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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[一]闇と光の彼岸

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1-3

「みんなあたしが殺した。あたしが食いつくしたんだ!」


 ――なあ、「インガ」って狂ってるだろ?


 アキナの声は耳許で聞こえた。体を抱くようにしてうずくまるトウコのすぐ横に、彼女はいた。見えない壁にもたれ掛かるように、体を投げ出して座っている。

 上半身は引き裂かれた制服と下着が引っ掛かっているだけ、腰の辺りを覆うものは何もない。

「理不尽なんだ、全部。何が正しくて、何が間違ってるかなんて、みんな分かっちゃいないんだ。だから、不幸なのさ」

 そうだろう? ふらふらと立ち上がったこちらを、アキナは一瞥もせず、だらりとうつむいたままだった。紫に濁った、深淵の瞳で。

「……も、戻りましょう」

 色々考えても、気の利いたことは言えなかった。

「みんな、待ってる、から……」

 しゃべるのが難しかった。何だか重たくてうまく口が回らない。

「バカ言うなよ……」

 吐き捨てるように、アキナは言って自嘲気味な笑みを浮かべる。

「みんななんて、もういないじゃないか」

 あたしが殺したからさ。痙攣したような笑い声を上げる。

「そうだよ、悪い冗談だぜ……」

 あんたが誰だか知らないがな。アキナは顔を上げた。その目に映った顔を見て、ぎくりとなる。かつての自分の顔は、最早他人のようにのっぺりとして不気味に思えた。

「あたしは殺したんだよ、仲間を、仲間の恋人を、この手で」
「でも、まだ……まだ……」

 恐る恐る伸べられた手を、アキナはにらみつける。

「まだ? 何? 悠長なことを言うなよ……」

 伸べた手のすぐ先に紫色をした炎の壁が立ち上り、「ひっ!?」と身を引いてしまった。

「お前は、隕石が地球にぶち当たる五秒前まで間に合うって言い出す輩か?」

 アキナも、茂みや教室の幻も、周囲の公園も、みんな炎の壁に飲み込まれていく。

「もうダメなんだ、後戻りできないとこまで来ちまった。シイナもヒメもエリイもサヤも、みんなあたしが殺した。あたしが食いつくしたんだ!」

 今更どの面下げて戻れるってんだ! アキナの声は炎の壁の向こうから悲鳴のように響いた。

 暴走のせいにしたとしても、アキナのしたことは消えない。そんなことは分かっている。 死んだもの達の気持ちを決めつけて「許してくれるから」なんて、とても言えなかった。

 ならば。炎の壁を見上げた。この向こうにいるアキナにしてやれることが、あるのだろうか……。

 後ろ髪に手をやった。やはり、ない。服装も私服に戻っている。そうだ、今のわたしは「ディストキーパー」ですらないというのに。この炎を越えて、アキナに会いに行くことすらできないのに。

《……聞こえている? 成田さん? さっきから何度も呼び掛けていたのだけれど》

「い、今、聞こえた」

 そう応じたが、二の句が継げない。

《何を迷っているの? 自分で言い出しておいて》

 沈黙を逡巡と取ったのか、オリエの口調は挑発するかのようだった。

《サヤちゃんに託されたのでしょう?》

 今ここに立っているのは、サヤが信頼した成田トウコではない。何もできない、何者でもない無力な存在だ。これまで戦っていたのは、成田トウコという異世界の戦士。現実のわたしでは、生まれ持った自分自身では手に余るのだ。

《急ぎなさい、あまり時間は残されていなくてよ》

 今あなたに、できることをしなさい。一方的に言ってオリエはそれきり黙ってしまった。

 できることなんて、ない。この炎の壁の前ではあまりにも無力だ。

 でも、やりたいことは、ある。この壁を越えて、アキナに会って彼女を救いたい。

 方法は分からない。壁を越えることも、何と声をかけてやればいいのかを。

 当然だ。今のわたしは「髪を伸ばしたい」という些細な自分の希望さえ口にできなかった。だから、「君は過剰に不幸だ」とパサラが評したというのに。



 アキナの心への入り口が、徐々に狭まっているのをオリエは感じ取っていた。

 中の様子も、ある程度は分かっている。

 本来不可逆のはずの「最初の改変」前の姿にトウコが戻ってしまったのは、アキナの暴走の部分に彼女のトラウマが共鳴するところがあったからだろう。

 だからこそ、簡単に心の中へ入れたのだろうが……。

 このままでは、トウコはアキナの心の一部となって、飲まれてしまう。そうなれば当然暴走は解けず、アキナを「ディスト」として始末せねばならない。

 本当ならば、それでもいいのだけれど。オリエの心にサヤの顔がよみがえる。

 分かっているわ、あなたの友達は、どちらも死なせない。

 オリエは再び「最終深点」の姿をとる。大きな「インガの輪」は長い髪を二つに分けて縛る髪止めと、両足首に巻き付く計四つに分かれた。

 これは、琥珀の扱いなど特殊能力に特化した形態「タイプD」、人呼んで「天部」。

 一日に、しかもこれほど短時間の内に二度も「最終深点」をとるのは負荷が大きいが、その甲斐あってか狭まり始めていた穴は、目に見えて大きくなる。

 わたしにここまでさせているのよ。くらくらとした酩酊感をどうにか振り払い、オリエは呟いた。

「……戻ってこなくちゃ、承知しなくってよ」
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