第07話:機動兵器
こんな少女が……政府の回し者なのか?
「心配しないで。私はあなた達の敵じゃない。いえ、むしろ味方と称すべきね」
ただ者ではない事は確かだ。俺は感づかれないよう、そろそろと右手を後ろのポケットへ向かわせた。ここにはワルサーRPが眠っている。銃を取れば、こちらのものだ。
「暴力で解決する方法は嫌い。銃は止めて下さる? そこのお兄さん」
人をおちょくった口調。腹が立って仕方がない。
「あ~ん! お嬢様~、助けて下さい!」
突如、通路で間抜けな声が響いた。部屋の緊迫した空気は破れ、怪しい少女は溜息を吐いた。
扉から、隊員二人にがっちりと両腕を押さえつけられた、メイド服姿の女がやってきた。泣き喚いていたが、蒼海と名乗った少女を見ると、表情を明るくした。
「お嬢様! こんな所にいらしたのですね」
隊員は、飛びつこうとするメイドの女を再び抑える。
「浅葱さん、荒木さんはこちらにいませんでしたか?」
隊員はここに荒木がいると思い、来たようだ。
「ここにはいない。……その女は?」
今、一同が気にしている事を訊いてくれた。
「トンネル中央部で、挙動不審に歩いていましたので捕らえました」
「とりあえず、離してやれ。後は俺に任せて、お前達は下がれ。荒木さんは体調が優れないようだから、俺が伝えておく」
今更だが、浅葱は統率力があるな。俺には無理だ。
隊員は礼をして、部屋から出た。これで部屋には、俺達四人と謎の二人が残った。
「貴様等は何者で、目的は何だ? そぐわない回答をした場合、銃殺という事も考えられる」
浅葱は常備しているライフルを見せつけた。
「この距離で、スナイパーライフルは無理でしょ。私がナイフでも持っていれば、確実に勝つわ」
「警告はしたぞ」
少女に苛立ち、浅葱はライフルを構えた。すると、隣にいたメイドは真剣な面持ちで中間に割って入った。
「お嬢様に害をなす者は、私が許しません。もしもお嬢様に手を出したら……」
メイドから殺気が感じられる。さっきまでの抜けた様子とは、全く違う。
「どちらも落ち着いて。今は話し合うべきです」
こういう時は御影の役目だ。苦笑いをしながら、二人の嫌悪な気を止めた。
その中、俺はこの光景を面白げに見ていた。何かある度、言い争いをしている気がする。
「そうよ、高嶺。私達の目的を忘れないで」
少女の言葉で我に返り、メイドは落ち着きを取り戻した。
「まず自己紹介ね。私は蒼海、十五歳。こっちにいるのが私の専属メイド」
「私は高嶺愛美、ぴっちぴちの二十二歳です」
縹は学生で、二十歳前後。って事は、この部屋で一番歳が上なわけだ。
浅葱は、どうも高嶺の性格を好かないらしい。俺もきついとは思うが、何もあんなに皺を寄せなくても良いだろう。
「で、ここに来た目的は何だ?」
「あなた達に協力してもらいたい任務があるの」
危ない娘だとは分かっていたが、かなりストレートだな。
「勿論、ただじゃないわ。協力してくれる場合、最新の機動兵器を二機、あなた達に差し上げる」
こんな小娘が機動兵器を持っているとすれば、何か怪しい組織が糸を引いている。でも、その可能性は極めて低い。つまり、こいつは嘘を吐いている。
「政府が秘密裏に作成した、この世に一機しかない物よ。信用出来ないなら、それで構わないわ。だけど、花月二機程度で、政府に立てつくなんて不可能よ」
どこまで知ってやがる。……下手をすれば、俺達の事を全て調べ上げているかもしれない。
「解決したい任務とは?」
ここにきて、初めて縹が口を開いた。
「私の母が政府に捕らえられている。その母を助けてくれるなら、機動兵器を前渡しするわ」
浅葱は数秒考え、一気に条件を捲し立てた。
「協力してやらない事もない。だが、これだけは覚えておけ。常に主導権は俺達が握っていて、少しでも嘘や偽りがあれば、お前達を殺す」
前へ足を進めようとした高嶺を、蒼海は腕を上げて止めた。
「ええ、最初からそのつもりよ」
蒼海の母は本部局に務めていたそうだが、今は都市の地方に回された。母はずっと政府に疑念を抱き続けていたが、逃げ出す事は出来なかったらしい。そこで、娘の蒼海が助けを呼びにきた。
「しかし、花月二機で太刀打ち出来るものなのか?」
俺が問うと、蒼海はきょとんとした顔で返答した。
「花月には乗っていかないわよ。前渡しする機動兵器に乗って、政府を襲撃するの」
一番恐ろしい結末は、蒼海達が裏切る事。ここに機動兵器がある、とでも言って誘い出し、集団で攻撃すれば、俺達の人数なら敗北しかねない。
「襲撃人数は何人ですか?」
次は御影が問うと、またも蒼海は俺等からしてみれば、ふざけた顔で返答した。
「何言ってるの。機動兵器を操縦する二人だけに決まってるじゃない」
いよいよ、話が不味い方向になってきた。怪しい、怪しすぎる。
こちらが二人だけなら、蒼海と高嶺の二人で隙を突くだけで……殺せる。その事に気付き、俺達は快く賛同を出来なかった。
「僕が行きます」
御影が挙手をした。……あいつ、正気か。
「僕の空間把握・未来予測を活用すれば、裏切り行為は筒抜けです。いかがですか?」
「決まりね」
蒼海はクスっと笑みを溢す。
地方局の襲撃なので、然程危険な任務ではない。自分の腕を磨く為にも、良い経験になるだろう。だが、いくら御影がついていると言っても、あの二人と行動を共にするのは良くない。
「あなた、どうかしら?」
蒼海が指名したのは……俺。何故、俺に振った?
「良いだろう。俺も行こう」
荒木に任務の事を告げると、奴は興味なさげに許可をくれた。調べ物があり、忙しいそうだ。
任務は三日後。それまでの間、俺は機動兵器の操縦を御影から手取り足取り教えてもらった。
◇
任務前日の深夜、俺は地下から上がり、廃ビルの二階に行った。廃ビルは壁がないので、空が一望出来るのだ。こんな場所に行こうとするなんて、やはり緊張しているのかもしれない。
二階には先客がいた。御影だった。
「成瀬さん、寝ないんですか?」
「俺より二つも年下のお前に言われたくはないな」
俺は月明かりの中、御影の横に腰かけた。そういえば、縹との戦闘時も綺麗な月が出ていたな。
「……御影、蒼海と高嶺をどう思う?」
「判断は出来ません。ただ、悪い人ではないと思っています」
「根拠は?」
「――目です」
御影は自分の青く輝く目を指した。
「彼女の目は嘘を吐いていない気がするんです」
「何れにせよ、明日は全神経を巡らせておけ。怪しい動きがあれば、迷わず撃ち殺せ」
御影は念の為、荒木からハンドガンを貰っていた。
「一つ訊いても良いですか?」
唐突に、御影は俺の顔を窺ってきた。
「失礼を承知で訊ねます。成瀬さんの母君は、今どこに?」
親父の失態で、母さんは鬱状態に追い込まれた。俺は逆に開き直ったが、母さんにそれは無理だった。
「今は精神病院に入っている」
「……すみません」
謝るなら、最初から訊いてくるな。親父の末路を知っているなら、尚更だ。
「御影、お前の家族は?」
「父は僕が幼い頃、他界しました。母は日本改造計画が始まってから、僕の前から姿を消しました。兄弟はいません」
日本改造計画か……。御影も操られていれば、母が消えても何とかやっていけただろう。
皆、家庭には事情を持っている。だからこそ、政府を潰さなければいけない。いつか絶対に。
◇
翌日、俺と御影、蒼海と高嶺は狭い通路を歩いていた。地下だろうが、荒木の基地とはまた違う。近代的な造りで、頑丈そうだ。
場所がどこかは分からない。高嶺が車で送ってくれたが、かなり道を撒かれた。位置把握を持っていても、御影は地形を理解していない為、意味がなかった。
「おい蒼海、いつになったら着く?」
「せっかちね。政府の目から逃れる為、見付かりにくい場所に仕舞ってあるのよ。あなた達の基地みたいな簡単な場所じゃなくてね」
荒木の基地だから馬鹿にされようが関係ないが、いちいち一言多い女だ。
しばらくすると、大きな扉の前に着いた。横の壁に設置してある機械で認証を済ますと、扉は静かに開いた。
少し規模の大きい倉庫程の広さだ。中には、黒いカバーに覆われた大きな物が二つ置いてあった。
高嶺はカバーの端を引き、機体の存在を露にする。
「右にあるのが、神鬼。左にあるのが、黒影。あなた達の機動兵器よ」
神鬼という呼び名の機動兵器は、白色を主体として、青色で翼のような紋章を象っていた。翼は紋章だけではない。この機体は花月と同じ色だが、圧倒的に違う点がある。――機械的な翼が生えている。まるで神や天使のように。
「初めに言っておくけど、この羽で上昇は出来ないわ。けど、滑空は出来る」
黒影という呼び名の機動兵器は、その名の通り黒色で塗り潰されていた。真っ黒すぎて、かえって存在が見えなくなる、影のような存在。
花月は、どことなく丸みを帯びている。クリミナルで出会った烈火は、刺々しい感じだった。この二機でも表現するなら、神鬼は尖っている。黒影は……よく分からない。
「黒影には御影君、あなたが乗りなさい」
蒼海が指定すると、御影は嬉しそうに言った。
「この機体、僕と近しいものを感じます」
「黒影は、恐らく機動兵器の中で一番性能が良いわ。その反面、性能が良すぎて、誰にも扱いきれない。……あなたを除いて」
御影は、黒影の顔をじっと見つめていた。
俺は最終確認の為、蒼海に喋りかけた。
「お前達は車で基地に戻るのか?」
「馬鹿ねぇ。私達がいなければ、政府局に行けないし、たとえ着いたって迷うだけでしょ」
……言われてみれば、そうだ。こいつの前だと、調子が狂わされる。
「計四人だから、二人ずつに分かれるのが妥当ね」
蒼海は少し唸って、考えていると露骨にアピールする。
「お前は御影の方に乗れ。俺は高嶺と乗る」
「あら? そんなにメイドさんが好きなのかしら」
どうとでも言え。蒼海と一緒にいたくない。それに、高嶺はかなり腕が達者だ。御影と組ませると不味い。
「近い歳同士、仲良くするんだな」
近いどころか、同じ歳だな。
俺は高嶺を呼びかけ、神鬼の前へ歩んだ。花月より、ほんの少し大きい位の体長だ。
「高嶺、梯子はどこにある?」
「そこの手すりに掴まって下さい」
高嶺が指した箇所には、銀色の手すりがあった。俺は言われるまま、その手すりに触れた。すると、身体が宙を浮き、操縦席の入口まで上昇した。
「テスト機とは別格というわけか」
続いて、高嶺も操縦席にやってくる。メイド服だというのに、身軽な動きだ。
「成瀬様、操縦席をご覧下さい」
花月より複雑になっている操縦席。レバーやペダルの数も増え、訳の分からないボタンも複数ある。計測器も増えている気がする。
「主な操縦は花月と変わりません。実践で覚えて下さい」
無駄にはならないだろうが、ここ三日の特訓がアホらしく思えてきた。
俺は椅子に座り、中央にある二つのレバーを持った。
◇
御影も、搭乗口への入り方に感心していた。黒影の操縦席を見て、御影は驚かされた。
レバーやペダル、ボタンが全てない。計測器はあるが、他のものが消えているのだ。
「これはどういう事ですか?」
後方に立つ蒼海に、御影は投げかけた。
「黒影は、レバーとペダルを使わないわ。頭から発信される情報で動くの」
蒼海は本来ペダルがあった位置を探り、黒いヘッドホンのようなものを出した。
「これをつけて、頭で命令する。あなたは黒影とシンクロをして、何倍もの力を出す事が出来る」
シンクロという不慣れな言葉に、御影は怪訝な顔になった。
「メリットは分かりました。では……デメリットは?」
「――機体が攻撃を受けると、あなたにも精神的ダメージが及ぶわ」
空気が凍る。蒼海は薄らかに笑っている。
「機体が壊れた場合、僕はどうなるのですか……?」
「死ぬわ」
御影の前にいる少女は、冷酷に言い捨てた。
「この機体だけよ。成瀬の乗っている神鬼も通常と変わらない」
確かに御影も黒影に惹かれたが、あまりにも違いがありすぎる。まるで故意のように。
「何故、僕にこの機体を薦めたのですか?」
「だって、あなたしかいないもの。残留特殊能力を持つ、あなたしかね」
無理矢理ヘッドホンを渡され、御影は仕方なく着用した。
御影には、蒼海の存在が不思議でならなかった。