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第04話:エスペラント(1)
 逆立てた髪を真っ赤に染めている青年・焔は任務を終えた後、政府本部局へ戻った。
 そして、着いて早々、上司の部屋へ呼び出された。

 焔は、重厚な扉から部屋に入る。部屋の中は、鎧兜・甲冑・刀などが綺麗に立て並べてあり、古風な雰囲気を(かも)していた。
 真正面には、机にどっしり構えた男がいる。目付きの鋭い、落ち着きのある男だ。目付きが悪いという意味ではなく、誰にも負けない眼光を放っているという事だ。

「焔。何故、任務に従わなかった? お前の任務は、機動兵器スピリット・アームズ・花月の回収だったはずだぞ」

 男は机に数枚ある書類に視線を送り、焔を問い詰める。

「だってよう、斬島(きりしま)さん。最近、つまらない任務ばっかりだっただろ? だから……」
「つまらない任務が続いていた。だから、二十八人もの囚人を惨殺した。これが理由になると思う程、お前も子供ではないだろう」

 あくまでも、斬島は大人の態度で諭す。しかし、実際に二人は十歳しか年齢が変わらない。

「第一、日本改造計画が施行されている今、反乱など起こるはずがない。分かったら、今後の行動に気をつけろ。お前は、五帝ファイヴの一員なのだからな」

 斬島がまとめ、話を切り上げた。焔は解せないような態度で、部屋を退室しようとした。が、扉付近で立ち止まり、斬島を向いてから、爽快に言った。

「そうでもねぇよ。近い内、反乱が起こる」

 焔が思い浮かべたのは、クリミナルで逃がした連中だった。

  ◇

 四月になり、縹祝詞は大学三年生になった。帝斗大学の三年生だ。
 今の帝斗大学は、成瀬俊介が通っていた頃と全く異なっていた。男は戦闘を学び、女は機械を学ぶ。そのような方針で、卒業後は政府の人間として働かされた。勿論、全てマイクロチップの洗脳があるからこそ、なせる業だ。
 縹祝詞は真面目な学生で、この優秀な人間が集う場でさえも、一線違った存在である。講師にも、政府の人間にも、縹の事は知れ渡っていた。

 縹はある時、政府本部局へ招集された。声をかけたのは、斬島(じん)という三十代後半の男だ。縹も噂はかねがね聞いていた。
 縹が呼ばれた部屋の前に着くと、丁度、赤い髪の青年が部屋から出てきた。目が合い、会釈をすると、青年は無視をして立ち去った。

「失礼します。縹祝詞です」
「入りたまえ」

 太く(たくま)しい声。縹はゆっくりと扉を開ける。

「君が縹君か。噂は聞いているよ」
「こちらも、斬島さんの噂は聞いております」
「ほう。どんな噂か、是非聞いてみたいものだが、それはまた別の機会にしよう」

 成程。上に置かれる人間なわけだ。話も上手い。

「私は、君に頼みがある」

 縹は、様々な命令を覚悟した。悪い事ではないようだが、学生が本部局に呼ばれる事は前代未聞なのだ。

「帝斗少年院から脱獄した者が三人いてね。どうも厄介な相手らしく、消息が掴めないのだ。そこで、彼等を捕まえるべく軍団を配備した。君には、軍団のリーダーを務めてもらいたい」

 願ってもいない状況だった。縹は正直な所、大学でのつまらない日常に飽き飽きしていた。そこに一筋の光が差した。

「光栄です! 私で良ければ、斬島さんに全力をお貸しします!」

 成人を超えたばかりである青年が、決意した時であった。

  ◇

 鉄道とかいう乗り物が通っていた地下トンネルに、浅葱の知り合いが作った基地があった。トンネルがある広い空間を過ぎると、個室がたくさんあった。
 話を聞いている限りでは、浅葱は事件を起こす前、この軍団の一員だったらしい。事件を起こす前……七年前という事になる。俺と同じ位の歳で、七年前からこんな組織に入っていたなんて、考えただけでぞっとする。
 一番広い部屋に着くと、浅葱と親しい荒木という人は、部屋にある数個の椅子に着席を促した。
 特に何もない、陳腐な部屋だ。地下だけあって、どことなく空気が濁っている。

「私は荒木悠。浅葱の保護者だ」

 曖昧な言い様だな。親ではない、か。

「まず、浅葱を助けてくれて、ありがとう」
「荒木さん。俺はこいつ等がいなくても、脱獄出来た」

 浅葱は不服らしく、血相を変えて反論する。

「その割に、七年間も手間取っていたようだが」
「荒木さんだって、俺をずっと放置していたじゃないか」

 小声で嫌味を言う。浅葱が出来る、精一杯の反抗だ。

「政府の連中は、消息を掴めないよう服役先を頻繁に変えていた。それはお前が最も身に沁みているはずだ」

 いくら尊敬する人でも、七年間もほったらかしにされたら、誰だって怒る。行き場をなくした浅葱の怒りの矛先は、俺達に向いてしまった。

「成瀬、御影。お前等、早く基地から出ていけ。盗んだ花月を使えば、都市から抜け出せられるだろう」

 無茶苦茶な事を言っている。あんな目立つ物で移動していれば、すぐに捕まるに決まっている。

「成瀬……?」

 荒木は、俺の名字を復唱する。

「お前の父親の名前は何だ?」

 クリミナルでも、御影に同じ質問をされた。とんだ有名人だな、親父は。

「成瀬俊介です」
「そうか……君が成瀬の息子か」

 これも、御影と同じ反応。犯罪者としての親父を知っているのではなく、本当の親父を知っている。

「私は小学生の頃、成瀬と同級生だった。総理殺害の時は、命運を共にした仲間だ」

 ……何だって? こいつも仲間か。通りで、浅葱と面識があるはずだ。
 違う、仲間なんてものじゃない。荒木悠、そうだ聞いた事があるぞ。総理大臣殺害の首謀者、反政府組織・エスペラントの頭首。

「あんたが親父を(そそのか)したのか?」
「それは誤解だ。成瀬から俺に頼んできた」

 まあ良い。今更どうこう言った所で、何も変わりはしない。

「成瀬君、御影君。君達はクリミナルを脱け出した身だ。世に出れば、捕まるのは明白」

 そうだろうな。俺と御影みたいな小童がどう足掻こうと、無理なものは無理だ。

「そこでだ。君達が嫌でなければ、私の軍団に入らないか?」

 拒めば、俺に未来はない。御影の場合、尚更だ。

「僕、入ります」

 迷いなく、御影はきっぱり決めた。
 面白い……。面白すぎる。親父と協力して総理殺害を行った組織に、俺は(かくま)われようとしている。

「俺も、入らせて下さい」

 今は耐え忍ぶしかない。俺を間接的に(おとし)めたこいつを、いつか殺してやる。

  ◇

 クリミナルから脱獄した俺達が疲労している為、少しの間、休憩になった。休憩が済むと、これからの会議が行われる。
 どうにも落ち着かず、かといって休みたいわけでもない俺は、何となく浅葱の後をつけた。
 浅葱は複雑に入り込んだ道を迷う事なく進む。そして、一室に着いた。扉の前で浅葱は止まり、ついてきた俺に眼を飛ばした。

「何の用だ?」
「色々と訊きたい事があってな。邪魔か?」

 浅葱は答えず、扉を開け、中に入った。部屋の中は質素で、ベッドと机と椅子しか置いてなかった。
 浅葱は壁に立てかけてあったライフルを机の上に置き、ベッドの下に隠してあった道具箱を取り出し、最後に椅子に座った。

「L96A1だよな、このライフル」

 随分と古い形式だが、見ると改造がかなり施してある。しかも、機動兵器ですら、ほんの少しだが怯ませられる有り得ない火力まで搭載してある。

「お前の家では、銃の教育をしているのか? お前の親父も、全く同じ事を俺に言ってきた」

 総理殺害の時か。

「いや、俺は銃が昔から好きだった。親父はただの物知りだ」

 それだけが取り得だがな。

「なあ、浅葱。親父はどんな奴だった?」

 変わった目で見てくる。俺と浅葱は同じ位の歳、得ている記憶は同じはず。そう思ったのだろう。
 だが、俺は表面上の親父しか知らない。少なくとも、親父は俺に陰の部分を見せなかった。

「変わった男だった。荒木さんとはまた違う温かさを持った、よく分からない男だった」

 それだけ言って、浅葱はライフルの改造に入った。
 これ以上は無粋だと思い、俺は部屋を出た。

  ◇

 形状が飲めないまま、俺は徘徊していた。すると、偶然にもトンネルの隅に屈んでいる御影を見付けた。
 ぼそぼそと呟きながら、無心で何かをしている。俺が近付いても、振り向きもしない。

「御影」
「成瀬さん」

 やっと振り向く。薄暗くて良く分からないが、御影は片手にナイフを握っていた。それだけではない。そのナイフで、空いた手を切りつけていた。

「何してんだ……?」
「宗教上の埋葬です。自分で手を下した事を、大粒の血一滴で償うといったものです」

 所詮、気休めに過ぎないだろうな。
 確かに、御影の足元には、どこからか持ってきた土で小さな山が作られていた。山の頂には、固まった血溜まりが見えた。

「僕が殺した、二十人の警官。僕が殺した、二十七人の囚人。そして――宗治さん」

 どこまで真面目なんだ。警官を殺したのは操縦者の御影だが、囚人と宗治を殺した点は違う。むしろ、二十八の人間を殺したのは――俺。

「これは宗治さんの分です」

 ナイフで、手の平を切り裂く。よく見れば、御影の手はどろどろに赤く染まっていた。

「もう止せ。十分だ」
「最後まで、やらせて下さい!」

 俺が抑えようとすると、御影は叫んだ。
 手から血が滴り、土の山に落ちる。何故……こんなにも優しい奴がクリミナルにいたんだ?

「御影、来い。その手を治療するぞ」

 仕方ない。今だけは、俺が面倒をみきってやる。
 ……御影の返事がない。その時、何かを落とした金属音が聞こえた。ナイフのものだ。

「御影……?」

 御影はゆらりと肩を揺らし、冷たいトンネルの床に倒れた。