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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雪色ショートケーキ

作者: 宵宮祀花

 世の中、なにがきっかけで縁が繋がるかわからない。ショートケーキが縁でショートケーキの妖精みたいな青年と縁が繋がるなんて、誰が想像するだろう。

 巴月優雨は隣でマフラーに顔を中ほどまで埋めて冷えた手をすり合わせる白花雪斗を見てそう思った。視線を感じたのか、白花の赤い目が巴月を見上げ、首を傾げて言葉を促す。


「何でもない。相変わらず寒いのダメそうだなって思っただけ」

「そんな簡単に慣れたら苦労はないよ……」


 鼻の頭と頬と耳と指先を赤く染めている白花は、雪兎のような見た目に反して寒さに弱い。厚手のロングコートとマフラー、裏起毛のパンツとブーツで完全防寒したつもりだったのが、洗濯するタイミングを間違えて手袋を洗ってしまい、雪の降る中で素手を晒す羽目となっていた。


「だから貸すって言ってるのに」

「それだと優雨が寒いから嫌だ」

「俺はへいきだって」

「手袋してるからそんなことが言えるんだ」


 家を出たばかりにもした問答をそっくりなぞった言い合いをして、結局巴月が負けて退くことになる。

 寒がりなくせに妙なところで意地っ張りで、そこが可愛いのだと言うと拗ねてしまうからそれは声には出さないことにして。巴月は「それならせめて早く帰ろう」と言うと白花の手を取り、歩調を速めた。


「ケーキ、崩れちゃうよ」

「いいよ、ちょっとくらい」


 巴月の速足は白花の小走りに相当する。右手に下げたケーキ箱を気にしながらも手を振りほどくという選択をしない白花を可愛く思いながら、巴月は真っ直ぐ家を目指して歩き続けた。


「ついた!」

「もう、ほんと足早い……!」


 少し息を切らしながら抗議する白花の頭を軽く撫でると鍵を開けて白花を先に促し、巴月も中に入った。

 シューズボックスの上にケーキ箱を預けて今冬買ったばかりのブーツのファスナーに苦戦している白花を後目に、巴月は一足先にリビングに入り空調のスイッチを入れる。ついでに炬燵もつけてポットのお湯を沸かし、浴室の暖房にも働いてもらったところで漸く白花がリビングに合流した。


「はー寒かった」

「お疲れさん。先に風呂入っちゃえば?」

「そうする。もう指先凍りそう」


 言いながら差し出したケーキの箱を巴月が受け取ると、白花は寝室に一度引っ込んで上着を脱ぎ、着替えを手に脱衣所へ消えて行った。


「雪、風呂長いからな……ケーキはしまったほうがいいかな」


 独り呟きながらケーキを冷蔵庫にしまい、巴月は上着と手袋を脱いで寝室に入った。二人共用の寝室は、クローゼットが一つと和箪笥が一つ、ベッドが一つに机が二つと、二人部屋なのか一人部屋なのかわからない内装をしている。収納もどちらがどちらのと分けているのではなくコートや大きいものがクローゼットで下着や細かいものが箪笥といった具合に、誰が決めるでもなく自然とそうなっていた。


「これ、気に入ってくれてんのかな」


 クローゼット扉に引っかけられたコートを見て、思わず笑みを浮かべながら呟いた。

 白花が着ていたコートは巴月がクリスマスにあげたものだ。昨年末に買ったものの、あまり寒い日がなく殆ど着られないままシーズンが過ぎ、いざ今年もと思ってみれば、成長期が本気を出し過ぎたせいで七分袖寸前のみっともない丈になってしまっていた。それを見た白花が着ないならほしいと言ってきたので、冗談交じりにコンビニで買ったお菓子についていたリボンをボタンに括りつけて「メリークリスマス」と言って渡してみたら、それは喜ばれたのだった。

 巴月が着ると膝上丈七分袖なコートも、白花が着れば萌袖ロングコートになる。この身長差、体格差も可愛い要素の一つだ。


「ゆーうー!」


 風呂場からエコー付きの声で呼ばれ、回想に浸っていた意識を呼び戻すと、風呂場に駆け付けた。脱衣所と風呂場を繋ぐ磨りガラスの引き戸が開かれ、湯気が脱衣所に充満しているのを片手で仰ぎつつ、浴室を覗く。中では白花がバスタブの縁に凭れかかり、片腕を枕に顎を乗せて、巴月を機嫌よく見上げていた。


「なに、雪」

「優雨も入ろうよ」

「お風呂タイムは邪魔されたくないんじゃなかった?」

「ケーキ食べたい! 早く!」


 水面をペチペチ音を立てて叩く子供じみた仕草のわりに、先に出て先に食べているという発想はないらしい。


「わかったわかった。準備してくるから待って」

「早くねー」


 白花の声を背後に聞きながら引き戸を閉め、急いで寝室に引き返すと着替えを持って脱衣所に入った。

 服をすべて脱いで浴室に入ると、白花の冷えて赤かった指先はすっかり温まった赤に変わっていた。上気した頬も、鼻先も耳も元の肌が白い分より鮮やかに染まっている。


「長風呂で雪兎がお湯に溶けてるかと思ったけど」

「俺は溶けない雪で出来てるんですー」


 巴月の冗談に、白花はけらけらと笑いながら浴槽のお湯を両手で掬って引っかけた。


「雪、そっち詰めて」

「はーい」


 体を洗って浴槽に片足を引っかけながら言うと、白花は泳ぐようにゆらりと隅へ体を寄せた。陶器の浴槽と白花の細い腕は、温まって血色が良くなっていなければどちらが作り物か区別がつかないくらい同じ色と滑らかさをしている。


「はぁ……風呂ヤバい。寒い日の風呂って超本気出してくる」

「だよね? 長くなるのわかるでしょ?」

「いまわかった。しかも隣に雪がいるから倍で長くなりそう」


 横から白花の体を抱きしめて、肩に顔を埋めながら言うと、白花は抵抗するでもなく受け入れるでもなく、固まったままなにも言わなくなってしまった。不思議に思い顔を上げて見れば、真っ赤になって文字通り本当に固まっていた。


「雪……?」

「……ごめん、あの、これ……」

「うん……? あっ」


 そろりと片手を導かれた先にあったのは、少しだけ元気になった白花のそれ。風呂の効果以上に赤くなった頬を間近で眺めつつ、頬を緩めて頭を撫でた。


「素直で可愛い」

「やだ……もう俺、ほんと、風情なさすぎ……」

「風情もなにも、俺も風呂ヤバいしか言ってないし」

「でも……せっかく優雨と一緒なのに、ゆっくり出来ないのやだ」


 恥ずかしさで涙目になりながら訴えるいじらしい白花の姿に巴月も密かに反応させていたが、それには触れずにひたすら白花を抱きしめて撫で回した。その甲斐あってか、白花も少しずつ落ち着いた様子で溜め息を吐くと、もうへいきと言って微笑んだ。


「落ち着いたなら、上がってケーキ食べよう。楽しみだったんだろ? ゆっくりは別にそのあとでも出来るよ」

「うん……食べる」


 最後にもう一度頭を撫でて言うと、白花はこくんと頷いて浴槽から上がった。

 陶器の肌を水滴が滑り落ちる様さえ絵になっているというのに、当の本人の頭の中は既にケーキ一色に染まっている。音もリズムも狂った即興のケーキの歌を歌いながら、玉の肌をやわらかなタオルにくるんで幸せそうに水気を拭いていく。

 巴月も白花に続いて大きなタオルで全身を包むと、上から順に拭いていった。


「俺、甘いのが好きだし酸っぱいのは嫌いだけど、優雨と食べるならイチゴショートが一番好き」

「俺も」


 互いにタオルお化けな姿のまま笑いあうと、忙しなく着替え終え、髪を乾かす時間も惜しんでリビングに向かった。

 白花が食器棚に、巴月が冷蔵庫に向かい、それぞれが食器とケーキと飲み物や諸々を取り出して炬燵に集う。先んじて温めていた炬燵は適温で待ってくれていた。


「よーし、じゃあまずはイチゴをこっちに移そう」

「了解」


 箱を開けてケーキを取り出すと、上に乗っている丸ごとのイチゴを小鉢に移した。


「全部で六個かぁ……このまま食べるってなったら耳の裏すっごい痛くなってたね」

「みんな良くへいきで食えるよなぁ……」


 つやつやした赤いイチゴを眺めながら白花と巴月が感嘆の息を漏らす。飾りが減ってどこか物寂しくなった白いケーキを四等分に切り分け、一切れずつ皿に移すと、残りは箱に戻して巴月が冷蔵庫にしまった。


「さ、食べよう食べよう」

「わーい、頂きまーす」


 九十度の位置に座り、ケーキとシャンパンを用意して、揃って手を合わせる。白花は銀のデザートフォークでケーキを一口分掬い取って口に運ぶと、実に幸せそうな満面の笑みを見せた。白いクリームと赤いイチゴで形成されたショートケーキは、白花と同じ色彩をしている。雪のちらつくこの真冬に満開の桜でも咲かせられそうなほどに表情の全てが幸せだと語っている白花を見ているだけで、巴月は幸せだった。


「ほんと、美味そうに食べるよな」

「だって美味しいんだもん」


 笑みは絶えない。フォークを運ぶ手も止まらない。巴月もケーキを口に運んでは白い甘さでいっぱいになっていたが、白花ほど満面の幸せは表現出来そうにない。


「優雨と意気投合したきっかけがコレだから、俺はコレが一番好き!」

「うん、まあ、俺もそうだけど」


 臆面もなく言ってのける白花に照れつつも、巴月もその言葉を素直に肯定した。



 忘れもしない、大学生になりたての頃。巴月は、新入生歓迎パーティで出たショートケーキのイチゴに苦戦していた。どこにでもあるコンビニケーキで、一年生に一人一つ行き渡らされたものだ。照明にきらきらと輝く赤い宝石を前に独り難しい顔をしている巴月の元へ、ふらっと寄ってきたのが白花だった。


「それ、苦手なの?」

「えっ……ああ、まあ……」


 思わず答えてからハッと顔を上げ、声の主を見た瞬間、巴月は目を瞠った。


「俺も、酸っぱいのダメなんだー」


 そう言って屈託なく笑う青年は、ショートケーキと同じ色をしていた。

 大学生にもなってケーキのイチゴ如きにと笑われるものだと思っていた巴月は、拍子抜けして吹き出し、いま思えば相当デリカシーに欠ける言葉を吐いていた。


「同じ色してるのに、ダメなんだ?」


 巴月の言葉に赤い目をくるりと瞬かせて、怒ってもいいのにそうしないで、穏やかに笑いながらフォークにイチゴを刺して言う。


「俺の目はたぶん甘い種類だから、酸っぱいのはダメなの」

「そっか、ならダメだな」


 巴月もイチゴをつまんで、どちらからともなく目線で「せーの」と言い合い、同時に口に放り込んだ。そして同時に渋い顔になり、このときのために取っておいた一口分のケーキを一気に頬張った。


「俺、今年一番頑張った……」

「俺も、受験より頑張った……」


 涙目になって互いに顔を見つめ合い、酸味が抜けた頃ふっと照れくさそうに笑う。


「君、ほんとにダメなんだね」

「そっちこそ」


 このときから、巴月と白花は何となく一緒にいるようになったのだった。



「はー、美味しかった!」


 幸せいっぱいと顔中に書かれていそうな表情と声音で言うと、白花はイチゴが入った小鉢に牛乳を注ぎ入れ、練乳のチューブを思い切り握って絞り入れた。


「優雨が終わったらデザートにしよう。年越しイチゴミルクだよ」

「ん、もうちょっと」

「作ってるから急がなくていいよー」


 イチゴ用のスプーンで押し潰しながら答える白花の手元を眺めながら、巴月も最後の一口をゆっくり咀嚼して完食した。僅かに炭酸が抜けつつあるシャンパンを喉に流し、念入りにイチゴを潰している白花の横顔をじっと見つめる。


「出来たー」


 万歳の姿勢と共に歓声が上がる。小鉢の中身は、ピンク色の液体に変わっていた。


「この食べ方を編み出した人って天才だよね」

「言えてる。そのおかげで俺たちは今日もイチゴを無駄にせずに済んでいるんだ」


 潰したイチゴをスプーンで掬い、他愛ないことを零しては口に運ぶ。

 口直しのためなのか何なのか、異様に酸味が強いケーキの上のイチゴをどうにか攻略出来ないものかと二人で真剣に考えた結果が、イチゴミルクにしてしまうことだった。潰してミルクと練乳に塗れさせてしまえば酸味も感じにくいだろうと踏んで試してみたところ、大正解だったのだ。それ以来二人のあいだではケーキのイチゴは最後にとっておいた上でミルク漬けにして食べるものと決まっている。


「俺、思ってたことがあるんだけど」

「うん?」


 イチゴを食べきってミルクだけになった小鉢を覗きながら、神妙な様子で言い出した白花に、巴月は目線だけをやって先を促した。


「好物を先にするかあとにするかっていう質問の代表にケーキのイチゴが使われるの、あれ凄く納得いかない」

「あー」


 最後に残ったミルクを巴月が飲み干し、手を合わせて皿と重ねる。


「好物をとっておくって意味なら、俺はケーキから食べる派ってことになるんだけど、それだと世間は誤解するんだよな」

「ねー。理不尽」


 くだらないことを言いつつ、手は当然のように食器を集めて流し台へと下げていく。

 手早く洗い物を済ませて巴月が戻ると、白花はよく温まった素足を巴月の足に絡めて来た。


「炬燵にいた俺と洗い物してた優雨の体温が同じってどういうこと」

「雪はほら、雪で出来てるから」

「えー……」


 白花と違い健康的で日本人らしい肌色をした巴月はことある毎に白花を雪やケーキに例えて可愛がるが、元々白花は自分のこの容姿が嫌いだった。理由は単純。両親が他のまともに生まれた兄弟と比べて差別をしたり、小学校の担任教師に「可哀想な障害者」と呼ばれ、それが原因で苛めの的になったりといったよくある話だ。そのせいでずっと容姿に関してなにかを言われるのはどんなものでも嫌でつらくて仕方がなかった。そのはずなのに、何故か巴月に言われたときは一ミリも嫌悪感がなかったのだ。初対面時もはっきり綺麗だと言われたわけではないが、なぜか真っ直ぐに褒められた気がした。

 巴月は、儚げな容姿に反して子供っぽいところや意地っ張りなところがある白花しか知らない。自分が白花を変えたとは微塵も思っていない。そんなところが可愛いのだという本音は、白花だけの秘密になっている。


「つーか、ケーキだったり雪だったり、俺忙しいんだけど」

「冬だからかな」

「そっかー」


 子供のように屈託なく笑いながら、白花は右頬を下にして巴月のほうを向き、炬燵に伏せる。無防備な左頬に手を伸ばして捏ねるように揉むと、白花は少しだけ身を捩って抵抗してから、巴月に抗議の眼差しを向けた。


「こうしたらイチゴミルクにならないかと思って」

「なに、そしたら食べられちゃうの、俺」

「うん。そうしなくても食べるけど」

「えっ」


 炬燵に突っ伏していた体が跳ね起きて、丸い目が巴月を真っ直ぐ見つめる。暫くそうしていたかと思うとじわじわと頬から首へ赤く染まっていき、バサッという音と共に、炬燵の下へもぐってしまった。


「溶けるよ?」

「……もう溶けてる」


 炬燵布団の盛り上がっているところを軽く叩きながら声をかけると、鈍くくぐもった声が、少し間をあけてから返された。仕方なく巴月も炬燵布団をめくって中を覗くと、白花が涙目で睨んだ。


「怒った?」


 巴月の問いに首を横に振り、白花が匍匐前進でにじり寄ってくる。そして、無防備な唇に軽くぶつかるようなキスをすると、勢い良く炬燵から出て思い切り息を吐いた。


「はー……! やった、俺が先に食べたー!」


 深呼吸ののちに嬉しそうな声で勝鬨を上げられ、巴月はそのあまりの可愛さに炬燵の中で蹲ったまま、暫くのあいだ動けなくなっていた。


 イチゴショートで縁が繋がった、イチゴショート色の恋人は、今日も余すところなく甘ったるい。

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