緑の星
いまから数百年のときがたち、人間の住む星はやたらと住みにくい星となっていた。
資源の枯渇に生物の絶滅。果ては異常気象と、人類の行き過ぎた進化のつけが回ってきたのだろう。
だが、人間という生物は薄情なものだ。
長きにわたって住み続けてきた星を捨てて、人類は宇宙へと飛び出した。
未知の領域だけに、宇宙は完全な無法地帯となり、それでもあまりに広い宇宙に人類はどんどんと進出していった。
「ゴールド・ラッシュ」ならぬ、「プラネット・ラッシュ」の始まりである。
そんな中、二人を乗せた宇宙船が、ある銀河系を飛んでいた。
「お~い、見てみろよ。この近くに重力場があるぜ」
そういって、なにやらたくさんあるモニターのひとつに目を向けている女。
どうやらこの宇宙船の乗組員らしい。
そして、その男は明らかに場違いなところにあるハンモックでいびきをかいている男に声をかけた。
「・・・ったく、起こすなよ、この馬鹿。んで、なんだって?」
不機嫌そうに起きた男もまた、この宇宙船の乗組員らしい。
「いや、だからさ、この近くに重力場があるんだって。もしかしたらまだ発見されていない星かもしれないぜ、そうなったらその星に基地を立てて、ここらを通る宇宙船相手に商売ができらぁな、ということでその座標にちょ~っと言ってみようと提案するんだよ。私は」
そういいながら自分を指で指すその女は非常に頼りなかった。
案の定、ハンモックにゆすられていた男は急いでその女に駆け寄り、動きを封じようとする。
「馬鹿!よせ!やめろ!またこのおんぼろ宇宙船に傷が増えるだろうが!そんなこと言ってこの前はアステロイドベルトのど真ん中に時空介入したじゃねえかよてめぇ!もう忘れたのか!」
尋常じゃないキレかたをする男。
どうやら命とか、ものすごく大事なものがかかっているらしい。
だが、言われたほうの女は平然と、
「いや、それがもう賛成してくれると思って時空介入開始しちゃってるんだよね」
そういって、たくさんあるモニターのうちのひとつを指差す。
確かに急速に数字が少なくなっている。
しかし、その隣には明らかに穏やかでない「dangerous」の文字が。
「はぁ?何事後承諾とかやってんの!?というか確信犯だろてめぇは!!」
そういって殴りかかろうとする男。
女じゃなければ殴っている勢いだった。
しかし当の本人は平然と、
「いや、お前が叫んでるうちにもうすんだぜ」
「・・・・・・ああ、そうか」
ぐったり疲れたようすの男とは対照的に、もう一人の女は元気そうだ。
「おい、外見てみようぜ外、もしかしたら人間が生身で生活できるような惑星かもだぜ」
「・・・・・・ああ、そうだな」
もう聞いているのかすら定かでない男の返答。
だが、実際に外を見てみるとそこには・・・
そこには、緑の星があった。
この宇宙空間に出てからというもの、緑という色に出会う可能性はほぼゼロに等しかった。
なぜなら、緑とはそこに植物がある印。
つまり、その星には生命が息づいている。
それは、宇宙船乗りとしての成功を意味していた。
「やったぁぁぁぁぁぁ~~~」
狭い宇宙船内にもかかわらず飛び跳ねてはしゃぎまわる女にしかし男は冷静な言葉を浴びせる。
「いや、はしゃぐのはまだ早い、あれらの植物が有害でないという保障はどこにもないからな」
「えええ~~~、冷める~~~」
「五月蝿い!」
ともあれ、ホバーエンジンを起動して地表に降りた。
実際、その作業に二日かかったのだが。
「なあ!なあ!もっとこうビュウ~ンって降りようぜ!だるいし!」
「あのなあ、もし大気が可燃性のガスだったらどうすんだ?」
「そのときはそのときじゃん」
「自分と俺の命をなんだと思ってるんだよ・・・」
「う~~~ん、流れ星のように一瞬の煌めきさえ残せればそれでいいのさっ!!」
「お前だけ煌めいて死ね」
自身の連れのおしゃべり加減に男のイライラがほぼMAXに達したところで、その宇宙船は地上に降りた。
その星は、
「うおおぉぉい!すげえじゃん!緑いっぱいじゃん!」
それは確かにはしゃぎまわるには充分な星だった。
大気には酸素が含まれ、そのほかの成分も有害なものは見当たらなかった。
植物もシダなどを除けば食べられないほどのものではなかった。
そして何より、生命が息づいている。
普段はたしなめる側の男も、あえて止めはしなかった。
「まあ、確かにそうだが」
そういうと男は、積荷を降ろし始める。
どうやらキャンプを立てるらしい。
小さなカプセル状のものを取り出すと、そのカプセルから出ているボタンのようなものを押す。
すると、そのカプセルは引き出し大の大きさになった。
中からテントの骨組みとなる部分を取り出しながら、男ははしゃぎまわっている女に向かって叫んだ。
「おい!テント張るの手伝え!!」
しかし女は盛んに何かを指差し叫んでいる。
「おい!見てみろよ、でかいトカゲだ!」
何をとち狂ったことを・・・
と思いながらもその方向に視線を向けると・・・
「・・・・・・でかい・・・トカゲだな。うん、少し離れろ、いや、すごい離れろ」
「なんで?背中に乗ったら気持ちよさそうじゃん」
「いいから!テント張るの手伝え!!」
「・・・・・・・・・は~い」
そして、いくらかのときが流れた。
「・・・・・・よし、砦も完成だ、これで地球の戦艦が攻めてきてもどうにかなる」
この宇宙では法などなく、ゆえに住みよい星があり、そこに先客がいたとしてもその星を奪い取りたいという人間が存在するのだ。
だからこそ、星を最初に見つけた場合、そこに砦を立てる必要がある。
「あ~あ、疲れた~」
「そういうな、風呂を沸かしてやるから」
「ホントか!イヤーお前はいつ見てもいい男だなぁ」
そういって目を輝かせる女を見て、男は薄く笑った。
そして、砦の中にあるバスルームに行こうとしたそのとき・・・
爆音が響いた。
天地さえわからなくなるような地鳴り。
その響きは普遍のはずの大地を揺るがし、世界は音に飲み込まれた。
もはやたっていることさえ出来ないその中で、男は必死に女の手を捜す。
そして・・・・・・
「・・・・・・ぉぃ、ぉい、おい!」
「グヒャア!!!なになに?ご飯?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あれ?普段なら『開口一番それかよ!』とか突っ込んでくれるのに・・・」
そのことばは最後まで言い切れず、女はきつく抱きしめられる。
女は今の状況がわからなかったが、しかしその手は温かかったので、いつまでもそうしていたいと思った。
しかし、そうそう感傷に浸っているまもなく、
「おい、離せ、いや俺からやっていてなんなんだが、離せ」
「・・・ぅん?もう終わり?」
男は無理やり女を引き剥がすと、今わかっていることを矢継ぎ早に話し始めた。
この星に隕石が落下し、太陽光が届かない死の星になってしまったこと。
宇宙船のエンジンが完全にあの衝撃でイカれたこと。
そして、船の冬眠装置が果たしてきちんと起動するかわからないこと。
そして、男は選択を迫る。
「果たして次目覚められるかわからないこの冬眠装置に入ってもいい、だがこの生活空間でエネルギーが尽きるまで生活するという選択肢もあるが、どうする?」
しかし女は迷うそぶりさえ見せず、
「そんなの決まってるじゃん」
そういうと、女はとびきりの笑顔でこう言った。
「あんたといつまでも長く居たいから、冬眠状態でもそれは変わらないよ?」
「・・・そうか」
そういって男は、冬眠装置の電源を入れる。
そして静かに横になると、軽い調子でこう言った。
「じゃ、またな」
「うん、またね」
彼らの冬眠装置の名前の部分にはそれぞれ、「アダム」「イブ」と記されていた。
この作品は空想科学祭2009参加作品です。
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