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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[六]暴走の炎

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「わたしもついてるから、がんばろう」
 

 灰色の公園の真ん中で、二人の「ディストキーパー」が相対したのは、彼女らが未だかつて経験したことのない「敵」であった。

 緑の衣装、「エメラルド」と呼ばれる若草(わかくさ)エリイは、怯える心を押し殺すように手にした弓を握り締め、彼女を守るように立つ相棒の横顔を背中越しに見た。

 「サファイア」の名を持つ青い衣装の空井(そらい)ヒメは、得物の扇を構え相手を険しい目つきで見据えている。

 二人の目の前にいるのは、色の失せた「ディスト」の類いではない。

 同じ人の姿をした、「ディストキーパー」だった。赤い衣装に身を包んだ短髪の少女、パサラの連れてきた新人――漆間アキナである。

「ね、ねえパサラ……」

 背の高いヒメの背後に隠れるようにしながら、エリイは問いかける。

「ホントに、人同士でやり合うの?」
『そうだよ。ただし、殺してしまわないでね』

 マジで、とエリイは顔を歪めた。そんな命のやり取りになるのか。

 目の前のアキナは、体の周囲に炎をまとい、低い姿勢で構えをとっている。そこから感じられる気配は、獲物を待ち構える肉食動物のようだ。不気味に揺らめく炎は異様な紫色をしている。まだ「ディストキーパー」になって一ヶ月そこらだが、これほどの威圧感は、今まで出会ったどんな「ディスト」からも感じたことはなかった。

『彼女を「ディストキーパー」にしたまではよかったんだ』

 エリイは、この「インガの裏側」へやってくる前に、パサラから聞いた説明を思い出す。

『ただ、彼女の心は強い怒りと悲しみ、無力感に満ちていた』

 そのことが、「ディストキーパー」としての彼女を変質させてしまったのだという。

『稀にあるんだ、怒りと悲しみに引きずられ、暴走してしまうことが』

 そうした場合、大抵は「処分」つまり、殺してしまうのだが、パサラは今回それをよしとはしなかった。

『鱶ヶ渕には七人の「ディストキーパー」、それが定められた数だ。これ以上ひとつ空いた状態を続けるわけにはいかない。それに、彼女には才能がある。ここですべてを「インガクズ」に変えてしまうのは、あまりに惜しい。大きな損失だ』

 才能、ねえ……。確かにすごい子らしいけど。エリイは心中でつぶやく。

 漆間アキナは鱶ヶ渕中学の有名人だ、向こうはどうかだか知らないが、エリイも一応、彼女のことは知っている。小学生のころ変質者を捕まえたこと、天才空手少女と呼ばれていることも。

 そんな子が無力感って、一体何があったんだろう。そんな子が不幸って、だったら凡人も凡人のあたしはどうなるんだろう。エリイはヒメの顔を仰いだ。ヒメは横目でエリイを見、控え目に笑ってうなずいてくれた。多分、怯えてると思ったのだろう。

 いい子だなあ、ホントに。美人だし、背も高いし、スタイルもいいし。あたしもこんな風になれたら、あんな毛玉に頼らずともあの人と……いやでもパサラに頼ったから、ヒメとも仲良くなれたわけで……。

 若草エリイと空井ヒメの関係は、「ディストキーパー」となってから始まったものである。だが、こうして出会うより以前から、エリイはヒメのことを一方的に知っていた。

 何せ、ヒメの容姿は目立つ。中二にして一七〇センチ近い長身で、モデル並みのスタイル。顎のラインで切りそろえた髪型は大人びた彼女によく似合う。男子は鼻の下を伸ばすし、女子はできるだけ隣に立ちたくない。

 比べられるのが嫌なのはエリイも同じなのだが、それでもいつか並んで話してみたいと思っていた。きっと彼女は、あたしなんかが立ち入れないような、未知の世界の扉を開けているだろうから。

 そして今、文字通り未知の扉を開けて同じ世界の住人になったわけだが……。ホントは戦いたくなんてなかったなあ。一緒に遊びに行って、買い物して、他愛のない話で盛り上がって。そういうのがよかったのに。

「大丈夫」

 ヒメはエリイにうなずきかける。

「わたしもついてるから、がんばろう」

 そうだ、今は戦い。嫌だけど。戦いに集中。エリイは前髪を留めているクローバーのピンに触れた。よし、大丈夫。風を手に集め、武器の弓に弦を生成した。

 最近入った新人は銃らしいし、あのムカつく三つ編みクソメガネは大砲だ。それに比べたら弓矢なんて原始的な武器に思えるけど。エリイは更に風を束ねて、矢を作り出した。あたしにはこれしかない。

「行く!」

 自分を奮い立たせるように吠え、ヒメは扇を構えて突進した。

 まとう冷気を刃と変えた扇の一閃を、アキナは紙一重でかわす。ヒメは手首を返して、今度は袈裟切りに振るった。が、これも避けられた。

 もう一撃加えようとした時、扇が弾き飛ばされた。アキナの鋭い前蹴りが、ヒナの右手を襲ったのだ。次いで放たれた、流れるような上段蹴りをまともに首筋に受け、ヒメの体は地面を転がる。

 ウッソだぁ。エリイの背筋にじんわりと脂汗が浮かぶ。

 エリイの知る限り、この鱶ヶ渕の「ディストキーパー」で最も運動能力に優れているのは、このヒメだった。元々身長も高く運動神経もよかったところに、身体能力が更に底上げされたためである。

 どんな動きの速い「ディスト」でも動きを捉えて攻撃を避け、反撃は確実に当てる。肉弾戦で、彼女がこんなあしらわれ方をするところなんて見たことがない。

 どんだけ強いんだよ、天才ってのは。ホント嫌になる。嫌になるが、戦わなきゃならない。

「このっ!」

 エリイは長い後ろ髪をなびかせて風を手の中に集め、矢を作り出した。放たれたそれは文字通り烈風の速さをもって迫る。だが、アキナはそれを簡単に払い除けた。

「うぇっ!?」

 驚くエリイにアキナが向き直る。慌てて、エリイは次の矢を射かける。風を束ねたこの矢は、放たれると三本に分裂して襲いかかるのだ。エリイの得意とする、そして自信を持つ技だが……。

「嘘でしょ!?」

 アキナが腕を払うと、紫の炎が燃え上がり、迫る三本の矢を焼き落とした。

 まずい、まずい! あたしの唯一の技なのに。でっかいクマみたいな「ディスト」にだって刺さったのに。こいつ半端じゃない。

 と、その時ヒメが地面を転がるようにしてアキナとの間合いを詰めた。そして三点倒立からアキナのあごを目掛けて、両足を跳ね上げる。ブレイクダンスのような動きだ。

 さすが、ヒメ! エリイは内心手を叩いた。この不意打ちなら……!

 だが、ヒメの両足はむなしく空を切る。またしてもすんでのところでかわされたのだ。

「!?」

 ヒメの両足をアキナは抱え、草を引っこ抜くようにその体を持ち上げた。体格はほとんど変わらないのに、何て力!? アキナはそのままプロレスのジャイアントスイングのごとく振り回すと、ヒメの体をエリイ目掛けて投げつけた。

「きゃっ!?」
「うわっ!?」

 もつれあうように倒れた二人にアキナが右の拳を構えて突進してくる。

「くっ……」

 ヒメはエリイを抱き締めるようにして、共に地面を転がってそれをかわした。が、追撃が迫る。

「吹け!」

 ああ、もう! エリイは半身を起こし、アキナへ手をかざした。風が巻き起こり、アキナは警戒するように飛び退いた。その間に、二人は体勢を立て直す。

「強い……」

 新人とは思えない力だ。一人ずつで当たっていたら、最初の攻防で命を落としていただろう。

「何これ、勝てないよこんなの……」

 つい泣き言を口をついて出る。「戦いなんだから、死ぬときゃ死ぬっしょ」なんて、あのクソメガネがこの場にいたら言うだろうけど、あたしには待っててくれてる人がいるんだ、なかったことになんてされたくない。だから悲しくなるのは、当たり前なんだ。

「エリイ、『アレ』いこう」

 ヒメが真剣な眼差しでエリイを見る。確かに『アレ』しかないだろうけど……エリイは考える、逆に『アレ』が通じなかったら、もう何も手がないってことじゃないか。

「つ、通用するかな?」
「する」

 小さな声だが、はっきりとヒメは言い切った。

「二人の技だから」

 何てかっこいいことを言うんだ、この子は。しかも、あたしなんかに。もったいない、と思う以上にうれしかった。こんなどうしようもない凡人を信用してくれるのが。

「だよね」

 ヒメはいつの間にか拾い上げていた扇を取りだし、アキナを見据えた。

「エリイ、風を!」
「うん!」

 エリイは両手に風を集め始めた。ヒメの気質は「廻る氷」、体や武器に冷気をまとわせる力である。その範囲は体を中心に直径二メートル程度、接近戦における補助が精々である。

 その射程の短さを補うためが、エリイの風であった。ヒメの発生させた冷気を風で吹き付ける。それが、彼女らの言う「アレ」の正体――。

「吹雪け!」

 風を受けた扇を、ヒメが大きく振るった。強力な冷気の嵐がアキナを襲う。
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