第十三話:正義の味方の暗躍活動(後篇)
城を出て数日、涼州の村や街を通りかかるたびに、
超遠距離狙撃で火矢を武器庫に撃ちこみながら暗躍を続け、
現在の俺たちは涼州のとある街に宿泊している。
今後の動きを決めるために、作戦会議をしている真っ最中だったりする。
「ここしばらく、華琳たちは涼州連合の軍勢の夜襲に悩まされていたんだが、
二・三日前から敵の夜襲が減っているようだ」
俺は千里眼のスキルで目撃した情報を告げた。
敵軍はその機動力を活かして、連日ヒット・アンド・アウェイで夜襲を行っていた。
そのせいで、華琳たちは進行速度の低下や寝不足に苦しんでいた。
「その事なのですが、どうやら張三姉妹を導入することで解決したようですな。
街で噂になってました」
黄巾党の首魁であった彼女たちは、華琳の援助の元で広報活動をしている。
それによって大量の人が自軍の兵に加わっているのだが……。
「この地で活動をしているということか」
「さよう。この地でも随分人気があるようでした。
それに稟を数刻前に目撃して密かにつけたのですが
……明日、自軍内での応援を頼んでました」
流石は張三姉妹といったところだな。
敵兵はライブに行ったり、それに気が散らされたりしているのだろう。
夜襲を封じた以上、華琳たちが勝つのは時間の問題だな。
明日、張三姉妹で士気を上げて一気に勝負を決めるつもりだろう。
騎兵対策を使えば勝負は長くかからないだろう。
「……問題は、凱……華蝶の秘薬がいつ完成するか、だな」
凱我は足りない材料を揃えに、
二・三日前から近隣の市場や森で材料集めをしていた。
現在は秘薬とやらを知り合いの医者の家で製作中だ。
「今戻ったぞ!」
「解毒薬は完成したのか?」
……それが無くては話にならないからな。
「もちろんだ!五斗米道のこの秘薬“泥救越薬”は、
いかなる毒でも破壊・無効とする!
さらにこの“泥救扉瘉”が弱った体を回復させる!」
……本当にチートだな、凱我。
「……良くそんな物が作れるな。材料は何か聞いてもいいだろうか?」
「いいぞ。人食い虎の肝臓、冬虫夏草、蓬莱の玉の枝、火鼠の衣、燕の子安貝、
蓮華の花、泰山の岩塩、一角馬の角、黄河の水、……」
……今、魔獣・幻獣の名が出なかったか?
「……孔雀の羽根だ。流石は涼州、五胡と接しているだけあって、
普通なら手に入らない材料まで揃った。
本当は数種類の解毒剤を作るつもりだったんだが」
俺と星は苦笑する。
『……何でそんな物が売られているのか』、それが二人に共通する感想だった。
「ま、まあ後は忍び込む機会を計るだけですな」
「……この戦いの勝敗が着く少し前がやはり良いだろうな」
「……それしかないか」
……自害を図るとしたら、決着が着いて華琳たちが踏み込んだ時だからな。
……病気だけならこんな面倒な手を使わず、凱我一人で訪れれば良かったのだから。
「それでは明日に備えてしっかり休まなきゃな」
――――――――――――――――――
翌日、両軍がぶつかりあう戦場から四キロ離れた地点で、俺たちはタイミングを計っている。
「……やはり、足場を悪くしたか」
敵の主力である騎馬隊は工作兵たちによって作られた溝やぬかるみによって、
その機動力を封じられた。
……騎馬を封じられた涼州兵は羽を折られた鳥のようなものだ。
何とか退却しようとしているが……時間の問題だな。
「二人とも行くぞ!これ以上遅くなると手遅れになる!」
「「了解!」」
そして、城に忍び込んだのだが……。
「誰もいませんな?」
「……いや、向こうの方が騒がしい。他の誰かが先に忍び込もうとしたんじゃないか?」
……もし、凱我の言うとおりだとしたら……。
「まずい!馬騰の元へ急ぐぞ!」
すでに敗戦は確定している頃であり、そんな時に城で兵をかき集める事態が起きたとしたら!
魔術で城の構造を把握した俺を先頭に、馬騰の部屋へ急ぐ。
……ここまで侵入して一度も兵に会わないのが、事態の深刻さを示している。
全兵を集める事態なんて……イレギュラーにもほどがある。
馬騰の部屋に着いて見たのは……毒を飲んで倒れ伏している馬騰だった。
間に合わなかったのか!?
いや、まだ決まったわけではない!
「凱我!!」
「分かっている!」
俺の呼びかけに応じ、凱我は驚くほどの速さで馬騰に駆け寄った。
「良かった!まだ息がある!」
凱我は泥救越薬を口に含ませた。
「いくぞ!!我が身、我が鍼と一つなり!
善利益!・注理薬!・威禍消離厄!
げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
言葉と共に打ち込まれた鍼を中心に光り、輝く!
「続けていくぞ!我が身、我が鍼と一つなり!一鍼同体!全力全快っ!必察必治癒……
病魔覆滅!でええええええええええいっ!」
さらに打ち込まれた鍼が全身を淡く光らせる。
そして、今度は泥救扉瘉を口に含ませる。
「仕上げだ!我が身、我が鍼と一つなり!取りし流れは仁の医なり!
善利益!・注理薬!取流仁医!
げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
抉りこむように鍼は打ち込まれ、光が弾ける。
馬騰の死人同然だった肌の色も瑞々しい輝きを持ち、平常の呼吸を繰り返す。
「治療完了!」
「お見事!」
「とりあえず……また自害されると面倒だから縛っておこう」
そうなっては苦労が水の泡だからな。
「それなら……」
凱我は馬騰の鎖骨辺りに鍼を一刺しした。
「これで一時間は動けない。まあ、口は動かせるけど舌は噛みきれないから問題ない!」
「もう、流石に驚きませんな」
まあ、出鱈目さ加減はもはや分かり切っているからな。
「……う、……ううっ」
とりあえず、馬騰を椅子の上にのせた。
「……?ここは……?」
「気がついたようだな。ここはお前の私室だ。毒で死にかけたお前を私たちが解毒した」
俺の言葉で全部思い出したのだろう。
馬騰は立ち上がろうとして、出来ないと気付くと舌を噛み切ろうとした。
「な、何故体が!?」
「自害をさせないため、細工をしたからだ」
俺は感情を押し殺して言った。
「ふざけんじゃないよ!!」
「……逃げるのか?」
「……何?」
「お前は『己は最後まで漢の臣である』という想いから、この戦に臨んだ。
お前の我がままで民を兵を巻き込んだ」
「……ああ」
……そこまではまだ許せる。
……自分も似たようなモノなのだから。
だが……。
「彼我の差が分かっていながら、我がままに民を巻き込んだのはまだいい。
僅かでも可能性は零ではなかったのだから。……問題なのは死に逃げようとしたことだ」
それが何より俺には許せない。
「……自害することで責任を取ろうとしたのが悪いというのかい?」
俺は馬騰の言葉に苛立つ。
「悪いさ。責任を取るだと?お前一人が死ぬことが責任を取ることだと?
ふざけないでもらおう」
衛宮士郎の口調は平淡だったが……込められた怒りはかなりのモノだった。
「お前は今回の戦で出た犠牲者たちの命と、自分の命が等価だと思っているのか?
そんな訳ないだろう。ひと一人の命はひと一人分の命の価値しかない。
ただ自害したところで責任など取れるものか」
人の命ほど人によって価値が変わる物はない。
ソレは人によっては塵より軽く、人によっては世界より重い。
死んで取れる責任などたかが知れる。
「責任を取るのなら、生きて責任を果たせ。
生きて一人でも多くの民を、犠牲者の家族を助けるくらいしろ」
「私に生き恥をさらせと?」
責任を果たすなら当然のことだ。
「責任を取るというなら我慢することだな。
責任を取らないとしても自害などするくらいなら最後まで足掻け。
死ぬことなどいつでもできる。
せめて他者を巻き込んだのだから、最後までその信念を貫くぐらいはしろ」
「……その通りだね。どちらにしろ、病で長くはないのだから責任は取れそうにないけど」
……そういえば言ってなかったな。
「病はそこにいる凱華蝶が治した」
「は?」
呆気にとられる馬騰に対し、今まで黙っていた凱我が説明する。
「馬騰どのの病は解毒した際に一緒に治療した。実際、心臓の痛みも消えているはずだ」
「……確かに」
まだ実感が湧いていない馬騰に、
「これで病は言い訳に使えなくなりましたな」
意地悪そうに星が言った。
「逃げ場は全て塞がれたみたいだね」
苦笑しながら馬騰は言った。
「そういや、アンタたち何者だい?」
しまった!!
「疑問にお答えしよう!天知る、神知る、我知る、子知る!」
馬騰の言葉に生き生きと星が名乗りだした。
……油断した。こうなってしまっていは仕方がない、……覚悟を決めよう。
「……カナシミノレンゲの咲クトコロ、セイギノカチョウノ姿アリ」
……多分、歴史に残るくらいな棒読みだったことだろう。
「正義の華を咲かせるために、未来という華を守護するために!」
それにしても、よく平気だな、凱我。
「星華蝶!」
「……弓華蝶」
「凱華蝶!」
「三人揃って……」
「「「華蝶連者ただいま参上」!」」
呆然としていた馬騰が俺をみた。
「……察してくれ」
「……苦労しているんだね」
……気の毒そうな視線が心に痛い。
……認識阻害がきっちり働いてくれることを祈ろう。
「ところで、あなたの部下たちはどうしたのですかな?一人も遭遇しなかったから、
反対側で誰かを相手にしていると思ったのですが」
「アンタたちじゃないのかい?」
……あれから随分と経つ。にもかかわらず、人の気配は……!?
「気をつけろ!!」
突然ソレは突っ込んできた
俺は傍にいた馬騰を抱え、横に飛び退く。
星も避けることに成功したが、凱我は交わし切れなかったようだ。
「凱我!!」
辛うじて防御に成功したようだが……腕がボロボロでとても戦える状態ではない。
「貴様!はぁぁぁぁっ!」
「よせっ!星!」
星が高速の連続突きを放つ。
「な!?」
星の得物である槍“龍牙”が折れた。
星に追撃してきたソレを干将・莫耶で何とか逸らす。
双剣は罅は入らなかったものの、その堅き針の毛皮を貫けなかった。
ソレは全身にハリネズミの如き毛が生えた牛だった。
全身を血で染めていることから、兵はこいつが殺したのだろう。
……兵たちの生存は絶望的だろう。
「……窮奇だって!?」
馬騰の言葉で思い出した。それは中国神話に登場する怪物の一つ。
「よりによって幻獣とは……」
時代が古ければそれだけ神秘が幅を利かせるのは当然だが……。
「しかも、宝具である干将・莫耶で切れないか」
このままここで戦うのは危険と判断し、
俺は黒鍵を投影・投擲して、窮奇を部屋の外へ吹き飛ばした。
「星!二人を守って、避難してくれ!アイツは俺が何とかする!」
得物が壊れた星ではアレの相手は危険だ。
「くっ!無理をするなよ士郎!」
「……ああ」
悪いがそれは無理だろう。無理抜きで倒せるほど優しい相手ではなさそうだ。
中庭に出ると、窮奇は闘牛の如く突っ込んできた。
物騒なことこのうえないが。
俺は双剣で受け流しながら弱点を探す。
「……まさかマタドールの真似ごとをするはめになるとはな」
黒鍵によるダメージは全くないようだ。
死徒ではないのだから当たり前ではあるが。
再び突っ込んできた窮奇の額に干将を叩きこむ。
「くっ!?」
針がなかったはずの額から幾本もの針がいきなり生えた。
魔力を込めて莫耶で切りつけながら交わした。
窮奇の皮は少し傷つき、若干の罅が針に入ったが……。
「……新陳代謝が随分といいな」
罅の入った針が抜け、新たな針が生えた。
傷も少しづつ塞がっていき、治った。
「……このままでは倒せないか」
幸い方法はある。高位宝具なら斬り割けるはず。
だが……。
「……だが、厳しい」
突っ込んでくる窮奇を交わしながらでは、高位宝具の投影は無理だ。
現在の俺では三十秒間は無防備の集中が必要であり……、
「その暇はくれそうにないな」
相手にしないと、星たちを狙いかねないからな。
出来れば避けたかったが、華琳たちが来るのを待つしかないか。
そうすれば、状況は変わる。
そして華琳たちが来たことで確かに状況は変わった。
……悪い方向に。
人の足音がする。
華琳の声が聞こえた。
ようやく来たか。
その時、高まる魔力を感じた。窮奇から。
「しまった!?」
そう窮奇は風神の類という伝承がある。すなわち風を操る。
今までその様子が全くなかったから失念していたが……初めから華琳を!?
俺は華琳の下へと駆ける。不意打ちを食らってしまったら死ぬかもしれないのだから。
「これは……きゃっ!?」
俺はぎりぎりの所で華琳を突き飛ばし、襲い来るかまいたちから干将・莫耶で身を守る。
「がはっ!?」
三メートルほど吹き飛ばされ、仮面が砕けた。
……致命傷ではないものの、……相応の重傷だ。
干将・莫耶で魔術防御が上がっていなければ、
或いは仮面が無ければ死んでいたかもしれない。
「……痛ぅ。いったい……士郎!?なんでここに!?」
「士郎!療養中のは
「……悪いが説……明はあの風を……操る化け物を倒してからだ」何!?」
華林と秋蘭は襲いかかってきたかまいたちを回避する。
「おのれ化け物!はっ!」
幾本もの矢を秋蘭は飛ばすが……、
「なっ!?」
窮奇の起こす風で全て外れ、窮奇を囲んでいた兵に当たった。
「はぁぁぁっ!」
風が矢に使われたタイミングで華琳は大鎌“絶”を振るう。
辺りに絶望の音が響く。
それは“絶”の刀身が砕けた音。
「そんな!?」
兵たちは華琳を守ろうと窮奇の前に立ちふさがった。
だが……、
「うっわぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
次々と針で貫かれ、あるいは風で斬られ、あるいは食われた。
そんな阿鼻叫喚の中、無念の思いを押し殺し、衛宮士郎は自分の出来ることを行う。
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし――――――。
だが……。
「(……まずい……血が流れ……過ぎた)」
本来なら気絶する激痛の中、自分の始まりともいえる一つの剣を投影しようとしたが、
いまだ制限がついた状態で、出血多量の身には無理があった。
意識が落ちかける中、俺の目に映ったのは駆け寄ってくる覇王と……“折れた絶”。
《創造理念の一部を代用、基本となる骨子の流用――――――》
抜け落ちた情報を無意識のうちに別の情報で補った。
その手の中に生み出されかけながら、幻想から妄想に堕ちかけたそれは、
現実へと昇った。
それは一つのささやかな奇跡。
―――――――――――――
まずい!士郎の手の中の輝きを見た窮奇は、
壁となっている兵たちごと士郎に突っ込もうとしている!
私は折れた絶を手にしたまま、士郎を守ろうと駆け寄る。
距離と兵たちの守りのおかげで士郎の元に辿り着いたが、窮奇がすぐ傍まで来ている。
「士郎!急いっ!?」
その手の中の輝きはいつの間にか確かな形を成した。
それは金色に輝く……黄金の大鎌。
私は咄嗟に士郎の手ごとそれの柄を持ち……襲い来る窮奇に振り下ろす。
私は、私たちは生きる!
――――――――――――――――――
暖かい手が俺の手を掴んだ。
襲い来る敵、共に武器を握る大切な人。
かつての光景が脳裏に浮かび、無意識にそれをなぞる。
魔術は使えなくとも、魔力は流せる。
魔力を帯びたソレは輝きを放ちながら……窮奇を両断した。
両断された窮奇の遺体はまるで蜃気楼のように薄れていく。
こうして想定外の大量の死傷者を出した惨劇の夜は幕を閉じた。
――――――――――――――
「こんな所か。思った以上の成果だが……、やはり奴が危険か。……忌々しい!」
男は吐き捨てるように呟いた。
「……念のためにも、幻獣の召還だけでなく、切り札を用意するべきか。
……南蛮に行くとしよう」
これは潜んでいた黒き運命が僅かに牙を剥いた一幕
+注意+
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