chapter39 「【私見】歴史小説は何を見せる小説なのか」
不思議なことなんですけど、歴史小説は他ジャンルの小説家から馬鹿にされがちな小説のジャンルです。歴史小説をかつて書いたことのある作者様、あるいは書いたことのない作者様から、「歴史小説とファンフィクションってどう違うの?」「プロットを作らなくていい分、執筆が楽」「登場するキャラクターが実在する人物だから、キャラ造形を練り込まなくても書けちゃうんじゃないの?」などの御意見を頂くことがあります。
実は、この現象は昔からのことです。
それこそ昭和の10年代にはそんなことを言う小説家さんたちがいらっしゃいました。「既に存在する者にさらなる人物造形を加えるのはさほど難しいことじゃない」という、あまり上記の御意見と変わらない形で。
確かに、そのご意見にも一理あるんです。
歴史小説は「実在したとされる事実」を縦糸にして展開される小説のことです。本来の小説であれば縦糸も自分で決めなくてはなりませんが、歴史小説の場合既に歴史的事実という縦糸が存在します。
それに、その縦糸の上で踊る人々も、ほとんどが実在の人物です。普通の小説のように、零から人物造形をする必要はありません。
けれど、今回はあえて反論させて頂きましょう。
まあ、焼け石に水になっちゃいそうですけど。
そもそも、歴史小説は他の小説とかなり趣が違います。
こう言っちゃアレですが、他の小説の方法論だけで語るには無理があるジャンルと言えましょう。筆者は書いたことがないんですが、歴史小説はファンフィクションと似ています。どちらも先行するソース(歴史小説の場合は歴史的事実、ファンフィクションの場合は原典)が存在し、そのソースを尊重することから始まる文芸ジャンルです。
けれど、歴史小説はファンフィクションとも異なる面があります。
その一つに、人物造形が挙げられます。
ファンフィクションの場合、原典から逸脱した性格設定が出来ません。原典で正統派ツンデレキャラだった子をヤンデレに書いたら、ファンから文句が来ますよね。そういうことです。ファンフィクションの原典は、キャラクターの心理的傾向までつまびらかなので、結構がんじがらめだとも言えます。
けれど、歴史小説においては、キャラクターの性格設定をある程度自由にできます。もちろん、歴史的事実を無視しない程度に、ではありますが。歴史小説のソースは本人が残した文書類や他人の残した評、あるいはそれらを集成した論文や通俗本です。ファンフィクションの原典と比べると、それらのソースはキャラクターの性格面を反映するような情報が少ないことが分かります。
というわけで、そこまで人物造形が楽なわけではありません。やっぱり性格を練り込まないとならないのは通常の小説と同じです。
と、いうよりですね。
歴史小説って、他の小説と比べると大きなハンデを負っています。
“オチで魅せる”ことが出来ないんです。
だってそうですよね。坂本竜馬は近江屋にて暗殺されるわけですし、織田信長は本能寺にて自刃するわけです。その事実はどうしたって曲げることは出来ません。もっとも、「あそこで死んだのは影武者であった」とかすれば回避出来ますが、それをするためには読者様を納得させるだけの下調べと説得力を有した文章を書く必要があります。
歴史小説というのは、小説の面白さのうちの半分ほどを占める要素である「プロット」を自ら投擲しているジャンルとも言えるのです。歴史的事実というのは、誰もが軽く調べれば分かってしまうことばかりです。つまり、歴史小説は書き出しを読み始めた段階で、終わりまでのプロットがネタバレしていると言っても過言ではありません。
しかも、歴史的事実によって示されるプロットというのはともすると断片的です。
それは当然のことです。材に取る人物が日記でも書いていない限り、その人のつまびらかな動きなど分かりません。なので、そのキャラクターの行動は飛び石のような形でしか示されません。
坂本竜馬で例を示しましょう。彼は最初尊王攘夷の志士たちと行動を共にするわけですが、次第に開国派の面々に接近することとなります。歴史的事実はこの程度にしか示されません。尊王攘夷の志士だった彼が、開国派に転向する心の動きは誰にも正確なところは分かりません。なので、坂本竜馬を正面から描こうと思えば、坂本竜馬の葛藤を想像し、キャラクター造形に反映させなくてはいけません(なお、2010年の大河ドラマにおいて、そこらへんの魅せ方はすごくうまいと思います)。
歴史小説は魅せ方が難しい小説なんです。
プロットで驚かせることが出来ないので、それ以外の面で読者様の度肝を抜かなくてはならないんです。それは、新しい人物像を提示することかもしれませんし、あるいはその時代に対する深い洞察なのかもしれません。あるいは人の心を揺り動かすような抒情的な心象風景なのかもしれません。
「歴史小説で何を魅せるべきか」。
正面から歴史小説を書く人であれば、誰しもこの問いが難問であることを知っています。
けれど、その問いに応えるのが楽しいからこそ、歴史小説家たちは歴史小説を書くんです。
決して、「楽」の一言で片づけられないと思うんです。
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