エピローグ
一九六一年のクリスマス、ホワイトクリスマスには全く無縁のように晴れ渡った太平洋の海を一隻の超大型空母が翔けていた。
新品である輝かしさを放つその空母はアメリカ、強いて言えば世界造船技術の粋を結集させて完成したその空母は、かつて日本の二つの地方都市を滅ぼした核兵器の技術を転用した原子力エネルギーを動力にした世界初の原子力空母である。
時代の移り変わりで、航空機もプロペラ機からジェット機に変わり、飛行甲板もアングルデッキという直進滑走路と斜進滑走路の二本を装備した形に変わり、戦中や戦前の空母とは異彩を放っていた。
そんなアメリカ海軍が世界に誇るその超大型原子力空母の名は――
――空母『エンタープライズ』――
先月竣工したばかりの超大型原子力最新鋭空母『エンタープライズ』はアメリカ太平洋艦隊の旗艦として華々しい誕生を遂げ、今では毎日任務に励んでいる。
そんな『エンタープライズ』の艦橋では生き生きとした兵達がきびきびと動き回っている。
新鋭空母に配置されたという事で全将兵の士気は高い。
そんな中、コーヒーを飲みながら一人の男が手元の資料を見詰めていた。
「フォックス航海長!」
フォックスこと――クーゴ・F・フォックス中佐の腕に、まだ幼く、金色の髪をちょこんと昆虫の触覚のような小さなツインテールにした金髪碧眼の少女が抱き付いた。
少女を見てクーゴは優しく微笑む。
「何だい――エンター?」
少女――エンタープライズは満面の笑みを浮かべてクーゴに抱き付いて離れようとしない。
彼女はこの原子力空母『エンタープライズ』の艦魂である。
そんなエンタープライズを見てクーゴは頭を掻いた。
「同じ《エンタープライズ》でも、まったく似てないよね」
そのクーゴの何気ない言葉にエンタープライズは不機嫌そうにぷぅと頬を膨らませる。
「航海長。私は私。エンタープライズさんはエンタープライズさんだからね。比べるなんて嫌。航海長の事・・・嫌いになっちゃうよ?」
「そうだね。ごめんごめん」
クーゴは小さく笑みを浮かべて謝る。
どうもこの子は前のエンタープライズと比べられるのを極端に嫌がる。昔の英雄と今の自分を比べられるのが嫌なのだろう。父親が偉大でその息子がまわりに父親と比べられるのを嫌がるあの現象だ。
そんなエンタープライズを見てクーゴは苦笑いした。
エンタープライズと別れてから、順調に昇級したクーゴはついに新鋭空母の航海長を務めるまでになった。
仕事は大変だが、自分の仕事に誇りを持っているのでそれほど辛くない。それに今ではこんな娘のようなかわいい女の子の面倒を見る保護者役でもある。
多くの部下を従え、今を生きている。それに――
「えへへー、航海長ぉ」
エンタープライズは頬擦りしてクーゴに甘える。そんな彼女を見て自然と笑みが零れる。
「ははは、本当にお前はかわいらしいな」
「おいクーゴ。それは世間一般ではロリコンって言うんだぞ」
その声に振り返ると、そこには三人の少女が立っていた。三人とも昔よりは成長しているが、まだまだ少女である。
そんな少女達を見詰め、クーゴはため息する。
「お前らなぁ、少しはおとなしく自艦にいろよ」
クーゴは呆れたように少女達を見詰めると、三人の少女の仲で一番年上の少女が不機嫌そうに腕を組んでクーゴを睨む。
「余計なお世話だ」
「姉さん。言葉を慎みなさい。申し訳ありませんフォックス中佐」
「お兄ちーゃんッ!」
三者三様の少女達は、かつて太平洋戦争の時にエンタープライズの腹心として共に太平洋の海を翔けた空母『エセックス』『ヨークタウン』『ホーネット』の艦魂だ。
言葉遣いが悪いエセックスをヨークタウンが怒るが、当のエセックスは全く聞く耳を持たず馬耳東風状態。業を煮やしたヨークタウン渾身のパイルドライバーが炸裂すると、さすがのエセックスも素直に従った(痛いから)。
一方、前の配備先だったホーネットはクーゴにピョンと抱き付く。
「えへへー、お兄ちゃん大好きぃ」
「こ、コラッ」
もう《お兄ちゃん》なんて言われる年でもないクーゴは呆れるが、もう慣れてしまった。
何度も「せめて《兄さん》に変えて」と言ってきたが、この甘えん坊が聞くはずもなく、そのままだらだらと今に至る訳だ。
「えへへー、大好きだよ、お兄ちゃん」
満面の笑みでクーゴに頬擦りして甘えるホーネットを、じーっと睨むエンタープライズ。
「ホーネットさん」
「なあに?」
「恥ずかしくないんですか?」
「何が?」
「その年で《お兄ちゃん》なんて言うのがです」
「え? そっかな?」
「自分の年を考えてください」
「うーんっと、十七歳?」
「年齢的にはまだありなんだよな」
クーゴのツッコミに「むぐぐ・・・ッ!」と悔しそうにホーネットを睨むエンタープライズ。
「と、とにかくッ! 航海長は私の航海長なんだから、近づかないでくださいッ!」
その攻撃的な言葉にホーネットの中でブチンッ! と何かが弾けた。
「何よッ! お兄ちゃんに甘えるのがどうして悪いのよッ! 私達はあなたとは違ってもう十年以上のお付き合いなのよ? お兄ちゃんの事は、私がよーく知ってるわ」
「・・・十年以上の仲なのに、いまだ進展がないんですか?」
くすくすと笑うエンタープライズに対し、ホーネットの中にわずかに残っていた理性が吹き飛んだ。
「新米が調子に乗るなぁッ!」
「おばさんは引っ込んでてください。ねえ、航海長?」
「ムキーッ! お兄ちゃんからも言ってよッ! 邪魔だから近づかないでってッ! それと私はおばさんじゃないよね?」
言い争いを始め、五秒後には取っ組み合いのケンカに進展した。なんと早い展開だろうか。
エセックスとヨークタウンが慌てて止めに入るが、頭に血が上った二人はなかなかケンカをやめない。
そんな四人の喧騒を一瞥し、クーゴはそっと艦橋を離れ、艦橋露天上部にある回転式レーダーに上がった。レーダー技術が発達した今では、防空指揮所なんて物は不要で、ここはあまり使われる事はない。
クーゴはどこまでも続く蒼穹の大空を見詰めた。
どこまでも蒼く、どこまでも澄んだ空は、まるで彼女の所にも繋がっているような錯覚を覚える――いや、もしかしたら、本当に繋がっているかもしれない。
この空の向こうで、彼女は生きている。そう、信じている。
かつて自分が愛し、そして今も愛し続けている少女は、航海長にまでなった自分をどう思うだろう。
きっと、また素直じゃない言葉を吐くに違いない。
頬を桜色に染めながら、言ってる事と反応が正反対になるのが彼女だ。
色々と考えていると、小さく笑みが浮かんだ。
彼女との思い出がある限り、自分は前に進み続けられる。
彼女の過ごした日々があれば、どこまでも走り続けられる。
これから一体どれだけの月日が流れようとも、例え、時が経つにつれて、彼女の姿や声を忘れても、彼女を――エンタープライズを愛したという事実と気持ちだけは変わらない。
どこまでもどこまでも蒼い空を見上げ、クーゴは微笑んだ。
「なあ、エンター。今日も僕の事を、《監視》してるのかな?」
柔らかな風が吹き、そっと頬を撫でる。
きっと彼女は、今も自分を《監視》しているだろう。
だったら、今言う言葉は一つだけ。
「エンター。僕は世界で一番に君を愛してる。そして――メリークリスマス」
クーゴは蒼穹の空を見上げ、静かに敬礼した。 |