挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[一]闇と光の彼岸

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

35/46

1-2

(あなたの中に、トウコさんはいたんですから)
 

 無力感に苛まれ、立ち尽くした彼女の背後で、高い音がした。振り返ると、暗闇の中に小さな鍵が落ちている。

 「ホーキー」だ。そうか、変身が解けてしまっていたからか。

 かがんでそれを右手で拾ったとき、目の前に誰かの足が見えた。つま先と白い杖、見上げると、よく知った顔があった。

「サヤ……」

 無言で彼女は正面を指差した。つられるように、立ち上がってそちらを振り返る。炎の壁は厳然とそこに燃え盛っている。

 行けというの? 何もできないわたしに。トウコは右手に「ホーキー」を握る。いつもなら「コーザリティ・サークル」が右目に生成されるのだが、その気配はない。

 無理よ、できない。わたしはあなたの信用したものではなくなったのだから。

 もう一度、サヤを振り返る。変わらず彼女は、炎の壁を指差していた。

(できますよ)

 サヤの唇がそう動いたように見えた。

(あなたの中に、トウコさんはいたんですから)

 そうでしょう、志摩(しま)モモコさん。

 トウコであった少女は、志摩モモコは息を飲んだ。

 この名をサヤが知っているはずがない。だから、これは都合のいい幻覚だ。

 それを知っても、サヤの姿は消えない。闇の中で唯一の導き手であるように、炎の壁を指し続けている。

 わたしの中に、トウコはいた。

 何もできない、望めない中で作り上げた妄想の超人だったとしても。「インガの改変」という介入があったからだとしても。

 この三か月は「成田トウコ」であったのだ。自ら望み、決めた態度で生きてきたのだ。その時間は否定されるものではない。

 二つに分ける必要なんてないのだ。線引きなんてしなくていい。

 闇は光に、光は闇に。

 モモコはトウコで、トウコはモモコなのだ。

 それが分かたれてしまっては、やりたいことなど、望むことなど叶えられやしないのだ。

 志摩モモコと呼ばれていた少女は、大きく息をついた。右手から「ホーキー」を、成田トウコの利き手である左手に移して握りしめる。

 右目に「コーザリティ・サークル」が浮かび上がってきた。

 ああ、この世の「インガ」は理不尽だ。漆間アキナ、それはわたしもそう思う。何せ、どうにか自分を歪めなくては、座り込んだまま進めない程だ。

 だけど、立ち止まってもいられない。時間は無限で、わたし達は有限、だからいつも待ってくれない。

 モモコは再びトウコとなるために、「ホーキー」を差し入れる。そして、今一度「異世界への扉」を開いた。

 体に力が満ちてくる。白い光沢のある髪が心地よくなびく。おどおどとびくついていた気持ちも凪のように落ち着いた。

 ようやく帰ってこれたような気持ちになった。だが、感慨に浸っている場合ではない。更に先へ進まなくてはならないのだから。求めるのは、前へ進む力だ。壁を乗り越えアキナのもとへとたどり着くために――。

 光が溢れてくるのを感じる。胸の奥、心の深淵からやってくるそれは、トウコが思うよりも眩しいものだった。

 溢れる光は大きな貝となってトウコを包み込んだ。

《到達したのね、『最終深点』に……》

 オリエの声が聞こえる。そうか、これが「ディストキーパー」としての最後の姿――。

 光の二枚貝が開き、新たな姿となったトウコが現れる。黒を基調とした衣装が真珠色となったこともさることながら、特筆すべきは体の周りに浮いた六枚の装甲板であろう。

 縦長の六角形をしたそれらは、トウコの肩から下を守るようにぐるりと取り巻いている。硬い板状のパーツからなる「機械のマント」といったところだろうか。

 早撃ちのガンマンさながらに、トウコはマントを跳ね上げる。左右に三枚ずつ分かれ、装甲板は翼のように背後に広がる。あらわになったその裏側は虹色に輝いていた。

「『最終深点』……。なんだか、行き止まりみたいな名前ね……」

《事実行き止まりですもの。この先は怪物になるしかない、人間としての終点なのだから》

「終点だなんて、わたしは先に行かなくてはならないのに」

 トウコは炎の壁を見据えた。背中に翼のように展開した装甲板――虹色の部分が反射板になっているようなので、たった今「シェル・リフレクター」と名付けた――に力が通い、みなぎっているのが分かる。

「だから、わたしは『プログレス・フォーム』とでも呼ばせてもらうわ」

 好きになさいな、とオリエは苦笑する。

《……調子が戻ってきたようね、成田さん》

「ええ」

 だから、この壁も越えられる。「シェル・リフレクター」から文字通りの光の翼が広がり、トウコの体を照らす。いや、彼女自身が光を放っているのだ。

 行ける。そう思った次の瞬間、炎の壁はトウコの背後にあった。壊したのでも、こじ開けたのでもない。すり抜けたのだ。自らを光に変えて移動する、ショートワープの力である。

「漆間……」

 炎の壁に守られた内側、闇の中に漆間アキナは座り込んでいた。

「漆間、漆間アキナ」

 再びトウコは呼び掛ける。ようやく、アキナは顔を上げた。

「……トウコか。……あたしを殺しに来てくれたのか?」

 トウコは答えなかった。アキナは沈黙を肯定と受け取ったのか、笑みとも泣き顔ともつかない表情を浮かべる。

「そうか、よかった……。最期はお前か、サヤがよかったんだ。一緒によく、戦ったからさ……」
「まだ、最期ではない」

 トウコは空の琥珀を手に取った。

「やったことに、あなたは今耐えられなくなっている。潔いフリをして、投げ出して、逃げ出そうとしている」
「逃げる? あたしは、そんなつもりは……!」
「死んで償うのは、楽な道。あなたは生きなくてはならない。みんなの死を無駄にしないためにも」
「誰が望むんだよ、そんなこと! 誰も納得しない『インガ』だ! 殺ったら、殺られるんだよ! それがなくなったら……」

 トウコはアキナに近づいて、そっと彼女を抱き締めた。

「わたしが望むわ」
「トウコ……?」
「抱えきれない荷物は、わたしも一緒に背負う。それは誰かが決めた『インガ』じゃない。わたしがあなたに、したいことだから」

 トウコは琥珀を口にくわえた。そのままアキナと唇を重ね、彼女の中に押し込んだ。

「だから今は……少しだけ眠っていなさい」

 飲み込ませた琥珀は、アキナの中からその色の光を放ち、それが収まると彼女の姿は消えていた。周りを囲んでいた炎の壁もいつしか消えている。

 アキナのいたところには、紫の何かが透けて見える琥珀が一つ、転がっている。トウコはそれを拾い上げて、静かに握りしめた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ