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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[六]暴走の炎

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6-3

「何がしかの大きな危機が一年以内にあるらしく、その回避のために改変が多くなっているとか」
 

 これなら、やれそうね。

 攻防の様子を近くの鉄塔の上から見下ろし、オリエはそうつぶやいた。オリエの想定以上に、トウコは強力な「ディストキーパー」だったようだ。サヤが「奥の手」を使う必要もなさそうに見える。

 あれほど強いとなると、少し考えなくてはね。オリエは近い将来実行に移す「計画」に思いを馳せた。あの子は計画に乗るだろうか。いや、今が楽しいというタイプだから、それはなさそうか。

 七人揃わない今がチャンスかと思っていたが、やはりあの子が来るまでは待つべき「インガ」なのだろう。まだ生け贄の羊が用意されていないのならば。

「おやおや、結構がんばってんねぇ」

 聞き覚えのある気楽な声に、オリエは振り向きもせず応じる。

「ええ、こちらの予想以上よ」
「んじゃ、あたしは用なしかなん」
「ダメよ、ちゃんとカバーに入ってくれないと」
「ですよねー」

 声の主、山吹シイナは軽い調子で応じた。

「その『ですよねー』って流行ってるの? サヤちゃんも言っていたのだけれど?」
「あたしはよく言うかにー。流行りかは分かんないス」
「サヤちゃんがあなたの真似をしているだけかしら?」
「だーと思うよ」
「わたしも使ってみようかしら」
「オリエさんが言ってる場面は想像つかないッス」
「ですよねー」

 シイナは屈託なく笑った。笑いながら、組み上げていたものをその場に下ろす。彼女の武器である大砲に、地面に固定するスタンドと、長い砲身を付け足したものだった。

「スナイパーモード! ってね」
「戦況が危なくなったら、お願いね」
「任せにゃさい。その場合、殺してしまっても、構わんのでしょ?」
「ええ、パサラにはわたしから言っておくわ」

 二度のチャレンジで義理は果たしたとオリエは考えている。パサラの思惑に、これ以上付き合うのも癪であるし。

「りょーかい。さてさて、どうなってますかな?」

 シイナは砲の上部に備え付けられているスコープを起こし、のぞきこんだ。


 戦局は一見、五分のようであった。

 立ち上がったアキナは、トウコの銃を警戒し接近戦を仕掛けてきた。拳の届く間合いはアキナの専門分野だが、トウコは防戦気味ながらそれにも対応していた。

 無論、それはサヤのサポートがあってのことである。白兵戦を繰り広げる両者の傍から、彼女は影を忍び寄らせ、紫の炎をかいくぐり、アキナの五感を剥奪していく。

「触覚やりました、これであと視覚と味覚だけです! って味覚はあまり意味ないですけど……」

 サヤの言葉通り、アキナの動きは目に見えて悪くなってきていた。しかし、と随分かわしやすくなったアキナの突きを捌きつつトウコは思う、聴覚と触覚そして嗅覚を失いながらも食い下がって来るのには恐れ入る。

 とは言え、今が決め時か。トウコはアキナの腕を絡め取り、強引に投げるようにしてその背後を取った。

 突き飛ばし、その背中に左右から二発ずつ、合計四発の銃弾を叩き込む。

「ッグガッッ!?」

 光の軌跡をまとった弾丸は、アキナの両手足を正確に撃ち抜いた。

 人のものとは思えないうめきと共に、アキナは前のめりに倒れる。そこへ影を伸ばそうとするサヤを押しとどめ、トウコは警戒した目つきでアキナを見下す。体を覆っていた紫の炎が消えたのは、それからすぐのことだった。

「終わった、んですかね?」
「そうね」

 よかった、とサヤは脱力するように座り込んだ。苦戦の割に呆気ない幕切れではあったが、決まる時はこういうものなのだろう。

「よくやってくれたわね、二人とも」
「やっるじゃーん」

 オリエとシイナが鉄塔から下りてきた。トウコは二人を仏頂面で迎えた。

「高みの見物ご苦労様」

 皮肉をぶつけてやったが、オリエは意に介した風はない。逆にサヤが恐縮したように会話に割って入ってきた。

「お、お二人ともこの後もお仕事があるんですよね!?」
「一応ねー。てか、見物してただけじゃないしー」

 ヘルプ入れられるようにしてたんだぜ、とシイナは「スナイパーモード」の大砲を示す。

「まあ、いいでしょう。大事なく終わったのだから」

 わたし達は「ディスト」の方にあたりましょう、とオリエはシイナに声をかける。

「へいへい。あー、雑魚狩りよりかはプレイヤー同士でやり合う方がいいんだけどにー」
「『ディスト』、このところ多いみたいですね」
「そうね。何がしかの大きな危機が一年以内にあるらしく、その回避のために改変が多くなっているとか、そういう話をしていたわね」
「大きな危機、ですか……」

 不安げに、サヤは眉根を寄せた。

「具体的に何が起こるかは分からないけれど、町が地図から消えるレベルだとか」

 オリエの笑みに、サヤと何故かシイナも少し表情を固くした。トウコは怪訝な顔で三人を見回す。

「先のことを今から心配しても仕方ないわね」
「あ、あの、アキナさんの身柄は、どうしたら……」

 何かを振り払うように、サヤは急いた様子でオリエに尋ねる。

「そうね、二人に任せるわ。とりあえず『インガの裏側』から出してあげて」

 アキナの体を、さてどうやって運ぼうかと見ていると、「ねえね」とシイナが声を潜めて話しかけてきた。

「トウコちんさぁ……」

 ちんは止めろ、と言う間もなくシイナは言葉を続ける。

「もしさ、この世の『インガ』を好きに自分たちでいじれるようになったら、どうする?」
「どうもしない。もう、そういう形にわたしは変わった後だから」

 迷わずそう即答すると、シイナは「あー……」とため息とともに言った。

「そっかそっか、そういう子なんだに……」
「シイナ、そろそろ行きましょう」

 会話を打ち切らせるように、オリエはシイナに声をかけた。「あいあい」と応じて、シイナは一つ肩をすくめ、歩き去るオリエの後に続く。

 いきなり妙なことを聞くものだ、とトウコは首をかしげる。元々おかしなやつではあるし、何か意図があってのことではないのかもしれないが……。

「と、トウコさん!」

 サヤは一人でアキナを持ち上げようとして、できないでいるらしい。途方に暮れた様子でこちらを向いている。

「『インガの裏側』から出すにしても、どこへ連れて行けばいい?」

 トウコはサヤに尋ねながら、アキナをおぶって立ち上がった。

「うーん、暴走して二日経ってるらしいんで、アキナさんのおうちか……」
「気絶したまま?」

 ですよねー、とシイナの口真似らしいそれをサヤは使った。

『できたら、彼女に「ディストキーパー」について説明したいのだけど』

 急に頭に響く声。そう言えば、こいつは立花オリエ以上に高見の見物なのだったな、とトウコは内心舌打ちした。

「パサラさん、えーと、じゃあ、どうしましょう……」
「いいわ、三住」

 パサラに尋ねるサヤを制して、トウコは歩き始める。

「わたしの部屋に連れて行くから」


 暗闇の奥底で、聞こえる声がある。

 それは嘲るような耳をひっかく笑い声だった。

 声は無数の手になって、身体中をいじくり、なで回し、弄んだ。振りほどこうとしても、できない。しびれるような痛みが、指を動かすことさえ許さない。

 声はやがて、はっきりと意味を持って迫ってくる。

 女の癖に抵抗しやがって、お前のせいで俺の人生丸潰れだ、変な正義感振りかざして、お前を押し倒すためにこうして戻ってきてやったんだ、さあ泣けよ顔グシャグシャにして、それを見るために、ああ一年長かったぜ、うれしかっただろ俺をぶん殴って褒められて、もっといいこと教えてやるからよ、空手がなんだよ天才とか呼ばれても意味ねえな、無様だぜ、所詮は女なんだからひいひい喜んでりゃいいんだよ、メスガキが……

 一際生臭い腕が、顔まで上ってくる。これは腕じゃない。グロテクスな形が迫ってくる――


 そこで目が覚めた。

 飛び起きたのは見知らぬ部屋だった。打ちっぱなしのコンクリートの壁と天井、鉄パイプを組んだベッド、いやに殺風景だ。

 漆間アキナは二の腕を抱き、次いで胸や腹、腰にふれる。あの黒い腕が、まだまとわりついているように思えた。

「お目覚めのようね」

 そう声をかけてきたのは、部屋と同じくらい無愛想な顔をした、同年代の少女だった。ここはこいつの家なのだろうな、と直感的に分かる程だ。

 しかし、こいつはどこかで見覚えがある。確か、同じ学校の……。

「わたしは成田トウコ」

 そうだ、そんな名前の……えーとどういうヤツだっけ? あまり記憶がない。

「あなたと同じ、『ディストキーパー』よ」

 「ディストキーパー」。覚えがあるような、ないような……。途端によみがえってくる、あの夜の記憶。声を上げそうになるのを、どうにか押し止めた。

『記憶が混乱しているようだね』

 少年のような、新たな声が響く。ブレザーを着た小柄な少女を伴って、白い毛玉がこちらへ近づいてきた。

「お前、確かあの時の……」
『「ディストキーパー」について、改めて説明したい。トウコ、奥を借りていいかな?』
「パサラさん、別にここでも……」
「いいわ」

 ブレザー少女の言葉を遮って、トウコは部屋の奥の鉄扉をあごでしゃくった。

『すまないね。では、行こうか』

 パサラに促されるまま、アキナはベッドから下りる。少しふらついたが、歩くのが辛いというほどではない。

「何か、悪いな、世話になって……」
「別に」

 つっけんどんな物言いだが、不思議と不快さはなかった。
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