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童話

一番強い騎士の話

作者:永久めぐる

 むかしむかし、ある国にとても強くて、心優しい騎士がおりました。
 普段とても穏やかな人物でありましたが、ひとたび剣を持てば誰よりも強くて負けることがありません。彼はその強さで、たくさんの敵から国を守って来ました。

 国の東にとても悪い王が治める国がありました。民衆をしいたげ、他国を攻め滅ぼし、王はやりたい放題です。人々の嘆きは王に届かないどころか、それを楽しんでいるかのようでした。
 その王は、ある時とうとう騎士の住む国に目をつけて、攻め込んできました。
 騎士は剣を手に持ち、愛馬にまたがって東の戦場へ駆けつけました。
 そこで彼が見たのは、青ざめた顔で震えながら向かってくるたくさんの敵兵です。死ぬことが怖くないかのように斬りかかってくる彼らに、騎士は疑問を持ちました。

「そなたたちは何故そのように捨て身の戦い方をするのか?」
「私たちには後がないからです。負けておめおめ帰れば、戦場で死ぬよりもっと辛い目が待ち受けているでしょう。いいえ、それだけではありません。家族たちもきっとひどい目にあいます。ここで戦って死んだ方がましです。さぁ、その剣で私の首を刎ねてください」

 騎士の問いに、敵兵は悲しそうに答えました。

「そんな風に命を粗末にしてはならぬ」

 騎士はその敵兵を捕えました。そのあと彼は、目についた敵兵を片っぱしから捕まえました。そうして全ての敵兵を捕えて騎士は言います。

「そなたたちの悲しみ、苦しみは分かった。そなたたちに無体を強いた王の首、この私が刎ねて来よう。しばし、ここで待っておれ」

 敵兵に同情した彼はひとり敵国の王城に乗り込みました。激しい戦いの末、彼は左目と引き換えに王の首を刎ねました。
 敵国の民は悪い王から解放されてとても喜びましたし、騎士の国の人々も敵が去り、国が守られたことを喜びました。

「そなたはよくこの国を守ってくれた」
「あの悪辣な王を倒すとは、まこと正義の騎士である」

 人々は浮かれ騒ぎながら、口々に騎士を褒めそやしますが、彼は決して奢らず、ただ黙ってお辞儀をするだけでした。

「これからも我が国の剣となり盾となってくれ」
「わが国にはそなたがいる。心強いことだ」

 人々の期待にも、彼は黙って頷くだけです。人々はそれを見て安心のため息をつくのでした。
 ですが、国中でたったひとり、末の姫だけが、彼の左目を思って涙をひと粒こぼしました。


 またある時のことです。
 南の森に住む竜が人々を襲い始めました。何人もの人が喰われ、村や町がいくつも消えました。
 そのひどい有様が耳に入るやいなや、騎士は剣を手に持ち、愛馬にまたがって南の森へ駆けつけました。
 竜に襲われた人々の酷い怪我や、壊された村や町の惨状を目の当たりにして心を痛めた彼はひとり竜退治に向かいました。
 左目を失ってなお、まだ彼は誰よりも強い騎士でありました。
 激しい戦いの末、彼は左腕と引き換えに竜を退治しました。
 人々は竜に怯えなくてすむと喜びました。

「そなたはよくこの国を守ってくれた」
「あの怖ろしい竜を倒すとは、まこと勇敢な騎士である」

 人々は浮かれ騒ぎながら、口々に騎士を褒めそやしますが、彼は決して奢らず、ただ黙って辞儀をするだけでした。

「これからも我が国の剣となり盾となってくれ」
「わが国にはそなたがいる。心強いことだ」

 人々の期待にも、彼は黙って頷くだけです。人々はそれを見て安心のため息をつくのでした。
 ですが、国中でたったひとり、末の姫だけが、彼の左腕を思って涙をひと粒こぼしました。


 またある時のことです。
 西の草原に住む怪鳥が毒の息を吐いて、次々と作物を枯らしました。沢山の田畑が使い物にならなくなり、人々は飢えに苦しみました。
 そのひどい有様が耳に入るやいなや、騎士は剣を手に持ち、愛馬にまたがって西の草原へ駆けつけました。
 飢えた人々の苦しみや、田畑を失った悲しみに心を痛めた彼は、ひとり怪鳥退治に向かいました。
 左目と左腕を失ってなお、まだ彼は誰よりも強い騎士でありました。
 激しい戦いの末、彼は右足と引き換えに竜を退治しました。
 毒に冒された田畑が元通りになるにはまだ時間が必要でしたが、それでも人々は怪鳥が居なくなったことを喜びました。

「おお、騎士よ。そなたはよくこの国を守ってくれた」
「あの忌々しい怪鳥を倒すとは、まこと智勇の騎士である」

 人々は浮かれ騒ぎながら、口々に騎士を褒めそやしますが、彼は決して奢らず、ただ黙ってお辞儀をするだけでした。

「これからも我が国の剣となり盾となってくれ」
「わが国にはそなたがいる。心強いことだ」

 人々の期待にも、彼は黙って頷くだけです。人々はそれを見て安心のため息をつくのでした。
 ですが、国中でたったひとり、末の姫だけが、彼の右足を思ってとうとう泣き出してまいました。

「もう戦ってはなりません。あなたはこれ以上、何も失わないでください」

 はらはらと涙を流しながら、末の姫は騎士に言いました。が、いくら姫が泣いても彼は首を縦にふりません。

「いいえ、いいえ、姫様。私はこれからもこの国のために、私がなすべきことをします。戦えば私はまた体のどこかを失うかもしれません、しかし戦わねば私は私の生きる意味と価値を失ってしまうのです」

 彼の言葉に姫は何も言えなくなりました。
 ただ、ただ、日ごと夜ごと、彼を思って泣くばかり。



 ある時、その末の姫の姿がこつ然と消えてしまいました。
 王様も、お后様も、王子たちも、姉姫たちも、愛する末姫の行方を捜しました。すると、姫は見つけられませんでしたが、北の山に住む魔王が姫を攫ったと言うことが分かりました。

「どうか姫を助けてくれ」
「どうか妹を救い出してくれ」

 彼らは口々に言いました。

「姫は必ずお救いいたします」

 騎士は剣を手に持ち、愛馬にまたがって北の山へ分け入りました。
 騎士の心は今までになくはやります。
 敵兵の青ざめた顔を見た時よりも、竜に襲われ傷ついた人々を見た時よりも、毒に冒された大地を嘆く人々を見た時よりも強く、彼の心は潰れんばかりに痛みました。
 左目と左腕と右足を失ってなお、まだ彼は誰よりも強い騎士でありました。
 彼はとうとう魔王の住む城にたどり着きました。
 黒い水晶で出来た大きな大きな城でした。魔物たちの声がこだまする不気味な不気味な城でした。その城の奥深く、黒光りする立派な玉座には人と変わらぬ姿形をした魔王が座っていました。

「お前は今まで誰よりも多く戦ってきたようだ。だが、お前はそれで良いのか。人々はお前に戦いを押し付けて、自分は高みの見物ではないか」

 魔王はそう言ってじっと騎士を見つめました。

「俺はかつて勇者と呼ばれ、人々から戦いを強いられてきた。ある日それが嫌になってな。自分の国を滅ぼしてこの山にこもったのだ。だから俺はお前の気持ちが分かるぞ。どうだ、俺の配下にならないか」

 魔王は、お前の心のうちは知っているとばかりに、にやりと笑います。ですが騎士は魔王の言葉に迷ったりはしませんでした。

「私は愛する国や人を守ることに誇りを持っている。私はお前とは違う。騙されん」
「そうか。分からず屋の騎士よ。ならおのれの言葉をあの世で後悔するが良い」

 長く激しい戦いになりました。騎士も魔王も最後にはボロボロになり、息も絶え絶えになりながら、それでも互いに負けを認めることはしませんでした。
 そうして戦った末、騎士は右目と引き換えに魔王を倒し、末の姫を救い出しました。
 末の姫は血にまみれた騎士の姿を悲しそうに見上げますが、両目を失くした彼にはそれが見えません。彼は愛馬に姫を乗せ、城へ戻りました。
 王様もお后様も、王子たちも、姉姫たちも、末の姫の帰還を涙を流して喜びました。

「おお、騎士よ。そなたはよく姫をを守ってくれた」
「あの残虐な魔王を倒すとは、まこと最強の騎士である」

 人々は浮かれ騒ぎながら、口々に騎士を褒めそやしますが、彼は決して奢らず、ただ黙ってお辞儀をするだけでした。

「だが、そのように|盲≪めし≫いてはこの先、 我が国の剣にも盾にもなるまい」」
「そなたという守りを失って、我々はどうしたら良いのだ」

 人々は口々に言って頭を抱えます。

「例え目が見えずとも戦えます」

 騎士が言っても誰も耳を貸しません。目が見えないのに剣を振るえるわけがない。おおかた見栄をはっているだけだろうと人々は考えました。
 しまいには

「そのような怪我を負うとは情けない」

 と批難する人まで出てくる始末。
 ですが、国中でたったひとり、助け出された末の姫だけが、騎士と騎士を批難する人々の間に立ちはだかって大声を上げました。

「そなたたちは恥ずかしくないのですか」

姫の顔は怒りのあまりに蒼白で、ぎゅっと握りしめられた拳がぶるぶると震えておりました。

「私たちは彼に戦いを押し付けて、自分の身すら守ろうとして来なかったではありませんか。彼がこんなに傷ついても、誰も何とも思わない。それをおかしいとは思わないのですか」

 驚く人々を前に、姫はさらに大きな声で言いました。

「私はここへ戻って来られたことを嬉しいと思いますし、彼に言い尽くせないほど感謝しています。ですが、私は、私を助けるために彼が右目を失ったことを悔しく思います。悲しく思います。私がもっと強ければ……魔王を倒せなくても、せめて逃げ出す力さえあれば、彼は右目を失わずにすんだのです。私は魔王と戦う勇気が持てませんでした。それを恥ずかしく思います」

 あたりはしんと静まり返りました。姫の言葉を聞いた人々は夢から覚めたような顔をしてうつむきました。
 言いたいことを言い終えた姫は、ひとり花園の隅に隠れます。そこは姫の秘密の隠れ家でありました。ひとりになりたい時、姫はここに隠れて泣いたり笑ったり怒ったり、そしてのんびりと昼寝を楽しんだりするのです。
 今までずっと言いたくて言えなかったことを打ち明けた彼女は、すっきりした気持ちととうとう言ってしまったと言う後悔の間で揺れながら膝を抱えていました。
 どのくらいそうしていたでしょう。きっと大した時間ではなかったはずです。

「姫、ここにいらっしゃいましたか。やぁ、ここはなかなか良い隠れ場所でございますね。とてもよい香りがいたします。さぞ、たくさんの花が咲いているのでしょうね」

 先ほどのことなど何もなかったかのような顔で、騎士がとても楽しそうに言いました。何も見えないはずなのに、彼はそれをまるですべてが見えているかのように、優雅なしぐさで末の姫の前にひざまずきます。

「誤解があるようでございますので、弁解にやってまいりました」
「誤解、ですか?」
「はい。その通りにございます。私は己の出来うる限りの力でこの国を守るのが喜びなのです。誰に感謝されずとも、例えこの身が朽ちようと構わないのです」

 騎士は迷いのなくそう言いますが、末の姫には不思議でなりませんでした。この国のどこにそのような価値があるのかとまで思ってしまいます。

「どうしてそこまでするのですか」

 姫は騎士に問いました。

「あなた様がこの国の王女でございますれば。国を守ることはすなわちあなた様をお守りすること。私にはまだ右腕と左足が残っておりますし、目が見えずともこの通り、あなた様をお探しすることだって出来るのです。どうか、私にこの国を……あなた様を守らせてください」

 騎士の答えに姫ははらはらと涙をこぼしました。

「ああ、何とあなたは愚かなのでしょう。私はあなたにもう何も失って欲しくないのに、それでもまだ戦うと言うのですか」

 はらはら、はらはらと涙はとめどなく流れて大地を濡らし、騎士の顔や体を濡らしました。騎士はただ姫の許しを乞うために(こうべ)をたれています。

「ですが、あなたはもう国で一番強い騎士と言うわけではありません。どうでしょう、少し妥協して私だけを守ってくださいませんか。その代わり、私はあなたの目となりましょう」

 かの騎士が、姫の言葉に答えようとしたその時、かぐわしい風が花々を揺らしながらさぁっと吹き抜けていきました。ですから、彼の答えは姫の耳にしか届きません。
 ただ、そのすぐあとに末の姫は、大輪のバラが咲くように微笑んだのでした。


 とある小さな国の辺境の、美しい湖のすぐそばに小さな城がありました。
 その城にはいつもたくさんの笑い声に包まれていたと言います。
 ありふれた小さな城でしたが、時折、都から年若い騎士が訪れるのがいささか珍しいと言えば珍しいでしょう。
 彼らはみな『国で一番強い騎士』になることを目指して、城主である元騎士に教えを乞いにやって来るのでした。
 元騎士は彼らに厳しくも優しい指南をして、強い騎士を何人も何人も育て上げたということです。
 城主のそばにはいつも上品で美しく気丈な奥方が寄りそって、失くした目の代わりを務めていました。

 そうしてふたりは末永く幸せに暮らしたと言われています。




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