第二話:盗賊退治(後篇)
現在俺達は盗賊団の砦が見える地点で行軍を停止させた。
砦は、山の影に隠れるようにひっそりと建てられていた。
許緒と出会った場所からそんなに離れてなかったけど
・・・こんな分かりにくいところじゃ、俺でも見つけるのは難しい。
「なるほど。根城として十分か」
もちろん近付くとすぐに見つかってしまうので、砦はまだ豆粒ほどの大きさにしか見えない。
俺以外の者には。
「許緒、この辺りに他に盗賊団はいるの?」
「いえ。この辺りにはあいつらしかいませんから、曹操さまが探してる盗賊団っていうのも、
あいつらだと思います」
「敵の数は把握できているの?」
「はい。およそ三千との報告がありました」
「我々の隊が千と少しだから、三倍ほどか・・・。思ったより、大人数だな」
俺は秋蘭、春蘭の解答に口を挿んだ。
「だが、連中には春蘭のような将がいない。統率も訓練もない烏合の衆なら問題あるまい」
「けれど桂花、策はあるのでしょう?糧食の件、忘れてはいないわよ」
「無論です。兵を損なわず、より戦闘時間を短縮させるための策、既に私の胸の内に」
「説明なさい」
「まず曹操さまは少数の兵を率い、砦の正面に展開してください。
その間に夏侯惇・夏侯淵の両名は、残りの兵を率いて後方の崖に待機。
本体が銅鑼を鳴らし、盛大に攻撃の準備を匂わせれば、
その誘いに乗った敵はかならずや外に出てくる事でしょう。
曹操さまは兵を退き、十分に砦から引き離したところで・・・」
「私と姉者で、敵を背後から叩くわけか」
「ええ」
そこまで黙っていた春蘭が口をはさむ。
「・・・ちょっと待て。それは何か?華琳さまに囮をしろと、そういうわけか!」
「そうなるわね」
「何か問題が?」
「大ありだ!華琳さまにそんな危険なことをさせるわけにはいかん!」
「落ち着け春蘭。私が付いていて華琳に危険があると思うのか?」
そうさっきの策に俺の名はでていない。
なら、当然華琳と行動を共にするということだ。
「あなたのような木偶の坊でも使えないようなら、軍師とは呼べないわ。
面の皮の厚さと同じ硬さの守りできっちり華琳さまを守りなさいよ!」
・・・・これは認めてくれているのか?
というより認めても褒める気がないだけか。
「だが、そんなことしなくても、烏合の衆なら正面から叩き潰せば良かろう」
「・・・・・」
「・・・・・」
・・・春蘭。
それでは犠牲や時間がかかるから方策を考えているのだが?
「油断した所に伏兵が現れれば、相手は大きく混乱するわ。
混乱した烏合の衆はより倒しやすくなる。曹操さまの貴重な時間と、
もっと貴重な兵の損失を最低限にするなら、一番の良作だと思うのだけれど?」
「な、なら、その誘いに乗らなければ?」
「・・・・・ふっ」
「な、なんだ!その馬鹿にしたような・・・っ!」
「曹操さま。相手は志を持たず、武を役立てることもせず、
盗賊に身をやつすような単純な連中です。
間違いなく、夏侯惇殿よりも容易く挑発に乗ってくれるものかと・・・」
「・・・・・な、ななな・・・なんだとぉー!」
・・・・春蘭、そこで挑発に乗ったら、桂花の言葉を証明してしまうのに。
「はいどうどう。春蘭、あなたの負けよ」
「華琳さまぁ・・・」
「・・・とはいえ、春蘭の心配ももっともよ。次善の策はあるのでしょうね」
「この近辺で拠点になりそうな城の見取り図は、既に揃えてあります。
あの城の見取り図も確認済みですので・・・万が一こちらの誘いに乗らなかった場合は、
城を内から攻め落とします」
・・・どおりで探しても近辺の見取り図を探しても見つからないはずだ。
今回の食糧補給役を任されたときから開始したのだろうな。
さすがだ。
「分かったわ。なら、この策で行きましょう」
「華琳さま!」
「これだけ勝てる要素の揃った戦いに、囮のひとつも出来ないようでは
・・・この先の覇道など、とても歩めないでしょう」
「その通りです。ただ賊を討伐した程度では、誰の記憶にも残りません。
ですが、最小の損失で最高の戦果を上げたとなれば曹孟徳の名は天下に広まりましょう」
「春蘭、私だけでなく許緒も今回はいるんだ。それでも不安か?」
「・・・・。士郎!貴様、華琳さまに何かあったらただではおかんからな!
全力でお守りするのだぞ!」
「無論だ。君に負けるまで敗れてはいけないのだろ?安心して暴れてくるが良い」
「・・・ああ。その言葉たよりにさせてもらう」
「では作戦を開始する!各員持ち場につけ」
華琳は力強い声で兵に指示を出していった。
春蘭達の隊が離れていく。
これで、こちらの手勢は本当に数えるほど。
「あ、兄ちゃん。どうしたの?」
「ん?・・・・ああ、許緒か」
華琳の約束の後で、律儀に謝りにきた彼女に気にしてないことを告げると、
何故か慕うようになった。
・・お兄ちゃんは・・、抵抗があったので妥協案で兄ちゃんで落ち着いた。
「季衣でいいよー。春蘭さまと秋蘭さまも、真名で呼んで良いって言ってくれたし」
「そうか。先の問いについては、華琳を守るにあたって、
利用できそうな地形を少し探していたところだ」
そういう下準備はしておいたほうが良いからな。
「そっか・・・、たいやく、だもんね。うぅ、なんか、緊張してきちゃった・・・」
「なに、近づいてきたら吹き飛ばせばいい。細かい部分は私が受け持つ。
季衣がそうしてくれるだけで、私も楽になる」
まだ小さい季衣にそこまで期待するべきではないだろう。
「兄ちゃん強いもんね。ボクと戦った時手加減してたもんね」
「さて、なんのことだね」
俺はとぼけたが、
「隠さなくてもいいよ。冷静に考えると、隙が出来ちゃったときに限って攻めなかったもん」
季衣には通じなかった。
「ただ、甘いだけだよ」
「違うよ。兄ちゃん、それしかなければ遠慮しないでしょ?甘くても流されないもん」
「どうして、そう思う?」
「うーん・・・、なんとなく!」
「やれやれ。なんとなくでは仕方がないな」
直感では仕方がない。
「こら、そこの二人ー!遊んでないで早く来なさいよ!作戦が始められないでしょう!」
「ああ、すぐ行こう。・・・それでは季衣、いくぞ」
「うんっ!」
戦いの野に、激しい銅鑼の音が響き渡る。
「・・・・・」
響き渡る・・・。
「・・・・・」
響き・・・。
「・・・・・」
・・・・響き渡る銅鑼の音は、こちらの軍のもの。
だが、響き渡る咆哮は、城門を開けて飛び出してきた盗賊達のもの。
「・・・桂花」
「はい」
「これも作戦のうちかしら?」
「いえ・・・これはさすがに想定外でした」
「連中、今の銅鐸を出撃の合図と勘違いしているのかしら?」
「はぁ。どうやら、そのようで・・・」
「・・・・・そう」
・・・・・流石にこれには呆れる。
戦場での情報伝達は重要な要素。
その基本がこれだとは・・・。
「華琳、挑発の言葉とか、用意してたのか?」
この時代の合戦では戦う前に名乗りがある。
「・・・一応、こういう時の礼儀ですからね。
まあ大した内容ではないから、次の賊討伐にでも使うことにするわ」
「それがいいだろう。賊に言う内容に違いはさほどないからな」
「曹操さま!兄ちゃん!敵の軍勢、突っ込んできたよっ!」
・・・・あれ、全軍きてないか?
「華琳、私には全軍が突撃しているように見えるが?」
「ええ、私にもそう見えるわ。まあ、多少のズレはあったけれど、
こちらは予定通りにするまで。総員、敵の攻撃は適当にいなして、後退するわよ!」
―――――――――――――――――
「報告!曹操さまの本隊、後退して来ました!」
その報告に春蘭は怪訝そうな表情を浮かべた。
「やけに早いな・・・。ま、まさか・・・華琳さまの御身に何か・・!?」
「心配しすぎだ、姉者。隊列は崩れていないし、相手が血気に逸ったか、
作戦が予想以上に上手くいったか・・・そういうところだろう」
「そ、そうか・・・ならば総員、突撃準備!」
「ほら姉者。あそこに華琳さまは健在だ。季衣と士郎もちゃんと無事のようだぞ」
「おお・・・。よかった・・・・・」
安心した所で、二人は盗賊団を観察した。
「・・・これが、敵の盗賊団とやらか」
「隊列も何もあったものではないな」
春蘭は不満そうに言う。
「ただの暴徒の群れではないか。この程度の連中、作戦など必要なかったな、やはり」
「そうでもないさ。作戦があるからこそ、我々はより安全に戦うことができるのだから」
「ふむ・・・。そろそろ頃合いかな」
「まだだ、敵の殿が来るまで待て」
「だが、これだけ無防備をされているとだな、思い切り殴りつけたくなる衝動が・・・」
「気持ちは分かるがな・・・」
暴走しようとする姉を妹はきっちり抑える。
「敵の殿だぞ!もういいな!」
「ああ。夏侯淵隊、撃ち方用意!」
「よぅし!総員攻撃準備用意!相手の混乱に呑み込まれるな!平時の訓練を思い出せ!
混乱は相手に与えるだけにせよ!」
「敵中央に向け一斉射撃!撃てぃっ!」
「総員、突撃ぃぃぃぃ」
――――――――――――――――――
現在、敵の軍勢は策もあったことによりボロボロになっている。
「はあっ!」
「ぐあっ!」
・・・・正直ものすごく弱い。
おかげで、多くの者を殺す覚悟をしていたにもかかわらず、まだ一人も殺していない。
・・・まあ、腕の二本やそこら奪っているので、日常生活ですら大変だろうが。
それぐらいは自業自得だろう。
「逃げる者は逃げ道を無理に塞ぐな!後方から追撃を掛ける、放っておけ!」
「まあ、基本だな」
窮鼠になられても困るしな。
「華琳さま。ご無事でしたか」
「御苦労さま、秋蘭。見事な働きだったわ」
桂花が季衣に春蘭と追撃に行くよう指示していたから、二人は当分戻らないだろう。
初陣にして春蘭の性格を見抜辺り、人間性はともかく軍師としては見事の一言だ。
「・・・何か私に対して無礼なこと考えたでしょう」
「さて、私は客観的な事実を考えただけだが?」
「桂花も見事な作戦だったわ。負傷者もほとんどいないようだし、上出来よ」
「あ、ありがとうございます!」
「それと・・・士郎。見事な戦いだった・・・けど、なぜ一人も殺さなかったの?」
「殺さず無力化できたからだが?」
「生き残った連中が悪事をしたらどうするの?」
「無力化、それが出来なければ殺す。それだけだ」
「・・・そのせいで、誰かが死んだら?」
「遺族の恨みを一生甘んじて受けよう。ただ、殺されるつもりはないが」
「なぜ、殺されるつもりはないの?」
「約束したのでな。『生きられるだけ生きる、自身の命を決して捨てない』と」
「・・・そう。覚悟をもって進むのなら、我が覇道を妨げない限り私は士郎、
あなたを認めるわ」
「・・・そうか、なら私も。
覚悟をもって進むのなら、我が信念に外れない限り華琳、君の覇道の一助となろう」
周りは無言。
二人の醸し出した場の雰囲気に全ての者が呑まれている。
そして、
「く、くくく、くはははは!」
「ふ、ふふ、あははははは!」
いつしか二人は笑いだした。
「まさか、あの時の言葉、本気とはね!」
「こちらの台詞だな。本気で私のような破綻者を使いこなすか!」
これは覇王と正義の味方が互いを認め、誓いあった一幕
――――――――――――――――――
現在、俺達は街が見える所まで戻ってきた。
「兄ちゃん、街に着いたらご飯買ってきていいかな?朝食食べてないからお腹すいちゃって」
華琳の所に残ることにした季衣がいった。
あの辺りを治めていた州牧が盗賊を恐れて逃げたため、華琳が代わりに治めることになった。
結果、季衣も村の心配がなくなったのだ。
「・・・・・誰のせいで、朝食が無くなったか、分かっていてるんでしょうね・・・・」
怒りを抑え桂花が言った。
「にゃ?兄ちゃん。ボク、何か悪いことした?」
「いや、誰かさんの見通しが甘かっただけだ。季衣は何も悪くない」
そう桂花は約束を守れなかったのだ。
理由は予想以上に兵が残ったため糧食の消費が増えたこと、そして、
・・・・季衣がセイバーや虎と同じだったことだ。
ここまで言えば分かるだろう。
そう、季衣は人の10倍食べるのだ。
奇しくも、俺の懸念が命中したわけだ。
「桂花、不可抗力や予測できない事態が起こるのが、戦場の常よ。賭けは覚えてるわね?」
「・・・・分かりました。
ですが、せめて・・最後は、この夏侯惇ではなく、曹操さまの手で・・・・!」
「・・・・・・・」
春蘭は憮然としている。
「とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのも事実。
・・・いいわ、死刑を減刑して、お仕置きだけで許してあげる」
「曹操さま・・・っ!」
「それから、季衣と共に、私を華琳と呼ぶことを許しましょう。
より一層、奮起して仕えるように」
「あ・・・ありがとうがざいます!華琳さまっ!」
「そういえば、華琳」
「何かしら、士郎?」
「太平要術という古書は見つからなかったが、良かったのかね?」
「いいわよ。その可能性が高いことは分かってたのだし、
桂花と季衣という二つの宝が手に入ったのだから」
このとき俺たちは気付かなかった。
その書が我らの運命を大きく左右させるということに。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。