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2. 確信犯たち――バナナに化けて
「なんだ。結局、これだけか」
 鼻の根元にシワを寄せて、一番小柄な少年が不満そう言い捨てた。
「しかも……お前らかよ。頭痛い」
 偉そうに腕組みをする。男の子が普通に着せられているような半ズボンにTシャツなんかではなく、少年戦隊ものの登場人物のような、独特の艶をしたツナギのスペースジャケットを着ている。着方をよく分かっていないのか、単に圧迫感を嫌っているのか、それともカッコいいと勘違いしているのか。だらしなく大きくはだけた胸に、少年たちに大人気の『ミラーズ戦隊』の、ヒーロー『レッド』が光線銃を構えているイラスト入りの下着が見える。

「何よ、私のどこが不満だってのよ」
 くるくると『美容院で巻いています』というような見事な内巻きにカールをかけた髪を、両方の耳の上で大きなピンクのリボンでまとめている女の子が唇を尖らす。少年と同じようなスペースジャケットで、こちらはスキなく首までちゃんとロックしている。
「お前みたいな『ママ』、『ママ』お嬢が、一週間のピクニックなんて出来っこねぇだろ。さっさと帰れよ」
「あのね。私を赤ちゃんにしてたのはママの方なの。本当の赤ちゃんができたから、私はもう赤ちゃんごっこしてなくて良いの」
「はは……ん」
 少年が納得顔になった。
「お前、焼き餅焼いてるだろ。ガキだな」
「ガキって何よ。焼き餅の当てつけなんかじゃないわよ。ミラーズ戦隊シャツのアンタの方が、余っ程ガキでしょ」
「ミラーズのどこがガキだよっ!」
 少年がいきり立つ。
美咲みさきちゃんも、たかしくんも喧嘩けんかしないでよ。ボクたち、これから一週間、同志なんだろ?」
 もう一人の少年が、どことなく間延びした口調で割り込んだ。

 言い争っている二人の子どもたちは、女の子の方が多少上背があるが、殆どどっこいどっこいなのに、仲裁に入った少年の方は優に頭一つ分大きい。この少年はピチピチに体に張りつくデザインのライダータイプ・スペースジャケットで、それには絶対に似合わない布製のリュックを背負っている。そこでも、崇と呼ばれた少年と同じミラーズ戦隊のレッドが決めポーズでVサインをしていた。
「同志って気持ち悪いこと言うなよ、黄色イエロー。言っとくけど、イエローなんか一緒に行かなくたって、レッドは組織ディアハートと戦えるんだぜ。あれは足手まといになって、話を盛り上げるために一緒にいくってだけで、ホントは待ってるのが仕事だろ?」

 美咲と呼ばれた女の子の方が、腕を腰に偉そうに添えて、鼻で笑った。
「何よ。遊星ゆうせいくんを黄色イエロー扱いして……。まさか、崇。アンタがレッドだって、そこまでずーずーしいこと思ってる?」
「ったり前だろ。オレと遊星なら、どー考えてもオレが赤だろ」
「崇……アンタって本当に最低」
 遊星と呼ばれた大柄な少年の方が、のほほんと笑って答えた。
「良いよ。美咲ちゃん。ボクと崇くんなら、やっぱ崇くんがレッドだよ」
「それみろ……。文句言うなよな。女」
 美咲の平手が崇の右頬を直撃した。女の子は左利きらしい。

「美咲ちゃぁん……。暴力はよくない」
 どことなくぼーっとした口調の遊星がたしなめる。
「遊星くん。崇みたいな単純な考えなしがリーダーなんか出来ると思う? 私は遊星くんの方がリーダーに向いてると思うな。自信持ってよ」
 遊星がにっこりと穏やかに微笑んだ。
「ありがと。でもさ、崇くんがピクニック計画立てたんだから、やっぱり今日の班長は崇くんになると思うな」
 崇が我が意を得たりと、ニヤッと笑った。
「遊星、班長ってのは止めとこうぜ。校外学習行くみたいじゃないか。冒険なのにさ」
「あ……、そだね。じゃ、リーダーって呼ぶ?」
 崇は鼻の頭をちょいちょいと掻きながら少し思案顔になった。それから、いかにも照れ臭そうに小声で言った。
「……レッドじゃ……ダメ?」
 遊星がにっこりと笑った。
「いいよ。ボク、ブルーも好きだから。ボク、ブルーね。美咲ちゃんはピンクでいい?」
 美咲は大人びた仕種しぐさで肩をすくめて、首を左右に大げさに振った。
「ホント、男の子たちってガキね。私、ピンクなんて嫌よ。あんなキャーキャー騒ぐしかできない女が、そもそも戦隊ミラーズに入ってるってのが許せないわ」
「なんだよ、美咲。お前、ガキって人のこと直ぐ馬鹿にする癖に、自分だってミラーズ見てんじゃん」
「大人は付き合いを大切にするのよ。アンタたちと遊んでるんだから、ミラーズくらい見てないと話できないじゃん。楽しんでる訳じゃないよ。……えっとね、わたしカシスさまがいい!」
 崇と遊星がこけた。起きながらこっそり顔を見合わせて、「趣味が悪い」と目配せしあう。カシスというのは悪の組織・ディアハートの女マッドサイエンティストの名前だ。いろんな動物のキメラを作っては、超能力を持たせて、いつもレッドたちにけしかけてくるイヤな奴だ。
「……了解〜。美咲のコードネームはカシスで決定」
 難しい顔で腕組みをした崇が決めつけて、美咲が小さくガッツポーズを作った。



     * * *



 自宅のファミリー向けコンパートメントのリビングにあるより五倍くらい大きなスクリーンに三人の女と二人の男が映っていた。真ん中で鬼のような形相をして、肩で息をしているのが崇少年の母親だった。彼女が激怒しているのはまず間違いない。

(一週間もあったら、きっと少しは怒りも治まってる筈さ。うん、大丈夫、大丈夫)

 崇は能天気に考えた。彼女はいわゆるシングル・ママだから、崇は父親を知らない。それから、赤ちゃんを抱いて、男の人に肩を抱かれている小学生のガキがいるとは思えないほど若々しい美人が美咲のママ。彼女は泣きはらしたような目をしていて、一週間後に美咲が帰っても、ぶん殴るより抱きしめてくれるタイプだろう。
 それから、怖い顔をしたおじさんが遊星のパパだ。「パパは凄く厳しい」のだといつも遊星はぼやいている。なるほど、この顔は一週間くらいは怒りを持続できるタイプだ。チームの中で帰ってから一番危険なのは遊星に違いない。

 元気よく街区の公園を出発した崇たち、レッド、ブルー、カシスの三人組は、補給物資が入ったコンテナに倉庫で荷物とすり変わった。荷物も別に捨てた訳でない。ちゃんとそのまま隅に寄せておいた。コンテナに閉じ込められている時間は最低に見積もっても三時間。計算では手持ちのスペースジャケット用の空調ユニット(市販の安物だけど)でもその位は楽に持つはずだった。コンテナがテラGが採用されているライダープールへ繋がるゲートに着く。今回の冒険の行き先が、そのライダープールだ。

 ルナGが採用されている宇宙港都市サンガは、いわゆる島三号と呼ばれるシリンダー型の建造物だが、そこの付帯施設であるライダープールはテラGを出すために、島二号スタンフォード・トーラス型をしている。回転軸でサンガと繋がってはいるが両者は完全に独立し隔たっている。地球という人類の大切な財産、特権階級である「幸いなる少数」のみが住んでいるそこに、大気圏というやっかいな関所を越えて、行ったり来たりするシャトルライダーは、殆ど事故報告がない宇宙植民地スペースコロニー間を行ったり来たりする宇宙船乗りより、少年たちの憧憬の対象になっている。
 ライダープールの回転軸の中は普通に無重力で、ドーナッツ型の居住区は回転軸からのびたスポークで繋ぎ止められている。只の生活物資を積んだコンテナは、この回転軸の中央付近にあるハブまでシュートされ、そこで仕分けされ、スポークを通って居住区に運ばれる。ここで保管される荷物に入ってしまうと、発見されたときは既に死後数ヶ月という事態に陥りかねないから、保存と冷凍が効かないフレッシュフルーツ(しかも超絶痛みやすいバナナだ)にした。

 崇のピクニック計画は、単純だった。目的地は「憧れのライダープール」。けれど、子どもが隠れてコソコソしても楽しくもないし、ご飯も食べられないし、トイレも困る。だから、直ぐに発見される手段をとる。ライダープールには168時間ルールというのがある。地球からのイキがよい病原体をコロニーに持ち込まないよう、ライダープールから一般居住区に移動するには、総合ワクチンを接種してから、テラ時間の7日間を潜在保菌者として過ごす。何らかの病に罹患して発病しないかどうかを待つのだ。さっさと見つかってワクチンを打たれる。それから一週間が楽しいピクニックだ。完全に親から離れられる。
 憧れのテラGでエライ目に合わないように、高学年からしか使えない、中央総合児童館のテラGルームに日参した。テラGツアーは人気のプログラムだから、並んだ挙げ句に数分で入れ換えられる。この計画のために、訓練は欠かせなかった。この夏休みは全て訓練に費やしたといっても過言でない。毎日、児童館で遊び倒していたなんて、ママの誤解も良いところだ。

 計画は完璧だった。チームはよくやった。ただ誤算があった。児童館のテラGルームは、本当のテラGとは似ても似つかない、ルナGに毛が生えた程度の低重力だったということだ。三人の子どもたちは計画通り、回転軸の荷受け場でなはく、居住区でコンテナが開梱されて発見されたが、その時には、テラGショックで皆、息も絶え絶えだった。

「ですから、一応プールに入ってしまった訳ですから、168ルールは、はい、お子さんでも例外という訳にはいきません」
 崇が知らないおじさん――多分ライダープールのお巡りさん?――の説明に、中央の女が声を荒らげた。
「小学生に一週間も学校を休めと仰るんですか? そうでなくても、やっと夏休みが終わったところですのに……」
 知らないおじさんは根気強かった。
「ですから、何度もご説明しています通り、コロニーに地球の病原菌をばら撒くと、パニックを誘発するどころか、最悪、カタストロフィーを招きます。ご心配も分かりますが、少々の学業の遅れには目を瞑っていただかないと」
 説明を受けていた女の目がつり上がった。

「それより、……あの、……娘はテラGで無事に?」
 美咲のママが割り込んだ。
「発見当初は、正直、必ずしも無事とは言えない状況でしたが……、直ぐにルナGと殆ど一緒のGレベルの中段倉庫に運びましたから……はい。今は大丈夫かと……」
 そうなのだ。彼らの計画通りでなかったことで一番大きかったのがコレだ。崇たちはカッコいいライダーさんたちが闊歩するプールで遊ぶ予定だった。けれど、そうでなくても柔らかい子どもの体がテラGに耐えられる筈もなく、三人はスポークの補強も兼ねている物資保管倉庫に移された。そこは回転軸に近いことで重力も小さく保たれているのだ。外部との接触もない。お仕置きとして閉じ込める意味でも、大人たちには都合のいい場所だった。

 三人はそこに移動させられてから意識を取り戻した。つまり憧れのライダープールはつまり見てもいない。通り抜けただけだ。
 これから一週間、チームのメンバーは、帰還後に上層部(親)から受けるだろう数々の叱責をどう言い抜けるかシュミレーションしながら過ごさなければならない。しかも、総合端末の前に大人しく座って学校の遠隔授業を受けよとまで厳命された。放課後が無くなっただけでまるでピクニックにはならなかった。最低だ。

「全く、いつも友だちは女の子にしなさいと……いっているのに、崇くんたちと……。こんなバカなこと……しでかして。ねぇ、美咲、聞こえてる? ママ心配したのよ」
 ため息をついた美咲が答える前に乱暴に崇の母が割り込んだ。
「越智さん……。お言葉ですが、美咲ちゃんももう高学年なんですら、自分で決めたことでしょう。何もかも人の所為にしていると、ろくな大人になれませんよ」
 美咲のママが爆発した。
「崇くんのママがいつもそうやって、自発的、自発的と野放しになさるから、崇くんが野放図になるんです。こんなことしでかしたんですよ。少しは反省なさったらどうなんです? 独立心が旺盛なのと、規律に無頓着なのは違います」
「なんですって?」
 崇の母親がいきり立とうとすると、ちょっと太った遊星のママが割り入った。
「まぁまぁ、越智さんも、塩屋さんも。子どもたちが無事だったんですから、良しとしないと。私たちも頭に血が上ってますもの、少し落ち着きましょうよ。叱るのは顔を見てからでいいじゃありませんか?」

(遊星のママを見ていると、あいつがのほほんとしている理由がよく分かるよ。ちょっと羨ましいかな。……仕事をしてないで、いつも家にいるのも……)
「良いよなァ……。遊星のママ」
 崇の口から思わずそんな言葉が零れ出た。

 崇と美咲の母親はいつも事あるごとにぶつかっているのだ。仕事を持って一人で子育てをしている崇の母親は、子どもを人形のように飾りたててお稽古ごとに追い立てる美咲の母親を信じられないと言うし、美咲の母親は崇が乱暴なのは、片親で愛情が足りていないからだと無神経に断言する。二人が上手く行くはずがない。
 子どもたちだって、自分たちの感じるところで友だちを選んでいるのだから、親は取り敢えず自分の好き嫌いは抑えましょうよといつも穏やかにとりなしてくれるのが、遊星の母親だ。
 崇の呟きに美咲が同意して頷くと、遊星が首を激しく振った。
「あんなふうに、落ち着いてる時が一番怖いんだ……ママ、マジで怒ってるよ……。帰るの……やだな」
「最低の……ピクニックになっちゃったよ……ね。ブルー」
 美咲は帰るまではチームモードを解除するつもりがないのか、遊星をブルーと呼んだ。遊星もニコッと笑う。
「カシスのママも……相変わらず、けっこう言うよね。怖い……」
 遊星が言い終わらない内に、憤慨している口調で崇が割り込んできた。
「オレの母ちゃんが一番凶悪に決まってるだろ!」
 一瞬きょとんとしてから、呆れたように遊星が呟いた。
「崇くんは何でも一番がいいんだね……」

「そんな一番、嫌だぁ……」
 美咲が腹を抱えて笑い転げた。この音が向うに聞こえているとしたら、まずいと思いつつ、つられて崇と遊星も笑いだしてしまった。

 崇は思う。最低で予定通りにいかないピクニックだったけど、バナナを放り出してコンテナにもぐり込んだのは楽しかった。遊星と崇がついでにバナナを食べはじめて、時間がないと怒った美咲だって、ちゃんとバナナを齧ってた。いつ見つかるかとドキドキした。回転軸に打ち出されたときの加重も、遊園地のコースターより数倍すごい。
 臆病風に吹かれて、「必ず行く」と児童館のテラGルームで約束しておきながら、公園に現れなかった腰抜け連中なんか知るものか。美咲も遊星も信頼できる友だちだ。ちょっと五月蠅いのと、落ち着きすぎてるのとが玉に傷だけどね。
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