chapter49 「【私見】幕末を書く楽しさ」
私事で恐縮ですが、筆者は幕末史が大好きです。
俗に幕末というと、ペリー来航から戊辰戦争くらいまでを指す時代区分です。それまで鎖国をしていた日本が、西洋列強の市場に呑み込まれ混乱し自立を志すこの時代は、戦国時代と並び歴史小説の二枚看板となっています。
ただ、どうしたわけか素人受けしにくい時代でもあるんですよねー。
けれど、書き手としては面白い時代なんです、幕末・明治維新。今回は、明治維新を書く楽しさを掘り下げていきたいなあと思います。そうやって書く楽しさを上げることで、もしかしたら読者の皆様にも幕末・明治維新の面白さを判って頂けるかもしれません。
突然ですが、幕末という時代には勝者がいません。
そんなことを書くと、「え? 薩長土肥が勝ったんじゃないの?」とか、「真の勝者は明治大帝だ」とか様々なご意見が出そうです(ってか、クレームの嵐でしょう)が、あえて言わせて下さい。あの時代には勝者がいません。
幕末というとペリー来航から戊辰戦争まで、約十年間を指す時代区分なのはさっき説明したとおりですが、あの時代、最初から最後まで立っていた人間は誰一人としていません。歴史を俯瞰した時、その時々にキーパーソンが現れ、そのキーパーソンたちがさながらタスキをつなぐように歴史を作っていった感があります。戦国時代の後半ともなると、やっぱり「信長―秀吉―家康」という天下人のラインがあって、この時代に生きる誰もがこの三人とどう向き合ったかが主要なテーマとなってしまう感があります(そういう意味では、司馬遼太郎「功名が辻」なんかはこれを露骨にやることによって、サラリーマン層から人気を得ています)。けれど、幕末には中心的な人間がいないんです。もちろん、大きな影響力を持った人もいますが、幕末の人々の中には、時代を一人で作ったような象徴的人物はいません。
例えばですが、維新三傑と呼ばれた人物がいます。
西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允(桂小五郎)の三人です。幕末の中では比較的目立っていた三人ですが、それでもこの時代を独力で動かしていた印象は受けません。それもそのはず、西郷隆盛は幕末のうちのほとんどを薩摩藩のまとめ役として過ごしています。目立ったのは大政奉還から戊辰戦争にかけて、あるいは西南戦争の時でしょう。大久保利通はその西郷の元で補佐に回る役回りで、表舞台に登るのは明治に入ってからのことです。同じことは木戸孝允にも言えます。彼の幕末期はともすると暴発しがちだった藩士たちのなだめ役といったところで、やはり明治期からの活動の方が目立っています。とはいっても木戸の場合、病気になってしまったために政治家としての活動もあまり出来なかったのですが。
三傑ですらそうなんですから、他は推して知るべし。明治大帝すら、父の孝明天皇の崩御に伴いようやく歴史の表舞台に登場するのです。明治大帝すらこうなのです。あとは色々な人たちが幕末という舞台に登場しては消え、たすきをつないだり、あるいはたすきをつなぎそびれたりして歴史が生まれているんです。
幕末には主役がいないんです。
実は、これこそが幕末の分かりづらさでもあるんですが(つまり、「この人物を追いかければ幕末が俯瞰できる」なんて人間はいないんです)、これはこうも捉える事が出来ます。
幕末は、誰でも主役に仕立てることが出来る時代なんです!
幕末には主役がいません。であるからには、誰を主役にしてもあまり違和感がないんです。戦国時代だと、お話しました天下人の動向に主人公が影響を受けてしまいます。で、手綱の握り方を間違えてしまうと天下人のことを書いた小説になってしまいます(直江兼続や山内一豊を主役にした大河なんかで、その傾向が出ていますね。分量の多くを、「信長―秀吉―家康ラインとどう向き合ったか」に費やされていたのは周知のとおりです)。
あとは、群像劇にも向いているんですね。
主役がいないので、逆に言えば各キャラクター(=歴史上の人物)たちをバラバラに動かすしかありません。結果として、様々な人物を群像的に描くのに向いているということです。
そして、ここからが筆者が力説したいところなんですが――。
あの時代には、勝者がいないと書きました。
あの時代に標榜された尊王攘夷運動。あれは、幕末の中ごろくらいには実現性の問題で頓挫してしまいました。確かにこの後、尊王攘夷勢力の一部が討幕にシフトチェンジすることによって維新が成ったわけですが、結局のところ、あの時代は純粋な想いが頓挫し、現実的な新時代を選び取った時代でもあります。そういう意味でも、完全な勝者はいないのです。
明治維新を成し遂げたのは下級武士層ですが、維新政府は武士そのものを否定します。その結果、維新政府内部にいた者でさえ明治維新について行けず下野し、蜂起する例が多く在りました(一番大きいのが、西郷隆盛の西南戦争です)。
勝者にさえ、ある意味では敗者の香りがする。それが幕末なのです。
実は、この勝者と敗者があいまいであることも、幕末の魅力です。作者の側でその人物にとっての「勝ち」「負け」を設定してやれば、どうとでも書けるんですよ。
そう。幕末は面白い時代なんです。
様々な人間が浮かんでは消え、時代を彩っていく。これは戦国時代にはないカラーだと思っています。
今回は、「なろう」様で幕末の歴史小説が増えることを祈念して、筆を置かせて頂きます。
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