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あとがき 「コレデオシマイ」
 このエッセイを脱稿して、早五ヶ月となります。なんだか早いですねー。最近、とみに時間の流れが早く感じます。どうも人間というやつは、過ごしてきた時間とこれから過ごすであろう時間の割合で時間の流れを把握しているらしく、八十歳まで生きるとすると体感時間的には19歳くらいが折り返し地点らしいです。あ、道理で最近とみに時間の流れが速いわけですよ。で、これからはもう加速度的に時間が矢の如く流れていってしまうんでしょう。
 ――いや、筆者の体感時間のことなんてどうでもいいですね。
 そうやって流れ去っていった時を見返す時、筆者はどうしても歴史を意識してしまいます。自分が「懐かしいなあ」と思う時代はせいぜい何十年か(十の位に何が入るかは皆さんのご想像にお任せします)のスパンでのことですが、その数十年のはるか向こう、けれど同一線上に歴史は存在します。東京に爆弾が落とされて、坂本竜馬が息をして、織田信長が天下を狙い、弁慶が真っ白い勧進帳を読み上げ、聖徳太子が十人の訴えを同時に聞いていたわけです。歴史っていうのは必ずしも遠いものじゃありません。常に自分の背後に控えているものなのです。
 だからこそ、時代小説・歴史小説は面白いんです。どの歴史を描いたとて、それはあなたにとっての過去なんです。ジャンヌ=ダルクと日本人が関わりあるの? という向きもありましょうが、我々日本人は現在、フランスと良好な関係を築き上げています。たまには旅行に行ったりもするでしょう。世界が繋がったことによって、異国の歴史さえも自分の関わる過去として扱うことのできる時代になったのです。これ、二百年前にはなかったことです。ビバ・グローバルスタンダード。
 まあ、グローバルスタンダードが必ずしもバラ色というわけではありませんが、悪いことばっかりあげつらっても無常感を覚えるばかりなので、こうしていい面を上げてみました。
 歴史・時代小説は面白い。
 これは、筆者が一貫して持ち続けている感想です。

 正直を言うと、一年間にも渡るこのエッセイ、気づけば現在の筆者の意見を反映していないチャプターもあります。そりゃそうです。一年間つらつらと思うがままに書いてきたエッセイです。筆者としてはその時その時における最良の結論を書いているつもりですが、日々人間っていうのは成長(退化?)するもので、少しずつ意見が変わっていくのもしょうがないこととも言えます。というより、日々人は変わり続けなくてはならないのだとさえ思っています。
 例えば、「小説は心に一番近いメディアだ」という論旨がありましたけど、最近の筆者はすごくその言葉に懐疑的です。実は、心に対して肉薄できるものなんて存在しないんじゃないか、あるとしても、それは人の心と心を結び付ける触媒程度のものなんじゃないか。そんな気がしています。
 ここで何が言いたいのかというと、このエッセイをそんなに信用しないで下さい、という身も蓋もないことだったりします。
 そもそも、他人の意見なんてものは100%聞くモノじゃありません。自分にとって首肯できる/耳触りのいい言葉を受け入れていって、到底受け入れることが出来ない/耳障りな意見には耳を貸さなければそれでいいんです。
 プロ作家による小説指南本である清水義範さんの「小説家になる方法」という本がありまして、筆者もかなり参考にした部分があります(このエッセイにおける論旨にも影響を与えています)が、首肯できない意見もありました。例えば、「WEB小説からプロ小説家は登場しない、ケータイ小説は一時的なブームであり、そこから職業小説家は生まれないだろう」というご意見。WEB小説に手を染めている筆者からすればちょっと違和のある理屈です。確かに、清水さんの言うことにも一理ある(“簡単にUPできてしまうWEB小説の世界に浸かってしまうと、どうしても商業誌に載りたいという熱量が生まれなくなる”という論旨)んですが、現在では清水さんが思い描いている“プロ小説家”という概念そのものが割と岐路に差しかかっているように思えます。きっと、あと二十年もすれば印税だけで食べていける作家さんはさらに減少することでしょう。昨今の電子書籍の隆盛を見ているとそんな気がひしひしとしています。
 そんなわけで、この本を割と参考にしている筆者ですが、こと「WEB小説家から~」というくだりに関しては無視を決め込んでおります。
 人と会話をしていて、どうしてもかみ合わないところっていうのは存在します。
 でも、実はそれってあなたと私を峻別するポイントでもあるんです。なんでもかんでも他人様の意見を聞いてしまうと、あなたはその人の代弁者にしかなりえません。「ここは納得できるけど、ここは違うと思う。私はこう思うんだけどな」と思えること。これが小説家にとって大事なことなんじゃないか、と個人的には思っています。そうやって自分という人間に向き合って初めて、「自分にしか作れない作品」を作れるようになるのではないかなあ、と柄にもなく真面目な事を思ったりもするんです。
 そして、そうやって自分という(きり)を磨いていけば、世間という分厚い壁を突き貫くことが出来るほどの鋭さを持つことが出来るんじゃないかなあと思っています。

 筆者には子供はいませんが、自分の創作物は子供同然です。
 特に、このエッセイほど長い時間をかけて育て上げた“子供”はありませんでした。筆者、一番長くても二カ月ほどしか一つの作に時間をかけないもので、足掛け一年にも渡って同じものを書き続けたのは初めての体験でした。仔細に見返してみると、「やけにもたついてるなあ」とか、「肩に力が入ってるなあ」とか、「結構面白い論考をしてるじゃない」というような驚きも大きいです。自画自賛しないとやってられないんですよ、ちくしょう。それに、子供のことを無条件に可愛がることができるのは、親の特権だと思っています(という開き直り)。

 さて、このエッセイをお読みになられて歴史・時代小説を書いてみたいなあ、と思われた方は何人くらいいらっしゃるんでしょうか。
 皆さんを歴史・時代小説執筆にご招待したいという目的で始めたエッセイなので、もはやそれだけが唯一の心配ごとです。とかいいつつ、割と難しさなども書いてしまったのでこのエッセイのせいで敬遠されたんではないかと内心びくびくしています。
 PC画面の向こうにいらっしゃるあなた様が、いつか歴史・時代小説に手を染めてくれないかなー、と一人願っております。

                              2010.12.8 
                              独行道アマチュア戯作者 谷津矢車
2010.12.25分は二つあります。ご注意ください。
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