ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第九話:官渡の戦い(後篇)
劉備たちが逃げてからしばらくの時が過ぎ―――。
これから戦うことになる袁紹達に構える計画が進められていた。

「……敵軍が集結している?」
「はい。どうも袁紹と袁術が、官渡に兵を集中させているようなのです」

秋蘭の報告に華琳が確認し直したのも無理はないだろう。
それがどれだけ馬鹿なことか、ある程度の知恵があればすぐ分かることなのだから。

「……そこまで頭の二人は馬鹿だったか。
これでも冷徹に分析していたつもりだったのだが、まだ温かったようだ。
無意味どころか、あの二人では損にしかならんだろうに」

当初の予定では、別々に攻めてくると皆が予想していたのだ。

「兵力は単純に倍になりますけど、
指揮系統が整っていないと、ただ人が増えるだけですからねー」
「うまく連携が取れなかった場合、互いの足を引っ張り合って、
むしろ味方の不利になる事の方が多い……というより、
あの二人では間違いなくそうなるでしょうからね」

風と桂花が同意を告げた。

「まあ、そのおかげで二面作戦を取らなくて良い分、少し楽になったわね」

楽になったのが明白なのだが、この場にいる内の二名は理解できていないようだ。

「どういう意味ですか、春蘭さまぁ」

分かっていない季衣が、もう一人の分かっていない春蘭に尋ねた。

……季衣、聞く相手が致命的に間違っているぞ。
遠坂にパソコンのアドレス設定を、虎に料理のレシピを聞くくらいに間違っている。

春蘭は華琳の言った事をそのまま言い直したが、
「……どう楽になったの?」
という華琳の言葉に詰まった。

仕方がないので季衣に分かりやすく説明することにした。

「最初の作戦では、季衣と流琉は別々に行動するはずだったが、
敵が一つにまとまっているため、二人は一緒に戦えるようになったという事だ」
「あー。そういうことなんだー」

素直にうなずく季衣を見ていると、春蘭の猪な解答にもうなずいている季衣が目に浮かぶ。

……出来れば早いうちに春蘭に聞く癖を矯正しないといけないな。
今度華琳にも相談しよう。

「逆に、敵は仲の悪い奴が共同で戦うことになるため、
連携が取れないぶん倒しやすいという事だ」
「仲が悪いって季衣と張飛さんみたいにですか?」

流琉の例えを聞いて、先日の季衣と張飛の口喧嘩を思い出した。
近親憎悪の類か?

「そうだな。季衣も張飛と一緒に戦うのは難しいのではないか?」
「うん、無理。兄ちゃんの説明、すっごくわかりやすかった!」

季衣も納得してくれたようだな。
……そうだな。釘を刺しておくか。

「季衣。分からないことがあったら、いつでも私に聞くといい。
今のように分かりやすく説明しよう」
「いいの?」

よし!食いついてきた。

「もちろんだ」
「わかっ「それは私の役目だ!」」

季衣の了承をぶった切った春蘭に対し、俺は冷ややかな目を向ける。

春蘭が役目が果たせていないから、俺がフォローしようとしたんだが?

「ならば、役目が果たせるくらいには正しい知識と知恵をつけてくれ。
これくらい説明できないのでは不安だ」
「くっ、言われずとも……!」

……多分、言われても無理だろうな。

「はあ……ならば、春蘭も季衣と一緒に士郎から習いなさい」

……華琳?今、とんでもない無理難題を言わなかったか?

「……華琳、もう一度言ってくれないか?どうも私の耳はおかしいようだ。
私が春蘭に知恵や知識を教えるという空耳が聞こえたのだが?」
「大丈夫。あなたの耳は正常だから」

信じたくなかった俺を後目に、春蘭が抗議をする。

「か、華琳さま!?なぜ私が士郎から!?」
「最低限の知恵や知識を付けてもらいたいからよ。
季衣も一緒に教えられるし丁度いいでしょ」

俺も抗議をしようとしたが、
「あなたも春蘭にああ言ったのだから責任を持ってもらうわ」
と華琳に釘を刺された。

「大役ですな。士郎」

おかしそうに笑みを浮かべながら言う星に腹が立つ。
小学生に大学の講義内容を理解させるのに等しい……いや、それ以上に難しいんだぞ?
正直、それを達成する想像がつかない。

「話を戻すわよ。……兵を集結させて戦えるというなら、こちらに負ける要素は何もないわ。
ただ、警戒するべきは……」
「……袁術の客将の孫策の一党かと」

秋蘭の言うとおり、孫策たちには気をつけるべきだな。
孫策の覇気と軍勢は反董卓連合で確認済みだ。

「そういうことね。だから袁術の主力には春蘭、あなたに当たってもらうわ。
第二陣の全権を任せるから、孫策が出て来たらあなたの判断で行動なさい。
士郎、季衣、流琉は春蘭の補佐に回って」

ん?今の言い回し……気になるな。
【全権を任せるから、孫策が出て来たらあなたの判断で行動】だって?
そんなことしたら、孫策に借りがある春蘭なら……そういう事か。
華琳らしい部下への気遣いだな。

「御意!」
「承知した」
「はいっ!」
「わかりました!」

それぞれが了承の声を上げた。

「袁紹に相対する第一陣は霞が務めなさい。補佐は誰がいいかしら?」
「それなら、凪たち三人でええかなぁ。士郎、ええか?」

俺としては問題ない。
もともと華琳の部下なのだから。

「三人がいいというなら。構わないか?華琳」
「構わないわ」

まあ、季衣と流琉の二人がいるから戦力的に問題はないから当然か。

「……そうだ。霞たちにはこちらの秘密兵器の講義を受けてもらうわよ。
真桜が一緒だから、ちょうど良いわ」

そういえばアレが完成したんだったな。
出来栄えも確認したが、実用に十分足る物に仕上がっていた。

「そうね……その秘密兵器の運用と護衛を第一陣に任せましょう。
敵部隊には第二陣の春蘭たちが当たりなさい」
「ええーっ!なんでやねんっ!」

華琳の決定に霞が不満の声を上げた。
強敵との戦いが好きな霞としては当然の反応か。

「はっ!……ふふっ、すまんな霞。華琳さまの命令ではどうしようもない」
「うわー……貧乏くじ引いたぁー……」

春蘭の言葉に意気消沈する霞に俺は励ましの言葉を言う事にした。

「あまり気を落とすな。どのみち袁紹の軍では霞を満足させられないだろう」
「そんな事いうても、自分は孫策たちと戦えるんやろ?」

ふて腐れる霞に、星がフォローを入れた。

「まあ、貧乏くじでは士郎も良い勝負であろう。猪を抑えなければいけぬのだから」

星の馬鹿。
……できるだけ考えないようにしていたというのに。
正直、気が重い。
しかも、その猪が全権を持っているんだから性質が悪い。

「……まあ、ものすごーくエライ事やろうけど、頑張れ」

……さっきとは逆に霞から励まされた。
霞としても、華雄という最上級の猪に苦労したから他人事に思えなかったのだろうな。
……冷静に考えると、その苦労の原因の半分は俺にあるが。
猪を徹底的に煽ったからな。

「他の皆も戦の準備を整えなさい。相手はどうしようもない馬鹿だけれど、
油断して勝てる相手でもないわ。
これより我らは、大陸の全てを手に入れる!皆、その初めの一歩を勝利で飾りなさい。
いいわね!」

こうして、華琳の宣言で方針決めは終わった。

――――――――――――――――

現在、俺たちは官渡にて布陣を整え待機している。
二部隊分の準備がまとめてで良くなった分、すぐに出撃できたのが大きかった。
おかげで短期間で袁一族と相対できた。
目の前には辺りを埋め尽くす敵軍と、巨大な櫓の列。

「移動式の櫓か。無駄に凝っているな」

あれだけの数の移動式櫓に加え、一般兵の金メッキの鎧……。
よくもまあ資金が持つものだ。
袁紹は黄金律のスキルでも持っているのだろうか?

「ねえ、兄ちゃん」
「なんだね?」

ずっとそわそわしていた季衣が質問してきた。

「そういえば、秘密兵器って何なの?」
「あ、それ私も気になっていたんです。教えてくれませんか?」

流琉も話にのってきた。

「……それはすぐに……ああ、始まった。あれが答えだ」

俺が指さす方向に二人は目を向けた。

袁紹軍の用意した移動式の巨大な櫓に、大石がぶつかり壊れて崩れた。

「投石機、それが秘密兵器の名だ」
「うわー。どんどん壊していくね!」
「確かに秘密兵器ですね」

実際はそれほど強力でもなかったりする。
射程距離、精度はそこそこ、威力は結構あるが、
人に当てるのは大きさやタイムラグの問題から難しい。
密集して身動きが取れないならともかく、普通なら余裕でよけられる。
まあ、恐怖心や威圧感で心理的に追い詰めたり、
城門や櫓のような動かない物に使うのが関の山だ。……まあ、今回の櫓は遅いけど動いたが。
本当はもっと強力な兵器を作れなくもないのだが、作るつもりはない。
それが戦争をどれだけ悪化させたかは歴史が示している。
そういった技術は必ずどこかで漏れ、互いの被害を拡大させるのだから。

「皆、これが本番よ!向こうの数は圧倒的。けれど、向こうは連携も取れない、
黄巾と同じ烏合の衆よ!」

戦場に華琳の大音声が響く。

「血と涙に彩られたあの調練を思い出しなさい!あの団結、あの連携をもってすれば、
この程度の相手に負ける理由などありはしない!
それが大言壮語でないことは、この私が保証してあげましょう!」

華琳の言葉に味方の士気が高まるのが分かる。

「総員、突撃準備!」

春蘭の声を合図に第二軍は戦闘に入った。

――――――――――

弓に矢を番え、敵兵を確実に射抜く。
いつものように優先して狙うのは装備が良い者、或いは動きが良い者。
そういった者は多少の配下や、仲間への影響力を持っている場合が多い。
死ななくても、戦闘不能な重傷を負えば多少は敵に影響が出る。
俺は近くにまで来た敵兵を射抜きながら、そういった者を見つけ次第、狙い討つ。

「春蘭!敵右翼が乱れ始めている!」

原因は投石機による攻撃だろう。
初めてみる攻撃に必要以上に避けてしまったため、陣形が乱れたのだ。

「ならば、その隙を突くのみだ!騎兵隊、突撃!」

春蘭の兵の統率は相変わらず見事だ。
ただの猪には決して出来はしないだろう。

乱れたところを攻められ敵が動揺する中、一糸乱れぬ一団を見つけた。
あの鎧は……やはり孫策か!

「敵右翼の奥に孫策たちがいる!用心しろ!」

袁一族の軍と同じに扱っては無事にはすまない!

「問題ない!勢いをつけて一気に蹴散らす!」

……猪である以上、予想範囲内ではあるが。
まあ冷静に俺が危険を察知して伝えるしかないか。

「士郎は袁紹の軍を相手にしろ!ここはわたしだけで十分だ!」

猪が人の算段をぶち壊す。

「だが……!」
「わたしなら大丈夫だ!全権を任されているわたしの判断なのだからな!
士郎は季衣たちの援護に行け!」

春蘭は搦め手に弱い事が分かっているから、とてもじゃないが承知できない。
何か方策がないか考える俺の目に、流琉の姿が映った。

「分かった!」

俺はその場では承知して、流琉の所へ向かった。

「流琉!私が代わりに袁紹と戦うから春蘭の抑えを頼む!」
「わたしがですか!?自信がありません!」
「基本的には影で見守りながら、
春蘭が罠や搦め手に引っ掛かりそうになったら適当な理由でけむに巻いて止めろ!
正直、申し訳ないと思うが……」

それがどれだけ大変かは良く分かっているから余計にそう思う。

「分かりました!全力を尽くします!」
「礼を言う!」

そして流琉と俺は役目を入れ替えた。

流琉の代りに兵を統率しながら敵を射る。
放った矢は数百を超え、……殺した数も相応の数となった。
殺した者たちの姿をこの目に焼き付ける。
殺された者たちにとって大義名分など関係なく、俺は紛れもない人殺しなのだから。
故に、その怨嗟の想いを胸に刻む。それが最低限の義務と思うから。
言い訳で綺麗に覆って誤魔化すつもりは毛頭ない。
憎まれて当然の事をしているのだから。
それは前の世界でもこの世界でも変わらない、俺の考え。
俺が切り捨てなかったために、あるいは切り捨て犠牲になった者たちへの礼儀だと思うから。
いくら後始末をして被害を減らそうと、犠牲に変わりはしないのだから。

敵を射抜きながらも、戦場を見入る俺の目は顔良と文醜を相手にする季衣の姿を捉えた。

流石に季衣でも二人を同時に相手にするのは厳しいだろう。

俺は二人に対し、数本の矢を射た。
顔良と文醜は動きを止めざる得なかった。

「季衣!」
「兄ちゃん、ありがとう!」

どうやらかなり疲労しているようだ。

「私が顔良と文醜を相手にするから兵の統率を頼む。出来るか?」

袁紹の軍なら搦め手を使ってこないだろうから季衣でも問題ないはず。

「分かった!」

二人は近距離戦に持ち込むために距離を縮めている。
遠距離では勝ち目がない以上、当然の判断だろう。
だが、接近戦に持ち込むにはまだ遠い。
俺は矢を番えては放つ。
放った数は十本。
それぞれに五本づつの矢が襲いかかった。

「くぅ……、後少し近づければ!」
「衛宮さん相手だと、その少しが難しいよ」

二人は何とか防ぐが、得物が重いために確実に守りに余裕が無くなっていく。
さらに指揮をする余裕がなくなったため、ただでさえ押されていた敵軍が敗走を始めた。
懸命に粘る二人だったが、ついに文醜に決定的な隙ができた。

「終わりだ」

その隙を俺は狙い撃った。

そして、体に命中した。

文醜を庇った敵兵の右肩に。

「お、お前……」

呆気にとられる文醜に兵が叫ぶ。

「お逃げ下さい!文醜さま、顔良さま!我らが時間を稼ぎます!」

それと同時に俺に不意打ちを仕掛けてくる数人の敵兵。
とっさに避けたがバランスを崩した。

その隙に敵兵およそ三百名が俺と二人を遮る壁となった。
その目に宿るは決意と覚悟。

「け、けど……!!」
「そ、そんな……!!」

渋る二人に彼らは笑みを浮かべ、
「我らは、我らの意思で守るのですから、気に病むのでしたら生き延びてください」
そう言いきった。

「……すまねえ、お前ら!」
「……ありがとう、皆!」

二人は逃げだした。

……袁紹軍は二人の人望で成り立っていたのだろうな。
彼らを見ていれば良く分かる。

敵本陣を見ると、火の手が上がっている。
どうやら落ちたようだな。


決して通さぬと目が雄弁に語る彼らに俺は言う事にした。

「……さて、どうやら投降する大量の兵を本陣に引き連れていかなかればならないようだ。
これでは、顔良と文醜は追えないな」
「……っ!!どういうつもりだ!?」

いぶかしむ彼らの代表の一人の台詞に俺は答える。

「なに。君たちを倒す間に二人は逃げ延びる公算が高い。
なら、君たちの本陣も落ちたのだから積極的に倒す理由がない。
君たちにしたって、私から二人が逃げ延びられるのだから悪くはないはずだ。
それともわざわざ死んで二人の負担になるか?」
「それを信じろと?」
「私は無意味な殺生が嫌いでね。それに君たちのような忠義は嫌いじゃない。
それに権力と兵を失った袁紹たちには大したことは出来ないだろうからな。
というより、乱世で勝ち残れる器でない以上、権力全てを失った方が彼女たちのためだろう」

あの三人なら、しぶとくどこででも生き延びるだろう。
まあ、袁紹が逃げられるかは知らないが。

「……分かった」

彼らが納得したところで、彼らを縛り、捕虜としてつれていくのだった。

―――――――――――

現在、本陣で報告が行われている。

「……そう。麗羽は逃がしたか」

どうやら逃げきったらしい。

「……申し訳ありません。こちらの想像以上に素早い相手だったもので……」

凪達から逃げきるとは、そういう悪運は強いようだな。

「まあいいわ。ここで兵を失っては、再起は困難でしょう。捨て置きなさい」
「はっ」

そういえば霞と星が見当たらないな?

「それから……春蘭」
「はっ……」
「何が言いたいか分かるわね?」

春蘭が孫策たちを見逃したことについてだろう。
第二軍の全権を春蘭に任せると決めた時から、この結果を予測していただろうに。
春蘭が孫策を見逃すことも、孫策が袁術を裏切り撃退することも。
全ては春蘭の借りを返すために華琳が行ったこと。

「は。いかような処罰でも……」
「いずれ孫策とも戦うことになるでしょう。……自分のしたことに後悔はない?」

春蘭の答えを分かっていて聞く華琳に、春蘭は答える。

「わたしはあ奴に預けたままだった借りを返したに過ぎません。
この後に奴と交える刃は、全て華琳さまの意思によってのみ振るわれるでしょう」
「ならいいわ。南皮への指揮を任せるから、
先行した霞と星と共に見事制圧してごらんなさい」
「はっ!」

そして春蘭は、あっという間に袁紹の本拠地を陥落させ……北方四州は、
華琳の支配下に置かれることとなった。

―――――――――――

「思ったよりは少なかったが、十分な死者が出たな」

もはや誰もいない戦場に男が一人。

「……もっと。もっとだ!もっと世よ、乱れろ!無念と怨嗟の想いを散らせ!
それが私を王に至らせる!流れる血が、果てる命が、私を導く!
く、くくくっ……それこそが運命なのだ!!」

男が左手に持つ一つの水晶。
懐の書の知識を元に作られたそれは、ここに来る前の純白から色を若干黒く変えていた。

それはまるで世を暗く変えるとを暗示するかのように。


これは暗き運命が動き始めた一幕


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。