狙うは夜道の○○○
大変にくだらないです。
深く考えず勢いで書いてしまったものです。
「なあ、ニッポンは平和ボケした国って本当か?」
ここはとある外国にある場末の酒場。安っぽいタバコのきつい匂いが充満し、拭いてもベタベタしたままのテーブル。少し錆びついた古い扇風機がガタガタとうるさい音を立てているが、店内の喧騒にあまりその音を気にかけている者はいない。
その一角で、二人の男が話していた。
「ああ、本当だ。俺が出稼ぎに行ってた頃は、どの家も日中は鍵なんざかけねえしよ。繁華街じゃあ若い男がズボンの尻ポケットにこれみよがしに財布挿して歩いててよ。おまけに財布を落としたって交番に紛失届けを出せばかなりの確率で帰ってくるって話だぜ」
初老の男が濁った酒をグイッとあおり、向かいに座った若い男がへええと相槌を打つ。
「中でも感心したのが自動販売機だな。あちこちにピカピカのがあってな、それがちゃんと動くんだよ」
この国ではきちんと稼働して買い物ができる自動販売機はせいぜい2割と言われている。そしてその2割も、それほど時間をおかずに壊されて中の小銭やら部品やらを盗まれる運命にある、というのが常識だ。なので、普通に稼働する自販機が無傷でぽつねんと置かれていることは、彼らにとっては平和、または無防備の象徴のように思えた。
「へええ! 誰も盗まないなんて、どうかしてるんじゃねえか? そんな平和ボケしてんなら盗みたい放題。俺でも大泥棒になれそうだ」
若い男は浅黒い顔をニッと大きく破顔させて初老の男を見た。
「いいや、キム、ニッポンをなめちゃいけねえ。相手は勤勉が服来て歩いてるようなニッポン人だ。アニメのロボットを実際に作ろうとしちまうくらい発想も技術も半端ねえ。悪いことは言わん。ニッポンに行っても、絶対に自販機には手を出すなよ。きっとニンジャもびっくりの仕掛けがあるに決まってんだ」
「何言ってんだよロン。俺、出稼ぎに行くんだよ。自販機ドロなんてしないって」
若い男----キムはそういってわらった。
数ヶ月後。
キムは日本にいて、建設現場で働いていた。
賃金は稼げるが、肉体労働はやはりハードだ。この日もくたくたに疲れたところに同僚に飲みに誘われ、へべれけになって夜道を歩いていた。人気はなく、街灯もまばら。遠くに車の音がして、そのほかには自分の足音と手に持っていた工具セットががちゃがちゃと揺れる音くらいしか聞こえない。
ふと、少し先に街灯ではない明かりが見えた。
自動販売機だ。
キムは喉の渇きを覚えて煌々と光る機械の前に立った。ポケットから財布を取り出し中を改めると----
「しまった。五千円札しかない」
あいにく小銭も千円札も使ってしまった。これでは自動販売機は使えない。
ふだんなら勿論ここで諦めてコンビニでも探すところだが、相当できあがっているキムにはあいにくそんな思考力は残っていなかった。
「やいこら自販機。機械の分際で、俺に飲まさないつもりか」
工具セットからバールを取り出すと、おもむろにその先端を自動販売機の隙間にひっかけ、自動販売機をこじ開け始めたのだ。
ぎしっ、ぎしっと頑固な音がしてがたがたと自動販売機が揺れる。キムはこれでもかと渾身の力を出した。
----そのとき。
<<警告、警告。ただちにやめなさい>>
抑揚のないマシンボイスがした。キムはうさんくさそうに当たりを見回すが誰もいない。
誰もいないのをいいことにさらにキムの行動はエスカレートした。
「開かないなあ。こうなったら」
手に持ったバールを振り上げ、光るディスプレイに向かって振り下ろし----
「うわ!」
その瞬間、自動販売機のボディーにぴかっと縦に光が走った。突然のことに驚いてキムはひっくり返ってしまった。手を離れたバールががらんがらん、とアスファルトに転がっていく。
その間にも光は自動販売機を直線的に走り回り、光の走った後ががばっと開いていく。
「な、な、なんだこりゃああああ!」
ディスプレイ部分が下からがばっと開き、自動販売機の下から半分は左右に分かれる。がしゃっと派手な音を立てて地面に設置しているあたりがひっくり返り、左右に分かれたそれぞれがぐぐぐっと縦に伸びる。
ディスプレイ部分は再び閉じて、飲料のディスプレイの2段目と3段目の間で別れてそこも少しだけ伸びる。
その左右の側面にも光が走り、ばんっと展開、同時に天面に穴が開き、そこから頭部がのびあがる。
平たく言えば、ロボットに変形だ。
<<警告、警告。窃盗とみなし、警察に通報します。ただちに破壊行為を中断してください>>
「んな、なんだこりゃ! 新手の警備システムか?!」
<<警告、警告。破壊行為を中断してください>>
ロボットは無駄にきらきら光りながらうぃ~ん、がしゃん、とロボロボな動きをしてみせる。
これはあれだろうか。サブカルチャー好きな日本人、ついに警備システムとしてロボットを作ってしまったんだろうか。それも、変形ロボ。
やっぱ日本人怖いわいろんな意味で。
と、キムがぐるぐると思考の空回りに追い回されていると、自動販売機ロボは再度警告を発した。
<<警告、警告。破壊行為を中断してください>>
「中断してるだろおお!」
<<中断しない場合は確保いたします>>
「いやだから俺もうバールももってないし! もうしないよ!」
<<いますぐ投降しなさい>>
「ねえだから聞いてる?!」
<<投降しないと私の愛銃クリムゾン・スパークが火を噴きます>>
「なにそれ、自販機のくせに中二病?!」
<<だってなかなかこのシステム使うチャンスがないんですもの>>
「白状した?!」
<<折角の機会だから確保させてください。ああ、試し撃ちの的になってくださっても>>
「やめて」
<<ご協力感謝します>>
途端に自動販売機ロボの右脚側面が開き、中から真っ赤に塗装された大きな銃が飛び出してくる。それをキャッチすると、美しいフォームで銃を構えた。
<<世界にあだなす悪よ! 神より与えられし我が力の前にひれ伏すがいいっ! クリムゾン……>>
「ひいいいいいっ!」
<<スパァァァク!>>
バァンッ!
大きな音がしてキムはきつく目を閉じた。その刹那、キムの顔を体を掠めて何かがヒュッと飛んでいき、派手な音を立てて背後で破裂した。
<<あ、しまった>>
機械らしからぬひとことに一言に恐る恐る目を開け背後を見ると、何故か破裂した炭酸飲料の缶が数個落ちている。それも、1つはあからさまにアスファルトにめり込んでいて、缶から噴き出した炭酸飲料がじゅわじゅわと音を立てながら流れ出ていた。。
缶から自動販売機に視線を移すと、構えた銃はとても口径が大きい。丁度ジュースの缶が通りそうな直径。
どうやらクリムゾン・スパークの銃弾は自動販売機にセットされている売り物の缶ジュースらしい。
<<困りますよ、これじゃ在庫と売上が合わなくなるじゃありませんか>>
「俺のせいじゃないだろおおおお?!」
<<ああそうだ、これは貴方が持ち逃げしようとしたということで。私は発砲なんてしていない。そうですよね?>>
「おまけに俺に罪をなすりつけようとしてる?!」
<<発砲を隠すために発泡している飲料を……ぷっ、くくく>>
余裕でダジャレを自画自賛している自動販売機に、付き合ってられるかとキムは立ち上がって駆け出した。
<<あっ、待ちなさい!>>
背後から自動販売機の声がしたが、追いかけられることはなかった。一瞬振り返ったキムの目には、自動販売機の盗難防止用にがっちりと地面と結び付けられている太い金属製の鎖に足を取られて苦闘しているロボットの姿が写ったが、もちろんそんなものは無視して逃げていった。
もう嫌だ。国に帰りたい。ニッポン怖い。
キムはその後その道を避けるようになったため知らなかったが、ほどなく「お化けが出る」「ロボットに襲われる」という噂がネットで拡散し、自動販売機はそう時をおかずに撤去されたのだった。
数年後。
帰国したキムは、うだるような炎天下の中を歩いていた。さすがに喉が渇き、馴染みの食料品店で水を買おうと足を向ける。
「よう、キム!」
そこはいつぞやのロンがやっている店だ。
「ようロン、水くれよ」
「それならよ、ほら、見てくれよ。自動販売機入れたんだよ。中古だけどな。そっちの方が冷えてるぜ」
ロンの言うとおり、店先にはあの日見たような自動販売機が鎮座している。
「すげえな!」
単純に感心してキムは自動販売機をしげしげと観察した。
「前は日本にあったやつだよ。ちょいと傷はあるけど、防犯システムもしっかりしてるらしくてな。こんな綺麗なのに、驚くくらいの破格値で売ってたんだよ」
ロンが嬉しそうに話していたが、キムは表情を曇らせていた。
ボディにバールか何かでこじ開けようとした後を見つけたのだ。
(まさか、な)
そう思いながら傷のあたりを持って軽く揺すると。
<<警告、警告>>
何だか聞き覚えのある機械音がした。
<<ひょっとしてあの時の人ではないですか?>>
自動販売機はピカピカとボタンをカラフルに点滅さけている。
キムはくるりと背を向けた。
「ロン、俺やっぱり自動販売機じゃなくて店のやつ買うわ。一本ちょうだい」
背後で自動販売機が「無視しないでっ」と自分を呼んでいるような気がするけど、きっと気のせいだ。
「あー、今日も暑いなあ」
ギラギラ照りつける太陽に自動販売機のボディがキラリと反射した。
ちなみにタイトルの○○○、
キムにとっては「自動販売機」
自動販売機にとっては「異邦人」、いや「犠牲者」とか……?
あっ! 石を投げないでください!
くだらない作品で失礼いたしました。