バカなナディア
ナディアは家柄と器量がいい娘だった。
蜂蜜色のウェーブした長い髪に、空色の澄んだ瞳や、滑らかな白磁の肌は出会った人を魅了する。
顔立ちも整っており、体も小柄ながら、とても女性らしい身体つきをしていた。
見目の良さで男達は群がるが、ナディアが言葉を発すると苦笑いで去っていく。
女達はそんなナディアに利用したり嫌味を言うつもり近づくが、男同様、引きつった顔をして去る。
ナディアは勉学はそこそこに、ひたすら自分磨きを頑張る、そんな典型的なバカ娘だからだった。
バカさではあるが、性格は真っ直ぐな優しい子で、一応好いてくれる家族や友達はいた。
ナディアは、いつも幸せそうに、にこにこと陽だまりのような笑顔で微笑んでいた。
そんなナディアでも結婚が出来た。
政略結婚でもバカなナディアが結婚出来たのがナディア自身信じられなくて、嬉しかった。
ナディアはますます幸せそうに笑っていた。
「おい、ナディア。馬鹿面晒して笑うな。気持ち悪いぞ」
「だって旦那様と一緒にいれるのが幸せなんです」
旦那に笑いかけるナディア。
「あんたは本当にバカね。話さないほうがいいわよ。私の息子までバカって思われたくないもの。あんたは幸せかもしれないけど私達は最悪よ」
「私は友達が少ないから、こうやってお義母様とお茶が出来るのが幸せです。お義母様、ありがとうございます」
同居している義理の母に笑いかけるナディア。
ある日、旦那の愛人が屋敷に訪れた。
「あの人からは良く聞いてます。見目だけは良くて、頭がすっからかんのオクサマ」
「ふふ、褒めて下さってありがとうございます」
愛人に笑いかけるナディア。
「奥様は、頭が非常に残念なので、屋敷から出来れば出ないでいたたぎたい」
「それは、言われてみればそうねぇ。さすがね!」
執事に笑いかけるナディア。
ナディアは幸せだった。
旦那は、ナディアのことを気にかけてくれる。
義理の母は、寂しくないようにいっぱい話しかけてくれる。
旦那の愛人は、姉が欲しかったナディアに姉のように叱咤してくれる。
屋敷の執事は、祖父のように心配をしてくれる。
こんな、幸せなことはない、とナディアはいつも笑っていた。
いつも、お世話になってる人たちにお礼をしたい。
ナディアはそう思い、自分磨き以外に、唯一の特技であるお菓子を作った。
「旦那様、いつもありがとうございます。これ、どうぞ」
ナディアは旦那に包装したクッキーを笑顔で渡した。
旦那は、おかしな顔をして受け取った。
おかしだけに。なんてダジャレが思いついて、ナディアは、自分で面白くなり、笑いをこらえた。そのため、にやけながら、涙目になってしまった。
「義母様、いつもありがとうございます。これ、お礼です」
ナディアは義理の母に包装したクッキーを笑顔で渡した。
義理の母もおかしな顔をして受け取った。
おかしだけに。ナディアは学習能力がないために、また笑いそうになった。旦那の時と同様に笑いをこらえて、涙目になる。
「お姉様、いつもありがとうございます。これ、お礼です」
ナディアは旦那の愛人に包装したクッキーを渡した。
愛人は、それをはたき落とした。そして、踏み潰す。包装していた袋が破れて、ボロボロになったクッキーが地面に落ちる。
ナディアは目を丸くして、しゃがみこみ、クッキーを見る。蟻がクッキーにたかっている。
さすがお姉様だわ。蟻にまで優しいのね。
ナディアは関心して、愛人を微笑んで見上げた。
「じぃじ、いつもありがとう。これ、お礼です」
ナディアは執事に包装したクッキーを笑顔で渡した。
年老いた執事は何故か泣いた。
ナディアも、よくわからないが、もらい泣きした。
執事が泣きやむと、ナディアも泣きやみ、笑った。
ナディアは、屋敷から出れないので、お菓子作りをして、大切な人達にお礼をすることにした。
ある日、旦那の友人が屋敷に訪れた。
旦那の大切な人は、ナディアの大切な人でもある。
そう思ったナディアは、旦那の友人にもお菓子を笑顔でプレゼントをした。
旦那の友人は笑顔で受け取った。
ナディアと旦那の友人はお互いに、にこにこと笑いあった。
その日、初めて。
結婚して、初めて。
旦那がナディアの寝室に訪れて、
ナディアを抱いた。
ナディアはその行為の意味がわからなかった。
旦那に尋ねると、妻の夜の役目だと言った。
知らなかったナディアは、役目が果たせてよかった、と嬉しそうに微笑んだ。
旦那は、そんなナディアを見つめて、また抱いた。
旦那は、その日を境に毎晩ナディアの元へ来た。
ナディアが笑うと、笑ってくれるようになって、ナディアはますます嬉しくて笑った。
それから、旦那の友人も、旦那の愛人も、屋敷に来なくなった。
ナディアは少し寂しかったが、旦那と義理の母と執事がいたから、幸せだった。
ある日、珍しく、旦那と義理の母がいない時に、旦那の愛人が屋敷に訪れた。
「お茶をしましょう」
「お姉様、嬉しいです」
嬉しかったナディアは微笑んだ。
旦那の愛人がお茶をいれてくれて、にこにこと笑いながらナディアはお茶をのんだ。
そして、具合が悪くなり、倒れて、意識を失った。
ナディアは、夢を見ていた。
綺麗な花畑にいる。
小さい頃、内緒で飼っていた子犬がナディアの周りでじゃれついていた。
あら、わんちゃん。あなた生きてたのね。
寒さに耐えきれずに死んでしまった子犬が、いたことにナディアはすごく嬉しかった。
子犬が、ナディアのドレスの裾を引っ張りどこかに連れていこうとする。
川があり、橋が架かっている。
その橋の向こう側までナディアを引っ張り連れていこうとしていた。
だめよ、わんちゃん。私はまだあなたといたいわ。あなたといっぱい遊ぶのよ。
ナディアは、何となく橋を渡りたくなかった。
そうすると橋の向こう側から声が聞こえた。
ナディア!旦那の声。
ナディア!義理の母の声。
ナディア様!執事の声。
ナディア!友人の声。
ナディア!父の声。
ナディア!母の声。
ナディア!兄の声。
ナディ!ナディ!男の子の声。
はて、誰だろう?とナディアは首を傾げる。
ワン!子犬が鳴く。
その鳴き声をきいて、ナディアは、はっと思い出した。
ああ、アルの声だ。
ナディアの初恋の男の子。
どこの子からは知らないけれど、子犬を秘かに世話していたナディアの元に来て、一緒に世話をした。一緒に遊んで、一緒に笑って。
子犬が死んだ時は、一緒に子犬を抱いて、泣いて、一緒に墓を作った。
ナディ!ナディ!
アルが呼んでる。
行かなくちゃ。
ナディアは子犬にお別れを告げて、橋を渡る。
声のするほうへ歩くと、優しい光に身を包まれた。
ナディアが夢から覚める。
目を開いたら、泣いている父と母と兄が至近距離でナディアに顔を近づけていた。
ナディアが笑うと、さらに泣いて、3人でナディアを抱きしめた。
ナディアは3人を抱きしめ返す。
そうしたら、それを遠巻きに見ている人物に気がついた。
旦那の友人だ。
ナディアは旦那の友人に微笑む。
「ナディ」
そう言って旦那の友人は泣いた。
「アルなの?」
ナディアが聞くと、アルは頷いた。
嬉しそうにナディアが笑うと、アルは泣き笑いをした。
1ヶ月後、体調が良くなったナディアは屋敷に帰ろうとした。
しかし、両親と兄に引き留められる。
理由を聞くと、もう離縁をして、旦那は旦那じゃなくなり、赤の他人になったのだと言う。
ナディアは元旦那と元義理の母と元旦那の執事に会えないのが悲しかった。
しかし、両親と兄と友人、そしてアルがそばに居てくれたので、寂しくはなかった。
ナディアはにこにこと笑う。
それは、幸せだからだ。