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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[終]ルビーの進む道

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6-7

「……あたしはミリカのこと、何にも知らないんだな」
 

 シイナの話を聞き終えて、アキナはシイナがしゃべっていたのと同じくらい長い時間、じっと黙っていた。

 シイナも何も言わず、弁当のガラを洗って片付けたり、自分だけプリンを食べたりしていた。

『あらかたの現状確認は済んだようだね』

 その声と共に現れたのは、鱶ヶ渕の「エクサラントの使い」パサラであった。

「おう、パサパサ。あんたの言った通り、アッキー起きてたぜい」

 「インガ」の流れからパサラはアキナの起きる頃合いを見通していたらしい。

「すぐに買い物に行っといてよかったわー。あたしが帰ってきたらちょうど目を覚ましたとこみたいだったし」

『それで、アキナ。体調はどうだい? 二か月も眠り通しだったけれど』

 二か月か、体も強張るはずだ。大きく息をついて、アキナはパサラを見上げた。

「鱶ヶ渕は……ミリカはあの後、どうなった?」
『鱶ヶ渕は今、大規模な「空間断層結界」の中にある』

 より正確に言えば、鱶ヶ渕を含む御薗市全域が巨大な結界に覆われているという。

『あの「滅びの風」によって、中は完全な砂漠だ。人が住むどころか、存在していられる場所ですらない。だから結界も一時的な処理でね、今御薗市全域を「インガ」の外に切り離す計画が進んでいるよ』

 街一つをなかったことにするのは、さすがに大規模な「インガの改変」となるため、準備等調整に時間がかかるらしい。後およそ一か月はかかるだろう、という見通しをパサラは提示した。

「ミリカはどうなるんだ? まだ中にいるんだろう?」
『もちろんさ』

 何を当たり前な、とでも言わんばかりにパサラは体を揺らす。

『「滅びの風」を巻き起こす「ディスト」としてね。ミリカが中にいなければ、「インガ」から御薗市を切り離す必要もないのだから』

 まるっきりミリカが悪いかのような物言いに聞こえ、アキナはパサラをにらんだ。

「お前、そんな言い方……!」
「てかさー、そのミリカって子は何でそんなんなっちゃったん?」

 アキナの言を遮るように、シイナが口を挟む。

「それは……あたしにも分からない。合流した時には、もう……」
『オリエが最後に放った、呪いともいうべきものにあてられたのさ。ミリカの胎には、オリエの琥珀がすべて注がれたようだ』
「媒介にたまたま選ばれたってこと?」

 運ないねぇその子も、とシイナはどこか他人事のように肩をすくめる。

「そんな悪いやつでもないんだけどな……」
『元のミリカの人格がどうであれ、今は「ディスト」となってしまっていることに変わりはない』

 淡々としたパサラの態度からは冷酷さすら感じられる。

「……それで? 切り離す、って中のミリカはどうなるんだ?」
『永久にこの世の「インガ」の外をさ迷うことになる』

 淀みなく、パサラは応じた。

「そんなの……あいつが何をしたってんだよ!」
『人柄や行為の善し悪しで結果が変わらないことなど、君は身に染みて知っているのではないかい?』

 その通りだ。アキナは言葉に詰まる。自覚的な「やったからやられる」だけではない。何もないように見えたって、善と思えることをやったって、不幸は降りかかる。

 だからあたし達は、世界を少しだけ変えなきゃならなかったんじゃないか。

「……それでも、何とかしてやりたいよ」

 ふう、とシイナは一つ息をついた。

「話聞いただけだから、よく分かんないんだけど」

 ねえパサパサ、とシイナはパサラに話を振る。

「『ディスト』になっちゃったってことはさ、『臨界突破』なん?」
『そうなるね』

 パサラはふわりと縦に揺れた。

「何だ? 『臨界突破』って……」
「平たく言や『ディストキーパー』が『ディスト』になっちゃうことだよ。前にあんたがなったやつ」

 アキナにとってこの上なく分かりやすい事例をシイナは挙げた。

「そうか……。なら、ミリカも元に戻せるってことか?」
「どうなん、パサパサ?」

 シイナがパサラを見やると、毛玉は長い耳をはたはたと動かした。

『確かに元に戻せる可能性はあるだろう』

 だけど、とアキナの方に体を向ける。

『かつてトウコが君にやったようなやり方が、君とミリカの間で成立するかどうかは保証しかねる……いや、違うな』

 パサラが考え考えしゃべるというのは珍しいことであった。言葉を選ぶような様子で、だが吐き出されたのはむき出しの現実だった。

『百パーセント、不可能だ』
「何で……!」
『君とミリカは互いに分かり合える点がないからさ』
「……ッ!?」

 反論しようとしても、できなかった。確かに付き合いは短い。腹を割って話したことはない。アキナはうつむいてかぶりを振る。

「だけど……仲間なんだ」

 そうだろう? すがるように口にする。

「アッキーさあ……」

 嫌な言い方するね、とシイナは前置きした。

「その子、アッキーにとって助ける価値あんの?」
「それは……」
「仲間だから、以外でさ。理由なんていらない、ってのもなしね。人を助けるのに理由がいらなくていいのは、ゲームの中だけの話さね」

 アキナは言葉を探す、理由を探す。だが、見つからなかった。砂漠に落ちた針を探すかのようだ。あるいはそんな針、存在しないのかもしれない。

「まずさあ、その子、どういう子なん?」

 あんましキャラクターが見えないんだけど、とシイナは尋ねる。

「ミリカは……すぐ謝るやつだった。引っ込み思案で、あんまり人としゃべらない。あたしも気を付けてしゃべりかけたりとかしてたけど、自分から話を振ってくることはなかったと思う……」
「それで?」
「……いじめられてた、って話だ。主犯は多分、あの×××××だ。兄貴が不良だっていう。ミリカが『ディストキーパー』になった辺りで、存在がなかったことになってたから……」
『そう、彼女の「最初の改変」で消したのは確か、そんな名前の子だったね』
「ほかには?」

 もうない。

 三か月の付き合いで、あまり積極的でない相手なのだから当然かもしれないが、それはアキナには残酷な現実のように思えた。誕生日がいつで、どんな家庭で育って、何が好きで、何が嫌いで。何が得意だったのか。休みの日はどう過ごしていたのか。誰かを好きになったことはあるのか。どんな思いで、戦っていたのか――。

「……あたしはミリカのこと、何にも知らないんだな」
「そうみたいだね」

 シイナの言うように、アキナが自ら助けるべき理由はないのかもしれない。その明確な「インガ」はアキナとミリカの間には存在しないのだ。
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