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「青いルビー?」
雅直は眉をしかめて言った。
目の前で祖母が嬉しそうに、青く光る宝石を差し出した。
「世界に3つしかないんですって!でも傷ものだからって、たった100万円で落札したの!」
「100万!?」
雅直は思わず声をあげた。
(「たった」って…「たった」じゃないだろう!!)
雅直は、声をうわずらせながら言った。
「落札って、どこで!?」
「隣の奥さんに誘われて、ついていったらねー…」
「おばあちゃん! 青いルビーなんてあるわけないだろう!だまされたんだよ!」
祖母は「大丈夫よ!鑑定書もあるんだから!」と言い、茶色い紙袋に入っていた鞄を取り出して言った。
「それからほら!これは幻のヴィトンですって!」
雅直は頭を抱えた。
……
「ああ、本物ですよ。」
雅直はそれを聞いて驚いた。そして(青いルビーなんて本当にあるんだ)と思った。
その雅直の目の前でルーペを持って鑑定しているのは、高校生の時、同じクラブの後輩だった「相田 智」だ。まだ21歳と若いが、自称「天涯孤独」の相田はいろんな特技を持っていた。宝石の鑑定もそうだ。
「本物のサファイアです。」
相田は微笑んで、雅直に言った。
「サファイア!?じゃぁ、ルビーじゃないじゃないか!?」
「ルビーとサファイアは同じ「コランダム」という鉱物なんです。」
「!?」
「つまり、コランダムの赤い方を「ルビー」それ以外を「サファイア」と呼ぶんです。」
「じゃ、じゃあ!」
「ええ、完全に騙されましたね。サファイアなんてごろごろありますから…。ちょっと、そちらのヴィトンも拝見。」
雅直は、質屋で鑑定してもらおうと持ってきていた鞄を、慌てて差し出しながら言った。
「ブランド物も鑑定できるのか…」
「鞄だけですけどね…。」
相田はそう言うと、鞄をいろんな方向から見て言った。
「ああこれは「スーパーコピー」と言われる物です。精巧にはできているが、本物じゃありません。」
雅直は愕然とした。相田は、雅直に鞄を返しながら言った。
「サファイアとこの鞄はどこで?」
「実は…」
雅直は弁護士でもある相田に、祖母の事を話しはじめた。
……
「騙されに行ってくれませんか?」
相田はある人物に電話をかけていた。電話の相手は「はあっ!?」と情けない声を上げている。
「どうして俺なんですか?」
「騙されやすそうな顔してるから。」
「……」
7歳年上の相手は、しばらく言葉を発しなかった。
「…初めて電話をくれたと思ったら…」
「何を期待してたんです?」
「…いや…レポートのネタをくれるのかと思ったんですけど…」
「十分レポートのネタになるでしょう?詐欺オークション体験記。」
「…気が進みませんけどねぇ…」
電話の向こうから、ためいきが聞こえた。
……
「はい!はい!はい!」
熟女達が手を上げている。相田に「騙されやすそうな顔」と言われて参加した「西条基樹」は、あきれた表情で、その熟女たちを見渡していた。
(どうなってるんだ?これ…。皆、どうして騙されてるってわからないんだろう???)
西条はそう思いながら、ステージを見た。ステージには、宝石やブランド物の鞄等が並べられている。
「さぁ、このシャネルの1点物の鞄は!?」
ステージの男性が声を上げた。
「24万!」
「30万!」
熟女たちが声を上げる。西条は心の中でため息をついてから、手を上げた。
「はい、100万円!」
一瞬、その場がシーンとなった。
……
「まったく、これがどうして「100万円」なんだ。」
相田は自宅兼事務所で、西条が買ってきた鞄を鑑定しながら言った。
西条は向かいのソファーで「100万円で鞄買ってこいって言ったじゃないですか」とふてくされた。
「で、これも偽物ですか?」
「ええ…スーパーコピーです。そもそもこんな形のバッグなんて出ていない…」
「だから「1点もの」だと思って、皆騙されるんですね。」
「お金の事はなんて言ってました?」
「ああ…本当は現金で払わなきゃならないそうですが、持ち合わせがないと言うと、振込先を教えてくれましたよ。」
「よし…それで調べがつきますね…」
「相田さん。」
西条が不思議そうな表情で、相田を見ながら言った。
「詐欺を突き止めて、どうするつもりなんですか?」
「警察に突き出すに決まってるでしょう。」
「簡単に行くとは思いませんけどねぇ…。そもそも、あのオークションに参加していた奥様方は皆、かなりのお金持ちの方ばかりです。たとえ偽物を掴まされたと知っても、何も言わないのではないでしょうか?」
「……」
「おばあちゃんが騙されたって人も、訴えるつもりはないっておっしゃってたんでしょう?」
相田は鞄を凝視して、動きを止めている。西条は続けた。
「あの場にいたから感じた事ですけどね…あの人たちは、別に本物が欲しいんじゃない。競争に勝ちたいだけなんです。人より高いお金を出して物を買い、自己満足に浸る…。それだけが目的なんじゃないでしょうか?」
「だから、このまま放置していいというんですか?」
「そうは言いませんけど…。相田さんが恥をかくことにならないかと思って…」
相田は目を見開いた。西条は心配そうな表情で相田を見て言った。
「…もし誰も、被害届を出さなかったとしたらどうします?…相田さんの、今後の弁護士としての活動に影響するんじゃないですか?」
相田は黙り込んだ。
……
「弁護士の相田と言います。」
相田は、電話をかけていた。相手は「オークション」を主宰している会社である。
西条の言葉が、相田の「正義感」に火をつけてしまったのだった。
「実は、お宅が出している商品に偽物が混じっているようなんです。その事でお話を伺いに行きたいんですが…」
相手は相田に待つように言った。…しばらくして、声が返ってきた。
「是非お越しください。いつ来られますか?」
相田は「今すぐにでも」と答えた。
……
1時間後-
相田は、オークションを主宰している会社の応接室に通された。
しばらくして、恰幅のいい男性が現れた。
「初めまして。」
柔和な笑顔を見せ、男性が言った。
「オークションの責任者をしております「多田」と申します。」
「弁護士の相田です。」
お互い丁寧にそう挨拶を交わし、名刺を交換した。
「早速、本題に入らせていただきたいのですが…」
相田がそう言うと、多田は「ええ、どうぞ」と笑顔を崩さないまま言った。
「先日、街中で珍しい形のシャネルのバッグを持っている女性を見かけましてね。ブランドには興味がありましたので、思わず声を掛けたんですよ。それでいろいろ聞いたところ「恋人にもらった」のだと…」
…西条が聞いたら、慌てふためくだろう。相田は無関心に続けた。
「で、詳しいことをお聞きしましたら、こちらのオークションで落札した商品だったのだとか…」
多田は柔和な笑顔のまま聞いている。
「それで鑑定させてもらったところ、そのバッグは本物じゃなかったんです。」
それを聞いた多田は、声を上げて笑った。
「それなら、うちで売ったものじゃありません。うちの鑑定の目は確かですから。」
「そうですか…。じゃぁ「青いルビー」についてはどうです?」
相田の言葉に、多田の笑顔が消えた。
「実は私自身も宝石の鑑定をしておりましてね。ある人から「青いルビー」の鑑定を依頼されたんですよ。「知り合いから売りつけられたのだが、本物かどうか見て欲しい」ってね。よくよく調べたところ、こちらで落札された物だとわかりまして。」
「……」
「さっき、鑑定の目は確かだとおっしゃいましたよね?それなら、ルビーとサファイアが同じ鉱物でできていることくらいわかると思うんですが…。」
多田の顔が紅潮している。相田が畳み込むように言った。
「さぁどうでしょう?…もしかして、業界では常識と言えるそんな知識もなしに、商品を売られていたということなのでしょうか?宝石については、鑑定書までついていたという事ですが…その鑑定書はどちらで?」
「…いくらだ?」
「は?」
相田は身を乗り出して言った。多田は紅潮した顔のまま、相田の目を見て言った。
「いくらいる?」
「どういう意味ですか?…もしかして、このことをもみ消そうとなさっておられます?…なら、無理ですよ。私自身、お金には全く困っておりません。」
多田は黙っている。しばらくして、数人の男達が黙って入って来た。
「…口封じと来ましたか。」
多田は何も言わない。だが、その数人の男達は相田が座っているソファーの後ろに並んだ。
「いくらいるんだ?」
多田が言った。
「だから、いくらもいりません。あなたのその言葉で十分です。私は帰らせていただきます。」
相田はそう言うとソファーから立ち上がった。ソファーの後ろにいた男達がドアを塞いだ。相田は多田に振り返って言った。
「…私がなんらかの契約をしない限り、帰さないおつもりでしょうか?」
「…いくら必要か言え!」
「だからいらないと言っているでしょう。」
「じゃぁ、命はどうだ?」
「!!」
相田は目を見開いた。
「そう来ましたか…。こんなことで俺を殺すつもりですか?…殺したらもっと足はつきやすくなる。まだ詐欺罪で捕まった方が罪は軽いですよ。まぁ、この段階で十分「脅迫罪」で訴えることもできますけどね。」
「…押さえろ…」
多田がそう言ったと同時に、相田は男達に体を押さえられた。
「この部屋に監禁しておけ。」
多田はそう言って立ち上がり、部屋を出て行った。
……
相田が監禁されて1時間が経った。だが相田がおとなしくしているためか、体を縛られることもなく、ただソファーに座らされていた。窓はなく、ドアは3人の男に塞がれている。
相田は、ふと後ろにいる男達に向いて言った。
「ものは相談ですが…」
「…なんだ?」
1人の男が答えた。
「ちょっと、助手に電話してもいいでしょうか?このまま私が帰らなかったら、心配して何をするかわからないので。」
男たちはその言葉に顔を見合わせた。しばらくして、さっきと同じ男が答えた。
「わかった。だがここにいることは言うなよ。」
「わかりました。」
相田はそう答えると、携帯電話にある人物の名前を表示し、受話ボタンを押した。
電話はすぐに取られた。
「相田さん、どうし…」
「西条君」
「西条君?」
相手は驚いた声を上げている。
「ちょっと数日帰れないから。この前頼んでおいた裁判の資料、君がまとめておいてくれ。」
「資料????」
「この前の資料だよ!一番最近の事件!頼んだよ!」
相田は一方的にそう言うと、電話を切った。
「まったく、無能な助手を持つと気苦労が多くてね。」
相田はそう言って、男達に苦笑して見せた。男達は複雑な心境の様子を見せて、顔を見合わせた。
……
西条が側道に止めた車の中で、険しい表情をしながら携帯電話を耳に当てていた。
しばらくして目を見開き、声を上げた。
「はい!はい!?…被害届出てましたか!良かった!その事で緊急事態が起こりまして!今から言うビルに向かってほしいんです!知り合いが監禁されているかもしれないんです!」
西条は握りしめていた紙を見ながら住所を読み上げると、電話を切った。
そして険しい表情のまま、方向指示器を点滅させ、車を発進させた。
……
(短い人生だったな。)
相田は、暗いトランクの中でそう思った。両手両足を縛られ、口にはガムテープを貼られている。殴られた後頭部がずきずきと痛んだ。
(カタギだと思って、相手を見くびり過ぎた…。…でも、僕が死んだところで誰が悲しむわけでなし。)
相田はそう思った。その時、頼りなげな西条の顔が浮かんだ。
(西条さん、わかってくれたかなぁ…。)
後頭部の痛みが強くなるとともに、相田はまた闇に吸い込まれた。
……
1台の車が山中で止まり、同時にトランクが開いた。そして3人の男がそれぞれ車から降り、トランクのドアを押し上げた。
「気を失ったままだな。」
「目を覚ます前に急いでこのまま埋めよう!」
「よし」
男達は「よっこいしょ!」と声を上げ、トランクの中から気を失っている相田の体を持ち上げた。
「ちょっと待て!」
1人の男が車のエンジン音が近づいてくるのに気付き、後ろを振り返った。
男達は慌てて相田の体をおろし、トランクを閉じた。
車が1台近づいてきた。そして男達の後ろに停まると、運転席からニコニコ顔の優男が降りてきた。
「すいませーん!」
優男はそう言い、男達に近づいてきた。
「なんだ?」
「道に迷ったんですよ。どうしてだかこの山の中から抜けられなくなりましてね。どっちに走ったら町に出られますか?」
「ああ、それなら…」
1人が後ろを指差し、優男に近づいて説明し始めた。その時、トランクから「ガン!」という音がした。
男達はぎくりとした。優男が振り返った。
「ん?何か音がしましたけど…」
「……」
男達は青い顔をしたまま何も答えない。またトランクから「ガン!」という音がした。同時に車が揺れている。
「…トランクに何が?」
優男の顔が険しくなった。男達は、慌てて車に乗り込んだ。
エンジンがかかり、車が発進した。
「はー…やばいところだった。」
「あの男…すぐに警察に通報するぞ…。とにかくどこかにあの弁護士を埋めなきゃ。」
「どこにします?」
「そうだな…もう少し…えっ!?」
運転席の男が、バックミラーで後部座席を見て驚いた。
優男がニコニコ顔で乗っている。助手席に乗った男も驚いて後部座席に振り返った。
…仲間の1人は、乗りそこなったようだ。
優男は突然身を乗り出して、運転席の男と助手席の男の髪の毛をわしづかみにし、左右に振った。男達は髪の毛を掴まれた痛みと、ガラスに頭をぶつけられる痛みに悲鳴を上げた。
「ばかっやめろっ!」
「止まらないと、崖から落ちちゃいますよ!いいんですか!?」
車は、急停止した。
……
「相田さん!お待たせ!」
その声と共にトランクが開き、西条の顔が見えた。
相田は声を上げようとした。だが、ガムテープで口をふさがれ何も言えない。西条がガムテープをはずしたと同時に、相田が怒鳴った。
「西条さん、遅いっ!」
「だって、ヒーローはいざという時にしか現れないじゃないですか。」
「誰がヒーローですかっ、誰がっ!!」
西条は笑いながら、縛られた相田の手の紐を外し始めた。その時、やっとパトカーのサイレンが聞こえてきた。
……
西条が警察に通報した時「詐欺オークション」の被害届が、数件だが警察に届けられていた。警察も捜査に入っていたところだったため、スムーズに事が運んだのだった。
「ごめんなさい、相田さん。」
西条は、相田の事務所のソファーで頭を下げた。
「何がです?」
相田は不思議そうな表情で、西条を見た。
「俺が「被害届が出てないかもしれない」なんて言ったから、あんな無茶な事をされたんだと思いましてね。…本当にすいませんでした。」
相田は「いえ」と首を振りながら言った。
「西条さん、助けに来てくれたから…。よくわかってくれましたね。あの電話で。」
「わからないわけないでしょう!いきなり「西条君!」でしたからね。一瞬むっとしたけど、すぐにわかりました。緊急事態なんだって。」
相田は苦笑してから尋ねた。
「どうして、僕が連れて行かれたところがわかったんですか?」
「オークションを主宰している会社は知っていましたから、警察に通報した後すぐに会社の方へ向かったんです。そしたら、ちょうどそのビルから1台車が出てきたのを見ましてね。…もしかしてと思って追ったんですよ。ただ途中で見失いかけて、遅れましたけど…。」
「そうでしたか…」
「後を追いながら、相田さんが殺されていたら…って気が気じゃなかった。だから、トランクから音がした時は、本当にほっとしました。」
相田は眉をしかめながら言った。
「気が気じゃなかった割には、呑気な声で「すいませーん」なんて言ってたじゃないですか!」
「俺の得意分野なんですよ。「別に助けに来たわけじゃないさりげない感じ」を装うのは。」
相田は一瞬目を見開き、笑いだした。西条も笑った。
「で、俺はいつから助手になったんですか?」
「え?」
相田はその西条の言葉にぎくりとした顔をした。西条が微笑みながら言った。
「相田さんが隠し持っていたICレコーダに「無能な助手を持つと…」って声が入ってたのを聞かされましてね。」
「!!」
相田は顔を紅潮させ、うつむいた。
「すいません…」
「いえ、光栄です。でも助手にする限りは、ちゃんと何でも相談してくださいよ。」
西条の言葉に、相田はうつむき加減にうなずいた。
「それから…相田さん、別に死んでも構わないって思ってません?」
「!?」
相田は目を見開いて顔を上げた。西条は苦笑しながら言った。
「今回の無茶ぶりでわかりましたよ。相田さんが死んだら、俺泣きますから。」
「は?」
「だから、今回のようなことは決してしないこと。…いいですね?」
「…なんだか、説得力に欠けるんですが…」
相田がそう言うと、西条が笑った。相田は胸を熱くしながらも、一緒に笑ってしまった。
(終)
……
このお話は完全フィクションです。「青いルビー」だと言って、サファイアを売るなんてありえません(笑)
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