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呪いの灰色の糸が小指に結ばれていたけれど、麻紀子さんは理系女子だから気にしない

作者: 帰初心

[麻紀子 side]


 朝起きると、私の左の小指には灰色の糸が結んであった。


 ところどころ透明になりながら、部屋のドアを越えて延びる糸。

 朝ご飯のトーストをかじりながら見ると、糸は家のドアに挟まれすて、外の世界に続いている。




 学校への道のりでも、私の前に張り切って続く、灰色の糸。

 とうとう教室のドアの中にまで続き、ある人物の、左手の小指で止まった。


 学年一のブ男、臭男くさお君だ。






 友人のゆるふわ文系女子、リリカル梨梨子ちゃんが、私の小指の灰色の糸を指摘する。


「麻紀ちゃんそれやばいよ。灰色の糸だよ。誰かに呪いの【あの人とお似合いだよね】を受けちゃってるよ」


 学校の女子で流行っている呪いのジンクス【あの人とお似合いだよね】。


 それは自分より顔面レベルが低いと思われる女の子に対して、使う呪い。

 特に『自分よりもブスのくせにイケメンに好かれている』など、格下女が自分の癇に触ることをしている場合に、嫌がらせとして使う呪い。


 あいつは私より下の癖に、と強く思っているほどに、高い効果を発揮する。




 この呪いのジンクスは簡単にできる。


 『○○にはあの人がお似合いだよねえ』と悪意を持って周囲に繰り返し伝えていると、いつの間にかどこからともなく灰色の糸がやってきて、○○の小指に絡まっているのだ。


 しかも更に恐ろしいことに。

 灰色の糸は放っておくと、運命の赤い糸に変化することもあるらしい。


 だから糸の先には、なるべくブサイクかつキモい男子が選ばれる。

 臭男君はその典型だ。






 梨梨子ちゃんは腕を組む。


「麻紀ちゃんは最近誰かかっこいい男の子に告られた?」

「いいえ、全く覚えがないわ」

「じゃあ、誰か女子に『あの人とお似合いだよね』って言われた?」

「いいえ、それも全然覚えがないわ」


 本当に覚えがないのだ。

 今までの人生は家と学校の往復で、趣味も本屋で数独を中心に最新のパズル雑誌を探して買うことくらい。

 理系女子ならばパソコンプログラムやネトゲにはまるだろうと言われるが、理系女子にも種類があり、自分はそれに当てはまらないだけだ。






 左手を見ると、小指に灰色の糸。


 軽くちょうちょ結びにしてあるように見えるが、端を引っ張ってもほどけないし、刃物を当てても、もちろん切れない。

 試しに糸をたぐり寄せようとしたら、全然手応えがなく、足元に糸だまりが出来てそれきりだ。


 以前街中で誰かの灰色の糸を見かけたことがあるが、私の他には、道歩く女性にしか気付かれていなかった。

 なぜ、女性にしか見えないのだろう。






 灰色の糸の先には、臭男くさお君。


 確か名字は牧田だったはずだが、下の本当の名前は誰も呼んだことがない。

 だから彼の本名は先日まで牧田臭男だと思っていたのだが、どうも違うようだ。


 少し近づくと、確かに臭い。生理的に嫌な饐えた匂いが鼻腔を刺す。

 腋臭わきがだろうか。口臭だろうか。

 実はお風呂に入っていないのだろうか。


 彼の目は肉に埋もれてよく見えないので、感情に疎い私には、彼が臭いということ以外に彼を推測する方法がない。

 あとは彼の背中のシャツには、いつもじっとりと汗が染みついていることくらいか。


 そして彼の半径1mには、誰も近寄らない。

 私も臭くて近寄れない。




 試しに糸を引っ張る。

 彼のぜい肉で節ない左の小指が、かすかに動いた。






 梨梨子ちゃんが、ひらめいた。


「これはきっと天恋紗てれさちゃんじゃないの? だっていつも麻紀子ちゃんのことを悪く言っていたじゃない」


 天恋紗ちゃんはクラスのボスとまではいかないが、結構な中心人物だ。

 どこか迫力があり、いつも2、3人の取り巻きがついている。


 彼女の頬張った顔は表情筋が堅く、そこは少し私に似ているかもしれない。

 セレブで高そうな服をいつも着ていて、性格はきつい。


 そんな彼女が私を悪く言う。

 どういうことだろうか。


 私が月刊数独の最新号がいち早く買いたくて掃除当番をお願いしようとしたら、「嫌に決まってるじゃない。いい加減にしてくれない」と怒られたことだろうか。


 それとも昨日、母親が手作りしたからクラスで配れと押しつけられたマーマーレードを、「私夏みかんの皮嫌いなのよね」と突っ返されたことだろうか。


 分からない。




 首を傾げる私に、梨梨子ちゃんはため息をついた。


「もう麻紀ちゃんは。人の機微に疎いのは悪いことじゃないけどさあ、そのせいでいつの間にか人の恨みを買っているってことも、あるじゃない?」


 そっちの方面ではどうなの、と訊かれても。

 いつの間にか買ってしまっているものに後から気が付くって、相当難しい芸当じゃないだろうか。


 そもそも私は、数字の美しさ以外に興味がなく、人の気持ちには鈍感だ。

 恨みなんて高度な技は、発揮することも、発揮されることも難しい。




 一分間ほど原因について悩んだが、そういえば今日は週刊ロジックの発売日だったと思いたった。

 帰りに本屋に寄らないとな、と考えていたら、黒板の近くで丸くなって話し込んでいた天恋紗ちゃんたちが「ちょっとあなた」と声を掛けてくる。


「いい加減にしてくれない? 私の指にこれを付けたのはあなたでしょう?」


 天恋紗ちゃんの突きつけた左の小指にも、灰色の糸が絡みついていた。

 その行き先は、なんと臭男君だ。


 いえ全く見覚えがありませんと否定をするが、天恋紗ちゃんは信じない。


「日頃あなたのバカを訂正してあげている、逆恨みかしら。本当に根暗そうな顔をして、タチの悪いことをしてくれるわね」


 傲慢に顎を上げて、私を見下ろす。


「よりにもよって、臭男。バカにしているとしか思えないわ」


 天恋紗ちゃんの取り巻きの一代ちゃんと双葉ちゃんが騒ぐ。


「天恋紗さんは親の決めた婚約者がいるのよ」

「そうよ、誰よりもイケメンで優しくてお金持ちなのよ」

「どうせ何でも持っている天恋紗さんに嫉妬して、こっそりとジンクスを掛けたのでしょう」


「ちょっと! 麻紀ちゃんにそんな器用なことが出来るわけがないじゃない」


 梨梨子ちゃんが前に出てかばってくれる。

 友人の優しさに助けられ、天恋紗ちゃんの疑いは最後まで晴れてくれなかったが、なんとかその場は収まった。




 さすがに自分が犯人扱いされるのは堪えた。

 机に突っ伏して落ち込む私を、梨梨子ちゃんが慰めてくれる。


「麻紀ちゃん、もう糸なんて気にしなくて良いよ。どうせ男子には見えてないんだしさ。そのうち消えるよ」


 確かに男子には、灰色の糸は見えない。

 でも女子には確かに見えているのだ。


 同性の好奇の視線が、私の指と天恋紗ちゃんの指と、臭男君の指に向く。


 なんとなく臭男君を見ると、じっとりとした、ぜい肉のたっぷりとついた背中があった。

 彼はこの状況をどう思っているのだろうか。

 男は背中でものを語ると言うけれど、一度も話したことのない人の語りなんて、聞こえるはずもない。




 クラス中に満ちる軽い嘲笑と、同情と、好奇心。

 どれをとっても気持ちのいいものではなかった。


 授業が終わるころには、みぞおちの辺りがむかむかしてきて、胃薬が欲しくなる。

 それでも梨梨子ちゃんの「気にするな」の言葉を思い出し、頭を最新数独集に切り替えることで、数日後には本当に気にもしなくなった。


 結局好きなことをしているのが、一番の解決策なのだろう。






 私が落ち着く一方で、灰色の糸の問題は、クラス中に拡大していった。 

 臭男君に繋がる灰色の糸が、何人ものクラスの女子の小指に絡みつくようになったのだ。




「どうしよう、私の指にも灰色の糸が絡んでる・・・・・・」


 教室の隅にいたおっとり絵里ちゃんが、指を見下ろしてつぶやいている。

 彼女は確か、サッカー部の彼氏がいたはずだ。

 ぽっちゃりだけど肌が綺麗で胸が大きいから男子には評判だと聞いている。


「二股していた先輩の彼女に、つけられちゃったのかな・・・・・・」


 聞かなかったことにしよう。




「はあ? なんであたしの指にこんなもんがあるのさ」

「ぎゃはははは、受けるう」


 ギャル雑誌のモデルをしている花梨ちゃん。

 同類に囲まれて大騒ぎしている。


 青いカラコンと三重つけまつげが印象的な目をつり上げて、机に小指を叩きつけた。


「臭男なんて汚豚じゃん! ぜんっぜんあたしにふさわしくないじゃん!」

「なら、花梨は誰がいいのよお」

「・・・・・・体育のフカザワ」

「マッチョハゲじゃん! ぎゃははは! そりゃあタイプが違うわあ」

「いっそこの機会に告っちゃえば?」

「あ、それいいかも」


 あちらはなんだか楽しそうだ。




「切れない、切れない、切れないのよう」


 死にそうなほど華奢で、だけど人の二倍はありそうな黒目がちの瞳から涙を流す美咲ちゃんが、必死にハサミをちょきちょきと動かしている。


 彼女は好きな人がいるらしい。もちろんそれは臭男君ではない。


 ちょきちょきちょきと、どんなに頑張っても灰色の糸は切れない。

 美咲ちゃんは、ふと顔を上げ、臭男君を見た。


「臭男に延びている糸の方が細い気がする。切れないかな」


 ちょきちょきちょきちょきと、空中でハサミの刃をせわしなく交差させた。




「やめて! 私のレベルはこんなものだって言うの!?」


 元気が売りの、小柄な美里ちゃんが叫んだ。

 クラスのみんなが大好き! といつも明るく宣言していたはずの美里ちゃんは、うっかり本音を出してしまったようだ。


「こんなもので臭男のようなブ男とお似合いと思われるなんて、屈辱以外の何者でもないよっ」


 彼女は糸をひたすらたぐり寄せるが、足元に糸が溜まるだけで、いっこうに糸は張らない。

 ただ、臭男君の左の小指にだらりと巻きついていた。






 教室の隅の絵里ちゃんが、思い詰めた表情で呟く。


「臭男がいなくなれば、灰色の糸も消えるよね?」


 灰色の糸で繋がってしまった女子たちの間に、緊張が走った。











[臭男くさお side]


 ちょっと待ってよ、いつの間に俺の指に妙な灰色の糸が巻き付いているのさ。

 しかもこれ、たくさん巻き付き過ぎて、もはやミノムシだよ。


 そりゃあ、俺はデブでブサイクだよ?

 女の子が苦手だから目線もあまり合わせられないよ?

 体もちょっと臭いとは言われるけど、男同士なら気にならないくらいだろ?


 道理で最近、はさみを持った女子につけ回されたり、小指を狙って後ろから刃物で切りつけられたり、下駄箱のラブレターで呼び出されて天にも上る心地で行ったら屋上から突き落とされそうになったはずだよ。


 クラスの女子に嫌われてるって知っていたけど、これはひどいと思わねえ?


 ちなみに俺の本名は牧田香太こうたな。

 かおってんだよ。臭男くさおじゃねえよ。間違えんなよ。


 そして女子どもは、俺に友人がいないと信じているみたいだけどさ。

 いるよ、普通に。それなりに。


 男ってのは中身が普通なら、友人だって普通の友人ができるもんなんだよ。




 俺は姉貴がジンクスにハマっているという山田に訊ねた。

 あああれか、と思い当たるものがあるらしい山田は、メガネを拭きながら教えてくれる。


「姉貴が高校生の頃にも流行ったらしいね」

「どうすれば取れるんだよ、これ」


 俺はミノムシのついた傷だらけ小指を、目の前で振る。

 肩をすくめる山田の目には、やはり傷しか見えないみたいだ。


「男には見えない糸だって聞いていたけど、牧田には見えるんだね」


 相当の本数がついてないと見えないらしいから、すごくモテてる証じゃないのかと笑われるが、全く冗談じゃない。


「俺の生死がかかってるんだよ。何とかしてくれよ」


 俺の必死の頼みに、じゃあ姉貴に聞いてみるよと、山田はスマホを取り出した。











[麻紀子 side]


 一人のブ男と灰色の糸で繋がった奇妙な友情は、クラスの女子全体に、凶暴な一体感を与えたようだ。


 ここ数日の臭男君への攻撃は、より高度のものに進化した。

 どうしたらダーゲットが買う前の購買のパンに、青酸カリを仕込めるかという話も聞こえてくる。


 灰色の糸を呼びこんだ犯人を探すか、他に糸を外せる方法を探した方が、健全だと思うのだけれど。


 一番てっとり早い方法として、「灰色の糸の相手さえいなければ」という結論に、いつの間にか帰結してしまうらしい。


 そりゃあ知り合いを下手に邪推もしなくてすむし、女子全員共通で分かりやすい解決方法だけれどもさ。

 集団心理って恐ろしいよね。




 私は糸なんて邪魔にならなければ問題ないと、結論が既に出ているので、今日の放課後も日刊パスワードを買いに行こうと鞄に教科書を入れる。


 ふと気が付くと、梨梨子ちゃんの小指にも灰色の糸が結ばれていた。

 糸の先は、どうやら臭男君じゃないらしい。


 聞くと隣のクラスの男の子。臭男君よりスタイルも顔もはるかにましで、臭いも制汗剤の香りがするフツメンであった。

 良かったねえと、梨梨子ちゃんに伝えたが、彼女の顔は白い。


 まあ、好きな人でもないのなら、最初は辛いよねえ。




 そう思いながら教室のドアを見ると、臭男君と灰色の糸で繋がれちゃった同盟の、特に顔色を青白くしていた子達が、胸に鞄を抱いて一斉に出て行くのを見かけた。




 その様子を、天恋紗ちゃんの取り巻き、一代ちゃんと双葉ちゃんが楽しそうに見守っている。

 何が楽しいのかと訊くと、彼女らは笑って教えてくれた。


「見た? 天恋紗の真っ青な顔、ブスが崩れてさらにブスよ」

「あのまま前科一犯にでもなっちゃえばいいんだよ。いつも偉そうで性格悪いくせに、恋人はイケメン男子で。ホントに嫌いだったの」


 どうやら、天恋紗ちゃんのジンクスの犯人は、この二人だったらしい。


 でもそうかなあ、天恋紗ちゃんはブスじゃないよ。


 あの脚線美を見ればいいのに。

 婚約者が足フェチらしいから、すごい努力して作ってるんだって。

 お昼もそのために殆ど食べてない。


 好きな人に好かれたくて作った美って、とても素晴らしいものじゃない?

 だから、私はどんなに性格が悪くても、天恋紗ちゃんを嫌いになれないんだ。











[臭男くさお side]


 俺は裏校舎の長い廊下を、贅肉を揺らして必死に走っていた。


 裏校舎の窓を見下ろした時に、女子連中が鞄を持って下に集まってくるのを見つけ、さらにその鞄に入れられた凶器の存在を察したのだ。


 やべえ、女子の集団マジやべえ。

 やつら俺が裏校舎に忘れ物したと呟いたのを聞いて、集団で俺の狩りが決まったようだ。


 慌てて逃げ出す俺に気が付いた女子の一人が、鞄からサバイバルナイフを取り出して追いかける。

 続いて、残りの女子もそれぞれの武器を取りだして追いかけ出す。


 包丁、ハサミにドライバー。あの黒い塊ってまさか。


「小指を置いてけ!」

「臭男、死んで!」

「あんたさえいなければ」


 恐怖の台詞を吐いて迫り来る女子あっき

 階段を上がり、廊下突き当たりの、たまたま空いていた理科準備室の扉にすべり込んだ。


 急いで内側から鍵をかける。

 そのままドアを背中に、ずるずると座った。


 激しく叩かれるドア。

 その振動と音に、動悸がますます止まらない。

 ドロドロした汗が背中を伝い、必死に呼吸をしても肺に息が行き渡らない。今まで運動していなかったツケはきつい。


「俺が何をしたっていうんだよ!」


「「私の評価を落としたのよ!」」

「「隣のクラスにも嘲笑わらわれたのよ!」」

「浮気がばれたのよ!」


「知るかよ、そんなの! 特に最後の!」




 ちゅん、と音がした。




 熱さを感じる頬に、まさかと震える手で触る。

 手の平につく赤い血。ミノムシな灰色の糸にも、赤く滲む。


 灰色のミノムシは、少し蠢いた気がした。


 恐る恐る後ろを向くと、ドアに小さな穴が空いている。


「ち、外したか・・・・・・」

「銃刀法違反! 銃刀法違反!」


 次は外さない・・・・・・という声とともに、胸元のスマホに天の助けがやって来た。


 バイブで着信を教えるスマホのメッセージに、山田の名。




《 牧田生きてる? 灰色の糸のジンクスの解き方だけど、男からやれば簡単だ。


  まずは一人ずつ女子の名前を言って・・・・・・・・・》











「おまえたち、何を遊んでいるんだ? さっさと部活行くか家に帰れ」


騒ぎを聞きつけてやってきた担任の言葉で、ようやく俺は、解放された。











[麻紀子 side]


 次の日学校に登校すると、臭男君の指には、私の一本しか灰色の糸がなくなっていた。

 昨日で何かで、クラスの女の子の指は、無事解放されたようだ。


 解放された女の子たちは、何やら相当なトラウマになることがあったらしく、二度と臭男に関わりたくないと、席替えまでしていた。


 担任の先生は、女子が動揺している理由は分からないようだったが、それでも教室が静かになるならと快諾する。

 まあ、灰色の糸と周囲の目線を気にする女子たちのつぶやきや怨念は、授業を妨害するレベルだったしね。





 天恋紗ちゃんは大人しくなり、取り巻きの2人と性格が逆転した。

 だけど2人は天恋紗ちゃんほどの傲慢の裏づけがないので、避けられる人間になるのは時間の問題だ。


 絵里ちゃんは結局二股の先輩の彼女と修羅場になったらしい。

 きれいな頬に引っかき傷ができていた。彼氏が守ってくれたとは聞いていない。


 花梨ちゃんは体育の深沢先生に集団告白して怒られたらしい。

 でもすっきりとしていた。いい機会だったようだ。


 美咲ちゃんは自信を無くし、告白を断念したらしい。

 それでもはさみを持つのが癖になり、好きな人の後ろを歩いている。


 美里ちゃんは、灰色の糸を買ってきた。

 これで学年一のイケメンの指にさりげなく結ぶのだという。

 うっかり相手の首に巻き付けなきゃいいんだけど。


 灰色の糸は、気にしたら気にするほど、その人に影響を及ぼすと分かった。

 それが悪い意味で受け取ったら、それだけ悪い意味で影響を及ぼすようだ。





 その後の私は、臭男くんとはそれなりに仲良くなった。


 別に臭いで近寄れなかっただけで、話す分には常識人だったから、問題はないのだ。


 それに、臭男君、いや牧田君は数学が結構好きだと分かり、特に神社の算額(数学絵馬)については共通項としてよく話をするようになった。


 話すようになってすぐに、私が近寄れない原因のキツイ臭いについて指摘をすると、「そうだったのか。ちゃんと言ってもらえてよかったよ」と朝風呂にも入ってくれるようになった。

 おかげで臭いはあまり気にならない。




 さらに後に知ったのだけど、牧田君の友人の山田君が以前、


『おまえ数学が好きならさ、藤巻さんなんかがいいんじゃね? 顔は可愛くはないれどさ、心は広そうだろ』


 と勧めたことがあったそうだ。


 たぶん灰色の糸は、それがきっかけで結びついたのだろう。




 山田君のお姉さんの時代には、灰色の糸は【とりあえずの灰色の糸】と言われていたらしい。


 ちょっとお似合いだよね、というニュアンスからついた、【とりあえずの糸】。

 ごく軽い気持ちから生まれたジンクスの産物だったのだと思う。


 一旦繋がれても、女性が声をかけて男性からはっきり断ったら消えるだけの存在だった。




 でも基本は女性にしか見えないという特性と、本当にカップルになった人が美女と野獣だったせいで、次第に女子のいじめと嫌みの道具に貶められてしまった。


 野獣さんに失礼だよね。




 強い悪意でゆがんだ灰色の糸は、力を増していた。


 牧田君は、一人一人の悪いところをあえてあげつらって、キツく断るという作業をしなければならなかったらしい。


 人生であれほど女性を罵倒したことはない。もう嫌だ恐ろしすぎる。

 牧田君も相当なトラウマを抱えている。




 牧田君は放課後に、近所の神社の算額を見に行かないかと誘ってくれた。

 私は喜んでうなずく。


 小指の灰色の糸は、いつの間にか薄いピンクに染まっていた。

 でも、この先自分の気持ちがどうなるかなんて、分かるものではないのだから。


 牧田君には伝えないでおくことにする。











 リリカル梨梨子ちゃんの指からも、灰色の糸はなくなった。

 だけど代わりに、赤い輪がついている。




 一度切って、繋げたそうだ。




「痛くないの?」と心配したら、梨梨子ちゃんは明るく言った。


「やっぱりさあ、女の子って男の子に少しでも外見レベルを低く見積もられたら、性格込みでずっとその評価なんだもん。噂一つでも大事おおごとだよ。

 一生に関わることだから、ちょっと痛くても我慢できるの」




 女の子って、大変だよね。

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