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unconventional【スキル・メイク・オンライン】 作者:紺藤シグル
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76話 ハノーバー

 8月4日、13時00分。

 零は午前中に学校からの呼び出しを受けて、転校に必要な書類や転学試験の日時を聞いたりしていた為、昼食を食べ終わったこの時間までゲームにログイン出来ていなかった。

 漸くスキル・メイク・オンラインにログインした零は、ダインから『馬車を作ることが出来たから素材を持って来て欲しい』というメール内容を見て、今日は馬の購入とエリアボスを倒して素材を集めることに決める。

 ログイン時、しっかりとフードを脱いだ状態――つまりネクタイの無いスーツ姿で、零は再び馬屋の近くに姿を現す。
 朝日が昇り始めたゲーム内で、ちょうど近くに居るのだからと馬を先に購入することに決めた零は、まずギルドに向かって手持ちの要らない素材を売り払い、再び馬屋を訪ねた。

 馬屋の中に入りカウンターに視線を向けると、昨日馬車を買おうとした時に対応してくれた、40代ほどの髭を生やした男の店員の手が空いていることに気が付く。
 折角だから彼にまた馬の購入に付き合って貰おうと、零は声を掛けることにした。

 「いらっしゃいお客さん」

 「馬車を引ける馬を買いに来たんだが……」

 「売ってるよ。ところで馬車の大きさはどのくらいだ?」

 零は昨日と(たい)して変わらないやり取りをしながら、そういえば昨日は全身を隠すフード付きの黒のロングコートを着ていたから、店員は自分の顔すら見ていないという事に気が付く。
 そもそも1日に何人もの客を相手にしているのだから、いちいち零のことを覚えてもいないだろう。

 「馬車の大きさは決まっていないが、取りあえず10万ディールで2頭の馬が欲しい」

 何故零が2頭の馬を買うことに決めたのか。
 それはもしもの事態を想定しての事だった。

 道中モンスターに襲われた際、最悪馬が殺されることもあり得る。
 しかし2頭ならもし片方が殺されてしまっても、馬車等の荷物をその場に置きっぱなしにすること無く、残った1頭で運ぶことが出来る。

 つまりは保険の意味を込めて、零は2頭買うことに決めたのだ。

 「その金額で買える最高の2頭ってことで問題ないか?」

 「ああ」

 「分かった。じゃあ馬小屋に向かって決めよう。ついて来てくれ」

 店員に連れられて馬小屋に行くと、彼は体高約170cm、平らな頭部を持ち、(くび)、胸、肩、腰のいずれも(たくま)しい1頭の栗色の毛並みをした馬の前で立ち止まる。

 「俺のお薦めはこいつだ。品種はハノーバー。馬車を引くパワーに機敏さを兼ね備えた馬だ。気性も良く丈夫だし、お客さんの要望に叶う馬だと自信を持ってお勧めする」

 「じゃあこいつにしよう」

 即決した零に対して、店員は驚いたのか目を見開く。

 「そんなに簡単に決めても良いのか?」

 「自信があるんだろう?なら普段から馬に接しているプロが選んだ馬を選ぶ。それだけだ」

 「そうか。ならこのハノーバー2匹で9万8千ディールになる。金額に問題はないか?」

 「問題ない」

 「本当に即決だな」

 呆れたように笑う店員が会計をする為にカウンターに向かって歩き出す。
 その後ろについて行きながら零が歩いていると、道中で店員が提案を出してきた。

 「そう言えば馬車を操縦する御者(ぎょしゃ)は決まっているのか?」

 「いや、ちょうど困っているところだ」

 零自身は馬車を守る役割を担う為、馬車の操縦をする訳にはいかない。
 流石の零でも馬車を操縦しながら戦うことは出来ないのだ。
 それにそもそも馬に乗ったことはあっても馬車を操縦したことは無い。

 だから最悪馬車に乗ったことが無いであろうダインに、操縦を練習して貰うように頼むつもりだったのだが、何やら店員の雰囲気を見ていると、何か解決策を持っているようだった。

 「ならうちの御者を貸し出すことが出来るが、興味はあるか?」

 「ああ。是非お願いしたい」

 「分かった。カウンターに着いたら詳しく御者を貸し出す内容について話そう」

 零は願ったり叶ったりの提案に有難さを感じながら、そのままお互い無言でカウンターまで辿り着くと、早速店員が御者の貸し出しについて説明を始めた。

 「御者の貸し出しはレンタル料を払って貰って貸し出すことになる。値段は1時間5000ディールだ」

 「高いな」

 馬の販売額と比べてもかなり高額だ。
 むしろこちらが馬屋にとっての主な収入源になっているのではと勘ぐってしまいたくなる。

 「御者は外で主に働くことになるからな。モンスターに襲われる危険性が高いから、その分報酬も高いんだ」

 「なるほど」

 「御者に対しての報酬は半額先払い。残りが仕事が終わってからの後払いだ。支払いは御者本人に直接して貰うことになる。もしモンスターに襲われた場合だが、御者は自分の身しか守らないから注意してくれ」

 「馬や馬車も守らないってことだな」

 「ああ。御者は自分の命を第一に動くことになる」

 そこまで聞き終わった段階で、零は御者を雇うことを取りあえず止めることに決めた。
 流石に金額が高すぎると言うのが、最も大きな理由だった。

 「もう説明は大丈夫だ。雇うことは止めにする」

 「そうか。もし雇う気になったらまた言いに来てくれ。良い御者を紹介させて貰う」

 「分かった」

 店員が無理に御者を雇うようにと勧めて来ることが無かった為、すんなりと会話を終わらせる事に成功すると、そのまま馬の会計を素早く終わらせる。
 するとその瞬間、メッセージが届いたことを知らせる着信音が鳴り始めた。

 (何のメッセージだ?)

 メッセージの内容が気になったが、店員が話しかけて来た為、零はメッセージを見るのは後回しにすることに決め、彼の言葉に耳を傾ける。 

 「馬に関してだが、町に着いたら町にある馬屋か宿屋に付属している馬小屋に預けると良い。そのままにしていると最悪盗まれたり馬が何処かに行ってしまうことがあるからな」

 「ああ。そうさせて貰う」

 店員からの忠告を受け取り、零は購入した馬を受け取る為に馬屋の外に出る。
 するとそこには購入したハノーバー2頭が、馬小屋を管理しているのであろう男に連れられて待っていた。
 そして男は零の姿を確認すると、右手を差し出して来る。 

 「これを受け取ってくれ」

 「これは?」

 ハノーバーを引き連れている男から手渡されたのは、神社などで売っているお守りのような形をした、小さな布袋だった。

 「これはお客さんの買った馬しか感じない特殊な(にお)いを放つ薬草の入った布袋だ。馬はこれを持っている者に基本的に従う」

 「基本的にということは例外もあるってことか」

 「ああ。例えばお客さんが従えと言った者には従うように完璧に調教してある」

 「人の言葉が理解できるということか?」

 「ある程度だがね。馬は(かしこ)い生き物だ。記憶力も良い。これから何処かに馬を連れて行くなら、ついて来いと命令すればお客さんについてくるように調教してあるから安心してくれ」

 「分かった。確かに受け取った」

 「ではこれで私は仕事に戻るよ」

 馬の調教師の男が去って行くのを見送りながら、布袋をスーツの上着に付いてる内ポケットに仕舞い込む。
 そして零は、物は試しと言わんばかりに、アイテムボックスの中に馬を入れることが可能かどうか試してみた。

 (無理か)

 『生き物を仕舞う事はできません』という警告音声が流れた為、これ以上試しても無駄だと分かり、零は馬をアイテムボックスに入れる事は断念する。
 そして先ほどから気になっていたメッセージの受信画面を漸く開いた。

 『スキル【馬術】を入手しました』

 そう書かれたメッセージを確認して、零は馬の購入が【馬術】スキルの入手方法だったことを悟る。
 確かに武器を扱うスキルが存在するのだから、馬を操るスキルが存在しても可笑しくはない。

 むしろこれが無ければ大半のプレイヤーは馬を扱えずに困ってしまうはずだ。
 しかしそこで零はふと考え込んだ。

 【馬術】スキルが手に入るなら、何故雇われ御者が存在するのかと言う疑問が生じた為だ。

 馬車を動かすNPCを雇うことで得られるメリットは、馬を操る必要性が無くなり、1人分手が空くことにある。
 それが戦闘職プレイヤーならば、戦闘員が1人増える事と同じ効果が得られると言って良い。

 それだけで全員の生存率が上がることは間違いない。
 そう考えれば5000ディールという金額も決して高い物ではないのかもしれない。 

 そこまで想像したところで、零は購入したハノーバーの内の1頭に(またが)り、今日すべきもう1つの目的を果たす為に声を上げた。

 「俺の後ろについて来い」

 乗らなかった方のハノーバーにそう命令を下すと、ハノーバーは鳴き声を上げて零の言葉を理解した意思を示した。
 その姿を見た零は、馬車を作るための素材集めをする為に、乗っている馬の手綱(たづな)を引いて村の外へと駆け出して行った。
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