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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[五]精神の安定

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5-4

「モチベーションのため。精神の安定と言ってもいい」
 

 土日を挟み、久しぶりの登校となった昼休み、漆間アキナは背後から声をかけられた。
「アキナ」
 振り返ると、よく知った顔が右手に弁当箱を持って立っていた。
「なんだ、キミヨか……」
 小学生の頃からの幼馴染みの浅木(あさぎ)キミヨであった。二人は向かい合って弁当を広げた。
「それで、何か話でもあんの?」
「別に。ただ、寝込んでたって聞いたから大丈夫かなって」
 珍しいじゃん、あんたがそういうのって。キミヨの言う通り、アキナは風邪もほとんどひかない健康体だ。
「ま、色々あるんだよ」
 そう応じながら、アキナは内心悪態をつく。あの毛玉、分かったようなこと言っといて全然ごまかせてないじゃないか。
「わざわざそんなことのために来たのか?」
「そうよ? 悪い?」
「いや、嬉しい」
 キミヨは照れたように笑った。つられてアキナも笑顔になる。
 本当に人のいいやつだ。アキナはちらりとキミヨの弁当の中をのぞいた。クラスが違ってもよく一緒に食べているのだが、量が減ったし簡単なものになった気がする。
 やっぱり、状況は悪いのか。キミヨの家は小さな建設会社をやっているが、不況のためか経営が悪化し生活が苦しくなっていた。
 そう言えば、パサラは「過剰に不幸」な人間に声をかけるのだとか。キミヨのところにも訪れるかもしれない。
「なあ、もしさ……」
 言いかけてアキナは止めた。「何?」と小首をかしげるキミヨを見て、こんな質問は無意味だと思えたのだ。
 キミヨならきっと、自分で乗り越えることを選ぶだろう。そういうやつだ。
「もし、何よ?」
「いや、何でもない」
 忘れてくれ、とアキナが言うと、変なのとキミヨは笑った。


 「ディストキーパー」は基本的に多人数のチームで動く。鱶ヶ渕は七人と員数が多いため、全員で戦うことはほとんどないが、新人はしばらくの間一人のベテランの下につくのが慣例になっていた。
「えーと、改めまして。わたしがしばらくお二人と一緒に戦うこととなりました」
 三住サヤはペコリと頭を下げると、二人の「ディストキーパー」、トウコとアキナを目隠しの下から見回す。
 アキナの加入から一週間が経っていた。三人はパサラからの要請を受け、「ディスト」を倒すべく「インガの裏側」に集まっていた。国道へ続く大きな道路に設けられた歩道である。
「頼りない、いたらない点もあるかと思いますけど、どうかよろしくお願いします」
「えらく堅苦しく挨拶するんだな」
 腕組みして聞いていたアキナは鼻を鳴らす。
「最初が肝心ですからね! あまりおたおたしているところを見せたら、不安になってしまいますし」
「……もう遅い気もするけれど」
 頑張りますよ、と拳を握るサヤに、トウコは呆れたように首を振った。
「むう……。それを言われると……」
「いいさ、多少なりとも知った顔の方が気が楽だしな」
 頭をかきながらアキナは続ける。
「あの緑と青の二人組だと気まずいしさ……」
「暴走時の記憶でもあるの?」
 トウコの問いにアキナは首を横に振る。
「いや、学校でさ、緑の方とすれ違ったんだけど、何か怖がっててさ……」
「でしょうねー」
 口癖の応用パターンであろうか、とトウコは片眉をぴくつかせる。
「さて、今日はあまり強くない『ディスト』さんばっかりらしいですけど、気は抜かないでくださいね」
 そうサヤが示したのは大きな坂の上、鱶ヶ渕の中でも高級住宅地とされている一帯だった。この「インガの裏側」では、無論一様な灰色に塗りつぶされているが、大きな家が目立つことは変わらない。
「あたしの家の方か」
 坂の下からでも、灰色の屋根の合間から小さな黒い頭が見える。最初に遭遇した巨人型だろう、とトウコは推測した。
「わたしはサポートに徹しますので、お二人は攻撃の方をよろしくお願いしますね」
 よし、とアキナは一つ息をつく。
「『エクリプス』」
 トウコは得物の二丁拳銃を両手に呼び出した。
「武器に名前とかあんの?」
「わたしが名付けた」
「……そうかよ」
 アキナは何とも言えない半笑いのような顔になった。
「モチベーションのため。精神の安定と言ってもいい」
 トウコがそう言うと、アキナは何故か苦い顔になった。
「何?」
「いや、安上がりだなと思ってな」
 行くか、とアキナは走り出す。
「安上がり……」
 残されたトウコは、アキナの背を見上げてつぶやく。
「行かないんですか?」
「愚問。結果で思い知らせてやる」
 トウコは地を蹴り、飛ぶように坂を駆け上がって行った。

 互いに口には出さなかったが、そこからは撃墜数を競うように二人は技を繰り出し、武器を振るった。
 アキナの炎が一体の巨人型を焼き尽くせば、トウコの光が二体を貫く。負けじとアキナも三体を一度に相手取り、トウコは五体を撃ち倒す。
「補助の必要、まったくないですね……」
 秒ごとに数を減らしていく巨人型を遠目に、サヤはつぶやいた。その言葉通りまったく手を出す場面も、必要もない。
 程なくして巨人型は全滅した。戻ってきた二人を、サヤは「お疲れ様でした」と迎えた。
「ふう、数ばっか多いだけだったな」
 アキナは大きく伸びをした。
「安上がりな相手に負けた気分は?」
「負けた?」
 怪訝な顔でアキナはトウコを見た。
「わたしの方が多く倒した」
「お前、数えてたのか?」
「シイナさんみたいなことしますね……」
 嫌なたとえを持ち出されて、トウコは片眉を上げた。
「……精進することね」
「えらく先輩風吹かせますね、三日先輩なだけなのに……」
「余計なこと言わない」
 アキナは声を上げて笑った。
「何?」
「いや、えらく気楽というか、平和だなと思って」
「戦いのたびに暗くなってちゃ、きりがないですからね」
 でも適度な緊張も大事ですよ、危険はあるんですから。サヤは言い添えた。
「分かった」
 素直にうなずいて、アキナは周囲をの住宅を見回す。
「それで、今日はこれで終わりか?」
「パサラさんの話ではそのはずです」
 その時、トウコは急な寒気に襲われた。
「どうしました?」
 トウコは自分の背後の住宅、その屋根を指差した。
「まだ、終われないらしい」
 屋根の上のそれを見て、サヤとアキナに警戒の色が差す。
「なあ、『ディスト』って生物を模してるんだろ?」
「ええ、細かい理屈は分かりませんが……」
「あれは、アリなのか?」
「出現した以上は、アリなんじゃないですかね……」
 屋根の上にいたのは、成人男性程の大きさの「ディスト」であった。
 アキナが「アリなのか?」と尋ねた理由は一つ、その姿が甲冑をまとった人間のそれだったからだ。右手に剣、左腕には丸い盾を装備し、兜のひさしの下からは白い単眼がのぞく。
 「ディスト」としては小さい部類だが、醸し出す威圧感はマンションの十五階と同等の大きさを持つさっきの巨人型の比ではない。
「騎士、いや馬はいないから闘士(とうし)型と言ったところね」
「名前なんてどうでもいいだろ……」
 呆れながらアキナは拳を構えた。
 闘士型は剣を天高く掲げた。肌を焦がすような殺気が強まる。屋根を蹴り、飛び込むように剣を三人に降り下ろした。
 トウコたちはそれぞれに飛び退き、三方に分かれてそれをかわす。剣は地面に叩きつけられ、強い衝撃が走った。
『強い「インガ」の揺らぎを感知。何があったの?』
 パサラからの通信が頭に響く。
「武装した『ディスト』と遭遇。その武器の一撃が地表『オブジェクト』を損傷」
「パサラさん! この『ディスト』さんって何なんです!?」
 冷静なトウコの現状報告に続いてサヤは訴えた。
『今状況を確認……』
 まずいね。パサラの声はいつもと変わらぬ平静なものであったが、緊迫した雰囲気が伝わってきた。
 闘士型は剣を持ち上げ、トウコら三人を値踏みするように見回す。その動作はやけにゆっくりで、余裕と凄みが感じられた。
「くそ、やるしかないか」
『いや、撤退だ』
 パサラは構えるアキナを制した。
『この「ディスト」は他地域の「ディストキーパー」を三人殺している。ここで戦っても勝ち目は薄い』
「了解です」
 サヤは得物の白い杖を地面に突き立てた。影が波紋を描いて波打ち、一本の線となって闘士型に迫る。視界を奪い、その間に逃げる算段だ。
 闘士型は迫りくる影に向かって、冷静に剣を降り下ろす。
「え……!?」
 影は両断され、縮み上がってサヤの下へ戻っていく。それを追うように、闘士型はサヤに向かって突進した。
「がっ……!」
 突進の勢いが乗った斬撃を受け、サヤの小柄な体が吹き飛んだ。
「三住!」
「この!」
 トウコとアキナが動いたのは同時だった。トウコは発砲し、アキナは右から躍りかかった。
 だが、トウコの弾丸は闘士型の体表に傷一つつけることができず、アキナも軽く振り払われてしまう。
「くそっ!」
 器用に受け身を取り、アキナは再び飛びかかる。闘士型が横に薙いだ剣をくぐるようにしてかわし、懐に潜り込んだ。
「邪ッッ!」
 燃え盛る拳を脇腹に見舞う。渾身の一撃だったが、闘士型は微動だにしない。そればかりか、火がつかない。
「な……!?」
 一瞬動きの止まったアキナを、闘士型は盾で突き飛ばした。アキナの体が宙を舞う。
 離れた、今だ。トウコは充填を終えた左の拳銃、その銃口を向けた。
「『ルナ・エクリプス』」
 襲いかかる光の帯。闘士型は素早く反応し、トウコの方に反転した。盾を構えて「ルナ・エクリプス」を受け止める。「ディスト」特有のあの声で闘士型は吠え、光の奔流を上空に弾いた。
 硬い。トウコは目を見開く。これでは「トータル・エクリプス」を使ってもしのがれるかもしれない。
 アキナは三度目の突進を思いとどまった。あのビームを押さえ込むなんて。ついさっき、巨人型を五体一度に易々と薙ぎ払ったのをアキナは見ていた。あたしが殴ってどうにかなる相手じゃない。
 攻撃が途絶えた隙に、闘士型は再びうずくまるサヤに剣を振り上げる。一人ずつ確実に各個撃破していくつもりのようだ。
「それはさせない!」
 アキナが闘士型とサヤの間に滑り込み阻んだ隙に、トウコはサヤに駆け寄った。
「三住、立てる?」
 返事がない。意識がないようだ。お腹の辺りが切り裂かれていた。
 死ぬな。呟いてトウコはサヤを担ぐ。
「トウコ、少し時間を稼ぐ! サヤを連れて逃げろ」
 冗談。一人置いて逃げ出すなんて、できるわけがない。相手がアキナなら尚のことだ。
「三住、すまない」
 近くの住宅の庭にサヤの体を投げ入れると、トウコは再び「エクリプス」を構えた。
「随分と乱暴な救助だな!」
 またも突き飛ばされたアキナであったが、すぐさま体勢を整える。そこに追い付いたトウコは闘士型に発砲して言い返した。
「一人でかかる無謀よりはマシ」
 銃弾はやはり効いていない。本体の頑強さもさることながら、盾の強度は目を見張るものがある。加えて、あの剣だ。攻撃そのものは単調ではあるが、破壊力が高い。
 闘士型はまた剣を振りかぶって突進してきた。二人は左右に跳んでかわす。命中した地面が大きく陥没した。
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