chapter3「とにかく時代小説を書きたいあなたに」
さてさて、気の短い読者様の中には、こんな方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。
「能書きはいいんだよ! 私は/俺は早く時代小説を書きたいんだ!」と。
もし筆者がこのエッセイの読者だったら、間違いなくそう感想欄に書いています(笑)。筆者のように気の短い読者様向けに、今回はちょっといやらしい話(性的な意味ではなく)をしたいと思います。
時代小説を書く際に、書きやすい時代ってあるの? という話です。
結論から言ってしまえば、あります。
逆に、書きにくい時代というのも存在します。
今回は、そこら辺を明らかにしてゆきたいと思っております。
まず、書きやすい時代から。
何より書きやすいのは、ズバリ「江戸時代後期」です! 特に、化政時代(大御所時代とも:1780年代~1840年代)のあたりです!
なぜかと申しますと、この化政時代、我々がイメージする「江戸時代」が、まさにこの化政時代なのです。
時代劇って昔から現代まで色々やっておりますが、大抵ですと同心さんが飲み屋でくだを巻いたり、夜に十六文蕎麦を食べたりしているシーンがあるかと思います。けれど、ああいう風俗が生まれたのは化政時代なんです(よく「水戸黄門」や忠臣蔵関係の時代劇においてお酒を出すような料理屋さんが登場しますけど、あれが江戸で登場するようになるのは化政時代の後半になってからです)。
あとは、浴衣が下着から上着化するのもこの時代ですし、ケチな義賊が活躍するのもちょうどこの時代です。時代劇で見るような島田髷をはじめとする髪型が出揃うのもこの時代です。氷川きよしさんの「箱根八里の半次郎」のような無宿人が社会問題となるのも、ああいう無宿人を取り締まる関八州取締出役が登場するのもこの時代です。
何より現代人から見てイメージしやすいんです。なので、「無宿人剣客のチャンバラ劇を書きたい。別に実在の人物を出す必要はない」というあなたは、迷いなく化政時代を材に取ってください。時代考証もずいぶん楽になると思います。
あとは、平安時代も書きやすい時代だったりします。
なぜか。それは、時代考証の際に体系立った資料が多いという点があります。
皆さま、「有職故実」というお言葉をご存じでしょうか。簡単に言えば、「貴族たちのしきたりや年中行事、あるいは服飾などをまとめた学問」のことです。平安時代の昔から現代にいたるまで研究されている学問です。つまりは千年以上の歴史のある、とてつもなく古い学問なわけです。
平安時代の小説を書く場合、この「有職故実」が実に役立ちます。「あれってどうなってたっけ?」というときに、有職故実関係の本を開けばすぐにわかるという次第なのです。
あと、平安時代という時代は文芸興隆の時代でもあり、さまざまな物語集が古典として残っています。あとは「源氏物語」が人気なこともあってよく映像化されており(マンガなども含む)、イメージをつかみやすいのではないかと思います。
お次に、書きにくい時代を。
まずは考古学的時代~古代。
何より史料が少ないです。まあ史料が少ない分は想像で補えるという部分もありますが、イメージのとっかかりすらない場合もあったりしますので。
あと、この時代は史料が少なすぎて、本職の研究者でさえ「だいたいこんな感じだよね」とざっくばらんにイメージをつかんでいる節すらあります。
あと、それ以上に古代人の精神構造が現代のわれわれとはあまりに隔たりがあって(記紀をお読みいただけるとそこらへんのことはお分かりになるかもしれません)、物語化したときに現代人に対して訴えるものが少なくなる可能性もあります。
あとは室町時代。
この時代もイメージをつかむのが難しいです。何でかというと、元々史料が多くない上に、この時代の研究の碩学・網野善彦(1928~2004)先生によって、中世史がことさらに厄介なものになってしまったからです。
網野先生が提唱なさった歴史観を“網野史観”というのですが、旧来の歴史観に慣れ親しんだ方からすればカオスな史観です。
旧来だと、天皇(公家勢力) ― 武家 ― 農民 という三つの固定的な勢力の関係を軸に中世史を研究していたんですが、網野先生はこの他に“漂泊民”という定住しない職能集団が一定数いたのではないかと考え、それを取り入れたんです。結果として、中世史はずいぶんと複雑な社会モデルとなってしまっています。
江戸時代に入るとそういう“漂泊民”は土地に縛りつけられることとなりほとんどが消滅してしまうのですが、消滅してしまったがゆえに“漂泊民”という存在を現代人が想像しにくくなっています。
また、“網野史観”を色濃く反映した時代物の映像作品に、スタジオジブリの「もののけ姫」なんかがありますので、必ずしもイメージしにくいということはないのかもしれませんが、かなり難易度は高かろうかと思います。
……まあ、ここまで書いておいてアレですが、“網野史観”を無視した物語作りをしてもいいのですけどね。学説を文章の中でどう使うか/使わないかは作者たるあなたの権限ですので。
と、いうわけで。とにかく時代小説を書きたいあなた様。江戸時代後期か平安時代をお書きになられると、上手くいくのではないかと思います。
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