映画バージョン
「君はこのドラゴンを盗んで、何をするつもりだったのかね?」
「盗んでなんかいないよ!僕は、見知らぬ2人の人達を止めようとしていただけなんだ!」
ドラゴンの子供のジョゾが入っている袋を取り上げると、ブブホ団長はキッとワタルをにらみつけた。
それでもワタルは必死になって事実を話した。
「ねえ君、そうだよね?君はその様子を見ていたよね?」
「いいえ。団長、その人は明らかにうそをついています。その人は泥棒です!」
ミーナは冷たく言い放った。こうなってはもうワタルはなす術がなかった。彼はブブホ団長にしっかりと両腕をつかまれてしまった。
「さあ、来るんだ!もう言い逃れは出来んぞ!」
「やだよ!離して!僕は無実だよ!お願いだから信じて!」
「まだシラを切る気か!いい加減にしろ!!」
そう言うと、団長はつかんでいた手を離した。そして次の瞬間、手加減なしで思いっきりワタルに殴りかかった。
サーカス場の控え室全体に響き渡るくらいの大きな音がこだまする中で、ワタルは床に叩きつけられた。
すっかり我を失っている団長はさらに右足ではらわたに蹴りをお見舞いした。
「ぐえっ!」
息が出来ないほどの痛みと苦しさの中で、ワタルは両手でおなかを押さえ、その場にのた打ち回った。
その様子をミーナは助けようともせずにじっと見つめていた。
その時、騒ぎを聞きつけたのか、サーカスの警備に当たっていたトローンが厳しい表情で入ってきた。
「騒がしいが、何事だ?」
ブブホ団長は足でワタルの腹を踏みつけると、「こいつがジョゾを盗み出そうとしたんだ!牢屋に連れて行ってくれ!」と、言い放った。
「お嬢さん、それは本当か?」
「はい。この人をお願いします。」
ミーナも続いた。
“ち…が…う…よ…。”
ワタルは無実を証明することが絶望的な状況になってもあきらめずに言い返そうとしたが、かすれたような声しか出ない。そしてその訴えは誰の耳にも届かなかった。
「分かった。ではハイランダーの館に連れて行く。事情を話してカッツに裁いてもらうことにしよう。」
トローンは手錠を取り出すと、ワタルの両手にはめ込んだ。
「さあ立つんだ、小僧!」
ワタルは強引に腕を引っ張られながら立たせられ、トローンと一緒に控え室を後にしていった。
2人の姿が見えなくなると、団長はミーナに向かって「これで一件落着だな。泥棒が捕まった以上、これで今夜は安心して過ごせるぞ。」と言い残して部屋を出ていった。
一方のミーナはさっきまでの表情が一変し、急に泣き出しそうな顔になった。
(ごめんなさい…。こんなことをしてしまって…。でも分かってほしいの。私はどうしてもお父さんに会わなければいけないから。だからここで捕まるわけにはいかないの。だから、本当にごめんなさい…。)
自分の身を守るためとは言え、無実の人を犯人に仕立て上げてしまった。
こんなことが許されていいのだろうか。彼女の心には急激に罪悪感が込み上げてきた。
そしてその場にうつむきながらその場に呆然と立ち尽くしていた。
トローンに連れられてハイランダーの館に向かっている途中、ワタルはすれ違った人達の冷たい視線や、冷たい言葉にさらされていた。
「また罪人が捕まったのか。」
「嫌ねえ、こういうような人がいると。」
「世の中物騒なものになったものねえ。」
「でもハイランダーの人達が捕まえてくれたことだし。」
「僕はやってないよ。僕は…」
ワタルは手かせをつけられたまま、震える声で精一杯言い返した。しかしすぐに言葉をさえぎられてしまった。
「黙れ!お前は罪を犯したんだよ!」
「その手かせが何よりの証拠だ!」
「見苦しい言い訳はやめろ!」
「違うよ。それでも僕は…。」
「小僧!ほら歩け!とにかくこれから取調べだ。調べれば真実は分かる。ほら行くぞ!」
孤立無援の中で、それでも言い返そうとしたワタルだったが、トローンにさえぎられてしまった。
彼の心は人々に浴びせられる視線や、言葉によって容赦なく打ちのめされた。
(僕は無実だ。僕はやってない。それでも僕は無実なんだ。)
ワタルは周りを見ていられず、うつむきながら心の中でつぶやき続けた。
やがて、トローンはカッツがいる館の正面まで来ると、入口に立っていたハイランダーと腕輪をぶつけ合い、中に入っていった。
牢屋に入れられてしまったワタルは檻に手をかけたまま、力なくへたり込んでしまった。
「僕は………。やって…ないよ……。」
座り込んだまま、それ以上言葉が続かなくなってしまった。
最初は両手でしっかりと檻をつかんでいたのだが、やがてその手は力尽きるように両ひざの上に落ちた。
ワタルは目の前に突きつけられた現実が受け入れられず、わなわなと震えながら呆然と座り続けていた。
時間は止まることなく流れ続けていた。しかし心の中だけは違った。
(嘘だ…。こんなの嘘だ…。夢だ…。こんなことがあっていいのか…。どうしてこんなことになったんだ…。この世界での人の裁き方なんて、こんなものなのか?)
トローンが檻の扉を閉めてからどれくらい経ったのだろうか。10分、15分。いや20分は経っただろう。いつの間にか、ワタルの目からは涙が溢れ出した。
それでもワタルの周りだけ、時間は動かないままだった。
(思えば、お父さんが出て行っちゃって、お母さんが倒れて、勇気を振り絞って幻界への扉を開けて…。そうしたら巨人に追いかけられて、灼熱の砂漠に放り出されて、ねじオオカミ達に襲われて…。キ・キーマと出会って、芦川を追いかけてサーカスの劇場に行ったら、そこに運悪く居合わせただけで、こんなことに…。幻界というのはこんなに過酷な世界だったの?僕はこれからもこんな目にあわなければいけないの?運命の塔にたどり着くまでに、どれくらいの怒りや苦しみや悲しみを体験しなければならないの?やだよ…。もうやだよ。帰りたい。現世に帰りたいよ…。)
ふとミーナとカッツが言っていた言葉が頭をよぎった。
『いいえ。そんな人は見かけませんでした。』
『旅人だろうが、皇帝だろうが、罪を犯したやつは裁く!』
それに続いて、先ほどハイランダーの館に連行される途中で道行く人達に浴びせられた心無い言葉をまた思い出した。
出来れば思い出したくなんかなかった。しかし一度思い出してしまうと、止まらなかった。その度に心は容赦なく打ちのめされた。
「お母さん、早く元気になってよ。早く僕に元気な姿を見せてよ。それからお父さん、帰ってきてよ。早く帰ってきて、もう一度一緒に暮らそうよ。お願いだから…。」
悲しみ、悔しさ、そして恐怖のどん底の中で、ワタルはメソメソ泣きながらつぶやいた。
涙は止まらなかった。泣いても泣いても、まだ泣き続けていた。
その頃、ミーナはスペクタクルマシン団の中にいた。彼女はまだ落ち込んだまま座り込んでいた。
話題がジョゾのことになる度に、サーカス団の人達からはワタルを揶揄する発言が飛び出した。
「一度犯人の顔を見てみたいな。」
「そうそう。ついでに親の顔も。」
それを聞く度に、ミーナの心には動揺が走った。何か話したかったが、結局出来ずにいた。
その時、「それにしてもミーナ、よく犯人を発見したな。お手柄だぞ。」と言う声が飛んできた。
「本当にそうだ。ナイスタイミング!おいらも一緒にいれば良かった。そうすれば一緒に第一発見者になれたのに。」
団長に続いてパックが嬉しさ半分、悔しさ半分に言った。
ミーナは自分を英雄扱いする発言を聞いて、ますます動揺が静まらなくなった。
(違うの。本当はあの人は無実なの。本当の犯人は私よ。私が盗賊に協力していたせいで、真犯人を逃がし、たまたま通りがかっただけのあの人を犯人にしてしまったの。パック、それからみんな、ごめんね。)
彼女は心の中でそう言い返した。出来ることなら、本当のことを話したかった。
しかし、もしも話したら一体どうなるのだろうか。
今度は自分が牢屋に入れられてしまうかもしれない。サーカス団から追放されてしまうかもしれない。ここに住めなくなるかもしれない。お父さんを探すことも出来なくなるかもしれない。
そう考えると、とても真実を話せる雰囲気ではなかった。
「なあミーナ、さっきから暗いよ。もっと喜ぼうよ。」
「う、うん…。」
パックの励ましの言葉を聞いても、彼女は振り向きもせずにうつむいたままだった。
「まあ、しばらくこの話はやめといたほうがいいかもしれんな。」
「団長、なんでだよ。おいらはミーナを元気付けようとしただけなのに。」
「彼女は一人で犯人の間近にいたわけだから、自分まで何かされるかもしれないという恐怖もあっただろう。今は思い出させないほうがいいかもしれん。」
「あ、そうか。じゃあ、話題を変えたほうがいいな。えーっと、それじゃおいらとお手玉する?」
パックは少し考えた後で、ミーナに問いかけた。
「いや…、遠慮するわ。」
「ええっ?何でだよ。」
「今はそんな気持ちじゃないの。ごめんなさい。」
「それじゃ、一体何を言えばいいんだよ。」
「…。」
ミーナは座り込んだまま顔が見えなくなるくらいにうつむいてしまった。こうなっては、もはや声をかけることが出来なかった。
誰もが何を言えばいいのか分からずにいると、そこに「ワタルーーー!」という大声が響いた。キ・キーマの声だ。
彼は最初、迷子の人を探すように辺りをうろうろしながら手当たり次第に叫んでいた。
しかし、サーカス団の人達を発見すると、途端にこちらへ一直線に向かってきた。
「ワタル!ワタルはいるか?」
キ・キーマはすっかり冷静さを欠いた声で問いかけてきた。相当辺りを走り回ったのだろう。肩で息をしていた。
「ワタル?誰それ?」
「聞いたことない名前だな。」
「はて…。」
返ってきた答えはそっけなかった。
キ・キーマはあきらめずに、ワタルの顔の特徴や服装について説明した。さらには現世から来た人間であること、腰に勇者の剣をつけていることなど話した。
「その少年なら今牢屋に入れられているはずだ。」
不意にブブホ団長が冷静な顔をして答えた。続いて、彼はどうしてこんなことになったのかを話した。それを聞いて、キ・キーマは顔が真っ青になるほど驚いた。
「嘘だろ?そんなの。ワタルがそんなことするはずがねえ。あいつはおれの幸運さんなんだぞ!」
「あいにくだが、あんたはだまされたんだ。こっちには目撃者だっているんだぞ。そうだよな?」
団長はそう言うと、ミーナのところに近づいてきた。
「…。」
彼女はなかなか返答が出来なかった。
「嘘なんだろ?ワタルはそんなことする奴じゃないよな?」
「お前、見ていたんだろ?ドラゴンの子供を盗み出そうとしていたところを。」
「…。」
双方から問い詰められ、ますます返答に困ってしまった。
ここは勇気を振り絞って本当のことを話し、今までのことを撤回して謝るのか、それとも自分の身を守るために、嘘をついてワタルを犯人に仕立て上げるのか。
ミーナは思いもよらない厳しい選択を迫られた。
「どうなんだよ!」
「答えてくれ!」
キ・キーマと団長は間近に迫ってきた。
(どうしよう…。私のせいでこんなことになるなんて…。)
彼女の緊張はますます大きくなった。
辺りには何とも例えようのない張り詰めた空気が漂った。ミーナは悩んだ。悩んだ末に震える口調でやっと返答に応じた。
「あの人は…。」
すると周りの人達が一斉に注目した。
「あの人は…。」
「だから、どうなんだよ!」
キ・キーマが怒ったように問い詰めた。
「あの人は…、確かに…。」
「どうなのかね?」
団長も問い詰めてきた。
(怖い…。ここから逃げ出したい…。でも、答えなければ…。)
もはや緊張は極限にまで達していた。その中で彼女が出した答えは…。
牢屋の中で、ワタルは現世にいた時に新聞やニュースなどで知った冤罪事件について思い出した。
そこには、無実であっても自白を強要され、自分が犯人であると認めざるを得なくなってしまった哀れな人達がいた。
電車の中で女性が不意に「痴漢よ!」と叫びだし、たまたまその場に居合わせた人が腕をつかまれ、「あなた痴漢したでしょ!この人が犯人よ!」と言われてしまった人がいた。
本当は何もしていないのに、周りの人達から一方的に犯人扱いされ、何を言っても信じてもらえず、警察に身柄を引き渡され、脅迫まがいのことを言われ、精神的に絶望したところでついには自白をしてしまうといった報道内容が頭に浮かんだ。
ワタルはそれを見てかわいそうだなと思った。しかし心の中ではどこか他人事として認識していた。
しかし、今回は違う。これは夢でも、他人事でもない。幻界という世界の中で実際に起きていること、まして自分の身に降りかかってきたことだ。
一体これからどうなってしまうのか。現世では捕まって牢屋に入れられた後、どうなるのか少しは想像することが出来た。
しかしここは幻界だ。異国の地の法律も知らないし、どのような罪を犯せば、どのように裁かれるのかも全く予測出来なかった。
全く分からないからこそ、余計に恐怖が襲い掛かってきた。
ワタルは何とかここを逃げ出そうと壁をよじ登り、すき間から逃げられないかどうか試してみた。
しかし、外に出られる方法は見つからなかった。
潔くここに居続け、有罪になるのを待ち続けるしかないのか。
そうしているうちに、ふと「ワタル!」という声が聞こえてきた。
謎の少女の声だった。
その後、ミーナはパック達に「少し、一人にさせて…。」と言い残したまま、精神的にボロボロに打ちのめされた状態になって、ぐったりと落ち込んだまま、ジョゾと一緒に事件の現場となったサーカス小屋の控え室まで来た。
そこには事件の真犯人が待機していた。
「よお、遅かったな。今度こそは誰もいねえ。あのガキに邪魔をされることもねえ。」
「やっと会えたね。さあ、そのドラゴンの子供をわたしてくれ。ペットにするんだもんね。」
2人はミーナの今の心境も知らずに話しかけてきた。
「………。」
不気味な笑みを浮かべて近寄ってくる彼らに対し、もはや精神的に絶望しているミーナは何も言い返せなかった。
盗賊達は不気味な笑みを浮かべながらミーナに近づいてきた。
そして、「明日おれ達のアジトまで来い。」「そうすればお父さんの居場所を教えてあげるもんね。」と言いながら、ジョゾをわしづかみして奪い取った。
ジョゾは最初は暴れて抜け出そうとしたが、抜け殻のように呆然と立ち尽くしているミーナを見ると、急に抵抗するのをやめてしまった。
「ありがとよ、お譲ちゃん。」
「明日、楽しみにしていてね。」
2人は笑いながら駆け足で外に出て行ってしまった。
ミーナはそれから時間が経っても呆然としたままその場を動くことが出来ず、誰もいない小屋の中で一人、泣きながら自分を責め続けていた。
「ジョゾ、ごめんね…。」
そう言いながら、彼女は誰もいない小屋の中で、ワタルが捕まった時のことを思い出した。
『盗んでなんかいないよ!僕は、見知らぬ2人の人達を止めようとしていただけなんだ!』
『ねえ君、そうだよね?君はその様子を見ていたよね?』
『いいえ。団長、その人は明らかにうそをついています。その人は泥棒です!』
さらには、キ・キーマと団長が問い詰めてきた時に自分が言ったことを思い出した。
『あの人は、確かにジョゾを盗み出しました。ワタルという人は、泥棒です。』
結局その一言が決定打となって、キ・キーマは団長や他のメンバーから『そらみろ!やっぱりあいつは泥棒だったんだ!』『あんたも共犯者か!』と揶揄されてしまった。
こうなってはもはやそれ以上言い返すことが出来なかった。
結局彼はがっくりと落ち込みながら、重い足取りでその場を立ち去っていった。『それでもワタルはやってないよ。おれの幸運さんが、そんなことをするわけがない…。』とつぶやきながら…。
(私のバカ!一体なんてことをしているの?お父さんに会うために、盗賊に協力して、無実の人を罪人にして、さらには自分の身を守るために、あんなとんでもない嘘までつくなんて…。もう嫌!もうこれ以上は耐えられない。助けて…。お願い。誰か助けて!)
どうしてあの時、あんな冷酷なことが言えたんだろう。自分でも信じられなかった。こんな卑怯なことが出来てしまうなんて…。
だけど、あの時はこうするしかなかった。嘘をついてみんなをだまし、無実の人を奈落の底に突き落とすしか、自分の助かる道はなかった。
でも…。
「ワタルと言う人。こんなことをして、本当にごめんなさい…。謝っても許してもらえるようなことじゃないけれど、今の私にはもうどうすることも出来ない。ただ、謝ることしか出来ない。こんなことになってしまって、ごめんなさい、本当にごめんなさい…。」
ミーナは顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちるように座り込んで号泣していた。泣いて泣いて、泣き続けていた…。
やがて夜は明けた。いつの間にか眠っていたミーナは朝の光を浴びて目を覚ました。
一時は生きることにも絶望してしまいそうな状況だったが、今はいくらか冷静さを取り戻していた。
そしてこれからどうするかを考えた。
(私、自分の目的のためにとんでもない過ちを犯してしまった。でももうこれ以上過ちは繰り返したくない。やっぱり真実を伝えて謝りたい。もしかしたら私が捕まって牢屋に入れられてしまうかもしれない。サーカス団にはもう戻れないかもしれない。それでも犯した罪を償いたい。罪を犯した上に、謝ることも出来ない卑怯者として生きるのは耐えられない。もう泣くだけ泣いた。行こう。今からでも。)
そう自分に言い聞かせると、やがて迷いはなくなった。
彼女は立ち上がると、一直線にワタルが捕らえられているハイランダーの館に向かって駆け出していった。
そして、ジョゾを盗んだ真犯人のアジトの場所を告げる決意も固めていた。
その後、牢屋から脱出することが出来たワタルは、カッツから真犯人の居場所を教えてもらっていた。
「いいかい?あのネ族の少女の話によると、容疑者の2人組のいる場所は、見捨てられた教会。別名、戻らず帰らずの洞窟と呼ばれているところだ。あいつらがどれだけの腕前を持っているのかはあたしにも分からん。下手をすると返り討ちにあうかもしれんぞ。あんた、それでも行くのかい?」
「はい、行きます。宝玉を集めて、運命の塔に登るためには、まず共犯の疑いを晴らさなければいけません。それに見習いであっても、僕は勇者ですから。」
ワタルは心の中では本当に無事に帰ってこられるのだろうかという不安と闘っていたが、それでも勇ましい顔を浮かべて答えた。
「あんた、いい顔をしているね。これならあたしがわざわざ出向くこともないだろう。案内役兼助っ人としてハイランダーを一人派遣してやるから、そいつに負けんように精一杯戦ってこい。」
カッツは微笑みながら言った。考えてみたら、それが初めてワタルに見せる笑顔だった。
「ありがとうございます。」
「間違っても足手まといになるんじゃないよ。」
「はい!」
そうやって会話をしていると、そこに一人の水人族が冷静さをすっかり欠きながらなだれ込んできた。
「ワタルーーー!!無事かーーーー!?」
「えっ?キ・キーマ?」
「おおっ!!お前牢屋から出られたのか!!心配したぞおっ!!逮捕されたって聞いたから!!」
次の瞬間、ワタルはバカ力のキ・キーマに力いっぱい抱きしめられてしまった。
「良かった、良かった!無事だったんだな。」
“く…くるっ…、……!”
息が出来ない状況のワタルは「苦しい。」言おうとしたのだが、声が出ない。それどころか、息も出来ない状況だった。
「おい、お前。そいつ、そのままだと死ぬぞ。窒息しないうちに離してやれ。」
「えっ??あ、はい。」
カッツに突っ込まれ、キ・キーマは慌てて手を離した。
「はあ…、はあ…。死ぬかと思った。」
「すまん、ワタル。でも良かった。これでまた一緒に旅が出来るな。」
「ちょっと待った。勝手な行動は許さんぞ。」
すっかり感動モードに浸っているキ・キーマだったが、カッツに急に水を差されて、一気にそれがさめてしまった。
「えっ?何で?」
「僕、共犯の疑いを晴らさなければいけないんです。」
ワタルはそう言うと、ユナ婆の食堂で別れてから、サーカス小屋の控え室で冤罪に巻き込まれたことを全て話して聞かせた。
そしてこれから盗賊達の討伐に出かけることになっていることを告げた。
「お前、行くのかよ?」
「はい。」
2人が話をしていると、カッツがまた割り込んできた。
「ところでお前、どうやってここまで来たんだ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ。」
「どうやってって…、その…。」
「ふん。あたしが言い当ててやるよ。表にいる門番からワタルがここにいると聞いたから、無理やり乗り込んできたんだろ?全く門番のライオンとゴリラもお人よしなんだから。」
「あ…、はい…。」
キ・キーマはその巨体に似合わず、縮こまったような声で答えた。
「それにしてもお前力あるね。ワタルと一緒に討伐に行ってくれないか。」
「えっ?おれが?」
「キ・キーマ、来てくれるの?」
「行ってやれ。こいつを締め上げて窒息させるくらいの怪力があるのなら、戦力にはなるだろう。」
カッツは皮肉を込めた言い方で言った。
するとワタルが途端に笑い出した。それは、幻界に来てから始めてみせる笑顔だった。
キ・キーマはどうしようか迷っていたのだが、その笑顔に負け、しぶしぶという感じで「はい…。」と言いながら首を縦に振った。
その頃、ミーナはサーカス団あてに書き置きを残し、見捨てられた教会に向かって歩き出していた。 |