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unconventional【スキル・メイク・オンライン】 作者:紺藤シグル
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91話 価値観

 「人は生まれ育った環境によって価値観を形成し、アイデンティティを手に入れる。俺はその価値観やアイデンティティを一変させることで、その人間の劇的な変化を観察する。そこで君に問いたいのは、もし仮に環境が変化し価値観が変動したとしても、揺るがない人間がいるとしたら、どんな人間だろうということだ」

 聖にとって最も忌むべき存在。
 聖が求める物とは真逆の存在。
 聖の欲する物とは相反する存在。
 彼はあえてその問い掛けをすることで、零という人間が自らにとってどういう位置にいる存在なのかを見出(みいだ)そうとした。

 そして零は問い掛けに対して即座に返答する。

 「環境も価値観も、変化していくと理解している人間だ」

 零の答えを聞いて目を細めた聖は、問答を続けるべく新たに言葉を紡ぐ。

 「変化を受け入れるということは、変わってしまう、揺らいでしまう人間ということにならないかい?」

 「【環境も価値観も変化する】という理念は変わらない」

 「つまり、表面上は変化しているように見えても、根本的な部分は変わらないということだね」

 零の回答を聞いて、聖は納得するのではなく、満足したという表情をしていた。
 それは聖が初めから自らの答えを持っていて、その答えに沿った言葉を零の口から聞き出せたという事になる。
 そして聖は問答が楽しくなって来たのか、頬を緩めながら新たな質問を口に出す。

 「ではどうすれば強固な価値観やアイデンティティを形成することが出来るかな?」  

 「育った環境によって形成される価値観やアイデンティティは、ある種の洗脳に近い。成長していく上で家族、友人、学校の先生、はたまた国から発せられる情報によって人格は出来上がっていく。逆に言えば、環境によってどうにでも変化してしまうと言える。
 ならどうすれば揺るがない価値観、アイデンティティを手に入れられるのか、それには様々な価値観の本や、物語や、情報や、他者からの話を見聞きして、そこから答えを自ら導き出さなくてはならない。
 そしてその答えを見出す上で重要なのは、過去に起こった事実だ。
 価値観や思想によって起きた結果を元に、何が正解かを探り出していく」

 「過去の事象を知識として蓄え、現在の思想や価値観から未来にどういった事象が起きるかを予測する……か。
 同じ価値観、思想の物ばかりを見聞きしていては、視野は狭まって行き凝り固まった物になる。だからこそ様々な視点から物事を見聞きし、客観的な事実から物事を判断する」

 「そうだ。1つ例を出すなら、最近発生した価値観の変化は、人工授精と人工子宮による母体を必要としない妊娠と出産だ。これによって【出産は痛みを(ともな)うもの】という価値観が、【出産は痛みを伴わなくとも出来るもの】へと変化した。
 これは肉体的に出産が難しい女性たちや、痛みへの恐怖から妊娠出産へと踏み出せなかった女性たちにとって大きな味方になり、出産率の上昇へとつながった。しかし、その後に作られたある政策によって、大きな問題が生じてしまった」

 零は意図的に問題の原因を隠す形で言葉を紡ぎ、答えを促すように聖を見やると、彼は言葉に詰まることなく返答する。

 「子供を産んだ夫婦への税制優遇政策だね」

 「その通りだ。具体的に言えば、子育てに掛かる費用を無償化するどころか、それを補うほどの補助金が支給されるようになったことで、金の為に政略結婚をし、人工授精と人工子宮で子供を出産し、離婚するという人間が現れた。
 生まれた子供は施設に預けられ、自分たちは子育てどころか生まれた子供を見向きもしない。そもそも生まれた子供の顔すら知らない。そんな問題が生じ出した。
 過度の少子化により子供を産むことが重要視され過ぎたことで起きた弊害だな」

 「価値観の変化によって起こったメリットとデメリットだね。しかしそういった行動をする人間が出てきたのも、今まで生きてきた環境によって積み上げられた価値観によるものだろう。
 そこで君に尋ねたいのは、君は現在の社会をどう思うか――だ」

 楽しそうな表情で会話を続ける聖から新たな話題を振られ、零はどのような意図があるのか注意深く考察しながらも、自らの感想を口にする。

 「昔と比べれば、経済的に良くなって来ているのは間違いない」

 「俺も同意見だよ。労働力のロボット化の成功によって、日本の経済状況は一変した」

 労働力のロボット化。
 これは現在の日本を語る上で欠かせない要素の1つとなっている。

 少子高齢化により労働力が不足し、移民を受け入れなければならないのではないかという意見が大きくなる中、当時の政府の研究機関が人型労働ロボットの開発に成功した。
 何をするのかをプログラムすることで、第一次産業、第二次産業、第三次産業に至るまで、人間に替わりメンテナンス時以外24時間働き続ける事が出来る、究極の労働者といっても過言ではない労働力が誕生したのだ。

 初期費用を回収し、維持費を除けば、あとは利益を生み出し続ける労働力。
 ロボットの為不平不満も言わず、故障が無い限りコンディションやモチベーションに左右されること無く働き続けることが出来る。

 この労働者ロボットが政府から日本国内限定で、海外には輸出、輸送を禁じ、利益の一部を税として納める事を条件に購入できるようになったことで、日本人は職を失う事になるかと思われた。

 しかし当時の政府は、この税で異常と言えるほどに潤っていく財源を元に、様々な改革を進めて行った。

 ロボットにより仕事を奪われた人々には、代わりに作られた国営企業に多くが転職することとなった。
 ここは新たなロボットやAIの研究開発の他、文化的な産業、つまりアニメや漫画、日本古来の伝統工業など、ロボットでは代行することが困難な分野、または人間が業務を行うからこそ価値のある分野に転職することとなった。

 その分野ですらAIによって代行が可能なのではと議論され、実際にAIを搭載したロボットや文学が生まれたが、AIの暴走や暴走時に起こった二次災害により一旦保留されている。

 他にも既に破綻していた年金制度を無くし、代わりに給付金制度を確立。
 毎月一定額を働いている国民に給付している。
 また働いていない国民に対しても、減額されるが一定額給付されている。

 働いている国民と働かない国民で給付額に差異があるのは、全国民が働かない社会になると国の発展が無くなり、他国に追いつき追い越され、致命的な損失を受けることになるからである。

 更には学費の完全無償化、少子高齢化対策として子供が成人になるまで一定額が給付金に上乗せして支払われる子供手当てなど、日本が背負っていた借金を全て返済した後に、様々な政策を実行していった。

 「特殊な状況下に置かれない限り、貧困は無くなったと言ってもいい」

 零の言った通り、不慮の事故により偶発的に発生する保険の効かない多額の治療費、クレジットカードの使い過ぎ等の理由から発生した多額の借金など、故意や過失による金銭トラブルが起きることがある。

 シンは(まさ)しく前者であるが、問題なく学校にも通うことができ、住む家にも困らないで済んでいるのは、国から得られる様々な援助のお陰であると言えるだろう。

 「では今の社会の弱点(、、)を挙げるなら何処かな?」

 聖が意図的に発した言葉に対して、零が(けわ)しい表情になる。

 欠点(、、)ではなく弱点(、、)

 つまり聖は、暗にこれからこの社会の弱点(、、)と言える部分を突くと言っているのだ。

 それは勿論彼の目的を果たす為の手段になっていると考えられる。
 聖の目的は人の劇的な変化を鑑賞すること。

 そこから導き出される答えに、零は瞬時に辿り着いていた。

 「お前、その為にこのゲームを……。いや、このゲームに存在するAIを手に入れるつもりか?」

 「流石だね。弱点という言葉だけで、俺が何をしようとしているかにまで辿り着くなんて」

 聖は零が自分に肩を並べる存在だと改めて認識した。
 もし自らの()そうとしている事象に辿り着けないようなら、取るに足らない存在として必要以上に警戒をすることは無かった。

 しかし零は自分のやろうとしている事柄に辿り着いたのだ。
 それは腕っ節だけでなく、頭の良さも自らに匹敵する存在だと雄弁に物語っている。

 お互いに手段の具体的な内容には言及しなくとも、同じことを想像していると理解して会話を続けている。
 そして聖は先ほどまでの楽し気な表情から一変し、零に対して敵対的な表情へと移り変わった。

 「こうして話していて確信したよ。君はやはり完成され過ぎている」

 零はまだ17歳だ。
 精神的にも肉体的にも成熟していると言うには早すぎる。
 それでも聖は完成という言葉を出して零を評価した。

 「恐らく君は、これから俺がこの国の環境を破壊し、世間の価値観を変化させたとしても、変わることは無いだろう。
 なぜ俺が君のことが嫌いなのか、同族嫌悪なのか、それとも違う理由なのか、ずっと考察していた。そして今やっと理解したよ。
 君は変わらない。だからこそ俺は、君が嫌いだ」

 聖にとってもっとも好きな物は、人間の変化だ。
 しかし零は、聖にとっての人間の変化とは対極に位置する存在。
 だからこそ零を嫌悪し、敵視し、敵対する。

 そんな悪感情を隠すことなく言い放ってくる聖の言葉を、黙って最後まで聞き終えた零は、反目するように(にら)み返し、口を開く。

 「お前は自己中心性な人間だ。ただ、他の自己中心性な人間と決定的に異なっているのは、自らの行動が他者に対して害になると深く理解していること。それでも自らの欲求を満たすために行動することだ。
 俺も自らの欲求を満たすために行動するが、他人の尊厳を害してまで戦うことは無い。
 俺とお前の決定的な違いはそこだ。
 そしてその違いこそが、俺がお前を敵対視する理由になる」

 「つまり君は、俺の起こそうとする行動の邪魔をするって事かい?」 

 「はっきり言って、俺はお前が何処(どこ)で何をしていようと、どうでもいい。
 しかしお前の行動によって俺が被害を受けるなら別だ。そしてお前がやろうとしていることは、(いや)(おう)でも俺は巻き込まれる」

 聖が()そうとしている事は、日本中を巻き込み生活環境を一変させてしまう行為だ。
 日本の何処に居ようとも、特に経済的な被害に合うことになる。

 「なら君を巻き込まないと誓えば見逃してくれるのかな?」

 「お前を放置すれば俺にとって不利益になっていくことは目に見えている。それが答えだ」

 「残念だよ。交渉決裂だね」

 お互いに好戦的な態度を隠そうとしない話し合いは、初めから分かりきっていた結果に終息した。
 零は話は終わりだと言わんばかりに無言で立ち上がり、部屋の外へと歩いていく。

 ドアを開けて外に出ると、白フードを被った聖の仲間たちが一斉に零の方へと振り向き、警戒心を(あら)わにしていたが、零は彼らに一切の関心を向けずに、草原の方向へと歩いていった。
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