「あ、お姉ちゃん! 早くお風呂出て!
噂のイケメン手品師の登場だよ!」
ポテトチップスの袋を片手にテレビの前に陣取って、お姉ちゃんを呼ぶ。
私、佐々原花恋、十七歳。高校の春休みを利用して、都内で一人暮らしをしている姉のマンションに遊びに来ている。
「えぇ~? 待ってぇ。まだシャンプー途中なの」
お姉ちゃんは、佐々原詩織、二十四歳。大手商社に勤めるOLで、就職と同時に一人暮らしを始めてもう四年になる。お姉ちゃんが家を出たときはすごくさびしかったけど、今ではずいぶん慣れた。
「待ってって言ったって、テレビだもん、待てないよ。でも、しばらくは手品はやらないんじゃない。どうでもいいトークとかしてそう」
「そのトークが見たいんじゃない。腹話術もやるんでしょ?」
「うーん、そうだねぇ。ま、いいから早く頭流して、出ておいでよ」
「はぁい」
お姉ちゃんは、本当にこれでちゃんとお仕事できるの? っていうくらいおっとりのんびりした性格だ。片や私は、要領がよくてしっかり者ってよく言われる。天然の姉をもつ妹の宿命で、つっこみ属性でもある。
今も、予告を見て、観たいって言ってた番組がもうすぐ始まるってときになって「お風呂入っちゃう」なんて言い出した。「だって、先に入っちゃえば、あとは寝るだけでのんびりできるでしょ」っていうけど、それで観たい番組を見逃しては本末転倒だ。本人はうまいことやるつもりだったみたいだけど、結局間に合ってない。
意識をお姉ちゃんからにぎやかなテレビ画面に戻すと、最近よく見かける芸人やタレントたちが、天才マジシャン、ロドニー・アディントンのすごさについて語っていた。
『僕ね、楽屋でちょこっと見せてもろたんですよ。そしたら、もう度胆抜かれて、どひゃぁですわ』
『あたしね~、腹話術見せてもらったってゆーかぁ、めっちゃすごかった! てへ☆』
パリパリパリ。
うーん、ポテトチップス、美味い。テレビを見ながらのお菓子は最高だよねぇ。お姉ちゃんちって、夜更かししても夜中にお菓子を食べていても怒られないから大好きっ。
『それでは、いよいよっ ロドニーさんの大切な相棒、マリアンヌちゃんの登場です!』
「なぁんだ。いよいよっていうから手品やるのかと思ったら、まだか」
一人で、テレビ相手にぼやく。
そうするうちに、画面の中央に、アシスタントらしい女性が赤い布を被った大きな台を運んできた。その台に優雅な足取りで近づいて行ったのは、黒のタキシードに白い手袋、金に輝く長い髪をした美青年手品師、ロドニー・アディントンだ。
『Marianne , are you here?』(マリアンヌ、ここにいるのかい?)
『Sure! Please help me! It’s small here!』(そうよ! ねぇ、早く助けて! ここは狭いの!)
英語で話す彼に、和訳されたテロップが重なる。赤い布の中からは、幼い女の子の声が聞こえるけど、これは腹話術も芸の一つであるロドニーの一人芝居のはずだ。
「全然違う声が出せるんだなぁ。すごい」
思わず言うと、ロドニーがさっと布を引いた。現れたのは籠に入った白いうさぎ。
『Oh , where is my princess?』(おや、私のお姫様はどこですか?)
『Hey boy! Don’t need joke! It’s small here!』(もう! ふざけないでよ。狭いんだってば)
マリアンヌのお叱りの声を受けてロドニーは肩を竦め、芸人たちが馬鹿笑いをする顔が映った。
「ま、お約束だよね。このあともう一回布を戻して、マリアンヌが現れるってやつでしょ? 次が手品かな。
お姉ちゃーん、そろそろだよー?」
振り向いて風呂場の方へ声をかけると、ガタンと音がした。そろそろ出てくるのか。
テレビの中では、私の予想通りロドニーが布を戻していた。金髪の手品師が大げさな身振りで『one , two , three』と数えて――
トン、トン。
さぁ、マリアンヌが現れるぞ、というところで肩を叩かれた。
「何? お風呂出たの? いいところなんだから邪魔しないで」
赤い布が取り払われる。わぁっと歓声があがり、現れたのは五十センチほどの大きさの陶器人形。カメラが寄って、マリアンヌの顔がアップになる。薔薇色に染まった頬、透明感のある青い瞳、髪は柔らかそうな金糸でできていて、くるくるの縦ロールになっていた。フリルいっぱいの豪華な帽子は、顎の下でリボンを結び、固定されていた。
「わぁ、かわいい」
「お褒めくださってありがとう。本物はもっと気品がありますわよ」
「え?」
突然耳元で聞こえた声に驚く。びくっと肩を震わせて振り向けば、テレビの中にいたはずのマリアンヌが、真横にいた。
「え!? 何これ、ドッキリ?」
「ドッキリなどではありませんわ。こちらに、はぐれ吸血鬼が忍び込んだという情報が入りましたの。
不審な人物をみかけたり、不審な物音を聞いたりなさいませんでしたか?」
「ヴァン……? え? マリアンヌ、本物? なんで日本語しゃべってるの? テロップとしゃべり方、違くない?」
「チッ、頭の悪い子どもですわね。ヴァンパイアと言った方が通じるのかしら?
これが本来のわたくしの話し方ですわ。テレビでは英語のほうが雰囲気が出るからと言われてただけで、日本語どころか五十か国語は話せましてよ」
「へぇ……って、ちょっと待ってよ。頭の悪い子どもって何? あんたのほうこそ、ただの人形じゃない。本体はどこよ」
「なぁんですってぇ! フランス製の超貴重なアンティーク・ドールであるわたくしを、ただの人形呼ばわり!?
あなた! 馬鹿なだけじゃなくて失礼ですわっ」
「失礼なのはあんたの方よ! ったく、カメラどこ!? この子がいるってことはロドニーもいるんでしょ?」
「だから、ドッキリではないと言っているではありませんか。不審人物を見かけませんでしたの? 正直に言わないと大変なことに」
「きゃああぁぁぁぁ」
私が人形と言い合っていると、お風呂場のほうから悲鳴が聞こえた。
「お姉ちゃん!?」
「チッ、あちらでしたか」
マリアンヌが身をひるがえして駆けて行く。え? 人形が駆けて……?
一瞬あっけにとられた私だったけど、それよりもお姉ちゃん! と思ってお風呂場へ向かう。2DKの部屋は居間のすぐ隣に台所とお風呂、トイレがある。ばっと居間を飛び出した途端、開いたお風呂場のドアから、ぐったりしたお姉ちゃんの顔がのぞいているのが見えた。
「お姉ちゃん!」
「近寄ってはいけません!」
えっ
お姉ちゃんの元に駆け寄ろうとしたら、するどい声が飛んだ。視界いっぱいに広がる黒いマント。背中に流れるのは、さらさらの金の髪。
「ぐっ」
かばわれた、と気付いたのは、その人がお腹を押さえてかがみこんだとき。
「やだ、ロイ。そんな馬鹿な子かばって、顔に怪我なんてなさらないでね。あなた、顔くらいしか褒められるところがないんだから」
「マリー……。どうせ心配するならもっと素直に言ってくれませんか」
「あら、心配なんてしていませんわ。
長年吸血鬼退治人をしてきたあなたが、こんな雑魚にやられるはずはありませんもの」
「だからもっと素直に」
「あのぅ、もしもし?」
放っておけばいくらでもじゃれ合いをしそうな二人に、私は我慢できなくなって合いの手を入れる。この二人、どう見てもさっきまでテレビで見ていた、天才手品師、ロドニー・アディントンとその相棒であるマリアンヌだ。
ロドニーは、テレビで観た通りのタキシードにシルクハットをかぶり、黒いマントをはおった姿で、私の前にうずくまっていた。その彼をビシビシとやっつけているのは、陶器人形のマリアンヌ。確か腹話術のはずだったけれど、まるで別個の人間がしゃべっているみたい。動きもリアルで、どうやって動かしているのだろうと不思議に思う。
けど。
テレビで観た人たちが目の前にいるよりも大変なことが、ここで起こっていた。
「これは、一体なんなの? お姉ちゃんはどうなっちゃうの!?」
私が指さす先には、裸のまま捕えられたお姉ちゃん。
濡れた髪から水が滴り、床を濡らす。
そして、お姉ちゃんをはがいじめにし、ロドニーを突き飛ばして逃げようとしたのは、二メートルはあろうかという巨体にざんばらの髪、青白い肌をして上半身裸の――怪物だった。
「これははぐれ吸血鬼ですわ。吸血鬼の誇り高き精神を見失い、己の欲に走った阿呆のなれの果てですわね」
マリアンヌが、透明の青い瞳を私の方にちらりと向けて言う。
「吸血鬼なんて、本当に現代日本にいるわけが」
「あら、ここに二体いるではありませんの」
「二……体?」
マリアンヌがその小さな手で示したのは、お姉ちゃんを捕まえている怪物と……ロドニー。
「えっ、えぇ!?」
「驚かせてすみません、お嬢さん。
天才手品師、ロドニー・アディントンは世を忍ぶ仮の姿。
本当の僕は、自らも吸血鬼にして、吸血鬼の掟を外れた同胞を退治する吸血鬼退治人、ロイ・クリストファーなのです」
「……はぁ」
この人、頭大丈夫かな。
“世を忍ぶ仮の姿”なんていっちゃって、大昔の特撮の観すぎ?
やっぱりこれドッキリだ。これからロドニーの手品がはじまるのかな。じゃぁ、お姉ちゃんは今日撮影があるって知ってたんだ。だからテレビが始まる直前にお風呂なんて、不自然なこと言い出したんだ。
でも、裸まで晒しちゃって、大丈夫?
「あの、じゃぁ、今からロドニーさんがあの怪物をやっつけてくれるんですか」
「えぇ! 僕の華麗なる手品で、必ずあなたのお姉さんをお救いしてみせます!」
「はぁ……どうも。あの、くれぐれも家財道具は傷つけないでくださいね。ここ、家具付きの賃貸なんで」
「了解しました! さぁ、お嬢さん、危ないですから、下がっていてくださいね」
「はぁ」
「話はまとまったのかしら? ロイ、これ以上はわたくし一人では押さえ切れませんわ」
言われて声がした方を見れば、マリアンヌが両手を前に突きだして怪物を睨みつけていた。マリアンヌの周りはなんだか空気が震えているように見えて、窓も開けてないのにドレスの裾や金糸の髪がはためいている。
そして、マリアンヌの正面に居る怪物は、今まさに長い牙をお姉ちゃんの首筋に突き立てようとしていた。
「ありがとう、マリー。やっぱり君は僕の最高の相棒だね。
あとは僕にまかせて。君のきれいなドレスが汚れちゃう」
「まかせきれれば、わたくしも苦労はいたしませんわ。結界はこの一部屋分しか張ってありませんから、くれぐれも気を付けてくださいませね」
「わかったよ」
マリアンヌが下がって、ロドニーが前に出る。
ロドニーはシルクハットをとると、中から杖を取り出した。
「さぁて、特別なショーの始まりだ。果たして美女を助け出すことができるかな?」
「助けてくれなきゃ困ります」
「失敗したら百叩きの刑ですわ」
「君たち……。少し黙っていてくれたまえ」
むっとした顔をしたロドニーは、マリアンヌにシルクハットを手渡す。そして杖を一振りすると、ただの棒だったはずの杖が、優美な細身の剣になった。
「よし。理性をなくした悲しき同胞よ! 僕の手で安らかな眠りへと導いてあげよう。かかってこい!」
どこまでも芝居がかった台詞が好きな人である。ロドニーは、フェンシングみたいな構えをして怪物に対峙した。
「ぐるる……」
ロドニーに剣を向けられた怪物は、一瞬彼の方を見たけれどすぐにお姉ちゃんの首筋に視線を戻して、かぷっと噛みついた。
「「あああああ!」」
私とマリアンヌが同時に叫ぶ。
「この馬鹿! せっかくさっきまでわたくしが押さえていたのに、何をやってますの!」
「お、お姉ちゃんの首に傷が! 血が!」
ぽたっ、ぽたっ……。
牙の隙間から血が滴って、白い肢体を伝って床にこぼれる。これ、本当にドッキリ? あれは血糊なの?
「あわわ。何のこれしき。処置が早ければ吸血鬼化はしませんから、ご安心を!
怪物め! これでもくらえ!」
目に見えて慌てたロドニーが、胸元のポケットからトランプを出して怪物に放つ。びゅうっと舞ったカードは、怪物とお姉ちゃんを取り囲むように散り、ぴたっと空中で止まったかと思うと一気に襲い掛かった。
「お、お姉ちゃん!」
「大丈夫です」
カードが舞う。
一枚一枚が刃物のような鋭さを持って切りかかり、怪物の肌に次々と傷をつけていった。
「ぐああぁぁ」
痛がった怪物がお姉ちゃんを放す。とっさに私は駆け寄って、床に崩れ落ちそうになるお姉ちゃんを抱き留めた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん、大丈夫!?」
「……」
お姉ちゃんは真っ青な顔をして、返事をしない。気を失っているようだけど、これが演技だとしたら意外な才能だ。
「揺らしてはいけませんわ。血の巡りが早まって、吸血鬼化を促進してしまいますの。
これを傷口に当てて、きつく押さえなさい」
マリアンヌが差し出してきたのは、真っ白なレースのハンカチ。人形用の小さなそれを、私はとりあえず受け取って、お姉ちゃんの首筋にある二つの穴に押し当てた。
「ちゃんとした治療はロイと一緒でなければできませんの。しばらくそうしておいてくださいな」
「う、うん」
お姉ちゃんは、裸のままぐったりしている。いくらなんでもこれはかわいそうだと思った私は、何か掛けてあげられるものはないかと周りを見渡した。
すると、カードの包囲から脱出した怪物が、ロドニーめがけて突進しているところだった。
「くっ」
ロドニーがマントを翻して、さっと避ける。怪物は、台所にあった炊飯器とかが置いてある棚につっこんだ。
ガシャーンというけたたましい音と同時に、棚が倒れる。
「あぁ! 壊さないでって言ったじゃない! 弁償してもらいますよ!」
「す、すみません」
「代金はあなたのお給金から払ってくださいませね。わたくしは関係ありませんわ」
「うぅ」
私とマリアンヌに言われて泣きそうになったロドニーは、再びポケットからトランプを取り出して放つ。
「これは普通のトランプなんでね、奴の動きを制限することはできても、倒すことはできないんですよ」
ふわりと舞ったカードが怪物に切りつける。「ぎゃあ」っと怪物は痛がったけれど、その身体についた傷は、すぐに塞がった。
「吸血鬼は銀製品でしか倒せないと聞いたことはありませんか? 奴を倒すには、この剣で心臓を突き刺すしか、あああ!」
あああ、じゃねぇよ、この格好つけ野郎!
カードは効果なしと知った怪物は、自分が傷つくのもかまわずにカードの包囲網を抜けて、太い腕をロドニーに向けて無茶苦茶に振り回した。
ロドニーはそれを避けたけれど、代わりにお風呂場のドアがへこんだ。ついでに、ロドニーが持っていた剣も跳ね飛ばされる。
「弁償……。絶対弁償……。しなかったらテレビ局訴えてやる」
「何をやってますの! 早くしないと夜が明けますわよ!」
「そんなこと言ったって、銀の剣が……」
怪物に跳ね飛ばされた剣は、あろうことか天井に突き刺さっていた。その真下にいるのが怪物で、どうにも取りようがない。
「お嬢さん、ここには何か銀製品はありませんか」
「銀?」
銀って言うと、シルバーのアクセサリーくらいしか思い浮かばないけど。
「あまり小さなものではだめなんです。それなりの大きさがあって、武器になりそうなものはありませんか」
「えぇっと……あ!」
そういえば、前お姉ちゃんが思い切って買っちゃったと言っていた、銀の食卓用刃物セットがなかったっけ。確か、流しの下の棚から取り出して、毎日磨いていたような。
「いいですね。では、僕が奴の気を引きますから、それを取ってください」
「え、でもお姉ちゃんが」
まだ気を失ったままのお姉ちゃんを、私は抱えている。
「わたくしが見ていて差し上げますわ。ハンカチも押さえておきますから、ご安心なさい」
「はぁ、ありがと」
これはきっと私も参加しないとドッキリが終わらないんだな。それならつきあってやろうじゃないの。
「では、いきますよ。一、二の三!」
バタバタバタ――!
ロドニーの胸元から、いきなり鳩が何十羽も飛び出した。そして尖ったくちばしで怪物をつつきにかかる。
うーん、これは痛そうだ。怪物役の人もかわいそう。
なんて思いながら、私は食卓用刃物セットを取りに向かう。目星をつけた場所ですぐにそれは見つかり、箱ごとロドニーの方へ投げた。
「ありがとうございます!」
ロドニーがかぱっと蓋を開ける。ナイフとフォークを取り出すと、両手に持って狙いを定めた。怪物の周りを飛び回っていた鳩は、一羽、また一羽と怪物に叩き落されている。
羽毛が舞い、鳩のピィという切ない声が響く。そして最後の一羽が床に倒れたとき。
ヒュン!
ナイフが飛んだ。
「ぎゃあ!」
怪物の目に突き刺さる。次にフォークが飛んで、これももう片方の目に刺さった。
「ぐああああああ」
怪物は、両目のナイフとフォークを引き抜くと床に投げ捨て、闇雲に暴れ回った。落ちた食器が割れ、鳩は踏みつぶされて床に血が飛び散る。
「や、やだ、何これ。やめて、やめて! もうやめてください!!」
いくらなんでもリアルすぎる! え、鳩、死んじゃった?
もう十分でしょう。ここで終わりにして!
「だから、ドッキリなどではないと、何度言わせるのですか。
あれは正真正銘のはぐれ吸血鬼ですわ。理性も知性も失った、吸血鬼の恥です。ロイはあんなですけど、一応一流の吸血鬼退治人で、わたくしも今でこそこの姿ですが、昔はロイと同じ吸血鬼退治人でしたの」
「え……ほ、ほんとに……?」
「えぇ。二百年ほど前に寿命で肉体を失って、その後この体を見つけましたわ。
様々なかわいらしいドレスを身にまとえることといい、今では複製不可能な複雑な虹彩を持つ義眼といい、とっても気に入っていますの」
「じゃぁ、マリアンヌはロドニーさんの腹話術じゃないの?」
「人形が人前でしゃべったらおかしいですわよね。腹話術ということにしておけば、うっかりしゃべってしまってもごまかせますわ」
「なるほど」
「ちょっと、君たち。僕ばかりに働かせて、何をのんきにおしゃべりしているんだい」
「う」
ロドニーに声をかけられて、現実に引き戻される。つぶれた鳩。暴れる怪物。肩で息をするロドニー。
荒れ果てた部屋に、ありえない光景が広がっていた。
「最後の仕上げだよ。この銀の剣を奴の心臓に突き立てれば終わりさ」
怪物が暴れている間に剣をとったらしいロドニーは、ひゅんと空を切って剣をかまえ直した。
「はいはい。わかったから、早くおやりなさい」
「マリー……。つれなさすぎるよ」
がっくりとうなだれつつも、ロドニーは怪物から目を離さない。目を押さえて隙あらば逃げようとする怪物は、片手で出口を探るような動作をしていた。
「じゃぁ、行く」
「えぇ」
マリアンヌに見守られ、ロドニーが一歩踏み出す。足音に気付いた怪物が、ロドニーに向かって拳を振り回した。それをひらりと避けたロドニーは、剣の切っ先を怪物の心臓めがけて突きだして――
「悲しき同胞に安らかな眠りを。願わくば、次なる生は光の下を歩まんことを」
「ロドニーさん……」
灰となってくずれ落ちた怪物に、ロドニーは跪いて祈りを捧げた。
ぱさり
ロドニーがお姉ちゃんにマントを掛けてくれる。
「お姉さんを傷つけてしまい、申し訳ありませんでした。でも、この程度の傷ならば吸血鬼化ぜすに済みます。
……マリー」
「わかっていますわ」
ロドニーの目線を受けて、マリアンヌがシルクハットを差し出す。ロドニーは、受け取ったシルクハットを床に置くと、マリアンヌを抱き上げてその中に入れた。
「え? あれ?」
いくらマリアンヌが人形だとはいっても、五十センチはある。それなのに、するするとシルクハットの中に全身が入って見えなくなってしまった。
「いいですわ」
しばらくして、声と共にシルクハットの中からひらりと手が出てきた。きれいに手入れされたピンク色の爪。細い指。染み一つない白い甲。シルクハットから伸びたのは、まぎれもない人間の女性の手だった。
「え? え? え?」
混乱する私の前で、ロドニーがその手をつかんでひっぱる。
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ……、ぽんっ
「あぁ、狭かったですわ」
「すいませんね」
「え、え、え。マリアンヌ……さん?」
「えぇ。これがわたくしの本当の姿ですの」
金髪の縦ロールの髪に青い瞳。豪華なドレスに変わりはなかったけれど、すらりと伸びた手足にやわらかそうな肌は、生きた人間のようだった。
「ロイの力を借りれば、一時的にですが人型になれるのですわ。
人形の姿も気に入っていますが、大きな力は器が保たないので使えないんですの」
「へぇ……」
「吸血鬼に咬まれた傷の治療には、咬んだ吸血鬼を圧倒的に凌駕できる力が必要なんです。
僕もそれなりに力はありますが、マリーの比ではありません」
「でも、わたくしもロイの力を借りなければ人型にはなれませんの。まぁ、持ちつ持たれつというやつですわね」
なんか、吸血鬼もいろいろ事情があるんだな。掟がどうとかも言ってたし、案外堅苦しいものなのかも。
「さて、ハンカチを避けてくださいな。うん、これくらいならあっという間ですわ」
そう言うと、マリアンヌはお姉ちゃんの首筋に手をかざした。またあの空気が震える感じがして、マリアンヌと側にいた私の髪がふわっと揺れた。
「う……うぅ……」
お姉ちゃんがうめき声をあげる。ふさがりかけていた二つの穴が開き、そこからどす黒い液体がぶわりとあふれた。
「わ!」
「これでいいですわ」
マリアンヌがハンカチでどす黒い液体をぬぐう。お姉ちゃんの瞼がぴくりと動いて、うっすらと目を開けた。
「花恋……? 私、どうして……」
「あ、えっと」
「お風呂場で倒れたんですよ、お嬢さん。妹さんが救急車を呼ぼうとしたところに、たまたま僕たちが通りがかって手当てをしていたんです。
目覚められたようですから、もう救急車はいりませんね」
「あら、そうなんですか? それはご迷惑を……。きゃっ、私、裸!?」
ロドニーの一見つじつまが合ってそうでよく聞けば破たんしまくってる話を、まだぼんやりした様子のお姉ちゃんは素直に信じる。私はお姉ちゃんがいつこの酷い台所の状態に気付くかハラハラしてたけど、いきなり目の前に現れた美青年に目を奪われているお姉ちゃんは、ちっとも気付く気配はない。
「このままでは風邪を引いてしまいますね。私がベッドまでお運びしましょう。ちょっと失礼」
ロドニーは、お姉ちゃんをお姫様抱っこして寝室の方に連れて行く。残された私の袖を、いつの間にか人形に戻っていたマリアンヌがつんつんと引いた。
「結界を張っておきましたから、ロイが出したものに関しては跡形もなく消え去りますわ。でも壊れた物は元には戻りませんの」
「え、あ、そう……って、えぇ!?」
「片づけを手伝いたいのはやまやまですが、もうすぐ夜が明けますわ。わたくしたちは帰らねばなりません」
「そんな……ちょっと待って」
「これ、ロイの連絡先ですわ。請求書はロイ宛で」
マリアンヌが名刺を差し出す。そこには“吸血鬼協会公認、吸血鬼退治人ロイ・クリストファー”とあり、協会の住所とホームページアドレス、ロドニーの携帯番号が書かれていた。
「う、あ、わかった。請求していいんだね」
ありがたいけど、こんなに俗っぽくていいの? 吸血鬼協会って一体何。
「えぇ。ただし、くれぐれもわたくしの名前は出さないでくださいませね」
「うん、じゃぁ、そうする。テレビで稼いでるんでしょ? きっちり請求させてもらうね」
「おほほ、そうなんですわ。ロイったら、吸血鬼協会からのお給金だけじゃ弁償金が間に合わなくて、趣味を生かしてバイトをすることにしましたの。これが結構当たって、いまやそれなりの稼ぎになっていて助かりますわ」
……なんか、吸血鬼ってのも大変そうだ。
「えっと、あの、がんばってね」
「あなたに言われなくても最大限の努力をしていましてよ。まぁ、わたくしどもといたしましても、同胞が他の生き物に迷惑をおかけしては申し訳ありませんからね。」
「そっか。偉いね。あれ? じゃぁ、普通の吸血鬼の人たちは、ごはんはどうしてるの? 人間の血は吸わないの?」
「吸いますわ。でもちゃんと契約した相手からしかいただかないことになっているのです。
それを守れない馬鹿どもがはぐれ吸血鬼になるのですわ」
「へえぇ」
現実逃避のために嘘かホントかわからない話をマリアンヌとしていると、ロドニーが戻ってきた。
「お姉さんは眠りましたよ。目が覚めたときには、ほとんどのことを夢だと思っていることでしょう」
「そうですか。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。ここの片づけは……」
「夜明けが近いんですよね。私やりますから大丈夫です。お姉ちゃんにも上手く説明します」
ってゆーか、もう早く帰って欲しい。私の頭の中、飽和状態だ。
「すみません。じゃぁ、マリー、行こうか」
ロドニーさんがシルクハットをかぶって、マリアンヌを抱き上げる。
「ごきげんよう、お嬢さん」
「ごきげんよう」
二人のあいさつに手を振って「さようなら」と返すと、ロドニーさんがマントをばさっと翻した。すると、あっと思ったときには、もう彼らの姿はなかった。
「すごい……。本物だったんだ」
これが手品なんてありえない。
ついでに、この部屋を一人で片付けるなんて……。
「ちょっ、マジありえない。ってか無理。しまった。やっぱり手伝ってもらうんだった!」
血みどろの鳩こそなくなってたけど、割れた食器の破片や壊れた棚の板とかが散乱してる。曲がったドアも直せそうにない。
くっそう。夜明けがなんじゃい!
一瞬で移動ができるなら、ぎりぎりまで働いてもらうんだった。
「えぇと、とりあえずお姉ちゃんへの言い訳考えなくちゃ。あと、壊れた物の見積もり出して。
お姉ちゃんは明日から仕事だから、私が新しいの買いに行ってあげないとな。うぅ、私の春休み、片づけで終わりそう……」
お姉ちゃんが起きるまでに、何とか足の踏み場だけでもとのろのろと片づけをはじめる。チチッと鳥の声が聞こえて、ブラインドの隙間から朝日が差し込みはじめた。
「夜明けか。あの人たちは今から寝るのかな。
ぷっ、棺桶で? 変なの」
吸血鬼退治人だなんて、誰に言っても信じてもらえないだろう。この名刺だって、「あぁ、あるある。こういうの好きな人いるよねぇ」なんて言われて終わりそう。
私だって、あの怪物を目の当たりにして、この部屋の惨状がなかったら夢だったと思うもの。
「ロドニーさんに、マリアンヌか。ううん、ロイさんか。また会えるかな」
そのときは、もっと手品を見せてもらいたいな。
なんだかちょっと残念な美青年手品師と高飛車な陶器人形を思い浮かべながら、私はひたすら片づけに勤しんだ。
「おーい、ロイ。おまえにまた請求書来てるぞ。差出人は……っと。カレン・ササハラ。日本からだ」
「えぇ!? いつの間に協会の住所調べたんだろう。
それにしても、なんで僕ばっかり……」
「あなたの戦い方が下手だからですわ。さ、今日は地方で営業でしたわね。付き合ってさしあげますから、頑張って稼いでくださいね」
「請求書の半分はドレスの代金なんだけど。わかってる? マリー」
「あっ、急におなかの具合が」
「君のおなかはヤギ皮でしょ。具合悪くなるわけないじゃない」
「乙女に向かってなんて言い草なさいますの! もう一緒にステージに立ってあげませんことよ」
「えっ、あっ、ごめんっ
そんなこと言わないで、マリー! 僕一人じゃ恥ずかしくって」
「ぷんっ 知りませんわ」
「マリイィィィ!!」
ロイとマリーは、その後も名を変え姿を変え、はぐれ吸血鬼退治に励んだという。
題名だけ格好つけて、中身がアレな感じです。あう^^;
武器は……マジック道具全般ということで、ひとつよろしくお願いしますです。