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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[六]暴走の炎

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6-7

『酷い夜だね、漆間アキナ――』
 

 「エクサラントの使い」の内の一体、鱶ヶ渕周辺を担当区域とする「端末名:パサラ」は、その日も「ディストキーパー」となる少女を探していた。
 彼の担当する鱶ヶ渕には、通常七人の「ディストキーパー」が存在しなくてはならない。これは、鱶ヶ渕区域の広さが公立中学の学区域程度ということを考えれば、破格に多い人数である。実際、同程度の広さの近隣地区では、多くとも五人が限度であり、三人や二人で充分回っている区域すらある。「インガの裏側」は「人間界」と色味以外はそっくり同じ世界であるため、必然担当する区域の広さは「ディスト」との遭遇数に関わってくるのだ。
 このことに、パサラは疑問を持たない。彼らの役割は、「ディストキーパー」をスカウトし、時にその心をケアすることにある。特に、「ディストキーパー」の体には人間が知れば顔をしかめかねない秘密が多くあり、それを偶然知ってしまった少女へのケアは、「ディスト」の出現数よりも神経を尖らさねばならない部分であった。
 それ以外の役割は、パサラ達には負わされていなかった。言いかえれば、疑問を持つことすらできないのである。彼らは「エクサラント」の対人端末であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
 だから今パサラの考えていることは、「『ディストキーパー』の数を揃えねばならない」ということのみである。現状、「ディストキーパー」は六人。三日前、首尾よく成田トウコへの勧誘は成功したが、それ以降は一〇人続けて断られている。「過剰に不幸な人」は多いのだが、やはり危険を伴う戦いへの参加が二の足を踏ませるらしい。
 「ディストキーパー」の存在は、人間には伏されている。勧誘が失敗すれば、パサラと出会ったという事実が「なかったこと」になるように「インガの改変」を行わねばならない。「インガの改変」を行えば、当然「インガクズ」が発生し、それが蓄積すれば「ディスト」となるのだ。勧誘のこれ以上の失敗は避けたいところだった。
 勧誘を成功させるには。パサラはこれまでの経験を総動員して考える。パサラ達「エクサラントの使い」の経験は共有されており、そこから勧誘の手法やトラブルへの対処法などが確立されていた。
 導き出された結論は、「のっぴきならない状況に陥っている少女を探す」ことであった。例えば、生命の危機であるならば、勧誘に応じやすいというものである。
 そして遂に、パサラは感じ取った。「過剰な不幸」の気配を。時刻は夜、場所は大きな運動公園。近所に住む人々の通り道にもなっている場所だが、遊具や茂みの影など死角も多い場所だった。
 見つけた。
 通りから外れた茂みの影にうごめく一人の男、そして組み伏された少女の姿。
 パサラは彼らに近づく。男が何をしているのかは、パサラにもよく分かる。年端もいかない相手に、などという怒りはないが、しかし急がねばなるまい。犯されでもしたらことだ。
 何せ、使われたことのない子宮でなければ「ディストキーパー」にはなれないのだから。
 男の背後から近づき、尻尾の一撃を見舞う。ネコの手のぬいぐるみといった按配の見かけ・手触りだが、「インガ」を歪めるその威力はてき面であった。
 吹き飛んだ男に目もくれず、パサラは虚ろな目の少女を見下す。短髪で、背の高い少女だ。手は硬く四肢と体幹は筋肉質で、同年代の少年も顔負けなぐらいに体が出来上がっている。戦士の体だ。だが、それも成人男性相手には役に立たなかったのであろう。勝気そうなその顔は赤く、涙でぐしゃぐしゃだった。
 パサラが人間ならば、この「インガ」の巡り合わせに感謝したことだろう。逸材だ。一目見ただけで分かる。秘めた気質もいい、今いる六人と被らない「火」の力だ。
『こんばんは』
 少女を見下して、パサラは声をかける。彼女は珍妙なその「救いの手」に目を見開いた。左右に少し体を揺らしながら、パサラは彼女の名を呼んだ。
『酷い夜だね、漆間(うるしま)アキナ――』

 
。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°+ °。°

 
 天涯孤独の拳銃使いも、学校には行かねばならないらしい。学生という設定を削ぎ落しておけばよかった、とトウコは今更ながらに思った。
 「最初の改変」によって、住んでいる場所も大きく変わった。妙な感じだ。これまでと違う、しかし通い慣れていると感じる通学路を歩き、教室に着く。
 席に着いても、誰も話しかけてこない。それはこれまでと同じだが、そのことに心がざわめいたりはしない。まったく何も思わなかった。誰が教室で何をしようが、何の感想も浮かんでこない。目の前の事象と自分の間には、舞台と客席程の隔たりがあるようだった。
 昔はどう考えていただろうか。改変前の記憶はあっても、感覚は遠い。失せた、と言ってもいいかもしれない。
 改変の時、パサラはこう言った。『君を「インガ」から切り離し、別の存在として再構築した』と。だが、それ以上の何かを切り落とされたようだった。
 頭は明晰で、体が軽いのはありがたかった。どんな説明でも一度で理解できるし、憂鬱だった体育も苦にはならない。むしろ力をセーブしなくてはならない程だ。それが「ディストキーパー」になったためなのか、改変によるものなのかは分からなかったが。

 成田トウコが、より正確に言うならば「成田トウコを上書きした少女」が、この鱶ヶ渕へやってきたのはおよそ一年半前、小学六年生の二学期のことだった。それまでを過ごした前の小学校から逃げるようにこの町へ引っ越してきた。
 卒業目前で学校を変わってきた彼女を、クラスメイトは奇異の目で見つめた。その視線を浴びたまま、お客様のような気分で半年足らずを過ごし、卒業したのだった。
 親しい友人はいなかったし、親しくなろうとも思わなかった。かたくななまま心を閉ざし、鏡を見ながら短い後ろ髪をさわっては、ため息をつく日々だった。
 そんな中、一度だけ彼女の気を引くような出来事があった。
 転校して間もない二学期の初め頃、隣の小学校の学区域で不審者の目撃が相次いでいた。実際に下半身を見せつけられるなど、被害に遭った女子児童もいたらしい。越してきていきなり配られた注意喚起のプリントは、強く印象に残った。
 十月の終わり、その不審者が逮捕されたというニュースが舞い込んでくる。それも、ある女子児童が不審者を殴りつけ、捕まえたというのである。
 そんなことがあるのか。いや、できるのか。地元の新聞の三面記事を読みながら、後にトウコとなる少女は目を丸くする。しかも断片的に聞こえてくる噂によれば、その彼女は不審者を退治するために見回りを続けていたというではないか。
 戦士だ。きっとその子は、既に非日常の鍵を手に入れているのだ。
 一度会って話してみたい。何を、とは思い浮かばないが、その彼女こそが今のどうしようもない日常から脱する扉のように思えたから。
 中学に上がってすぐ、彼女のことを探した。中学の学区域から考えると、同じ学校にいるはずだったから。名前も顔も知らなかったが、すぐに分かった。群れなければ生きられない他の連中とは違う、孤高のオーラをまとっていたから。
 漆間アキナ。
 その名を、強く心に刻み込んだのだった。

 体育から戻る途中、見覚えのある顔が前から歩いてきたので、トウコは思わず足を止めてしまった。
 羽田(はねだ)メイだ。両側に二人引き連れて、楽しそうにしゃべっている。
 この羽田メイとは、一年生の頃よくしゃべっていた。当時のトウコが好きだった「Schicksal(シックザール) / null(ヌル)」というアニメの話をよくしていた。
 中学一年生ながら、いわゆる「腐女子」であったメイを、少し馬鹿にしている部分もあったが、何だかんだで育ちも面倒見もいい彼女のことを、トウコは好ましく思っていた。
 向こうもトウコに気付いたのか、歩みを止めた。びくり、と肩を震わせるようにして。周りからも、怯えのようなものが伝わってくる。
「な、なな成田さん?」
 そう、成田だ。ふとそこで我に返る。今は成田トウコ。馴染んでいるようで、何故だか今は違和感があった。
「な、何かしし、したかな、あたし……」
 目が泳いでいた。両側の二人なんて泣きそうだ。取り立てて、用事があるわけではない。ただ、「いるな」と思っただけだ。
「別に……」
 行こう、と片方がメイに囁いたのが聞こえた。こそこそとしたやり取りが、ひどく矮小に見えた。
「行けば?」
 囁いた方がびくっとして、もう片方がメイの袖を引っ張った。
「ご、ごめんなさい」
 何も謝られるようなことはないのに。三人が足早に去っていくのを、トウコはじっと見送ってしまった。
 そこでようやく、周囲の小さなざわめきに気付く。遠巻きに囲むようにして、他の生徒がこちらの様子を見ていた。ぐるりと睥睨すると皆、体格のいい男子生徒でさえ、目を逸らした。
 髪をかき上げて歩き出すと、周りにいた生徒が廊下の端に寄る。その間を通って教室に戻った。
 歩きながら、「ああ」と一つ思い当った。何故彼女を見て立ち止まったのか、腑に落ちた。
 見せたかったのだ。この、伸びた髪を。羽田メイに。
 この時、トウコは初めて自分が変わってしまったのだと、強く自覚した。メイと同じところに立って話すことなんて、できなくなったのだと。
 白いものに塗りつぶされた壁に、ひびが入ったかのようだった。それが、寂しさとか悲しみとか、そういう名前だったかは、分からなくなっていた。

「トウコさん!」
 放課後、校門をくぐろうとしたトウコの前に一人の少女が立ちはだかる。じゃじゃーん、というような安っぽい効果音が似合う登場であった。
 見慣れない少女だ。まず、制服が違う。トウコの通う鱶ヶ渕中学の女子はみんな白いセーラー服に赤いリボンだ。それに対し、彼女は灰色のブレザーに薄い黄色のタイだ。
 はて、誰だったか。わたしのことを「トウコ」と名前で呼ぶなんて。声と口調には覚えがあるが……。そこでトウコは「ああ」と思い当る。
「三住サヤ」
「そうです! って、何で思い出すのに時間かかっちゃうんですかー! わたしそんなに影薄かったですか!?」
「素顔をいきなり見せられても困る」
 素顔? とサヤは首をかしげた。
「いつも犯罪者のごとく、目元を隠しているでしょう?」
「人聞き悪いこと言わないでくださいな。目隠しって言ってください、せめて!」
「あなた、学校違ったのね」
「ええ、わたしだけ違うんですよ」
 サヤが通っているのは沈丁花(じんちょうげ)学園御薗(みぞの)高等学校付属中学という長い名前の私立であった。
「この辺りの名門中学?」
「とは、言われてますね」
 トウコは鱶ヶ渕の生まれではないので辺りの学校の事情には疎い。
「わざわざ別の学校から来て、何の用事?」
 道行く生徒がちらちらとこちらをうかがっている。その視線を感じて、トウコはサヤを促し歩き出した。
「実はですね、今厄介なことが起きていまして……」
 パサラさんが新しい「ディストキーパー」の方を連れてきたんですけど……。サヤはぽつりぽつりと話し始めた。
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