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深淵少女シマモモコ 作者:雨宮ヤスミ

[六]暴走の炎

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6-2

「あまり人間をなめるなよ……」
 

「何で別室に行ったんでしょうね……」

 パサラとアキナが奥に移った後、サヤは鉄扉を見つめながらそうつぶやいた。

「聞かれたくない話は、誰にでもある」
「トウコさんは気になりませんか、どうして暴走しちゃったのかな、とか……」
「気にしても仕方ない」

 と言いながらも、トウコは内心知りたくてたまらなかった。

 あの漆間アキナが、何を嘆くのか、どんな不幸があれば「ディストキーパー」になどなってしまうのか。

 だが、ここで聞き出していいことだとも思えなかった。シイナやオリエの言う「エチケット違反」がどうのということではなく、本当にいつか彼女と仲間になった時に聞かせてほしい。そう思う。

「見えちゃったんですよね、少し……。それが本当だったら、暴走やむなしのとんでもない体験で……」

 聞きます? と尋ねられトウコは首を横に振った。

「三住、結局あなたがそれを話したいだけなのでしょう?」
「むぐぐ……。そりゃ、ちょっとはそうですけど……」

 深々と、呆れたようなため息をサヤはついた。

「トウコさんは、やっぱり人に関心のないタイプなんですね……」
「逆にあなたが気にし過ぎ」

 そうかなあ、とサヤはベッドに腰掛ける。

「例えば、わたしの『最初の改変』とかも気になりませんか?」
「言いたいのならどうぞ。聞き流すから」
「そういうことじゃないんですよねー……」

 少し寂しそうにつぶやいて、サヤは仰向けに寝転がる。

「わたし、昔あんまり友達っていなかったんですよ」

 結局語るのか。トウコは黙って聞くことにした。

「だから、こう何でも話し合える友達、みたいなのに憧れちゃうんですよね」

 友達か。そんなのわたしもいなかった。トウコは心中で呟く。鱶ヶ渕に来てからはそうだし、改変を行った今でも、「天涯孤独の拳銃使い」だ。だからサヤの言うことは、分かる部分はあるけれどあまりうなずけない。

「あなたが人との距離の詰め方を心得ていない理由は、今のでよく分かった」

 むうう、とサヤは不満げにうなった。

「そこを言われると……」

 と、そこで奥の部屋から怒鳴り声が聞こえた。サヤは起き上がってトウコの顔を仰ぐ。

「今の……?」
「あの毛玉、怒鳴りたくなる気持ちは分かる」
「そりゃまあ、そうですけど……」

 サヤは鉄扉に目をやった。トウコには、それが扉の向こうを透視しようとしているかのように思えた。

 通された別室は、まったく物が置かれていない、何に使われているのか分からない三畳程の部屋だった。奥に一つ窓があり、そこにもたれるようにして外の様子を見下す。

 このビルは、鱶ヶ渕の駅の近くに建っているのか。景色からようやくアキナは自分の現在地を知る。

 鱶ヶ渕の駅周辺は、駅舎を挟んだ南北でその表情を変える。駅の北側は銀行やカフェなどが立ち並び、落ち着いた雰囲気である。数日前トウコとシイナがヒトデ型と戦ったのは、ここの「インガの裏側」だった。

 それに対して南側は、居酒屋や風俗店のあるごちゃごちゃした印象の町だった。こちら側にたむろする不良グループなどもおり、周囲の中学生にとっては「近づいてはいけない場所」というイメージが強い。

 成田トウコの家が入ったこのビルは、南側に建っていた。窓の外には電飾看板がぎらついている。よくもまあこんなところに住んでいるな、とアキナは眉をひそめた。

『……というわけで、「ディストキーパー」については理解してくれたかな?』
「ん、ああ……」

 ほとんど聞き流していたため、生返事しかできなかった。やれやれ、とパサラは体を左右に振った。

『仕方ないか、もうなってしまっているのだものね』
「あんたがしたんだろ、パサラ」
『望んだのは君だ』

 アキナの、あの夜の記憶はだんだんとはっきりして来ていた。確か、あの男をパサラがこの尻尾で殴り飛ばしたのだった。そして『「ディストキーパー」になれば、状況を打破できる』と持ちかけてきたのだ。

 詐欺みたいなものじゃないか、とアキナは顔をしかめる。あんな場面、誰が断れるというんだ。

「他もああいう風にやってんのか?」
『場合によりけりだね』

 何か言いたいことでもあるのかい、とパサラは今度は縦に揺れる。すっとぼけたことを、とアキナは舌打ちした。

『何が不満なのか、分からないね。それとも、君はあのままあの男にされるがままでいたかった、とでも?』
「そんなことは言ってないだろ!」

 思わず語気が強まる。怒鳴ってから、アキナは一つ息をついた。

「……それで、あの男はどうなったんだ?」
『死んだよ。あの場で即「ホーキー」を使い、「ディストキーパー」となってすぐに、君が焼き殺した』

 そうか、とアキナは自分の右手の平を見る。殺したか。実感はわかないが。世間的には焼身自殺ということで処理されている、とパサラは補足する。

『ただ、そこから暴走が始まってね。その場で暴れられるよりかはマシだと判断して、私は君を直ちに「インガの裏側」に送り込んだ』

 パサラはそこから、他の「ディストキーパー」達が協力してアキナを元に戻したことを伝えた。

 アキナは何も言わなかった。ただ、話を聞いて自分の手の平を見つめるばかりだ。簡単に怒りに流され、仲間とも呼ぶべき人々を傷つけたことを悔いた。また、ともすればあの男の下卑た笑いが、手の感触が這い上がってくるようで、それを押さえこむように、ぎゅっと拳を握った。

『一応、「ディストキーパー」となる時に、ひどい心的外傷とならないよう記憶は薄めてあるんだけれどね』
「……そいつはどうも」

 アキナは立ち上がり、踵を返して鉄扉の方へ向かう。

『帰るのかい?』

 一応説明は終わったからいいけれど、とパサラは尋ねる。

「あんたの話じゃ、三日も家を空けてしまったらしいからさ」
『病気ということにはしてあるんだけどね』
「あたしの気持ちの問題だよ」

 いいか、とアキナはパサラに向き直り、鋭い目で見据えた。

「あんたらがいくら、その『インガ』とかいうのを歪めようが、消してしまおうが、あたしの気持ちは残るんだよ。何てこと言うと、それさえも消しちまうんだろうが……ともかく!」

 アキナはパサラに人差し指を突きつけた。

「あまり人間をなめるなよ……」

 パサラは鼻をひくつかせ、耳を上下に動かした。表情は変わらない。元々変化しないのかもしれない。

『心得ておくよ』

 その返事を聞いて、また一つアキナは舌打ちをした。


 怒鳴り声からしばらくして、鉄扉が開きアキナが姿を現した。トウコがそちらに顔を向けると、ベッドに寝転んでいたサヤはがばりと起き上がって、彼女に駆け寄った。

「あ、あの、漆間アキナさん! わたし、三住サヤと言いまして、闇の『ディストキーパー』の……えーと、その、トウコさん!」
「何?」
「これでも、急すぎですかね、距離感縮めるの?」
「そうね」
「えー、じゃあ、どうしたらいいんですか!」
「人間関係のことをわたしに聞く?」

 ですよねー、とサヤは肩を落とし、それを見てアキナは呆れたように笑った。

「帰るわ。暴走とか、色々世話になっちまったみたいだな」
「別に。仕事だから」
「仲間だから、ですよ」

 横からサヤが言い添えたせいで、トウコは少しばつが悪くなる。

「あの、また明日から、よろしくお願いしますね!」
「……そうだな」

 少し考えてからうなずいて、アキナは玄関の方へふらふらと歩いて行ってしまった。

 トウコはその背を見送りながら、その「明日から」のことについて思いを馳せた。

 「ディストキーパー」となったことに、トウコは後悔はない。まだなってから日は浅いが、戦いというものも悪くはなかった。そこに、あの漆間アキナが加わるのだ。

 シイナの戯言ではないが、まさしく世界はわたしの願った通りになっているのかもしれない。

 この時はまだ、そんな気すらしていた。
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