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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[終]ルビーの進む道

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6-10

「会って、話そう。お互い、初めて出会ったみたいに」
 

 急かされて無理やりに選んでも、乗り越えたことにはならない。人ならぬ毛玉も、それは重々心得ているだろう。それでもああいう言い方をするのは――やはり時間がないからだ。

 慢心せず研鑽を積み期待に応えてきた、か。アキナは右手を見つめ、一本ずつ指を折って行く。見てきたように言ってくれるものだ。握りしめた拳を開くと、何かを払いのけるように手首を振った。

 幼いころから、運動に関しては大抵のことはできた。縄跳びも跳び箱も泳ぎも逆上がりも、走ればクラスで一番だし、サッカーだって野球だってバスケだって男にも負けない。

 中でも一番は空手だ。アキナは祖父の道場で三歳から空手を習い出した。六〇を過ぎても尚現役の祖父は屈強で恐ろしく、また優しかった。

 四歳で小学三年生を倒した。小学校高学年になる頃には、他の地区の天才と呼ばれるような中学生にだって勝った。並みの相手なら、高校生にだって負けない。ましてや鍛えてない大人など、敵ではない。

 自分が周りよりどんどん先へ行っていることに、気付かないわけがなかった。気付いたところで、後ろを振り返る必要など感じたこともなかったが。

 ましてや、その歩みを止めることなど、ありえない話だ。

 進め進め、うんと伸ばした手の先へ。届かないなら、届くまで伸ばしていく。そうして大きくなってきた。

 だけど、今はどこにも届かない。いくら拳を振るっても、どれだけ稽古を重ねても。歩む先に答えはないように思う。

 それだけ離れているから? いや、違う。あたしがまったく逆を向いているせいじゃないだろうか。

 アキナは無彩色の空を見上げる。そのまま、そっと目を閉じた。

 後ろを振り返らなかったあたしは。

 戦いの記憶が、心に浮かんでは消えていく。

 思えば、誰のことも知ろうとしてこなかったのかもしれない。

 ミリカだけじゃなく、他の仲間のことも。自分から知らせてくれたトウコやキミヨぐらいか。だが、この二人にしたって語ってくれたこと以上を知らない。

 思い返そう。答えは外じゃなくてきっと、奥にくすぶる火種の中にあるのだから。

 自分が暗闇の中を歩いてつけてきた道筋を、今はたどってみる時なんだ。

 例えば若草エリイは、何故あんな男を好きになってしまったのか。アキナから見たら、燃やすのに躊躇することもないクズだったが、エリイの目にはどう映っていたのか。

 あるいは特別扱いされてると、アキナを目の敵にしてきた時、エリイはどんな気持ちで何が悔しかったのか。

 それを隣で見ていて、時折辛そうに眉を下げていた空井ヒメは、何を一番憂いていたのか。エリイにどんな気持ちを抱いていたのか。

 三住サヤはたくさん世話を焼いてくれたけれど、どうして「ディストキーパー」になったのかは聞いたことがなかった。「最初の改変」以前はどんな不幸を抱えていて、その後はかつてより幸せになれていたのだろうか。

 水島ランだって、何であんなにクラスの立ち位置を気にするのか、明確な理由を尋ねたことはもちろん、気にしたこともなかった。

 篠原スミレが立花オリエに協力したのは、ただ心の隙につけこまれただけなのか。もっと深いつながりはなかったのか。そもそも、スミレのつけこまれるような隙とはなんだったのだろうか。

 オリエ自身のこともそうだ。あの「計画」を企んだそもそものきっかけはなんだったのか。知ろうともせず、端から潰そうとしてしまったが、その心の奥には何を抱えていたのか。

 キミヨの家の会社が危ないことを、アキナは母親から聞いたのだった。もしキミヨから語られても、それをどうにかすることはできない。言いにくい話題でもあるだろうし。

 それでも、尋ねるべきだったのかもしれない。投げ出さずに、自分が手が届くところを見定めて。そうすればできることもあったのかもしれない。分かりやすいものを、腹いせに殴っている場合じゃなかったのだ。

 そうすれば、もしかしたらキミヨの不幸は軽くなって、「ディストキーパー」になんてならなくて、死ぬこともなかったかもしれない。

 トウコなんて、あの時こんなあたしを迎えにきてくれたんだ。もっと前から頼ってよかったんだ。暴走のことを言えばよかったんだ。自分の中の何かが外れかかっていることを。最初から、何でも自分で処理しようとせずに。

 手が届くところのことをしようとして、あたしは全部の間合いを見誤っていたんだ。届くはずのないところに手を伸ばし、近くの伸べられた手に気付かなかった。

 そうしたら、みんなを死なせずに済んだんだ。殺さずに済んだんだ。

 こんなにもいろんなことを落っことしてきたのに、もう拾いに戻ることもできやしない。

 たった一人を除いて。


 ミリカ。


 その名をつぶやいてアキナは目を開いた。

 あいつの抱えているものを知らなければならない。

 誰でもない。自分自身のために。

 何故なら――アキナは灰色の空をにらんだ。ミリカとあたしは同じだから。

 自分からは何も言えずに抱え込んでしまっている。抱え込んだつもりで、抱えきれなくて、ぼろぼろとこぼしてしまっている。

 あたしは前しか見ない傲慢さゆえに。ミリカはきっと――足元を見下ろしたまま怯えきっているから。

 きっとうずくまってる。自分が世界に触れる面積を小さくしようとしているかのように。

 会いたい。会わなければ。会って、話そう。お互い、初めて出会ったみたいに。

「なあ、ミリカ……」

 アキナは、そう呼びかけてみた。もちろん答えは返ってこない。だが、アキナには隣にうずくまっている葉山ミリカの背中が、見えた気がした。


 答えは出た。

 アキナは爪が食い込むほどに拳を握りしめた。シイナとパサラに話そう。二人は反対するだろうが、それでも――。

『アキナ、聞こえるかい?』

 呼び出す前にパサラの声が頭に響く。あたしの考えを感じ取ったのか?

「パサラ、あたしは……」

 遮るようにパサラは告げる。

『緊急事態だ』

 らしからぬ切迫した口調にアキナは目を見開く。

『このままだと、川向市の「ディストキーパー」が全滅してしまう……』
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