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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[一]闇と光の彼岸

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1-1

「しばらくは平穏に過ごしましょう。『計画』が実行され、終わりの日が来るまでは」
「終わりは来ない。わたしが阻むから」
 

 その夜、塾からの帰り道に羽田メイはうずくまっている男を見かけた。

 何だろう、病気かな? 心配になるけど、でも声をかけるのもはばかられる。

 今は物騒な世の中だ。メイが小学生のころ、この辺りでも露出狂の変態が現れたことがあった。

 その男は、メイと同じ学校のある少女に殴り倒され、捕まったのだった。

 わたしがあの漆間さんぐらい強かったら、声掛けてもよかったかも。メイは少しだけそう思う。もし何かされたら、殴っちゃえばいいんだし。

 通り過ぎようとした時、男は大きなうめき声をあげた。びくり、とメイは立ち止まってしまう。

「お、お嬢ちゃん……」

 ゆっくりと、男は立ち上がる。メイは息を飲んだ。逃げ出したいが、足が凍りついたように動けない。

「た、た頼みたいことがあるんだけど……」

 息荒く、男はこちらに手を伸ばしてくる。

「ち、ちょ、ちょっと、ここをさすって……」

 男が自分のズボンを降ろそうとした時、メイの目の前に炎の塊が降ってきた。

「え……?」

 呆気にとられるメイを捨て置き、炎の塊は人の姿を取る。

 白地に赤いラインの入った衣装をまとった、少女であった。

「う、うわわ!?」

 驚き慌てふためく男の顔を赤い衣装の少女は無造作につかむ。

「燃え尽きろ」

 つかんだ右手から炎が発せられ、瞬く間に男の体を包み込み、焼き尽くした。

 目の前の惨状を声もなく、へたり込んで呆然と見つめるメイに少女が振り返る。

「大丈夫か?」

 その顔は、メイの知る少女――漆間アキナのものだった。

「これからは、親御さんに迎えに来てもらえよ」

 物騒だからな。言い置いてアキナはどこかに飛び去った。

「……あれ?」

 立ち上がった時、メイの記憶から今目の前で起こったことがすっぽりと消えた。目の前にあったはずの男の焼死体も消えてなくなっている。

 何してたんだっけ。少し考えて、メイはふと思う。そうだ、これからはやっぱりお母さんに迎えに来てもらおう。

「物騒、だしね」

 自分の考えのように口にしたそれが、どこからもたらされたものなのか。疑問に思うこともなく、メイは家路を急いだ。


 歩き去るメイを物陰から見送って、アキナは一つ息をついた。まったく、この町は頭の沸いた大人が多すぎる。

 だからこそ、この「世直し」を始めたんだけども。

『処理は見ての通りだ』

 背後からパサラが声をかけてくる。最初にこの「世直し」をパサラに見られた時、「不用意に力を使うな」と怒られるかと思ったのだが、特にそういうこともなく拍子抜けた。そればかりか、こうして手伝ってくれている。

「いつも悪いな」

 いいんだよ別に、とパサラは体を揺らした。

『しかし、この「世直し」、相変わらず君が相手を殺す基準が分からないね』

 ひったくりは殺さなかった。少し遠征して、オレオレ詐欺の一団のアジトを突き止めて乗り込んだ時も、火をつけて脅しただけだ。

 だが、駅前のコンビニにたむろしている不良は殺した。今のような変態も同様だ。

『やってることの重みで決めているわけでもないし……』
「簡単だよ」

 アキナは首を回し、事もなげに応じる。

「あたしが許せないかどうかさ」
『自分が正義だ、と?』

 そこまでは言ってないけどさ、と少しばつ悪そうにアキナは頭をかいた。

「ただ、あたしも力を持ったわけじゃん?」
『そうだね。「最終深点」まで短い期間で達してくれた』
「だからさ、力の責任っていうか、ちょっとずつでもあたしの思うような社会にできたらな、って」

 力を持つものは、それを振るって理想を叶える責任がある。アキナは強い目をしていた。

「でなきゃ、力がない人たちに申し訳が立たないっていうかさ」
『まあ、君の精神が安定しているならいいよ』

 パサラの言葉に、アキナは不思議そうな顔をした。

「そう言えば、新しい仲間が増えるんだろ?」
『うん、また「ディスト」の発生があるだろうから、その時には面通しできると思うよ』
「楽しみだなー、後輩ができるのはさ」

 トウコのやつ、三日しか違わないのに先輩面するからなあ。アキナは呆れたような笑みを浮かべた。

「でも三人が七人になるのか。この三か月は三人でやって来たのに。それだけ戦いも激しくなるってこと?」

 パサラは少し間を置いて、『まあ、そう考えてもらえればいいよ』と曖昧に体を揺らす。

『人が増えると、気に食わない相手も出てくるかもしれないが、ケンカはしないでくれよ』
「いや、しないよ。したことないだろ」

 パサラは『そうだったね』と一応肯定しながらも、こう付け加えた。

『何せこの鱶ヶ渕では、「ディストキーパー」同士の私闘を禁止しているのだから』



 アキナの「世直し」の様子を、近くのビルの屋上から見下ろす二つの影があった。

 トウコとオリエである。二人は少し距離を置いて立ち、アキナの様子を見つめていた。

「あなた、さっきの女の子とは知り合いなの?」

 オリエはトウコに視線を向けずに問うた。

「何故、そう思う?」
「アキナが動く前に、あなた拳銃に手をやったでしょう?」
「……何を見ているのよ」

 憮然としながらも「最初の改変」の前に少し、とだけ言った。

「それにしても、こんなことをし始めるとはね」

 しみじみとした調子でオリエはため息をつく。

 アキナが「臨界突破」を起こしたあの出来事から二週間が経過していた。

 トウコがアキナの心の中から戻って、程なくして目を覚ました彼女にはいくつかの変化があった。

 まず、記憶が抜け落ちていたこと。この三か月の記憶の内、エリイの彼氏を含む五人を殺害したことはおろか、彼女らが存在したことすら覚えていなかった。

 これは、暴走の原因を摘出した際に、一緒に琥珀の中に封じ込めてしまったせいだった。その中でも「仲間殺し」の記憶は、トラウマとなってまたアキナの心を閉ざしてしまう可能性があるため、トウコとオリエの間で、このままにしておこうという結論になった。

 次いで、「最終深点」へと到達したこと。これは「ディスト」から「ディストキーパー」に戻ったことで、「臨界突破」が反転したのではないか、とパサラは推測していた。

 ちなみに余談ではあるが、「最終深点」を発現した際、トウコが「それは『プログレスフォーム』」と説明したため、アキナ自身は「最終深点」という名称を知らない。

 そして、アキナが「世直し」と呼ぶこの行動である。

 目覚めたその翌日には、アキナは夜こっそりと出掛け、不良やひったくりの類を襲い始めた。まるで、それまでの習慣だったと言わんばかりの調子だった。

 オリエの分析によれば、これも暴走の原因を取り払ったためだという。アキナの記憶の中で最も印象が強い「変質者退治をしたこと」が肥大化し、欠落した部分を補ったらしい。

「不完全な正義を振り回して、ヒーローごっこに勤しむようになるとは……」

 ため息をつきながら、オリエは琥珀を空の明かりに透かした。黒ずんだ紫色の炎が揺らめいている。

「これでよかったのかしら?」
「生きていれば、それでいいわ」

 横目でこちらを見るオリエの方を向かずに、トウコはきっぱりと言った。

「生きていればまた、その琥珀の中のことを受け入れられる日が来る」
「その時までは、預かっておく……それは何度も聞いたわ」

 オリエは琥珀を握り、制服のポケットにそれを戻した。

「何度でも言う。わたし達は共犯だと」

 五人を殺し、その上今は「世直し」などと命を奪い続けている。それはアキナだけの罪ではない。アキナを生かすことを望んだ自分のものでもある。トウコがそう言うと、オリエは「わたしだって同じよ」と応じたのだ。

 その時に、オリエは「計画」のことをトウコに打ち明けた。だが、トウコは「計画」には乗らなかった。「馴れ合う気はないし、そんな結末は気に食わない」と首を横に振る。「あくまで共犯であるというだけのこと」。

 「だけど今は邪魔しない」、そうも言った。「実行に移された時に、全力で阻止させてもらう」。それが「計画」に賛同していたサヤを、死なせてしまったことへのせめてもの償いだから。それは口には出さなかったが。

「そう言えば、ようやくまた七人に戻るそうね」

 眼下では、アキナとパサラが何やら話をしている。同じ話題が出ているのかもしれない。

「あなたが治療した、あの浅木さんがメンバーに入るそうよ。あの時から目をつけていたのかしらね」

 オリエは既にパサラからメンバーを聞いているようだった。

「浅木さん、この『世直し』のことを知ったら、どう思うかしらね。悲しがるかしら?」

 揉め事になるかしら、と言葉とは裏腹にどこか楽しげにつぶやく。

「まるでそれを待っているようね」

 まさか。どこか偽悪的な笑みをオリエは浮かべる。

「もしそうなったら、アキナの行動についての説明はオリエ、あなたに任せる」
「いいの? あることないこと、たくさんでっちあげるけれど?」
「わたしよりも、嘘をつき慣れているでしょう」

 いつぞやの意趣返しかしら、とオリエは憮然としたフリをした。

「他の三人も鱶ヶ淵中学の人間?」
「そうね。しかもみんな二年生よ」

 あなたも知っているかもね、とオリエは少し肩をすくめた。

「水島ランさん、葉山ミリカさん、それと篠原スミレさんね」
「前の二人なら知っている。水島は去年同じクラスだった」

 どこにでもいるような、そしてどうしようもない奴だった、と呆れたような口調でトウコは首を横に振る。

「葉山は人畜無害なタイプだが、虐げられやすい。恐らく、『過剰な不幸』もその類」

 そう言えば二日ほど前、「不良の兄がいる」などと言って権勢をふるっていたヤツの存在が消されていたな、とトウコは思い出す。「なかったこと」にされても、「インガ」の外にいる「ディストキーパー」の記憶からは消えない。もしかしたら、葉山の「最初の改変」だったのかもしれない、とトウコは推測した。

「何にせよオリエ、わたしはあなたが『計画』の参加者を募るのも止めはしない」
「あらあら、大サービスではなくて?」

 それで取り返しがつかなくなったらどうする気? 不敵なオリエをようやくトウコは振り返る。

「わたしはヒーローでもなんでもない。この世の善悪など、どうでもいい。あなたにコントロールされてしまう世界なら、この世がそこまでだったというだけのこと」

 だけど抵抗はする。トウコの双眸がきゅっと鋭くなる。

「わたしはわたしの思う通りに生きることにしたから」

 何事にも囚われず、己の思うがまま信じるがままに先へと進む。それが「成田トウコ」であるということだ。あれからそう考えるようになっていた。

「立派な結論だわ」

 嫌味でなくてよ、とオリエはわざわざ言い添える。

「そうやって意思の決定ができるものばかりなら、わたしもこんな『計画』なんて考えなかったかもしれないわ」

 下の道路をに、アキナの姿はもうなかった。今日の「世直し」はこれで終わりのようだ。

「さて、わたし達も帰りましょうか」
「ええ、また明日」

 トウコはオリエにうなずきかける。

「しばらくは平穏に過ごしましょう。『計画』が実行され、終わりの日が来るまでは」

「終わりは来ない。わたしが阻むから」

 オリエは笑い、トウコはそれを真っ直ぐに見返した。

 やがてどちらともなく背を向けて、その場を去って行った。
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