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兵站は勝利を決する

 1939年。イギリス陸軍で南方方面軍司令官のアーチボルド・ウェーヴェル中将は、ある講演でこう言っています。


「戦略や戦術については多少の知性があれば誰でも短時間で理解出来るだろう。しかし、軍の指揮において最も重要なのは軍の移動と管理、つまり『兵站学』である」


 陸軍の下級指揮官を目指す学生を前に彼はこうも言います。

「君たちが戦史や軍事衝突の事例などを研究する時、常に頭に置いて貰いたいのは、この『兵站』ということだ。大抵の将軍や批評家がこれを重視しなかったために失敗している」


 この「兵站」を重要視していたウェーヴェル将軍は直後、イギリス中東方面軍の指揮官となり、第二次大戦であのロンメル将軍と戦います。そして敗れ、インドへ異動(言い換えれば左遷)となりました。第二次大戦のビルマ(現ミャンマー)で日本軍と戦ったイギリス・東南アジア方面軍は彼の指揮下にあり、日本軍とインパール(インド最東部)やビルマで戦いました。


 彼がロンメルに敗れたのは、歴史の皮肉と言えるでしょう。

 何故なら、軍事常識として兵站を重視する正統派のウェーヴェルが、プロシア参謀本部を起源とするドイツ参謀本部の本流に属さず、自己流で「電撃戦闘」を駆使するロンメルに完敗したのです。

 ウェーヴェルさんは本物の貴族で「ジェントルマン」でしたから表には現さなかったと思いますが、さぞ悔しかったと思います。ロンメルという「成り上がりの」将軍は参謀業務を軽視し、兵站学を無視する「失敗するはずの」将軍だったのですから。


 しかし、というか、やっぱりと言うか、最後に正しかったことを証明したのはウェーヴェル将軍の方でした。ロンメルは兵站術を軽視する天才肌の戦術家でしたが、ウェーヴェルが司令官だった頃の常識を無視した強行軍がうまく行っていた時はよかったのです。

 それがウェーヴェルが去り、イギリス側が北アフリカ戦線に戦力を増強し始め、ドイツの物資輸送を海上で妨害するとロンメルは物資が滞り、それを中世ばりの現地調達(敵を撃破して奪う)でも賄い切れなくなると、たちまちイギリスの物量に押され始めます。結局、北アフリカでの奇跡的な戦いも、最後は常識的な物資の集中に成功したイギリスが勝利したのでした。


 兵站(英語ではMilitary Logistics)と言う言葉は、広義には軍隊の「総務・管理部門」を意味し、狭義には武器弾薬・食料・燃料などの物資補給・輸送や兵器、馬などのメンテナンスを意味します。


 最初に「ミリタリー・ロジスティクス」と呼んだのは、あのクライゼヴィッツの「ライバル」、「軍事概論」を著したアントワーヌ=アンリ・ジョミニで、彼が幕僚として参加したナポレオンのフランス帝国軍にあったマレシャル・デ・ロジ、つまり「補給担当士官」という官職名の元になった「ロジステキュー」から来ていると言われます。この語源は古代ローマで「軍の行政官」という意味です。また、兵站という日本語の「站」は軍の拠点を意味します。

 ジョミニは「用兵術」、兵の管理を含む軍隊の運用を一言で呼ぶ言葉としてこれを使っていましたが、今日では「兵站」として用いられています。


 この兵站は紀元前の世界からおよそ戦争と名の付く人間の行為には付き物となっています。しかし、これは現在のように最前線へ物資を「送る」という方法ではなく、軍隊に同行する奴隷や隷属国の雑夫などが持ち運ぶもので、それがなくなれば「現地調達」すなわち略奪に移行するのが普通でした。

 中世になると、特にヨーロッパでは「兵站」とは即「集団での略奪」や「現地購入」の事になり下がってしまい、不確定要素(天候悪化やコレラなどの疫病)でしばしば「食料切れ」や馬匹(軍隊のウマ)の不足などが発生、戦闘が終了するようなことが起きます。

 

 実際、兵站が重視されるようになったのは17世紀頃からで、これは兵器、特に大砲など火器の進歩と切り離せません。火器の発達で、火薬の補給も重要な要素になると、それまでは部隊ごとに勝手に補給(ほとんど略奪)を行っていたものが、計画的な補給部隊の帯同という方向に向かいます。小麦やワイン、油などは街道沿いの村落から手に入れることが出来ても、マスケット銃(筒先から弾を込める小銃)や大砲の弾丸や火薬はおいそれとは手に入らないからです。


 ナポレオン時代になると、兵士たちを都市や集落で宿営させるのを常態化する、食料調達をルーチン化する、最低限の食料を四日分運ぶ補給列を組織化する、補給担当士官を重視して、彼らが軍に先行して自由に宿営の手配や食料調達を行うなど、革新的な兵站術が生まれます。

 驚異的なスピードで兵を進ませるナポレオン戦術の裏には、機能的に働く補給担当士官たちの活躍も忘れてはならない要素としてあったのです。


 ジョミニはこの時の経験を基にして戦争を組み立てる三つの理論として「戦略」「戦術」そして「兵站」を上げたのです。

 それまでは縁の下の力持ちではあるものの、軍隊では日蔭者である兵站という部署に光を当てるジョミニでしたが、この18世紀前半はまだ「運送」と言う点では人力と馬力がほとんどであり、未だ不安定な現地調達が幅を効かせました。


 これが大きく変わったのは、アメリカ南北戦争とプロシア対オーストリアの普墺戦争、プロシア対フランスの普仏戦争でのことでした。

 国民軍と呼ばれる徴兵による大量動員と、兵器の発達により増大する砲弾や火薬、それを解決したのは鉄道でした。

 また、前線で不足した物資を素早く後方に要求するため、電信が大活躍します。

 この「物量大量輸送」と「通信」、その「速度」は兵站を大きく変えて行きます。

 

 第一次大戦ではその規模は数十倍から数百倍に膨れ上がり、兵站は国家事業と等しい規模となります。それまでの軍馬、鉄道の輸送に加え、新機軸の自動車輸送が加わり、それは加速度的に増えて行きます。

 第二次大戦では航空輸送がこれに加わり、海上輸送はもはや国家の死活問題となります。


 兵站は戦闘の最前線では意識されない裏方ですが、今日では正面戦闘力より兵站力が勝敗を決すると軍人誰もが口を揃えるまでになっています。


 兵站における物資がどれくらいの量になるか、例を上げます。


 第二次大戦時のドイツ国防軍の歩兵師団。兵員数一万七千名のこの師団に、942台の自動車(トラックや乗用車)、1,133台の馬車がありました。軍馬は5,375頭。

 この師団が「一日に」必要とする平均物資は以下の通りです。

 馬用の「まぐさ」とオーツ麦53トン、食料54トン、ガソリン20トン、潤滑油1トン、軍需物資10トン、その他備品12トン。これには弾薬を含みません。当然、兵士らの私物を入れる「軍用行李」と呼ばれる膨大な数の運搬用収納容器も必要でした。

 膨大な物資の量に気が遠くなりますが、第二次大戦で、当時のハイテクを駆使していたと思われるドイツ軍ですら、馬がこんなにいたのも驚きです。


 日露戦争当時の日本軍歩兵師団。兵員数は約一万八千名、馬匹は五千頭です。兵士の食事は、一日辺り米が6合に缶詰数個、味噌などを支給しました(昔の人は白いお米のご飯だけで喜んだのです)。米は白米で、ビタミンB1不足で脚気の原因になり、2万の死者を出しているのは森林太郎(鴎外。当時の第二軍軍医部長)の黒歴史として有名ですね。

 食品の重量を一人当たり1.5キロとしますと、1個師団で27トン。これに馬の食事として大麦7.5キロと同量の「まぐさ」で合計15キロを与えるため、1個師団で75トン。人馬の食事関連で1個師団が毎日およそ100トン消費したのでした。

 

 また、この例も挙げておきましょう。

 普墺戦争時のオーストリア第10軍団(ガブレンツ中将)の定員は、戦闘員26,084名、軍馬412頭、大砲72門。

 これに対し、第10軍団の兵站部門は、人員32,643名、馬4,441頭。

四個旅団26,000名の部隊を支えるには1.25倍の人員が必要なんです。


 正面戦闘部隊に対し、輜重と呼ばれる運搬部隊を含めた後方部隊である兵站部隊がいかに大きなものか、これでお分かり頂けたでしょうか?



 この一節をいつも真摯にお読み頂き、ご感想頂いているベギンレイムさん(ユーザーID88780)に捧げます。

 内容とベギンレイムさんに共通項はありませんので、あしからず。

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