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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第七話 本郷巽の友人
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その2

巽は友人を捕まえることに、大変な労力を要した。

 自分は東京から引っ越したものの、友人はそのまま私立の学校に通っていると思っていたのだ。なのに友人も巽のちょっと後に学校を退学して、引っ越してしまっていたという。あの派手な生活の男が、どういった変化があったというのか。

 ようやく友人の実家から居所を聞けば、そこはとてつもない田舎であった。現在巽が住んでいるところも、都会とは言いがたい。だがあそこが都会に思えるくらいに田舎だった。

 教えてもらった住所と居候宅の名前を記したメモを手に持ち、無人駅に降り立った巽は、まずどちらに向かうべきか迷う。道を尋ねる人間が、誰もいないのだ。

「……困りましたね」

強い日差しが照りつける中、まずは人影を探して駅周辺を彷徨った。あたり一面は畑が広がっているが、こんなに暑い時間帯は休憩しているのだろう。誰も作業している様子はない。


 巽にとって幸運なことに、そう時間が経たないうちに、木陰で休んでいる老夫人を見つけた。

「あの、すみません。お尋ねしたいのですが」

「おやぁ、ずいぶんとキラキラした坊やだね」

老婦人はよそ者が珍しいのか、手招きして木陰へと巽を誘ってくれた。

「響さんのお宅を探しているのですが」

「ああ、響さんにご用かね。ならこの道を真っ直ぐ、あの山の麓の家だよ」

老婦人は小高い山を指して言った。

「間違えようがないね、一本道だ」

カラカラ、と老婦人が笑う。巽はその方角を見晴らす。

「……一時間は、かからないと思いたいですね」

その道のりを歩くのかと、巽はため息をついた。

 ――がんばって

 脳裏に彼女の励ましの言葉を再生しつつ、巽は前に進むのだった。


 さんさんと降り注ぐ太陽の光を恨めしく思いつつ、巽は水分補給を繰り返しながら、道のりを歩いていく。すると、四十分ほど歩いたところで、ようやくそれらしき建物が見えてきた。山の麓にある家、あれしかないだろう。

 巽が汗を拭いつつ家の門の前に立つ。インターフォンを押そうかとしていると、家屋のある方角から人影が近付いてきた。その人影の姿に、楓は険しい視線を向ける。

 人影の方は、巽をみて驚いていた。

「あん?巽じゃんか!なにしてんだよお前!」

「類、ようやく捕まえましたよ」

長旅の末ようやく捕まえた悪友に、巽は呪いを吐くような声で告げた。



巽の友人である音無類は、音無家という霊能者の一族の跡取り息子である。若きイケメン霊能者として、テレビなどに出演しており、芸能人としての顔もある。そして、巽の幼稚園以来の付き合いの友人である。私立の一貫校で、巽が引越しをするまでずっと一緒だったのだ。ちょっと俺様気質で我侭なところのある、女癖の悪い男だが、不思議と巽との付き合いは途切れなかった。高校に入るまでは。

「まあ遠路はるばる、よく来ましたねぇ」

類の親戚でありお目付け役である男性、榊慶二が冷たいお茶を出してくれた。彼は昔から類の世話をしている人で、巽とも顔見知りであった。

 ここは類がお世話になっている家の、離れのリビングである。

「まったく、えらく遠かったです」

「連絡をくれれば、迎えに行ったんですが」

気の毒そうな榊に、巽はため息をつく。


「仕方ないです、そういったものは一切教えてもらえなかったんですから。メモの住所も簡単なもので、騙されているのではと到着するまで疑いましたよ」

手元もメモにある住所とは「○×県○△村、響家」とだけ書かれたものであったのだ。これだけでよく辿り着いたな、と自分でも関心する。

「類あなた、相当本家から信用されてないんですね」

外部との連絡を遮断したいという、家族の思惑が容易に理解できた。類でなければわからない用件が発生しただけで、類の居場所を特定してどうこうしたいのではない、ということを理解してもらうのに、非常に骨が折れた。本当に類はなにをしたのか。きっとロクなことではないだろう。

「うるせぇよ、んで巽は、なんでこんなド田舎まで来たんだ?」

「用件はコレです」

巽は胸元のネックレスを引っ張り出した。それを見て、類より先に榊が反応した。


「それ、本家で保管してある霊石じゃないか!どうしてそれを本郷の坊ちゃんが!?」

榊の驚きに巽は目を瞬かせ、類は「しまった」という顔をした。

「類……」

じっとりと見つめる巽に、類はしかめっ面だ。

「お前それ、本家で見せたか?」

「いいえ?類に確かめるまではと思いまして」

巽の答えに、類が息を大きく吐いた。その態度に、巽は疑いの視線を類に向ける。

「まさか類、僕によからぬものを押し付けたのではないでしょうね?」

「バッカ、まがりなりにも友達に、そんなことしねぇよ」

心外そうな類をよそに、榊が口を挟んでくる。


「よからぬどころか、本家で大切に保管されている貴重な霊石ですよ。確か十年くらい前、一つ紛失していると大問題になりましたね」

榊の説明に、類が視線を逸らせて明後日の方向を向いた。

「済んだことをごちゃごちゃ言うな」

巽が思っているよりも、ずっと貴重であったネックレスに、巽は目を細める。

「類、そのような貴重なものを、僕にくれたんですか」

巽は呆れるやら、ちょっとだけ嬉しいやらで表情に困る。

 この友人は昔、いつも熱を出して学校に行けないでいた巽に、これをくれたのだ。寝ている巽の布団の横まで突撃して来て、

「これで元気になって、早く俺と遊べ!」

と言っていたことを、巽は今でも覚えている。


「経緯は置いておくとして、あの時の僕が元気になったのはコレのおかげだったということが、最近わかりまして」

「おう、俺も半信半疑だったがよかったぜ」

自分の行いが無駄ではなかったと知り、類はにやりと笑った。

「しかし、同時に問題も発生したのです」

「あん?」

巽は首を傾げる類に、石守神社のことを説明した。この石が巽の心を吸い取っていると言われたことを話す。

「詳しくは省きますが、確かな話です。おかげで僕の奇行の原因も解決しました」

石が心を吸いきれなくなり、巽の内面のバランスが崩れたことが原因だと、類に話す。巽の奇行は類もよく知っている。類が止めてくれた場合もあるのだ。


「ふぅん……」

類は巽のネックレスをじっと見て、思案するようにする。

「てことはアレか、お前の奇行は、巡り巡って俺にも原因があったってことか」

「いいえ違います。あれは僕の未熟ゆえのことです」

類の言葉を、巽はきっぱりと否定した。彼女が言っていた「水清ければ魚棲まず」ということわざを思い出す。濁った心を否定してばかりいた、巽自身の責任なのだ。

「でもよ、そんな効果があるなんて、聞いてないぜ?ただの癒しの霊石だ」

「貴重なことは確かですが、心を吸い取るなどという、大それたシロモノでないはず」

類の言葉に、榊も補足する。

「でも確かに、その霊石から巽の霊気を感じるな」

じっくりとネックレスを観察して、類がそう言った。すぐには答えが出そうにないので、巽はもう一つの疑問を口にした。


「ではもう一つ、霊的現象に出くわしたら光るような仕掛けは?」

「ああ、それは破邪の術だな。確か俺が込めた気がする」

こちらは類があっさりと答えた。あの武者鎧を退けたのは、やはり類の仕業だったようだ。

「巽、ちょっと今日は泊まっていけ。霊石について、梓とばーさんに聞いてみるわ」

「どなたですか?」

類の発言に、巽が尋ねる。これに榊が答えてくれた。

「ここの大家です。占い師の一族なので、なにかわかるかもしれませんね」

なるほど、と巽も納得する。彼女と似たような性質の人たちなのかもしれない。

 だが、巽も疲れているので、それは明日改めてという話になった。



夜になって、巽は彼女に電話をかけた。

『先輩、疲れてますか?』

挨拶を交わした第一声がこれだった。声の調子が疲れて聞こえたのかもしれない。巽は彼女相手に見栄を張る気になれず、素直に認めた。

「実はそうです。友人の滞在場所が、思いの他遠方でして。炎天下の中歩かされました」

『わぁ、お疲れ様でした』

彼女のこの労りの一言だけで、疲れが抜けていく気がする。恋心とは、かくも偉大なものらしい。

「楓さんは、変わりありませんか?あれからお兄さんの様子はどうですか?」

巽と入れ違いで、彼女の兄が帰省してきたと聞いた時、巽は己の間の悪さに眩暈がした。彼女は勤めて普段通りにしていると話していたが、負担でないはずがない。


『それがですね。兄がどうやら、送った写真を合成かと疑っていると、お母さんが言ってました』

「……はい?」

巽は眉をひそめる。

 恋人の存在を疑っているとなると、その兄の中で、まだ整理がついていないということではないだろうか。

『なので、両親が兄と話をするために、私は幼馴染の家にお泊りに行くことになりました。私がいると話ができそうにないらしくて』

「楓さんのご両親がそう判断したのなら、それがいいでしょうね」

巽としても、そのような環境に彼女を置くのは不安である。なので彼女の母親の意見を支持した。


「その幼馴染の方の家とは、遠いのですか?」

『ええ、とっても田舎です。でもいいところですよ』

田舎とは、今巽がいる場所と比べて、どちらが田舎だろうか。

『明日の朝一番の電車で行くんです。だから今日は早く寝ます』

「それがいいですね。では楓さんも気をつけて行ってらっしゃい」

『ありがとう先輩。おやすみなさい』

「おやすみなさい」

彼女との電話を切って、巽がスマホを眺めていると。

「巽、部屋の用意ができたとさ」

類が声をかけてきた。巽は寝室の用意をしてもらっている間に、彼女と電話をしていたのだ。


「ありがとうございます」

「今の電話、誰だ?」

巽が礼を言うと、類がいぶかしげに聞いてくる。

「僕の今の地元の方ですが、なにか?」

「いや、お前のあんな顔は、珍しいなと思ってな」

巽の表情が緩んでいるところを見られたらしい。確かに自分でも、東京にいる時は、いつも不機嫌な顔をしていたという自覚はある。

「お前も、笑うんだな」

「当たり前です、人間ですから」

失礼なことを言う類に、巽はむっとして言い返す。

 そんな会話を類とした翌日、巽は楓と再会する。

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