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第13話:五帝と四帝
 政府本部局。斬島の部屋には、焔と斬島がいた。焔は中央に立っているだけだが、斬島は柄にもなく、落ち着きを失い部屋中を歩いていた。

「クソ……! 大変な事になるぞ」

 斬島は机に戻り、椅子を乱暴に引いて着席した。

「すみません……」
「謝って済む問題じゃない! 国家問題だぞ!」

 斬島が苛立っている理由は、焔にあった。焔がいれば、レイは大丈夫と思っていた。しかし、焔は惨敗、レイは……死亡。五帝の一人が死んだから怒っているのではない。フロイア帝国の戦士が死んだから怒っているのだ。
 レイはフロイア帝国で有名な戦士、階級も高かった。では、何故そのような戦士を日本に留めたのか気になる。焔でさえも、そう思っていた。

「いや、すまん。お前を叱っても、何も始まらない。とりあえず、この事は穏便に上へ話す」
「斬島さん、俺はどうなるんだ……?」

 焔は怯えていた。本人は隠しているつもりでも、足が少し震えていた。

「お前に責任を重ねるような真似はさせない。だが、上の人間達が謝罪に向かう程度の償いは確実だろう」

 フロイア帝国。第二次世界大戦では、その名を全世界に馳せた強大国である。

  ◇

 五帝ファイヴの内、二人は帝斗大付属高等学校に在学中の二年生である。未成年が政府を守るなど馬鹿げていると、最初は誰も相手にしてくれなかった。だが、斬島は二人の力量を認め、無茶を通して五帝に仕立て上げた。
 二人は学校の校門を出た所だった。まだ正午近くなのに、二人は帰っているのだ。

「今更だけど、帝斗の連中は目が腐ってるな」
「仕方ないよ。日本改造計画の産物だもん」

 男の方が愚痴を溢すと、女の方が平然たる態度で言った。
 男の名は水月弥生(みつき やよい)。女の名は榊原和泉(さかきばら いずみ)。二人は園児時代からの幼馴染みである。互いの良い所と悪い所を知り尽くしているのだ。
 校門を出ると、高級なリムジンが二人を迎えた。二人が乗り込むと、専属の運転手は車を発進させた。

  ◇

 リムジンから降りて、弥生と和泉の姿は本部局の入口にあった。
 昼食の時間だからか、警備員以外はいない。二人が扉を過ぎても、警備員は認証どころか止める事すらしなかった。顔が知れ渡っているから出来る業だ。
 関係者だけが立ち入り出来る道を通り、二人は奥へ進んでいく。流石に階級の低い者は、ここまで入る事は出来ない。だから、ここは人通りが少なく、会う者はそれなりに階級が高いのだ。
 誰とも会わずに進むと、前から赤い髪を逆立てた人が歩いてきた。岬焔である。

「焔、久しぶりだな」

 弥生は憎たらしく言った。焔は二十代後半、弥生達は十代後半。その差はおよそ十歳。年上に対する口の利き方とは思えない。

「……何の用だ?」
「上から収集がかかっていまして」

 弥生ではなく、和泉が答えた。

「そういえば、お前へま仕出かしたらしいな。レイを見殺しにしたそうじゃん」
「貴様には関係ない」

 弥生の攻撃的な口調に、あの焔でさえ閉口気味になってしまう。

「関係ない? それは違います、焔さん。レイさんは仮にも五帝の一員でした」

 和泉の言っている事は正しい。今回は焔に非がある。

「てめぇ等、いい加減にしろ。マジで殺すぞ」

 今まで大人の態度を見せていた焔だが、堪忍袋の緒が切れ、とうとう本性を出す。

「やってみろよ!」

 弥生は和泉の肩を支えにして、宙に浮き、右側から回し蹴りを繰り出した。ところが、焔は瞬時に両手を横に出していて、上手く防御していた。
 弥生は正面から踏み込もうとした。その時、焔は精悍(せいかん)な口振りで言った。

「右ストレート。続けて、左ローキック。止めは首への手刀。違うか?」

 弥生は後ずさった。全て合っているのだ。

「てめぇ……化け物か」

 相手の行動を読める、確かに化け物染みている。

「そこまでだ」

 対顔していた二人は、動きを止めた。焔の後ろから斬島の声がしたからだ。
 斬島は僅かに顔を歪ませていた。怒りを我慢しているように見える。

「今は大変な時期だ。仲間内で争う事だけは勘弁してくれ」
「すんませーん。行くぞ、和泉」

 弥生は不服を持ちながらも、あっさりと立ち去った。和泉は斬島に一礼して、共に行った。

「……焔、医師に身体を見てもらえ」
「でも斬島さん、今は大変な時期だって」
「俺にとっての話だ。お前は休みが必要なはずだぞ」

 頭を数回小突き、斬島は歩き出した。焔は斬島をそっと見送った。

  ◇

 CT室には、白衣を着た医師と焔がいた。医師は検査台に焔を寝かせ、隣の部屋へ移動した。
 横の壁は透明な硝子になっていて、焔からは医師の姿が見えた。

『検査を始めます。力を抜いて、コンピュータの指示に従って下さい』

 マイクを使って、こちらの部屋に医師の声が流れてくる。

 ――岬焔。祖父の名は岬信三。信三は焔が五歳の時に病気で亡くなった。焔の記憶には残っていないが、信三は優しくて温かみのある人だった。若い頃、神経学に興味を持ち、それに関わる会社に勤務した。退職後は大学の教授となった。
 焔は生まれて間もなく、知的障害だと告げられた。信三は事実を受け止め、今まで学んだ神経学を活用して、知的障害を治す方法を考えた。しかし、呆気なく死亡した。
 信三の意思は一人の青年が継いだ。信三が大学で可愛がっていた生徒である。名を成瀬俊介。信三が亡くなってから約十五年、成瀬は信三の残した資料を参考にして、知的障害を治す事に成功した。
 2030年、焔は二十一歳の時、知的障害を治す手術を行った。そして……現在。

『――検査が終わりました。こちらの部屋に移動して下さい』

 焔はそろそろと台から降り、隣の部屋へ向かった。

「お疲れ様です。結果ですが、身体に異常はありませんでした」

 そうだろう。むしろ、前より身体が軽々している位だ。

「ただ、脳の方に……異常と言っては何ですが、問題がありまして」
「何だ?」
「脳波が非常に活発に動き、動きすぎて乱れが生じています」

 焔に難しい話は通じない。尤も、危険な状態だと、これだけは理解した。

「岬さんは持病をお持ちですか?」
「七年前まで、俺は知的障害者だった」

 医師はそれを聞くと、ぎょっとした。焔は気になり、すぐ理由を訊ねた。

「理由を知っているのか?」
「医師の中で有名な伝説がありまして……。知的障害を治し、その後から常識を上回る能力を身につけるという物です」

 普通はサヴァン症候群患者から出来上がる。焔はサヴァン症候群ではない。でも出来た……。

残留特殊能力ワイズ。それが現象の正式名称です」

 何れにせよ、焔は力を手に入れた事を喜んだ。この力で御影直也を倒す、そう心に刻み込んだ。

  ◇

 自己紹介も済んだ所だが、特に何もする事がない。皆、まだ一つ線を引いているという感じ。

「今日は流れ解散で構わん。俺は先に失礼する」

 荒木は無責任にも、この場からいなくなった。……どうしろってんだ。
 縹は縹で、電子機器を取り出し、何やら(いじ)っている。逃げ道を作りやがった。

「皆、これ見てよ」

 と思いきや、縹は静まり返った空気に潤いを与えた。電子機器を再び広範囲バージョンにして、一同が見られるように変えた。
 どこかの掲示板のようだ。リアルタイムで更新されている。

「祝詞さん、これは何ですか?」
「僕達の放送について、ネットでは随分と話題になっているらしい。あの四人は誰か、目的は何か、暗号の答えは何か……ってね」

 予定時刻を過ぎた今、国民は何かしらの期待を抱いているのだろう。

「そこで面白いサイトを見付けた」

 縹は電子機器にもう一度触れ、別のサイトに飛んだ。背景が真っ黒で、文字は赤色。趣味の悪いサイトだ。

「僕達はネット上でこう呼ばれている。四帝と書いて、チルドレン」

 俺自身あんまり詳しくはないが、ネットは凄いな。勝手に騒ぎ立て、話を膨らます。

「経緯を辿っていくと、面白い事実が分かった。どこかの誰かが五帝の存在を知っていて、ふざけて僕達の事を四帝と名づけた。勿論、四は人数から来ている」

 そこまでは理解出来る。何故、チルドレン? 俺達が子供だったからか。

「僕達が指定した、今日が何の日か知っているかい?」

 今日は五月五日。……そういう事か。

「こどもの日。だから、チルドレンか……。上手い事言う奴がいるもんだな」

 五帝に対抗する、四帝チルドレン。不覚にも格好良いと思ってしまった。

「ふっ。いざ来てみれば、その名の通りガキだったがな」

 額に大きな傷がある、リザルトという男は面当てを言う。マテリアという女も便乗する。

「私達はこの位で失礼させてもらうよ。ガキとジジイに囲まれてちゃ、こっちまで腐りそうだからね」

 誰も言い返さないまま、二人は素っ気ない態度で出ていった。

「何だ、あいつ等。感じ悪っ」

 桜井は口を尖らせた。ジジイと言われた爺さんは、全く気にしていないようだ。いや、聞こえていないようだ。

「まあ、最初はこんなものでしょう。荒木さんの統率で、何とかまとまれば良いのですが」

 戸高は鷹揚な性格らしい。俺と年齢は然程変わらないだろうが、やはりエスペラントの幹部。備えている肝が違う。

「戸高慶吾だったよな? いつからエスペラントにいるんだ?」
「僕は三年前からいます。十五歳の頃、色々な理由があって、僕は学校に行っていませんでした。ある時、僕は政府の人間の逆鱗に触れてしまい、殺されかけました。そんな中、助けてくれたのが――」

 荒木ってわけか。十五歳の少年を助ける、余程お節介なのか、気に入ったのか。
 程なくして、浅葱は戸高に対して問いかけた。

「戸高、西の視察はどうだった?」
「特に報告する点はありませんでした。ですが、一つ気になる事が……」

 お互いに喋り慣れている様子だ。荒木のお墨付きとあれば、浅葱だって認める。

「言ってみろ」
「最近入手した情報です。日本の総理大臣がフロイア帝国を訪れるとか」

 五帝のレイ・フェルツィオーネも、新しく入ったリザルトとマテリアも、フロイア帝国出身。

  ◇

 五月某日、日本首脳部はフロイア帝国に到着した。フロイア帝国の要所となる空港に飛行機が着陸し、総理大臣と共に十人程の人が降りてきた。
 この度、首脳部がわざわざ訪れた理由は、レイ・フェルツィオーネの死にある。日本の視察として滞在していた戦士を、政府の不注意で死亡させてしまった罪は重い。フロイア側が謝罪を求めている事から、首脳部の人間はこうして来たわけだ。

「初めまして、総理」

 一列になって進む首脳部の前に、巨漢が現れた。その迫力に、一部の人間は驚き慌てた。
 体格が大きいだけではなく、男の背中からはただならぬオーラが溢れ出ていた。

「君が案内役かね」

 総理が臆せず前に出ると、男は頷いた。

「はい。フロイア帝国の戦士、ジェイド・F・ハーネスです」
「流暢な日本語ですな」
「娘が……日本語を練習していたものですから」

 荒い歓迎ではなかった。総理は、てっきりフロイアの洗礼でも受けるものかと思っていた。
 これから、首脳部は皇帝と対面する。非を認めてから、日本の言い分を主張する。なるべく穏便に済ませてもらえるよう、限りを尽くす。一戦士が亡くなった位では、フロイア帝国といえども大問題に発展する事はないだろう。
 ジェイドの後をついていくと、三台の車が見えた。ジェイドに誘導され、総理達は別々に車へ乗った。一台につき、およそ三人の乗車である。

「ジェイドさん、折り入ってお訊ねしたい事がある」

 発車してから間もなく、総理は助手席に座るジェイドに言った。

「何でしょうか?」
「こちらの国で、機動兵器スピリット・アームズはどのような塩梅で?」
「お答えに適う事は出来ません」

 国家機密、その言葉が一番よく当てはまる。答えてくれない事など、総理も初めから分かっていた。ただ、少しだけ鎌をかけてみたのだ。

「総理……。あなたに子供はいますか?」

 申しづらそうに、ジェイドは咳払いをした後、そう言った。

「ああ。娘が二人いる」
「娘さんの事が好きですか?」
「勿論。相思相愛だ」

 総理に迷いはなかった。ジェイドは聞き終えると、前を向き直し、自分の鞄を探り始めた。

「娘さんと喧嘩でもしたのかね?」

 少しふざけるように、総理は口を押さえながら笑った。

「ありがとうございました。――総理」

 三発の銃声が車内に響いた。他の車からも、人数分の銃声が聞こえた。
 三台の車は停止し、道の端に寄った。ジェイドは助手席から降りて、後部席の扉を開けた。

「哀れだな。貴様の人生に同情する」

 車のシートは、総理達の頭から噴射した血で、どす黒く染められていた。