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聖家族 作者:門戸明子
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野沢みのりの話(下)


 ちょっとあのワカメちゃん先生、苦手やなあ、会いたくないなあなんて、アタシらしくもなくウジウジしながら向かった病院やったけど……。

「昨日は興奮してしまって、キツイ言い方してしまいまして、すみませんでした」

 71号室で顔合わせるなり、ぺこんて先生に先に頭下げられて、アタシめっちゃ恐縮してしもた。

「いえ、そんな! アタシが無神経なこと言うたのがいけないんやし!」

 なんやこの人、めっちゃええ人やん!

「あの、私ちょっと最近ナーバスになってまして……」

 そこで言葉をちょっと切ると、先生ふうってうつむいた。

「実はそのぅ、今度の週末お見合いをするので、緊張してるんです……」

 ええっ! そりゃめでたいやんか!

「わお! おめでとうございますぅう!」

「いえいえ! まだ会うだけなんですっ」

「写真とかないんですか? アタシ見たい~!」

「そ、そうですか? じゃ、今度もってきます」

「はいはい! うまくいくといいですねえ」

「どう、でしょう?」

 照れ笑いする先生は、ザ女子! て感じでかわいい! なんや~この人も普通の女の子やんか! アタシ、なんだかほっとした。

「これから電流流しますから、見学しますか?」

 はい、電流?

「彼女に行っているのは、脊髄刺激療法という治療法なんです」

 そういうと、明美さんの枕元にあったリモコンのスイッチを入れた。

「脊髄の硬膜外腔というところにリードという電極を挿入します。これは腹部の皮下ポケットに植え込んだ刺激装置と連結していまして。この装置は、ペースメーカーに似たものと考えてもらってかまいません。そして1日10時間程度、一定のオンオフサイクルで脊髄に微弱電流を流して刺激することで、脳内の血流量が増えて、神経伝達系統の機能改善を……あの、すみません、よくわからないですよね」

 ぽかぁんとしてるアタシを見て、先生は慌てて言葉を切った。

「はい」

 正直に言っとこ。全然、まったく、わかりません。

「やっぱ……すごいですねえ。お医者さんて。いっぱい勉強して、難しいこといっぱい覚えなあかんし、アタシには絶対無理やなあ」

 そういうと、紗智先生、寂しそうな顔をあげた。

「私は……あなたがうらやましいです」

「はい?」

「警察官っていう仕事に就けるあなたが。私は体も小さいし、病気がちで、絶対受かりっこないから」

 なんかそれって……警察官になりたかったみたいに聞こえますけど?
 こんなすんごい仕事してる人が、なんで警察なんか……って不思議に思って。そしたらふと先生の白衣についたネームプレートが目に入った。
 ……室生紗智? そうや、どっかで聞いたことがあるって思ったら、この人も室生やん!

「先生……室生って……」

「ああ、そうなんです。代々警察関係者が多い家系で。ご存知ですか」

「じゃ、やっぱり犬神家の一族、じゃなくて、室生一族の方やったんですね!」

 なんやこの偶然! やっぱ運命とちゃうやろか!?

「あのあの、じゃあこの人、知ってますか?」

 アタシはもぞもぞってポケットから桃ちんにもらったお宝写真を取り出した。

「捜査一課の室生剛っちゅう人なんですけど、アタシめっちゃこの人のファンで!」

 先生、じぃいって写真を見て、ぽつり。

「……兄です」

 アニ?
 えーっと……

「セミ捕まえる時に使う……」

「それは、網です」

「奥様ご覧になって。クロコダイルざますの」

「それは、ワニです」

「ごっつおいしい海の」

「それは……あぁ! ウニですか?」

「正解! いや、そやなくて……」

 兄……! おにーさま!!!! つまりこの人は……ニコラス様の……

「野沢さんて、おもしろいんですね」

 い、いもーーーとかい!!
 泡吹いてぶっ倒れるかと思ったわ。



「わっからへんわー外見も雰囲気も、これっぽっちも似とらへんやんか」

 しーーんて音が聞こえそうなくらい、静かな真夜中、アタシは71号室の前に置いた椅子に座って、夜間警備中。
 紗智先生が貸してくれた、中目黒事件のファイルを読んどった。先生が自分でまとめたっていう資料で、新聞とか雑誌の切り抜きがメインやけど。曖昧なとこはカットして、時系列でまとめてあるから、わかりやすいわ~。

「あの日……明美さんは誕生日やったんやね」

 アタシの声が、廊下にブツブツ響いた。

「友達と赤坂のレストランでディナー。ほんまは社長も一緒に行くはずやったけど、体調不良のため、自宅に残った……と。純くんはついていかへんかったんかな」

 うーん……夜遅くなるとあかんから、留守番、とか?

「8時過ぎ、夫が心配だからと明美さんが友達と別れて家に帰る。そんで火事にあったんやね」

 可哀想にな。もうちょっと友達と一緒におったら、無事やったかもしれへんのに。

「人生、一寸法師の先生は闇やなあ」なんてため息つきながら、パラパラ資料めくってたら……

「ん!?」

 アタシの目、びしいいいって一点にレーザー光線みたいに集中した。
 新聞の写真に写ってる捜査員……こりゃ間違いなくニコラス様やないの! もしかして……8年前の事件、ニコラス様が捜査しとったってことかいな!
 うわあああ~~ん! なんやこれ! 絶対これ、もう運命やん! うん、メイ! 今は2月やけど!
 真夜中、病院の廊下でもだえるアタシ。見ようによってはめっちゃ変? ええねんええねん問題ナイチンゲール! 誰も見とらんし~!
 なんかテンション上がって、「アロ~ハ~」ってハワイアンダンスまで踊り始めて……そしたら。

 コツン、コツン………

 ん……? んん? これ、何の音?
 アタシは耳をすました。不規則な音やけど、だんだんこっちに来るやんか。もう、数メートル先の角の向こうまで近づいとる。
 来たか……南か……まあそんなことどうでもええわ。やっぱり先生の予感、ど真ん中的中やったかもしれへん……。
 ごっくん、唾を飲み込む。アタシだって警察や、やるときゃやるで! 
 警棒をギュッて握って。

「誰や!」

 って叫びながら向こう側にとびかかった。
 そしたら「ひゃあああ」てか細い声あげてグラグラってのけぞったのは……おばあちゃん! アタシ間一髪で腕引っ張って支えた。
……ふぅ。セーフ!

「おばあちゃん! ごめん、ごめんな! 大丈夫かいな?」

「ああ……ああ」

「おばあちゃん? 夜中にこんなとこで何しとんねん?」

「猫が……猫が……」

「猫?」

「大変、行かなくちゃ。殺されちゃう」

「はい?」

「泥棒が入ってきて、そうなの、大変大変、泥棒がいるの」

「泥棒!? どこですか!? 何か盗られたんですか!?」

「大丈夫。猫は逃げたから」

「おばあちゃん、ちょっと人の話聞いてんか? 泥棒の話はどうなってん」

「大変よ、大変。ミーちゃんはどこ?」

 ダメや、完璧ボケボケや、このばあちゃん。
 うーん……この研究棟、たしかナースステーションとかないんやったっけ。
 うう……しゃあないなあ。だって、こんな寒い日にうろうろさせられへんし……。
 アタシはおばあちゃんを連れて新館まで歩いて。ナースステーションまで連れてくと、夜勤のナースさんが飛び出してきて、「風間さん! いつの間に!」っておばあちゃんを引き取ってくれた。
 ふぅ、助かった! なんやねん一体!
 後をお願いして、ダッシュ! 明美さんの病室に戻った。

 え……

 ギク、てアタシ足を止めた。
 ……ドア、少し開いてる。アタシ、開けてたっけ? もやもやって嫌な予感……心臓がどっくんどっくんて音たててる。
 素早くダッシュで駆け寄って。そっと中をのぞくと、窓から差し込んだ月明かりの中に、黒い影が浮かびあがって……。
 ひひ……人や!
 誰かおる! 
 黒いマントみたいなもん羽織った黒づくめ野郎が、明美さんの上にかがみこんでるところやった!
 しかもそいつ、クビ……明美さんの首を絞めとるやんか!

「何やっとんのやああ!」

 アタシは腹ん中からでっかい声だして、夢中で黒づくめ野郎にタックルした。まんま床に押し倒して、もがく黒野郎にしがみついた。絶対放さへんで! アタシ、これでも柔道黒帯なんやからぁ!
 必死で技キメようと体勢を整える。
 したら……一瞬ふわってなんやええ匂いがして、それで……むぎゅ。

「ムギュ?」

 とっさにつかんだ先、手に伝わった感触に、アタシの頭の中、はてなマークだらけ。つまりこれって……
 あんまりびっくりして、アタシ、あろうことか腕の力を緩めてしもて。

「うひゃあっ!」

 めちゃ情けないことに突き飛ばされて、ゴロンて床にはいつくばった。そのまま滑るように走り去ってく黒野郎をぼんやり見送る。

「女……?」




「ぶぁっかもん! 犯人を捕まえておいて、取り逃がすとは何事だ!? お前それでも警察官か!!」

 新宿署の廊下を、アタシ、課長にどなられながら歩いてた。これから警備課の人と一緒に病院まで謝りに行くとこ……。

「だいたいなんで持ち場を離れたんだ!」

「それはあの……」

 うわ、向こうからこっちに来るのニコラス様やないの!

「ああ!? はっきり言わんか!」

 課長、課長、お願いです~! ちょっと黙っといて……!

「あのぅ……おばあちゃんが、迷子になっとって……だからナースステーションまで連れていって……」

「アホか! お前の仕事はなんだ!? 迷子の案内係か!? そんな余計なお節介焼いてる暇がどこにあったんだ!」

「……」

 おっしゃる通りです……。
 体を縮めるように小さくなったアタシの横を、ニコラス様が通っていく。チラって顔を上げると、すれ違いざま、ニコラス様の視線がアタシに流れてきた。
 それは絶対零度、バナナも釘打つわってくらい冷たい視線……。そして、スッとはずされた。
 無視された! 無視や……虫や、アタシ虫ケラなんや~!
 うわぁああああん!



 明美さんは無事やったからってことで、紗智先生が言ってくれて。特に処分はなしってことになったけど。
 アタシは自分の部屋に引きこもって、布団にもぐりこんでた。
 カーテン閉め切って真っ暗にした部屋ん中、あーこのまま猫になれたらええのになー。
 にゃーに言うてんの、て、誰か突っ込んでえな……。

――余計なことするなよ! お節介すぎなんだよ。

――そんな余計なお節介焼いてる暇がどこにあったんだ!

 アタシ……そんなお節介ばっかしとるんやろか。やっぱり、警察むいとらんのかな。
 う……て、ぼやけ始めた視界を、膝にうめた。
 ♪テンテケテケテケ、テンテン……
 あー笑点。最近みとらへんなー昇太の司会、結構好きやのに……て、着信か。

「……はい?」

『おお、みのりかいな』

「おとん……」

『あのなあのな、おとん、今朝おかんの大事な花瓶割ってしもてなー』

「……」

『……どした? 変なもんでも食ったか?』

「おとん……アタシは今そんなダジャレに付き合ってる余裕ないねん」

『なんや、何かあったんか?』

「なあおとん……」

 こんなカスカスの弱っちい自分の声、初めて聴くわ。

「アタシ、無駄なことばっかやって。お節介すんなって怒られて……ほんまアホやわ。アホすぎて、ツッコミどころもあらへん」

『……』

「やっぱ……警察向いてへんのかなぁ」

『……ええやんか』

「は?」

『お節介やて? お節介の何が悪いねん。おお、ええやないか。世界はお節介で成り立っとんのやで!』

は?

「……おとん……アホ」

『がはははは』

 おとんのでっかい笑い声が響く。

「……」

 なんやそのガラガラ声聞いてたら……フツフツ、お腹の中から笑いがこみあげてくる。
 嫌やなあ、こんな時やのに、なんで笑えるんやろ。

「ふふ……あはは……」

 だんだんほんまにおもろくなってきて、鍋食べた後みたいに体がほかほかしてきた。
 アタシとおとん、電話越しにケラケラひとしきり笑って。

『おお、笑え笑え。みのりはみのりでええんや。お節介せえへんみのりなんて、タコ入れんたこ焼きみたいなもんや。やりたいように、やればええ。10万円の馬券パワー、いや、100万円の馬券パワーでな』

「おとん……」

『あんた、この花瓶どないしてくれんの!!』

『ガビーン! おかんにばれてしもた。いっちょ怒られてくるか。そいじゃ、もう切るわ。またな』

 電話が切れた後も、アタシ、携帯握りしめてふふふ。にやにや笑いが止まらへん。

 ピンポーン……。

 ん? 誰やろ?
 布団から顔を出すと、ビニール袋を抱えた桃ちんが入ってくるところやった。

「みのりー? あんたちょっと電気つけなさいよ! あんたがそんな暗いと怖いのよ!」

 桃ちん、テーブルの上に袋をどんて置いた。

「ほら、あんたの好きなミヨちゃんのたこ焼き、いっぱい買ってきてあげたから。これ食べて元気だしなさい」

「桃ちーん!」

 アタシは桃ちん、じゃなくて、たこ焼きに飛びついた。

「何よ、意外に元気じゃないの」

「うひひ」

「よかった。その方がみのりらしいもんね」

 アツアツのたこ焼きをほおばると、とろんて口の中で生地が溶けてく。
 お、大ダコ入りや! うーん、アツ! うま! やっぱ、たこ焼きにはタコが入ってへんとあかんね! アタシは一人でうひひってうなずいた。

「あんた……どっか壊れたんじゃないの?」

「ひどい桃ちん、相方にそんな言い方!」

「だから! 相方ってい、う、な!」

 ケラケラってお腹の底から笑って、もう1個、たこ焼きをほおばった。

「なあ桃ちん」

「ん?」

「決めたわ」

「何を?」

「8年前の中目黒事件、アタシが解決する!」

そや、決めたで!

「何がナンでもライスでも! アタシはやったるでええ!!」
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