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第1.1小節目:月曜日の週末

<作者コメント>

ミスコンの際のリクエストで「ゆずとのデート」いただいたので!

合宿に行く前のお話です。

「あれ? たっくん、何してんのー?」


 夏休み前半のこと。例によって棒アイスを食べながらゆずがおれの部屋をのぞき込んできた。


明後日あさってから合宿だから荷造にづくり」


「合宿? 何の?」


「部活の」


「へっ!? たっくん部活なんか入ったの!?」


「うん、まあ……」


 おれの曖昧あいまいな回答にあんぐりと口を開けて驚くゆず氏。


「ほー、そーなんだ、知らなかった……! あれ、えーっと、そんでさ、まさかと思うけどさ……」


 そのままアイスを持った方の手でおれの手元を指差して言う。


「……その服を着ていこうと思ってる?」


「そう、だけど……?」


 おれはついつい手元に持っていた某バンドのTシャツを見てから、ゆずを見返す。


「…………!」


 ゆずは、わなわなと震えながら相変わらず口を開けていた。なんだ、説明が必要か?


「えっと、これはZepp(ゼップ) Tokyo(トーキョー)でのライブの時に買ったTシャツなんだけど……?」


「…………!?」


 ふるふるとゆっくり首を振るゆず。どうやら言葉が出てこないらしい。


「えっと、ゆずさん、どうしたの……?」


「あまりのダサさに絶句ぜっくトーキョーだよ……」


「……はあ?」


 突然寒いことが聞こえた気がして耳を疑った瞬間、今まで黙っていたことを取り返すかのように、一気にまくしたててきた。


「ないないないないないないない! そんな私服をお披露目ひろめしていいのは家の中の寝巻ねまきとしてだけだよ! そのバンドだって、普通に着てもらうつもりでは作ってないよ!」


「そうなの……?」


「うんうんうんうん! 絶対そうだよ!」


 猛然もうぜんとうなずきを重ねてくる。


「たっくん、服買いに行こう!?」


 その右手ではアイスが溶けて手のひらにベターっと侵食しんしょくしているが、そんなことにも構わず、顔面蒼白がんめんそうはくになっておれにすがりついてくる。


「いや、でも、おれの格好なんか別にどうでもよくない?」


「どうでもよくないよ! こんなダサい人の妹としてゆずは生きていたくない!」 


「生きていたくないって、そこまで言わなくても……。いや、でも服なんか買ったらお金()くなっちゃうじゃん……」


「そんなダサいカッコで行ったら、もっと大切なものをうしなうことになるよ!?」


 目を見開いたまま説得を続けてくる。


「もっと大切なものって、例えば……?」


「未来の彼女とかだよ!」


「そんなんどちらにせよねえだろ……ちょっと、ベタベタした手でベタベタ触んないで……」


「ベタベタしてるのは誰のせいだと思ってるの!?」


「君のせいだよ!」


 おれの中の青春ブタ野郎がひょっと顔を出した。





 まあ、ということで、お兄ちゃんが妹に反抗していても仕方ないので、とりあえずゆずと共に、一夏町ひとなつちょうを代表するショッピングセンターへとやってきた。


 一昔前は日本初のアウトレットモールだったらしいのだが、他の大手アウトレットモールや大型スーパーマケットの台頭たいとうによりやがてさびれてしまいアウトレットとしては廃業、その後改装をして現在は普通の屋外型おくがいがたのショッピングセンターになっている。


「服屋っつったって、どの店に行けばいいんだ? ニトリ?」


 入り口付近にある店の配置図の前で首をひねる。


「ニトリは家具屋なんだけど……。んんー、とはいえ、ゆずもメンズの服屋に詳しいわけじゃないんだよねえ」


「メンズってなんだその都会的な言い方は……」


「まあまあ、とりあえず回ってみようよ!」


 元気っ子の後ろについてまわり、一つずつ服屋を物色ぶっしょくして歩く。



 とあるお店では。


「いらっしゃいませぇ〜?」


「ひっ……」


 店員さんの猫なで声に空恐ろしいものを感じて身をすくめてしまった。


 一方ゆずはまったく気にせずお店の中心部へとずんずん入っていく。え、まともに買えるようなお金持ってないのになんでそんな堂々としていられるの?


「今、夏じゃん?」


「そうなあ……」


 そして何をいきなり普通なことを言ってくるんだこいつは……。


「だから、Tシャツだけ3枚くらい買って、ズボンは持ってるジーンズでいいと思うんだよ」


「いや、だからTシャツはバンドのライブで買ったTシャツがうちにあっただろ? あれがかっこいいじゃん」


「…………」


 何でまた絶句してんだよ……。


「わかったよ……」


 バンドの名前とかが入ってるのがダメなんだな?


 じゃあ、と思って見回すと。


「お」


 ちょうどいいTシャツを見つけた。


「これなんかどう?」


「うわっ……」


 そこには『Everyday is good!』と書いてある。


「訳したら『日常は良い』じゃん……何この響いてこないセンスのない英語……本当にこれでいいと思うの?」


「やめて、そんな目で見ないで……」


 いいじゃん、日常……。



 

 結局それから何店舗か回って、Tシャツを3枚購入した。


 ちなみに、おれが何か意見を言っても全部却下(きゃっか)されるので途中からは心をにして、全てゆずの言う通りにしました。




「ゆずも何か買おうかなー」


 一仕事終えた気分のゆずは帽子の専門店に入って、野球帽やきゅうぼうをかぶって鏡の前でいろんな角度から自分の姿を見ている。


「なんで野球帽? 夏だから?」


「いや野球帽じゃなくてキャップだから恥ずかしいからほんとにやめて一切喋らないでたっくん」


「お、おう……」


 そんなに拒絶しなくても……。


 おれがたじろいでいると、


「そちらのデザインなんですけど〜ユニセックスなモデルなので〜お二人でシェアしていただいたり〜カラバリも豊富なので〜イロチでペアルックにも出来ますよ〜」


 後ろから店員さんにぬるっと声をかけられて肩をはねさせる。


「は、はい……!?」


 ……ていうか今この人セックスって言わなかった!? 白昼はくちゅう堂々(どうどう)、なぜ、セックスなどと言った!?


「あ、別にこの人とそろえる意味はないので」


 そんなおれの内心の動揺などどこ吹く風で、ゆずはすげなく返す。


「あ〜、そ〜なんですね〜……それでは〜、ごゆっくりどうぞ〜」


 店員さんは若干じゃっかん気まずそうな顔で笑ってから、別の人のところへと去っていった。


「なあなあ、ゆず、さっきあの人、せっ……セックスって……」


「まじでそれ以上口を開くな」


 帽子のつばの下からギロっとにらまれる。


 うう、怖いよお……。





 ゆずのやきゅ……キャップの買い物も終わり、ショッピングセンター内の大通りに出る。


「ゆず、クレープ食べたい」


 するとゆずは憮然ぶぜんとして、そこに設置されたキッチンカーを指差して言う。どうやら帽子屋での一件が尾を引いているらしい。


「えーっと、どれが食べたいの?」


 やれやれ、と財布さいふを取り出すと、クレープ屋のメニューと神妙な顔でにらめっこを始めた。


「んんー……」


 ゆずは、こういう時に悩み始めると本当に長い。


「はい、じゃあこれ」


「ん」


 おれは500円玉をメニューから顔を離さずにいるゆずの手に持たせると、ちょっと離れたベンチに座る。


「あちー……」


 手で顔をあおぎ、そして空をあおぐ。


 青い空、白い雲。んー、夏って感じだなあ……。


 ……いや、ていうかめちゃくちゃ暑いな、ここ屋外だな、ゆずちゃん、早く買ってくれないかな……。


 まだ悩んどるんかいね、と、顔の位置を戻してゆずの方を見やると、何やらタンクトップで色黒な男子2人組に話しかけられていた。


 友達かなーさすがうちの妹は顔が広いなー、お兄ちゃんああ言うタイプ苦手だなー、などと考えていると、ゆずがこちらをちらりと見た。


「……?」


「た、たっくん!」


 ……はい?


 焦った感じのゆずの声に、とりあえず立ち上がり、近づく。


「ゆず、どうした?」


 おれが声をかけると、


「あ、ツレがいたんすね、それじゃ……!」「おう、じゃな……!」


 そう言って、立ち去っていく色黒ボーイズ。


「何、友達?」


「う、ううん、知らない人たち……。クレープおごるから遊びに行こうよって……」


「はあ?」


 なんだそれ、どこ中だあいつら。地元でナンパなんかしてんじゃねえよ。


「ふう、怖かったあー……」


 かいた冷や汗を右手の甲でぬぐいながら、いつの間にか、左手でぎゅっとおれの手首をつかんでいる。


「ゆずは、ああいうタイプ苦手なんだよー……」


「ほーん……弱点なんかなさそうなのにな」


 意外なことをいうもんだ、と見ていると、こちらを見上げてへらーっと笑い、


「ゆず的にはダサくてもたっくんの方が安心するなあ……」


 と言った。


「まあ、そりゃ、家族だからね……」


 何を当たり前みたいなことをわざわざ言ってきてるんだ。


 ただ、なんにせよ機嫌が直ったみたいで良かった。


 これで、ずっと気になってたことが訊ける。


「んで、さっきの帽子屋さんの店員さんはなんでセッ……」「だから一生口をひらかないで!」


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― 新着の感想 ―
妹の【ゆず】回からの【月曜日の週末】というタイトルに、ぐっときた!
[一言] 面白かったです 作者はポエム?を気にせず書けるんですね なんか普通に感動しました
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