chapter29 「【私見】アンテナを張っておこう!」
……正直、このチャプター、書こうか否か悩んでおりました。
何でかと言いますと、このチャプター、エッセイの趣旨から外れちゃうんですよね。このエッセイの趣旨はあくまで“歴史・時代小説の書き方に関するあれこれ”なんです。けれど、これから筆者がお話しするのは“小説の書き方”にも通ずることなんですよね。ただ、特に歴史・時代小説を書くにあたっては有効なテクニックなので、これをお読みの皆様のためにこっそりと紹介しちゃおうかなあ、と。
今回させて頂くお話は、“情報収集”のお話です。
歴史・時代小説においては情報収集が不可欠です。“歴史”をテーマとして扱ったり、あるいはモチーフとして扱う以上、歴史的事実から当時の習慣・習俗といった“時代考証”が重要になってくるというのは、きっとこれをお読みの皆様にはご理解いただいていると思います。
情報収集の大切さは他の小説も同様なのですが(たとえば現代小説で、キャビンアテンダントを材にとって小説を書くとしたら、キャビンアテンダントについてあれこれ調べておかないといけませんね)、特に歴史・時代小説はとてつもなくその範囲が広いんです。当時の政治機構から庶民の生活まで。生まれたばかりの子供のことから、お年寄りまで。当時の学問から文化まで。現代の言葉に即して言えば、政治経済・社会学・歳時記・文化民俗学・人類学といった広範にわたる知識が要求されます。
ですので、どうしても歴史・時代小説を書く際には調べ物が必須となります。
そのための方法論として、以前「子供向けの学習書籍を読む」というやり方を紹介しました。けれど、あれはあくまで「足りないと自覚できている知識を吸収する方法」であって、あなたの視界そのものを広げることにはなりません。
もちろん、足りないと自覚出来ている知識を吸収することも大事です。けれど、「こういう概念がある」「こういう事実がある」ということを知らなければ、そもそも調べ物は出来ないのです。だってそうですよね? “砂漠”という概念を知らない人間は、そもそも“砂漠”に興味を持つことなんてありません。
「これが分からないから調べてみよう」というのなら、やり方は結構あります。けれど、「あることに興味を持つ」ことは往々にして難しいものです。
つまるところ、「アンテナを張っておこう!」という身も蓋も無いお話になってしまいます。
通常のエッセイでしたら、ここで筆をおいてしまいます。けれど、もっともらしく「世間に向けて意識を向けて情報収集をしておけ!」と説教することなんて、学校の校長先生にだって出来ます。
が! ここで筆を置かないのがこのエッセイです。
具体的にお話ししようじゃありませんか。アンテナの張り方を。
たとえば筆者がよくやるのが、「テレビを垂れ流す」ことです。
え? 「エコに反する」って? はい、確かにその通り。それに、“斜め見しかしていないテレビなんて見ない方がマシだろう、無駄だ”という頭の固いP○Aのようなご意見があるのも存じております。が、こう言ってはなんですが、小説を書く/読むということ自体、そもそもがあんまりエコ的な活動ではありません。それに、文章を読む/書くのはあくまで娯楽なので、世間一般には“無駄”に分類されることなのではないかと思うんですよ。
閑話休題。
テレビというメディアには、ある種の強制性があります。(現在では随分多チャンネル化してますが)数局しかないテレビ局が映像を提供するテレビというメディアは、受け手側がその情報を選り好みする事が出来ないんです。「つまらないからチャンネルを替えようか」と思っても、結局選択肢はいくつもないのです。
現在、そこら辺がテレビ退潮の原因と目されていますが、実は“興味の入り口”とするにおいてはこれ以上いいツールはありません。
たまたま毎週見ていた番組が野球か何かで潰れて、他のチャンネルの番組を見ているとき、ふと「おっ」とか呟いちゃうことってありますよね。普段見ない旅番組で、その地方の面白い習慣を扱っていたり。あるいはドキュメンタリーで旅芸人一座に密着していたり。そして、「こんな世界があるんだなあ」とか「こうなっているんだなあ」とか感慨を持てば、既にその情報はあなたの血となり肉となっています。
仮に、その内容を少し忘れてしまったとしても、それこそインターネットや百科事典などで調べなおせばいくらでも情報を復元する事が可能です。
そう、テレビを見ることで、あなたの引き出しを増やすことが出来るんです。その引き出しは、もしかしたら歴史・時代小説を書く際に役に立つかも知れません。あるいは現代小説を書く際に役に立つかもしれません。あるいは何の役にも立たないのかもしれません。
でも、役に立たないならそれはそれでいいのです。
というか、そうやって心の奥底に仕舞いこまれた引き出しは、まったく他の場面で活躍する事があるかもしれません。たとえ死ぬまで役に立たない知識だったとしても、その知識はあなたを少しだけ豊かにしてくれたはずです。「おっ」という驚き、知的好奇心という奴は、不思議とその人を幸せにさせるものです。
P.S. 学生さんへ
実は学校教育というヤツも、テレビと同様の強制力があります。学校教育も、人の引き出しになりうるんです。
きっと、学生まっただ中の皆様は「なんでこんな無意味な勉強をしなくちゃならないんだよ!」といぶかしみながら勉強をしていることでしょう。けれど、小説を書いていらっしゃる皆さまならば、そのうちに分かるはずです。
学校教育で培ったものというのは、一生その人の中で息づくものです。その人の調べ物のスタイルや嗜好にものすごく影響を与えますので。
というわけで学生様。
小説を書きながら、御勉学の方も頑張ってください。
学生時代、あんまり頑張らなかった作者より。
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