chapter5 「歴史小説を書くときに注意しなくてはならない時代」
前回二回分を使いまして、歴史小説・時代小説を書きやすい時代を紹介してみました。時代小説の項では、書きにくい時代も合わせて紹介させていただきましたが、じゃあ、とお思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか。「歴史小説にも、書きにくい時代ってあるの?」と。
歴史小説はあくまで書き手の好き嫌いや好みによって難易度が変わるというのは前回お話しした通りなのですが、実は、誰が書こうと志しても書くのが難しい時代が存在します。今回はその辺りを明らかにしてゆきたいと思います。
結論から言うと、現在から数えて百年くらい前までの時代は非常に書きにくい時代です。
なぜかというと、そのくらい最近の歴史となると、まだその時代に生きた当事者が御存命なことが多いからです。その時代に生きた人が御存命ということは、もしかするとあなた様がお書きになりたい事件の当事者だって御存命の可能性もあります。そういうお方がたまたまあなた様の書かれたテクストをお読みになられて、何らかの精神的瑕疵を受けられたとしたら……。たとえば江戸時代の小説を書いたのならば、たとえ何を書いたとしても傷つく人は少ないと思うんです。けれど、当事者が生きているような最近の時代をテーマにしてしまうと、場合によっては御存命の方の心や名誉、社会的な立場を傷つけてしまう恐れがあります。書き方によっては名誉棄損などの問題も発生してくる可能性があります。
たとえアマチュアであろうが、書き手という属性をまとった人間が無責任であってはいけないと思います。
と、いうのはあくまで一般論です。
けれど、日本の歴史を書きたいというあなたは、また別の意味で百年くらい前からの歴史を書きにくくなっています。
実は、日本の歴史においては、太平洋戦争(大東亜戦争)という大きな時代のうねりがあったせいで、より百年くらいまえからの歴史が書きにくくなっているのです。
ご存じの通り、日本は明治維新以来の国防政策として、“東アジアにおける防衛線の構築”を、絶対的目標として設定しました。そのために日本は清と戦い帝政ロシアと戦い、中国大陸におけるドイツ軍と戦いソビエトと戦ったのです。そして歴史の流れから日中戦争、太平洋戦争(大東亜戦争)にまで至るわけですが、あの頃の歴史認識において、国外はもとより国内ですらコンセンサスがとれていないという現状があります。
そのくせ史料が大量に残っており、全体像の把握さえかなり難しいのがこの時代です。
「あの戦争は○○だった」なんてことを言えば、きっとどこかから文句が来ます。侵攻ルートや作戦に関するうんちくを垂れれば、「それ違いますよ」とその道のプロからツッコミが入ってしまう……、本当に好きじゃないと書けない時代です。かく言う筆者自身、この時代は一生書くことはあるまいと思っています。
こう言ってはアレですが、太平洋戦争(大東亜戦争)の時代は、現在、本当につまらない扱いを受けている時代です。門外漢の目からは、イデオロギーやら主義主張といったものに振り回されて冷静な議論がなされていない時代のように思えます。本当は、歴史的に見て面白い人たちがたくさん輩出されている時代なんですけどね。きっと、この「面白い」という言葉の意味が真の意味で皆様に届くのは、恐らくあと数十年後のことなのではないかと思います。
けれど、「面白い」と言い切ってしまうのも、何やら憚られてしまう時代なのも事実です。
筆者の父方の祖父はゼロ戦を製造していたそうですし、母方の祖母の前夫はその戦争で死んでいます。母方の祖父は学徒出陣の後、緑内障を発症したために看護兵として熱海で玉音放送を聞いたそうです。まぎれもなく、あの戦争は総力戦でした。国民全員が様々な形で戦争に関わっていました。日本国民の全員が戦い、傷ついていた時代でもあるのです。
その時代を書こうと思えば、様々な意味で覚悟が必要でしょう。
まぎれもなく、あの戦争を真っ向から書くのは難しいです。
P.S.
正直筆者、先の戦争に関しての知識はあまりありません。ですので深入りはしません。
よく、「あの戦争は正しかったのか」という問いを発する人がいますが(昔、靖国神社の遊就館にてそんな質問を見ず知らずの中年男性に浴びせられたことがあります)、筆者はそもそも歴史に「正しい」「正しくない」なんて価値基準を持ち込むのってナンセンスなんじゃないの? という人間なので、そういった議論には一切お答えできません。
ただ、一人の日本人として、あの戦争をどう捉えるべきなのかについては、これから考えてゆかなくてはならない問題だろうと切実に思っています。
あの戦争の総括なしには、後の日本の歴史の総括はできません。あの戦争の後に続く戦後復興、高度経済成長、世界有数の経済立国に成り上がるまでの日本の歴史を語るにおいて、あの戦争への歴史認識を外すわけにはいかないと思うのです。「あの戦争はなんであったか」という問いを、「一億総懺悔」という言葉で封殺してしまった日本は、現代日本を知るすべを自ら投擲してしまった。そんな気がひしひしとしています。
なお、時代小説に関していえば、今回お話させて頂いた「難しさ」は割と緩和されます。
結局のところ、今回のチャプターで言いたいのは「コンセンサスの取れていない(=イメージが定まっていない)時代を歴史小説で扱うのは難しい」ということなんです。
一応補足しておきますが、当時「ゼロ戦」は「レイ戦」と呼ばれておりました。ただ、この場では分かりやすさを重視したために人口に膾炙している「ゼロ戦」という称呼を使いました。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。