夢を見る男
あなたは夢を見たことがあるだろうか?
夢の内容がどんなものだったか覚えているだろうか?
ほとんどの人間は夢の内容など覚えていないだろう。
夢を見た日の話のネタになるのがせいぜいといったところか。
それとも印象の強い夢というのは覚えているものだろうか?
人によって考え方、とらえ方は違うと思うが夢を見たときの大半の人間はこう思うのではないだろうか?
ああ、夢だった。と。
夢が夢だと思い日常を過ごしていく。
これこそが常人ではなかろうか?
だがこれから紹介する男は夢を夢と思えなくなったものだ。
きっとその男は変人として扱われるのだろう。
だが男は知っているのだ。
夢というのはいつだって自分が自分の視点で見ているものだということを。
男は幼いころからよく夢を見ていた。
たとえば明日雨が降ることを夢に見ることがあった。
だが次の日雨は降らなかった。
たとえば昨日交差点で事故が起こっている夢を見た。
だが起きてみると昨日交差点で事故など起こっていないのを覚えている。
たとえば今日返ってくるテストの答案が間違っているのに○になっていることを覚えている。
だが今日返ってきたテストは間違った回答は間違えたまま処理されていた。
周りの人間は言う。
きっと雨が降ってほしいと思っていたのだろう。
人の多い交差点でいつか事故が起こると思っていただけなのだろう。
どのような形であれテストでいい結果を出したかったのだろう。
周りの大人が言っているのだからそうに違いない。
男はそう思っていた。
そしてそう思っていたからこそ自分の夢を笑って話すことができた。
だがある日男は昨日と同じことをする夢を見た。
男の夢は、昨日と同じように朝少し寝すぎたところから始まった。
いつもと同じ感覚。
せっかく昨日と同じ夢なのだから昨日間違ってしまった場所はきちんと直そう
昨日と同じ朝ご飯を食べ、昨日と同じ道を通って、昨日と同じ会話を同じ人間とし、同じ時間に学校から家に帰り、同じように塾に行き同じテストを受け、昨日と同じ時間に寝た。
ただ一つ昨日と違う行いをしたのはテストで間違ってしまった箇所を正解したということだけだった。
男は間違いのない一日に満足し寝ることができた。
そして朝起きる。
この夢の話をネタにしようと思い昨日の塾のテストをカバンの中から取り出す。
するとどうだろうか。
昨日確実に間違えたはずの回答がすべて正解になっているではないか。
どうやらこのテストを間違えたというのは自分の思いすごしだったようだ。
これは笑い話にもならないではないか。
そう思いテストをカバンの中にしまい朝ご飯を食べて学校に行く。
一日が終わり男は布団に入る。
今日こそはおもしろい夢を見ることができるといいな。
そして見たのは明日の夢だった。
その日いつものように学校に行くが信号が青であるというのに車が突っ込んできた。
運が悪いことにその時ぶつかったのは男だけだった。
そこで目が覚める。
日付を確認するが一日経過している。
自分が事故にあう夢など笑いながら両親に話す訳にもいかないのでこの日も夢の話をすることができなかった。
男は夢で自分が事故にあった交差点で立ち止まっていた。
夢と同じ時間に夢と同じ場所に立っている。
事故が起こったような夢と同じ行動をする気にはなれない。
そう思った男は信号が青であるにもかかわらず交差点を渡らなかった。
そうすると交差点を車が突っ切ったではないか。
そして運のいいことに車が通った場所は人が誰もいなかった。
男は自分が事故にあったわけでもないのにあの車にぶつかり自分が死んだと思った。
男は急に怖くなってきた。
急いで学校に行きすぐに教室に入った。
朝早くから登校していた友人に何をそんなに急いでいるんだと笑われてようやく自分が生きているという当然のことを思い出せた。
男もつられて笑いそのまま夢の話と交差点の車の話をした。
そして男は昼前の授業で寝てしまった。
そして夢を見る。
夢は男が交差点で待っているところから始まるものだった。
男は信号が青になって少し待ち車が突っ切ってからゆっくり学校に行った。
友人とは朝の挨拶だけして席に座る。
後は変わらぬように過ごし昼前の授業が始まった時に目が覚める。
どうやら友人が起こしてくれたようである。
友人と軽く会話しながら弁当を食べる。
そして友人に言われる。
そういえば今日は夢の話はしないのだな、と。
いつもの冗談だと思い軽く返す。
今日の朝会話したのをもう忘れたのかよ、と。
だが友人の反応は予想外のものだった。
今日もいつものようにぎりぎり、とまではいかないが余裕のある登校じゃなかっただろう、と。
そう笑いながら返事を返された。
箸が止まり嫌な汗が流れる。
記憶と現状の食い違い。
塾のテストのときは思い違いだと思っていたがそんなことはない。
男の持つ記憶と現状が食い違っているということに男はようやく気がついた。
それから男は夢を有効活用することにした。
男の夢というものは未来を知って過去を変えるものに他ならなかったのだから。
それからは成功の連続だった。
失敗せずたとえ失敗してもそれはなかったことにできるのだから成功するのは当然であった。
男は長く生き成功しかない人生に幕を下ろした。
はずだった。
そして男は目を覚ます。
長い夢を見ていた気がするがいまいち思い出せない。
まあ夢なんてそんなものだろう。
そうして男は学校に行く。
いつもの時間にいつもの交差点を通っていつもどおりに学校に行くはずだった。
その時車が突っ込んできた。
こんな現実俺は知らない。
なぜそう思ったのか男にもわからなかったがそれが男の最後の思考だった。
そして目を覚ます。
男が今日見た夢は交差点に車が突っ込んできて運悪く男がぶつかるものだった。
こういう夢もあるのだな。
そう思いこの夢の話を笑いながら両親にした。
両親もそんなことにならないように交差点では安全に気を配らないとなと言い笑ってくれた。
当然だがその日交差点に突っ込んでくる車などいなかった。
そして男は今日も己の見た夢を語る。
夢というのは夢は見て、忘れて、ああ夢だったと笑いながら語るのが望ましい。
それが夢なのか現実かなど深く考えない方がいい。
でないとほら。
夢の住人達は己の住んでいる世界を夢だなんて証明してくれないのだから。
たとえ証明できたとしても、醒めることのない夢というのは現実というのではないだろうか?