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19. 馬鹿ヂカラ2倍の法則
――物理運動というものは、シンプルで美しい。一見、無秩序に見える不規則の中に混在する、これだけは確かなこの際、黄金のとも言うべき法則を、私は発見した。後は、無重力での洗練された身体さばきと、度胸だ。私は、自らに問う。お前には可能かと。私は答える。今此処にいるのは、私だけだ――


 と、格好でもつけなければ、誰がこんなひしめいて激しくぶつかり合っているコンテナ満載の部屋に単身で突入なんかできるもんか。俺は、思い切り一つ深く深呼吸してから、そのコンテナたちがうごめく空間と、目指す四角い入り口との間合いを図った。ここで壁を蹴ったら、子供たちの前でミンチになるか、ちゃんと辿り着いて良い格好できるかの二つに一つだ。無謀と慎重を同居させるのは、やっかいな仕事だけれど、こんな中で挽き肉の回収作業することに比べたら、余程気楽な仕事だ。

 声が良く響くように、一度、金魚鉢を脱ぐことにした。手袋グローブは取れないから、脱いじまったら次につけるときは密着シールできないけど、それでも子供たちより上等な装備をしている。金魚鉢メットごしの会話では、コミュニケーションには支障があるだろう。俺は、あんまり悩まなかった。


「頼むから、移動中は話しかけないでくれよ。今、トイレ持って行ってやるからな」

 女の子の目を見て言う。女の子の目が、真剣になる。僅かに頷くその動きをみとめた刹那せつな、道が開いた。コンテナの無秩序の動きの中で、これだけは確かな法則。上手く激しくぶつかったコンテナは、必ずお互いに弾かれあう。そして、彼らがそれぞれの移動先で別の何かに当たるまでの僅かな間は、そこには道がある。
 道が見えたときは、迷わない。迷ったら……、遅れてしまう。この場合、その遅れは生死に直結する。そんなことを悠長に考えていたわけではない。道が見えたとき咄嗟とっさに動くのは、俺の言ってみれば、悪い癖だ。自慢できた話ではない。
 俺はもう一度、金魚鉢の中に頭を突っ込むと、壁を蹴った。

 目をつけた方のコンテナの外壁にまず、取りつく。そして、四つん這いになって手足の全てで外壁を駆け上がる。疾走する狼のように……というのは、この全てにおいて、ゆっくりと動いていく微細緑化重力下では無理な話だけれど、気持ちだけは疾風はやてのつもりで行く。下手な考えはこの際お休みしてもらって、目線は広く遠く。この部屋全てを見るつもりで。気持ちは一点に絞る。入り口となっている、四角だけに。
 外壁に付いた手が、僅かな反発を感知した。こいつの反対側が、何か(どうせ違うコンテナだけれど)にぶつかったのだ。今、俺がいる空間はこれからゆっくりと狭くなっていくのだ。
 こういうときに闇雲に壁を蹴っても仕方がない。俺はもう一度呼吸して、部屋全体と四角とをもう一度、鳥になった気分で俯瞰ふかんする。右前方のヤツらがぶつかり合おうとしている。次に身を滑り込ませるのはあそこしかない。この壁と、あちらも再びこちらに迫ってきているコンテナとぶつかるまでは、もう少しある。前のヤツらがぶつかるまで、待ちだ。俺は慎重に、壁を蹴るタイミングを図った。……と、その時。

――タカさん。今忙しい?
 耳元にジョーの能天気な声が聞こえた。脱力しそうになるが、ここで集中力を途切れさせたら命とりだ。俺はぶっきらぼうに言い捨てた。
「無茶苦茶、忙しい……」

 女の子には黙っていろと言ったけど、此奴ジョーに言っとくのを忘れた。さっき女の子に話したときに金魚鉢ヘルメットを外してたから、聞こえていなかったのだろう。子供たちが生きていたことを言うべきか、一瞬頭に過る。いや、まだ、子供たちのところに辿り着いてさえいない。
 ジョーが俺のことをタカなんて呼ぶときは、どうせ緊迫した用件じゃない。

――御免。ちょっと楽しい音入ってるんで、賑やかしに転送しようかと思って。
 しょーもない、用件で今呼ぶな。馬鹿。
「楽しい音?」
 この微妙な局面でも、『楽しい』と聞いては、捨ておけない。聞き返してしまう自分が情け無い。

――ザキおねえさんの、突っ込み一番手、柏木機長へのエール。
「くれ」

 短く言ったとたん、耳元に聞こえてきたのは、明るいビート。激しいリズム。そして、ザキさんの声。

――元気が足りないよっ。もう一度行くよっ。みんな、元気ーっ?!
――おーっ。
 パンピー柏木の渋い声。俺も小さく唱和する。
「おー」

――まだまだっ。元気ーーーっ?
――うぉーっ!
「おー」
 今度も小さく唱和。もう直ぐだ。あと、呼吸が一つと半分のタイミング……。

――いいねぇ。ナイスファイト。じゃぁ、今日も元気よく行ってみよーかぁっっ!
――おーーっ
 パンピー柏木とジョー。二人はどうやら合流できたのだろう。

――チャレンジタイムぅっ! GOゴーっ。
 またしても、威勢がいいザキさんの発破に呼応して雄々しく叫ぶ、柏木くんの声が聞こえた。GOが出たってことは……、マス・コン捕まえに行くのかな。まぁ、いい。頑張れパンピー。こっちは、こっちで頑張るし……。それにしてもGOゴーは丁度聞きたかった言葉だ。柏木くんの自機で構造物に突っ込もうッてのに、しょげてない声も気持ちいい。元気がもらえる気がする。ジョーの機転に感謝しよう。俺も、元気に突っ込んでやるぜ。

 目の前でミシッと音を立てるように合わさったコンテナたちが、一瞬の押し合いを演じている。こっちもチャレンジ・タイム、行くぜ。俺は、次なる空間目掛けてダイブした。


 ……到着。
――ナーイス。まだまだ、次があるからねっ。
 ザキさん……。君もナイス・タイミングだ。ここまで丁度だと、見えてるのかどうか聞きたくなる。GOがかかってから、俺と同じくらいの間があるということは、捕まえられたのか?

「ジョー。マス・コン……捕まえたか?」
――な……なんとか……、でき……そう……。えっと、忙しいので、ボスっ、細かい話はあとでーーっ
 バージシャトルの柏木とジョー。マス・コンを捕まえる以上に、あのデカいガタイの慣性に振り回されるないように、体勢を整えるのが大変と見える。でも、あっちは、あの二人に任せるしかない。一応、柏木くんも腹が座っていそうだし、ジョーは子供だから基本的に怖いもの知らず。なんとか、してくれるだろう。
「それは丁度良かった。俺も忙しい……」
 今度は掌に反発を感じるのが早い。さっきこれとぶつかったコンテナの方は、まだ方向を変えていない様子だけれど、さっきの空間より短い間しか時間がありそうもない。

――ファイトぉっ!
 サンキュー。ザキさん。その言葉を受け止めつつ、俺は思い切って通信をオフにした。圧倒的な沈黙が金魚鉢を支配する。俺は、もう一度方向を探った。この移動トイレに必要なのは、応援エールじゃなくて、集中力だ。



 向うのガキんちょどもも、テラGピクニックを目論む位に骨がある輩だから、なかなか肝がすわっているとみえて、ありがたいことに、この期に及んで急かしたりしてこない。騒がれないと随分助かる。生きて戻ったら、ママたちに、「良い子育てしてます」と、忘れずに言ってあげよう。まぁ、どっちにしろトイレを我慢するのは体に悪いから、さっさと行ってやらないと……。
 と、思った矢先。いきなり、衝撃が来て、全てのコンテナが一斉に同じ方向に揺れようとしているのが分かった。やばい。俺は、サンドイッチの具にはなりたくない。重いコンテナも軽いバナナも目の前で、一斉に同じ方向へ流れる。俺は、なぜか一本鷲掴わしづかみにしてから、バナナが流れていくのと反対の方向にコンテナを蹴った。目標の四角から、一瞬遠ざかるのも止むを得ない。潰れないことが大切。女の子の顔が泣きそうに歪むのが分かった。男の子たちは、けなげにも、扉が千切れてしまったコンテナから皆がこぼれ落ちないように、必至で体勢を整えている。女の子を守るように。

 ふん。なかなかどうして、先が楽しみなガキどもだ。とにかく、なぜかバナナを掴んだまま、俺は、どんどん迫ってくるコンテナの隙間を強引にすり抜けるべく、果敢に体を動かし続けた。もう、死ぬ〜っ。

 今の衝撃が、どうぞ、パンピー柏木の若鷹二号が、上手に有機廃棄物倉庫に激突した結果生じたものでありますように。マス・コン一個でこれだけ動けば、俺の無責任な思いつきにも、着地点が見えてくるってもんだ。
 神様っ、ネタが切れたので、振り出しにもどりますっ。もしプールの墜落を防げたら、年に一度なんていわず、朝昼晩、獅子舞ダンス捧げますっ。
 どっかの神様に、どこか押しつけがましい祈りを懸命に捧げつつ、俺はどーにかこうにか、コンテナの群をすり抜けて、ちょっとだけ広くなった空間に出た。あーっ、命が幾つあっても足りない気がするとは、このことだ。

 俺は、連中コンテナが向うにぶつかりきって大挙してもどってくる前にと思い、すかさず、反対側の壁を蹴って流れていくコンテナの後を追った。気分は大空をかける鳥のつもりでいこう。
 どこかの時点で、もう一度コンテナたちの向きが反対に変わるはずだ。遅くてもその瞬間までには、子供たちのところについていたい。こっちからでは、同じように見えるコンテナばかりで、扉が千切れたあとの四角い口が見えない。いそげ、慌てろ。ただし、落ち着いて。俺は、多分あの辺というカンだけを頼りに、コンテナを追い掛けた。
 いくつかのコンテナを追い越して、ちょっとだけ体を捻って振り返って、四角く扉が開いた奴を探そうとして、すぐ傍らにそれがあることを発見して、俺は慌てて体を滑り込ませる。第一段階……なんとか、終了。俺は深く溜息。それから、ちょんと操作して通信を復活させる。

――ナイスファイトでしたっ。お疲れ様っっ!

 威勢がいいザキさんの声が、タイミングよく響いた。なんだか、嬉しかった。子供たちが俺に抱きついてくる……のかと思ったら、一番ちっこい男の子が叫んだ。

「おっちゃんっ。早くトイレっ」
 待ちかねてたのは、俺じゃなくて、トイレね……。俺はちょっと苦笑した。



     * * *



「こんなんのどこがトイレだよ」
 ポリ袋を片手に文句を言っているのは、一番ちっこい男の子だ。みんな小学校の高学年なはずだけど、予備知識が無かったら、二年生ぐらいかと思ったかもしれない。
「ゼロGだからしゃーないだろ。文句を言うな。それとも、バキューム式トイレ担いでこいって、そこまで無茶言うのか」
「そりゃぁ、そこまでは言わないけど、ちょっといい加減だなぁ」
「臨機応変と言ってくれ。終わったら、口をちゃんと縛っておけよ。いっとくけど、おっちゃんはこの手袋グローブしてるから、細かい作業はパスな」
 飛竜の部屋を出てくるときに、まさにトイレ用として持ち出しておいた袋を見て、ちっこいのが思いっきり文句を垂れる。そりゃぁ、移動トイレ宣言しましたけど、いくら俺でも、便器を担いでここまでこれるか。この袋が出てきたところで、驚いて涙を流して感謝してもらってもいいくらいなのに……まったく、ガキんちょときたら分かってない。この小さいのはシャツに、大きい方はリュックにミラーズ・レッドがついている。俺は子供の緊張感を揉みほぐすような会話を試みた。
「扉の外に零れないように注意してやれよ。ミラーズ諸君。えっと、ミラーズ・ピンクのお嬢さんは……ちょっとこれは無理だね」
 女の子が眉をつりあげた。
「私……ピンク嫌い」
 俺は疲れた。
「……希望も聞かずにいきなり役割り当てて、すまんかった。で、あいつらのどっちがレッドで、君は何色?」
「名前で呼んでほしいわ。おじさん。私は、越智美咲です」
 可愛くない〜っ。けれど、きちんと名乗られたら仕方がない。
「了解しました。おじさんは、高柳優美です」
 つられてきちんとフルネームを名乗った俺の背後で、めっちゃくちゃ可愛くない声がした。
「ユウビ……?って、思いっきりだっせーっ。それって女の名前じゃん」
 ミラーズ・レッド、小さいほう君。君は思いっきり、俺の神経を逆撫でしたんだよ。順番に助けなきゃならないことになっちまったら、君は問答無用でラスだ。
「リトル・ボーイ。俺のことは……タカと呼ぶように」
「リトルって何?」
 女の子が冷たく言い捨てた。
「ちびってことよ」
「あーっ、このクソ野郎。人が一番気にしてることを」
 ……クソって。ちょっと君、俺の労働に対して、その呼称は不当に過ぎないか? 腐りそうになった俺に、どこかおっとりした優しい声が言ってくれた。

「美咲ちゃんも、崇くんも、お礼が先だよ。おじさん、ごめんなさい。来てくれて……本当にありがとう……。凄く怖かった……」
 この子、思いっきり……癒し系。いい感じ。
「だからね……感謝してくれてるなら、おじさんでも、ゆうびでもなく、タカと呼んでくれ」
 俺が言うと、チビと女の子より頭一つ高いそいつは、はにかむように微笑んだ。
「タカ……さん? ……大人の人を……そんな風に呼んでいいのかな……」
「お前……可愛いッ!」
 俺はついうっかり抱きしめてしまった。相手が男でも、子供なら大丈夫っ。念の為ヘンタイ的欲望はありません。男の子がちょっとだけ躊躇ってから、ぎゅっと力を込めて抱き返してきて……、その思いがけない確かな力が、大人っていう生き物の本能をくすぐってきた。めっちゃ……頑張って来て、良かったぁ……。

「名前教えて。呼びやすいし。ビッグ・レッドくん」
 男の子が微笑んだ。
「僕は、小柳遊星っていいます」
「おーっ。君も柳クンか。俺の高柳と親戚みたいなもんだね。ユウセイって、遊ぶ星? それとも、優れた星?」
「遊ぶ方」
「いいね。レッドに相応しい素敵な名前だね」
「今回はボクは……一応ブルーですけど」
「クール・ビューティの方か。悪くないね。おじさんとこのガキは、捻りも何にもなく、レッド命なんだけど、芸がないよなぁ」
 戦隊ミラーズだって、共通の話題がないよりナンボかましだ。
「おじさんとこの子供って幾つ?」
「……五歳位……だったかな」
「位ってなんだよ。しょーもないオヤジだなぁ。子供にそのうち嫌われるぜ。でもさ、五歳……じゃぁ、仕方ないよ。ストーリーの深いところまで追えないもん。見掛けならかっこいいレッドが一番だし。出番多いし」
 一々、可愛くないチビ・レッドの頭を抑えつけて、女の子が、割り込んできた。
「今はミラーズなんかどーでもいいでしょ」
 どーでもいいとは、手厳しい。女の子は……、ある意味、難しい……な。

 それから、ミサキと名乗った女の子は、ちょっとだけ強引に遊星くんから俺を剥がして、俺の耳を引っ張ってきた。こいつは……、と思ったとき。

「お……トイレ……どうしよ……」
 耳元でこっそりささやいてくる。あ、恥ずかしかったのね。やっぱ……女の子は、可愛い……。俺は簡単に前言を撤回した。さてと、野郎どもはポリ袋で済むけど、女の子は、どうしたもんだろ。やっぱり、あれしかないか……。

「……あのね、こんなやり方どうかな?」
「えーっ。やだぁ。それって赤ちゃんのオムツじゃない」
  俺が耳元でやり方を説明してやると、とっさに出たのがやっぱり否定の言葉だった。まぁ、無理もない。だけど、ここは納得してもらわないと、次の行動に移れない。トイレを我慢しながらじゃぁ、マトモに体は動かせないからなぁ。
「……ミサキちゃん。宇宙船外作業士って知ってる?」
「え? もちろん知ってるよ。宇宙船の外で働くプロフェッショナルだよね。かっこいいよね……」
「そうそう。だけど、連中、途中でトイレ行けないからさ、長時間ミッションの場合、船外作業服スーツ装着する前にオムツしとくのよ」
「やだっ。汚い……」
「まぁね……。でもさ、トイレ我慢しながらじゃぁ、きちんとした仕事できないし、やるべきことと比較して、ちゃんと割り切らないとね。それじゃぁさ、ヨーロッパ中世の甲冑の騎士って知ってる?」
「アーサー王とか。……円卓の騎士とか……の、あれ?」
 よし。なかなかちゃんと本読んでますね。お嬢さんは。
「あれの甲冑着込んでる騎士って、糞尿、ヨロイの中に垂れ流しだったんだけど、どっちが汚いと思う?」
 女の子が思いっきり引くのが分かった。
「……それ……、後始末どうしたの?」
「騎士サマが自分で洗うわけ無いでしょ。見習いを兼ねた専用の従者がいたの。戦闘が終わると、水が無かったら砂で磨いて、オシマイ。トイレ使えない状況ってのでは一緒だけど、オムツと垂れ流しと……ミサキちゃん、どっちが好き? 今日のところは、好きな方選べるけど」

「……オムツ……」
「了解」

 俺は要領をコッソリと耳打ちしてから、バックパックからシーツを取り出した。オムツがわりに用足しするようにと渡した一枚とは別に、もう一つのシーツを使って女の子を照る照る坊主みたいにした。重力がないと、幕を張るって訳には行かないから、仕方ない……でしょ? シーツもボディバッグになるより、目隠しとオムツになる方が嬉しいに違いない。男の子たちは、こういうとき簡単で良いよなぁ……。つくづく。



 俺は、見ないでいてやるのが武士の情けと(武士じゃないけど)、ガキんちょ二人の方に向き直った。
「で、コンテナのバナナ追い出して、中に避難するっていう、むっちゃナイスなアイデアは誰がだしたの?」
「逃げ込んだんじゃなくて……最初から居たんだ。ピクニック最後の夜だから、バナナ・パーティーしてたんだ……。僕たち。だって、僕たちバナナに化けてコンテナにもぐり込んで、ライダー・プールに来たんだよ。だから、ピクニック最後の夜も……、バナナたくさん食べて……コンテナの中に寝たんだ。怒られるとは思ったけど……」
「もともと……ここで、寝てたの? バナナと一緒に?」
 俺は確かめる。頷く二人。面白いこと考えるガキどもだ。
「でも、なんでバナナ……」
「だって、バナナは傷みやすいから、そんなに倉庫においとかないだろ? さっさと見つけてもらわないと、命にかかわるし……」
 ……。こいつらのピクニックって、思いっきり密航じゃん。
「プールにピクニックって言うのは、そこそこナイスなアイデアだけどさ、Gアップちゃんとしないで来るから、倉庫に缶詰になって遊べなかったんだろ?」
 ちっこい男の子が叫んだ。
「それについては、オレは卑怯な大人を糾弾する。オレたち、ちゃんと夏休みの間、中央児童館のテラGルームで訓練してきたんだ。一夏かけてだよ。なのに、テラGなんか、全然出てなかったんだ。あそこ。大人はズルいよ。子供騙して……」
「夏休みかけて……訓練して……新学期に決行したの? 首尾よく発見されても、すぐ連れ返されちゃうじゃん」
「168ルール」
 遊星くんの方も、いたずらっぽい目つきになっている。俺は呆れる。計画的、確信犯。見事な……ピクニック計画。なんてガキどもだ。
「お前たち……。やるなぁ」
 こういう無茶苦茶を思いつく奴は大好きだ。俺の言葉に大人の分別ではなく、同じガキの感嘆を感じ取ったっだろう。チビの瞳がちょっと自慢げに揺れる。ふふ。俺もジョーを実は笑えない。見掛けは中年オヤジ。でも、中身はあんまり成長してない自信がある。
「こいつ。珍しく、話せる大人じゃん」
「崇くん。コイツじゃなくて……ちゃんとタカさんって」
 照れ臭そうにガキんちょの分際で、あっちから握手を求めてきた。
「おれ、今回のピクニックではレッドやってる崇です。美咲はピンク嫌いだから……コードネームはカシスさま……」
 俺は倒れそうになった。カシス……さま。刺々しいお嬢さんには、似合いすぎっ! 今後の行動を考えると、そうはいっても、カシスさまとも馴れ合っておくに越したことは無い。
 用足しが済んだのか、シーツを取っ払って泳いできたミサキちゃんに、俺は果敢に挑んだ。
「えっと、カシスさまぁ。頼み一つ聞いてくれる?」
「なに?」
「バナナむいて……」
 カシスさまは、ちょっとだけ大人みたいに眉を吊り上げて、ぽつっと冷たく言う。
「自分ですれば?」
 不貞腐れている……。可愛いのに勿体ない。
「あのね……このグローブ。自分じゃとれないの。んでもって、こいつは細かい作業に凄く不向きなの。これ。ついでに、ここまで死ぬ思いでやってきて、君たちと会えて、ここで終わりなら良いんだけどね、外のドーナツまで君たちを連れていきたいと思ってるわけ。全てが上手くいくって保証はできないけど、君たちがちゃんとお家に帰れるように、できる限り頑張ってみるから、バナナ一本くらい食べさせてよ、いいじゃない」
「できないことなら、我慢すればいいじゃない……」
 この子は普段……もしかして、凄く我慢しているのだろうか? 俺は敢えて言葉にして言ってみた。
「俺は……、我慢するのは嫌いなんだ。第一、できないことを手伝ってもらうのって、恥ずかしいことじゃないと思ってるよ。誰か近くにしてくれる人がいるなら、頼って良いと思ってる。そのかわり……じゃないけど、俺ができることがあって、それができない人が傍にいたら……やってあげるの、普通のことだと思ってるよ」
「そんなの……嘘よ。みんな自分の都合が一番で、みんな、勝手に自分のことだけやってるよ」
 寂しい……子なのかな……。このカシスさまは……。
「じゃぁ……なんでおじさんが、ここに来たと思う? 君たちがいるって聞いたから、迎えに来たんだよ。がんばれば、できそうだと思ったからね。ホントはこんな状況だと凄く難しいけどね。君たちを迎えに来るのは、おじさんの勝手な都合かい?」
 カシスさまの顔が一瞬で真っ赤になる。なるほど。こういうもってまわった言い方をとっさに理解できるのは年の割りにませているってことだ。多分、とても感性がするどくて、賢い子で、いろんな意味で生きにくいんだろうなぁ……。子供でしかないことと、大人の視点をもっていることは、両立しがたい。

「おじさんは、君たちを助けようと頑張ってみる。でも、一仕事の前にちょっとお腹に何か入れたい。この手袋じゃ、バナナはむけない。君は、簡単にバナナくらい、むけるだろう? そんなに、凄い難しくて厭な仕事かい?」
 ミサキちゃんは首を振る。あともう一息。
「おじさんは、むいて……くれると、嬉しいな」
「おっちゃん。オレが……むいてやろうか?」
「ダメ。女の子の方が良い」
 タカシ少年の申し入れを却下する。こっちは平坦すぎる感性の持ち主で少年含有率百パーセントだ。悪気は無いみたいだけど、俺の意図にまるで気付いてない。
 死んでるガキどもは、紐で縛って引きずっていけば問題ないが、生きてるガキとここを抜け出すなら、チームでいることは必要最低限の保険だ。三人の子供たちが、僅かずつでも俺を信じてくれたなら……、そいつが今のベターだ。急いで行動を開始するより、このカシスさまの心を、ちょっとだけ妥協に導いてからの方がいい。

 カシス・ミサキちゃんの手が、ひょいとその辺に漂っていたバナナを掴んで、おサル剥きを始めた。
「どうぞ」
 半分くらいまで皮をはいでから、俺が食べやすい位置に、差し出してくれる。むいてくれるだけで十分だったけど、まぁ、悪くない。俺は甘えて、ミサキちゃんが持ったままのバナナをかじりとった。出荷日調整中のバナナはまだちょっと硬くて、甘さもちょっと控えめで、もう少し育った方が美味しいこと間違いないといったところ。まるで、ミサキちゃん、そのものみたいだ。(幼女相手のヘンタイ欲求はありません! 念の為に繰り返しておく……)
「ありがとう。すごく美味しい……」
 カシス・ミサキちゃんが微笑んだ。
「どういたしまして……。タカ……さん」



 俺は、バナナを咀嚼そしゃくしながら金魚鉢を見た。ここはジョーと繋がっている。子供たちが生きていたと……無事だと言えば、あのママたちは、激しく喜ぶだろう。でも……居住区に帰り着けなかったり、シャトルライダーさんたちの健闘虚しく、プールが落ちたら。その喜びは絶望になって、あの人たちを打ちのめすだろう。今は……もう少し、黙っておこう。ママさんたち……ごめんなさい。俺はそっと通信機能をオフにした。子供たちもそうだ。今、ママたちの声を聞いたら、多分、緊張の糸が切れる。そしたら、俺では扱い切れない。
「タカさん……。何を考えてるの?」
 ミサキちゃんが、なんとなく俺に擦り寄ってくる感触で聞いてきた。
「脱出ルートについて。……ところでさ……ミサキちゃん。あんなに可愛いのに、なんでピンク嫌いなの?」
 ママは禁句だ。俺はちょっと誤魔化して、話題を変えた。
「だから、ミラーズなんか考えてる場合じゃないのに……。まったくもう。あのね、役立たずだからに決まってるでしょ。役に立たないだけならとにかく、完全に足引っ張ってるじゃない。なんで、あんなのがミラーズに入っているのか、信じられない。いつもキャーキャー騒いで、みっともない……」
 女の子はね……。キャーキャー騒いで良いんだよ。でも、この子は、そんな直截ちょくさいな表現で納得する子じゃなさそうだ。ちょっと、遠くから行こう。

「ミサキちゃん。君は、男って奴の馬鹿な習性を忘れてる」
「習性?」
「又の名を、馬鹿ヂカラ2倍の法則って言うんだけど。知ってる?」
「知らない……わ。なにそれ? バカ……って」
「そこで切らないで。馬鹿ヂカラで一単語。あのね、男ってのは、その大・小レッドも、俺みたいに擦り切れてんのも同じでね、好きな女の子の為なら、いざって言うときに自分の基本能力の最低でも2倍は力を出せるんだよ……」
「大・小レッドって、タカシと遊星くんのこと?」
「レッドとブルーでもいいや。あのね、今、ここの状況って非常時でしょ?」
「うん」
「遊星くんも、リトル・レッドくんも、ママと一緒にこういう状況に投げ込まれたら、こんなふうに落ち着いて無かったと思うんだ。ママにだって、どーしょもないことなのに、泣いたり、怒ったり、我が儘言ったり……当然、してたと思うんだ」
「そんなこと、無いぜ」
「だまれ、リトル。今はカシス・ミサキさまと話している」
 ミサキちゃんが、ちょっと笑う。
「君もだ。ママと一緒だったら、きっと泣いて我が儘言ってたんじゃないかな。非常時には、誰だって1.5倍の力が出せるんだ。守ってくれる頼れるママがいない非常事態で、君たちはお互いに支えあって頑張ってきただろ? これが緊急事態、馬鹿ヂカラ1. 5倍の法則という……」
「ボクは三倍くらい頑張ったかも……」
「おー。頼もしい。これから頑張る第二弾が待ってるから、楽しみにな。そんでね、もしもだ、計算してみて。ミラーズがみんなできる野郎どもばっかりだったら、どうなるか。考えてみようか。連中の普段のチカラを1と考えて、ミラーズが活躍する事態ってのは、日常じゃぁあり得ないから、非常時になるね。一人1.5倍頑張るとして、合計のチカラは、数値に置き換えると幾つ?」
「1.5かける、5で7.5かな」
「大正解。ちゃんと勉強してるね。んじゃさ、ここのできる男キャラの1.5を引いて、ピンクを入れる。普段彼女は1のチカラを持ってるけど、非常事態はパニックをおこしてしまって、実動能力ゼロとしようか。でも、こっちの残りの4がね、最低で2倍のチカラが出せるとすると……合計、いくつ?」
「最低でも……2かける4で8?」
「はい。正解。つまりね、男ってヤツは、大切に思ってる女の子が一緒だと、馬鹿ヂカラがでるから、4人で8のチカラが出せる。つまり、ピンクはマイナス0.5までのポカをやらかしても、十分にペイするんだ。ペイって分かる?」
「……なんとなく……」
「んでもって、2倍ってのは、最低ラインだからさ……ってことを考えてから、もう一回聞くよ。さて、ミラーズにピンクは居た方が良いでしょうか、いない方がよいでしょうか。カシス・ミサキさま……考えて」

「なんか……騙されてる気がする……。最低2倍の根拠を教えてよ」
 手ごわい〜。俺はにっこり笑った。
「実感と主観と経験則から割り出した……割と信頼できる数値」
 学生時代もそうだったけど、野郎だけのミッションより、女の子がいるミッションの方が気合入ったもんだったし……。第一女の子がいると、集団ではアホ度を競ってる仲間だって、馬鹿をやらかす割合が断然減って信頼度が増す。特に飛竜なんか顕著だったし。女の子がいてくれるのは、野郎どもにとって、馬鹿の根治薬にはならないが、少なくとも緩和剤にはなっていた。
 この馬鹿ヂカラ2倍の法則は、以前にジョーのピンク不要説を覆すべく捻り出したものだ。色はピンクだろうが紫だろうが構わないが、誰だって野郎ばかりのミラーズに毎週付き合うのは御免蒙ごめんこうむりたいだろ? 婦女子諸賢には御否定のむきもあられるかもしれないが、少なくとも、世の中の父兄諸氏のご賛同はいただけると信じている。

 うん。思いつきのでっちあげの割りに、この理論はまったく真実を衝いていると思うよ。俺なんか普段の生き方で手抜きしまくってるから、女の子と一緒に災難に巻き込まれたら、多分5倍くらいは頑張れちゃうと思うなぁ。
off.php?img=33&id=jomon


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