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第二十一話:荊州攻略戦(中篇)
蜀の首都である成都への距離が縮まるにつれて、劉備たちの攻撃頻度も激しさを増した。
だが、今に至るまで互いに被害はあまりなかった。
理由としては劉備たちがヒット&ウェイに徹しているためだ。
まあ、兵数にかなりの大差があるのだから当然の判断だと言える。
それに成都での最終決戦のためにも戦力は温存する目的もあるのだろう。
本来ならばもう少し味方に被害が出ても可笑しくはなかったが、
情報戦において圧倒的に有利な立場にあるため、被害は抑えられていた。
……それでも犠牲はゼロにはならない。
しかも、今回はこれまでと違い孫策率いる呉のフルメンバーとの戦闘だ。
津波によって敗れるという納得できない決着に区切りを告げるためか、かなりの兵を連れて来た。
当然、戦いも相応に激化した。
現在、戦場を俯瞰している俺の目に、また一人致命傷を受けて倒れる者が映った。
高所で戦場を見張っているせいで、いつも以上に克明にそれが分かる。
兵の一人や二人の死は戦局的に影響がない。
だが、俺にとっては十二分に胸が痛む。
それが敵兵であろうとも。
信念と覚悟を持って戦場に立っているのだろうから、余計な感傷に過ぎないのは分かっている。
……それでも、この痛みは決して消すつもりはない。
それが最低限の礼儀だと思うから。
ひたすら戦場における全ての呪を、絶望を、死を、祈りを心に刻み続ける。
刻み込んだ死の数が六万を超えたころ、勝敗は決した。

「戦局は?」

星はもどかしそうに聞いてきた。
まあ、星の目には状況が見えないのだから当然だろう。

「敵軍は撤退を開始したみたいだ。現在追撃を……!?」
「どうかしたのですかな?」
「……敵の救援だ。率いているのは……蜀の将全員だ」

敵の後方から、かなりの速度で軍勢が戦場に向かってきた。

「まずいな。春蘭が前に出過ぎている。このままじゃ挟まれる」

どうやら孫策たちに対して追撃をしかけていて深追いしそうになっているようだ。
副官として季衣が付いているとはいえ、援軍を相手取るのは厳しい。
華琳たちからの伝令は間に合いそうにない。
俺はため息を一つ吐いた。

――――――――――――――――――――――

「追いっ!?」

ようやく追撃していた相手の姿を捉え、呼び止めるべく声を上げた所へ突然の衝撃が襲った。
混乱する中、落馬こそ避けたものの事態がさっぱり理解できない。

「はぁ……はぁ……ようやく追いついた。って春蘭さま?」
「なんだ季衣?」
「こめかみのソレは?」

わたしはこめかみ辺りに手をやり、季衣の言っていたソレを手に取った。
矢文だった。矢先が吸盤だったため刺さらずに衝撃だけを受けたわけだ。
未だ混乱したまま、わたしはついていた文に目を通した。

【蜀の全武将が率いる援軍来たり。直ぐ戻れ】

文を見て、ようやくそれが士郎からの連絡だと分かった。分かったが……。
怒りに手が震え出す。

「春蘭さま?」
「ふざけるな!孫策がすぐそこに居るのに引き下がれるか!」

持っていた矢を地面に叩きつけた。
ようは援軍が来る前に孫策を討てば良いだけの話だ。

「その春蘭さま?」
「なんだ!!」

いけない。どうにも気が立って納まらない。

「孫策はどこにも見えないんですけど?」
「え?」

先ほどまで孫策のいた方向を見ると確かに誰もいない。
ただ乾いた一陣の風が吹くだけだった。

「急いで追撃を…あう!?」
「春蘭さま!?」

再び矢がこめかみに命中した。
……ちなみに華琳さまが来るまでの間に、都合五回も繰り返された。
もちろん、殺傷能力がないことも分かっているから三回目以降は手で受けたが、
そのせいで追撃に移れなかった。
……士郎め…後で覚えてろ!!

――――――――――――――――――

無事撤退を終えた後、気になったことを話している。

「それは突然のことだったわ。
夏侯惇が背後から迫ってくるのを見て、一戦するのを覚悟したんだけど……」
「けど?」
「夏侯惇に矢が当たって追撃がとまったのよね~」
「それじゃあ、夏侯惇さんは脱落したんですか!?」

桃香の発言通りだったら良かったんだけど……。

「残念だけど、その矢尻は吸盤で殺傷能力はなかったみたい」
「そうか……その隙はつけなかったのか?」

私も冥琳と同じく反撃の機会だとその瞬間は思ったわ。思ったんだけど……。

「しようと思ったら、首筋がちりちりしてね。
勘に任せてそのまま止まらずに進んだら、先ほどまでいた場所を矢が通ったわ。
もちろん鉄製の矢尻付き。……そのままあそこに居るのは危険だからさっさと逃げたわ」
「射手はどこにいたんだ?」

おそらく皆の頭に浮かんだのは今に至るまで姿を見せない、稀代の弓使いである衛宮でしょうね。
あそこまで正確に射ることが出来るのだから彼だと思う……けど。

「それがどこにも見当たらないのよね」

周囲に気を配ってもそれらしき姿などどこにもなかったわ。だからこそ気になっているんだけど。

「恋、飛んできた場所分かる」
「「「「「え?」」」」」
「あそこから飛んだ来た」

呂布が指差したのは………遥か離れた山の中腹。

「冗談……だよね?」
「……恋、冗談つかない……矢が飛んできたの、見た」

もし、本当だとしたら八里もの遠距離狙撃が行われたことになる。
はっきり言って人間に出来ることじゃないわ。

「……けど、それなら納得できます。そんなことが出来るなら、
当然見えているはずですから、動きは筒抜けでしょうし、姿を見せずに戦えます」
「だが、そうだとしたらどうする?放っておくには危険すぎる」

その日の夜、最終決戦における衛宮対策が話し合われた。

―――――――――――――――――――――――――

「苦労したようですな」
「まったくだ」

春蘭の猪突猛進には困ったものだ。
いろいろ孫子を教えたはずなのにな。
知識を身につけても、使わなければ意味がない。まさしく猫に小判といったところか。
それが良く悪くも春蘭の有り様でもあるけどな。
時には“考えない”というのも必要なことだ。
[下手の考え休むに似たり]という言葉があるが、人はどうしても考えすぎてしまうことがある。
だが、春蘭には無縁なことだ。
だから、春蘭に自重を覚えてもらうより、
季衣に春蘭の抑え役ができるほど成長してもらった方が良いかもしれないな。
……というより、それを率先して過保護な秋蘭がやり続けた結果が今の春蘭なのかもしれない。
それとも逆か?
まあ、卵が先か、鶏が先かみたいな答えのでないことだけど。

「それはともかく、いよいよですな」
「……長かったな」

次の戦闘が最後の決戦になることは誰の目にも明らかだ。
そして、その準備に両陣営は取りかかっている。

「……だからこそ、余計な横槍を出させる訳にはいかない」
「やはり、出してくると?」
「両方が疲弊したところを纏めて倒すのは漁夫の利を狙う基本だろ?
出さない方が可笑しい。そして、こういう嫌な予想が外れるほど運に恵まれていないんだ」

俺の言葉に星は微妙な顔をした。

「……何だ?」
「……いや、あまりに自虐的な言葉にどう答えたものかと」
「客観的な事実を述べただけなんだけど?」
「それはそれで返答に困りますな」

その言葉に苦笑するしかなかった。

「出来れば万全の状態にしたかったけど……」
「それは凱我がいないと難しいでしょうな」
「まあ、凱我のことだからきっと戦場に生じる大量の負傷者を見逃すとは思わないけどな」

実際、津波の被害があった各地で目撃例が噂されていた。

「こうやって噂話をしていたら来るかな?」
「それは無「見つけた!どうやら間に合ったみたいだな!」理ではなかったみたいですな」

背後の崖の上、約50メートル上に正義の味方の如く立つ白衣の男。
俺なんかより、ずっとソレらしい。

「とう!!」

飛び降りてから着地するまでソレらしい。

「本当にここぞという時に現れるな」
「それが出来なくては医者と名乗れはしない!」

凱我の中では医者とはどれだけ高みにあるんだろうか?

「それでは凱我以外は医者と名乗れないのでは?」
「そんなことはないさ。勇気がそこにあれば不可能ではない!」
「いや、勇気は関係ないのでは?」
「あるさ!真の勇気とは病魔に勝ち、
患者と己の命を救うための希望を最後まで諦めない不屈の精神なのだから!」

俺も星もそれ以上は何も言えなかった。

「それじゃあ、士郎。横になってくれ」
「分かった」

そして、三度目になる治療が始まった。
凱我が取りだしたのは初めて目にする金の鍼だった。

「修行の成果を今ここに!いくぞ!我が金鍼に全ての力、賦して相成るこの一撃!
輝けぇぇっ!|賦相成・五斗米道《ファイナル・ゴットヴェイドォォォォォォォッ》!」

凱我の叫びに呼応して金鍼が宝具の如く輝きだした!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

もはや、鍼自体が光で出来ているかのような光景だ。
辺りは夜の闇に染まっていたはずなのに、今は昼間よりも明るい。

「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

振り下ろされた光が丹田に突き刺さった。
光は俺の体に溶け込もうとするが、
まるで何かが押し出そうと抵抗しているかのようになかなか進まない。

「はああああああああああああああああ!!!」

それでも凱我の叫びに応じるかのように、少しづつ沈み込む。

「あああああああ、ぐあっ!?」

凱我の苦悶の声と同時に閃光が全てを白く染めた。
そして、再び夜の闇が戻ってきた。

「ぐ、ど……うなった!?」
「待ってくれ。今、確認する。同調・開始(トレース・オン)

魔術回路・エラーの現在状況
魔術回路……負担率132%、
宝具投影……エラー解除、
宝具の真名解放……不可、
全投影連続層写……不可、
壊れた幻想……エラー解除、
強化……エラー解除、
変化……エラー解除、
解析……可能、
固有結界……エラー解除、
その他の魔術……不可

どうやらかなり良くなったようだ。
全投影連続層写が使えないため、あまり意味のない固有結界はともかく、強化の解禁は有り難い。

「どうだ!?」
「まだ完治には至らないみたいだけど、かなり良くなったみたいだ。
ありがとうな、凱我」
「……届かなかった。自分の全てを込めた一撃が……。
五斗米道(ゴットヴェイドォ)の全てを治めていない自分では無理なのか?」
「それほどの腕で全てを修めていないのか!?」

星も俺も本気で驚いた。
どれだけ規格外なんだ、五斗米道(ゴットヴェイドォ)!?

「師匠なら当の昔に士郎を治せているはずだ」
「その師匠は?」
「……10年前に亡くなってしまった。俺を侵していた病魔を倒すために全ての力を振り絞って。
俺は……俺は彼女に誓ったのに!
師匠の出来るはずだったことを代わりにすると。
大陸を脅かす病魔を撲滅しすると。そして、師匠を超える医者になると!!
それなのに……10年も時を掛けて置きながら……この体たらくだ。
師匠に……それに、彼女に会わせる顔がない……」
「諦めるのか?」
「!?」
「凱我の言っていた勇気とはその程度のものだったのか?
先ほど言っていたじゃないか。“最後まで諦めない不屈の精神”だと。
少なくとも、この程度で諦めるのが君の言う勇気だとは思えない」

俺の言葉が効いたのか、先ほどまで消えていた凱我の目に火が灯った。

「そうだ……その通りだ、士郎!まだ、士郎は生きている!
そして、俺も生きている!なら、絶望するには早すぎる!
いや、真の勇気の前に絶望は何があってもするべきではない!!
すまないな、士郎。明後日が師匠の命日なこともあって焦っていたみたいだ」
「それにしても……“彼女”とは、なかなか隅に置けないではないか、凱我」

星はにやにや笑いながら、からかい始めた。

「べ、別に彼女とはそんな関係では……」
「では、どんな関係なのか聞かせて貰いましょう」
「その……彼女は師匠の娘で、た、ただ幼い頃から一緒にいただけだ!」
「ほおほお。つまり、結婚を誓うほどの幼馴染と」
「ち、誓っていない!それは誓いを果し終え……!?」
「つまり、そのつもりはあると」

星のからかいに真赤になって言い訳し、ど壺に嵌まっていく凱我に同情するしか出来なかった。
(決して、矛先がこちらに来て欲しくなかったからではない……はず?)

「そ、それに10年も会っていないんだぞ」
「それは甲斐性なしにもほどがあるのでは?彼女とやらには同情を禁じえませんな」

……星の言葉が痛い。
俺も家族同然の人達をそれ以上放置していたからな。
……巻き込むわけにはいかなかったからだとは言え、そんなの言い訳にもならない。

「まあ、凱我をからかうのはその辺にして、解放された俺の力について話がある」
「それは剣を作ることでは?」
「いや、実の所それは力の限定使用なんだ。
本当の力は使える状況じゃなかったし、使う事態はなさそうだったから言わなかったけど」
「……追及は後でするとして、どんな力ですかな?」
「固有結界と言われる禁呪で、自己の心象世界を現実に侵食させ、
現実を現実ならざるものに変化させる、要するに一時的に辺りを異界に変える術だと思えば良い」

二人は心象世界という聞きなれない言葉などのせいでいまいち理解できていないようだ。
とりあえずもう少し説明しないとな。

「心象世界というのは簡単に言ってしまえば心の風景とでも思ってくれれば良いよ。
その人間の心の在り様を風景という形で表したものなんだ」

「異界に変わるとどうなるんだ?」
「人によって違うけど、俺の場合は視認したことのある全ての剣を作成・貯蔵・使用が出来る。
結果として膨大な量の剣が地に刺さった状態になるんだ。
いつもはここから必要なだけ取り出す形になるけど、
異界に変わった時は瞬時にそれらの剣を持つことが出来る。
……現状では出来ないけど、本来ならそれらを使って剣の雨を降らせることも可能だ。
この方法だと万単位の敵でも一分で殲滅できる」

聞いていた二人は絶句した。
恐らくその光景を思い浮かべたのだろう。

「ただし、固有結界は長時間の維持は不可能だし、暴走の危険がある諸刃のの剣だ」
「暴走?」
「固有結界は術者の心象世界を投影して世界を侵食することで異界を成立させる。
そんな規格外な心象世界を術者は常に制御しなければならない。出来なくなれば暴走する。
暴走した場合、自らの心象世界に殺されることになるんだ。
俺の場合なら、内側から膨大な量の剣で串刺しになる」
「何故、それをここで?」

凱我の疑問に俺は自分の考えを述べた。

「保険かな。もしかしたら使う事になるかもしれないし、暴走もあるかもしれない。
けど、凱我に教えておけば死なずに済むかもしれない。
生き残れる可能性は少しでも増やしておきたいからな」
「……絶対に使わないでもらいたいですな」
「最終手段だから出来る限り使うつもりはないさ。
それでも……もしもの時は頼んでいいか、凱我?」
「……ああ、だから最後まで諦めるなよ、士郎?」
「もちろんだ」

―――――――――――――――――――

「さて」

成都からそれなりに離れた森の中、闇に溶け込むように王允子師はいた。
くつくつと愉快気に(ばけもの)が笑う。
明日行う予定の惨劇を思って。

「準備は済んだし、後は仕上げだけ……。
ああ!人間たちよ!!精々派手に戦ってくれ!死んでくれたまえ!!
勝利に酔いしれていた者達も、敗北し苦渋を舐める者達も!
皆、等しく絶望し叫喚し苦悶し悲嘆し恐怖し死亡するのが目に浮かぶ!!
さあ、前座の道化たちによる喜劇をしかと楽しませて貰おうぞ!!
お代は惨劇の参加権で支払うさ!!
く、くくく、くひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

運命は収束へ向かう。


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