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秘密の国のアリス
作:恋華 咲



第25話:クロック・マスター





「……あれ?」

わたしは足を止め、呟いた。

「ここ、何処……?」

辺りを見渡せば、間違いなく森の中。高い木が生い茂っていて、葉っぱの隙間から陽光が射している。
ちょっと待ってよ。なんで町中を歩いてたのに、森に迷いこんじゃうわけ? そこまで方向音痴じゃないはずだ。
帰るにも、周りは全て同じ風景に見える。来た道を戻れば、また町に戻れるかな。

「こんな年になって迷子なんて冗談じゃない。いくら異世界だからって、もう結構月日経ってるし」

ぶつくさ独り言をこぼしながら、わたしはとりあえずUターンして道らしきものをたどった。
明るいためか、あまり不安にはならない。降り注がれる光もあたたかいし。メルヘンに言えば、妖精の歌でも聞こえてきそうな感じだ。
――でも、日が暮れる前に帰らなきゃ。
わたしは再び歩き始めた。



 ◇数十分後

「ま、まだ町は見えないわけ……?」

それどころか、どんどん深みに入って行ってるような気もする。
まだ昼間だというのに、辺りは薄暗く肌寒い。風にざわつく葉擦れの音も不気味だ。
――ちょっと、さっきまでの和やかな雰囲気はどこ行っちゃったのさ。
さすがに焦燥を感じた。本当に迷いこんでしまったらしい。

「嫌だぞ一生彷徨うなんて。こんなところで野垂れ死んだら、死んでも死にきれない!」

必然的に増える独り言は、不安なせいだろうか。
かれこれ1時間は歩いてる。わたしは疲れ、ガクリと膝をついた。背中にうっすら汗もかいている。

「ああ、死ぬ前に一度、白うさぎくんを抱きしめたかった……」

ネガティブになる思考。ジャックじゃあるまいし。
期待するのも億劫で、わたしは仰向けに寝っ転がった。空は見えず、木々がわたしを囲んでいる。
わたしはこんな所で誰にも看とられずに死ぬのか。せめて自分の世界に帰りたかった。
お母さん、お父さん、お姉ちゃん。先立つ不幸をお許し下さい。
アリスは異世界の暗い森のなか、迷って野宿して凍えてなんやかんやで死にます。

「そんな曖昧な死に方あるか」

誰かの声がした。

「いやいや、森を舐めちゃいけないよ? 夜になるときっと急激に気温下がるから。わたしはそこでエプロンドレスだけ。毛布もなければ寝袋もない。もちろん食糧だって」
「助けが来るというのは?」
「期待したぶん、落胆は大きいの。希望なんて……」

そこでわたしは口を閉ざした。
誰としゃべってるの?ということに気付いたから。
身体を起こし振り向けば、そこにはローブを着た人が立っていた。首に金時計をかけている。
中性的な顔立ち。声からしてたぶん男の人だろうけど……。フードを被っているから、よく分からない。
わたしがジッと凝視してると、その人はゆっくりとした足取りで近付いてきた。

「まだこの世界にいたのか…」

ため息混じりに言われる。
まだって…。
それにこの世界って……。
何かが腑に落ちない。ずれている気がする。
合わないピースを無理矢理はめこんでいるような。ちぐはぐにボタンを留めているような。
それに、この声。どこかで聞いたことがある……?
もやのかかった記憶。
はっきりさせる術は?

「……私を忘れたか。無理もない。だいぶ前だったからな」

そう言って、彼はフードを外した。
――あ…。
頭の奥の、霧が晴れてゆく。

「あんた…!」

わたしは勢いよく立ち上がり、口をあんぐりとさせた。
いつしか出会った、不思議な人。そう、この世界に来たばっかのとき。時計を変形させ、わたしをよそ者と言った。
確か名前は

「タ…イム……?」
「そうだ。思い出したか、アリス」
「……貴方も、よくわたしの名前…」
「一度聞いたら忘れない」

淡々と言い、その人は背を向けてしまう。

「え、ちょ…待ってよ!」

伸ばした手は、あっさりと振り払われた。

「じ、地面につけた手で触るなっ。汚れるだろ!?」
「な、なにさ。このくらい」
「これくらいじゃない! …私は汚いものがこの世で一番嫌いなんだ。人との触れ合いも嫌いだしな」
「だれが汚いものだって!?」
「別にお前に限ったことではない。他人が触ったものに触れるのも、抵抗がある」

綺麗好き通り越して、それ潔癖症だ。
わたしは服の泥を払い、汚れた手を、持っていたハンカチで拭った。
タイムはまだ納得していない顔してたけど、これで限界だってば。洗いたいけど、シャワーなんてないし泉だって見当たらない。

「…まぁ、いいか」

タイムは諦めたように呟く。
あんた何様よ。

「まったく、何故よりによってこんな森に迷いこんでいるのだ」

歩きながら、タイムはこぼした。わたしはその後ろをついていく。
独り言のようにも思えたけど、きっとわたしに問いかけているのだろう。

「よりによってって…。なんかあるの? この森」

何故と言われても、たいした理由はなかったから、わたしは質問に質問を返した。

「ラビリンス・フォレスト。迷宮森林と呼ばれる、誰も知らない森だ。ここでは右も左も、前も後ろも、時間すらない。次元が存在しないからだ」
「時間も存在しない……?」
「だから昼も夜もない。一度入ったら最後、光を見ることはないだろう」

背筋がゾッとした。
自分がいる場所は、なんて危険なんだ。

「そ、そんな危ない森、立ち入り禁止にしてよ!」
「立ち入り禁止もなにも、本来ここを見つけれる者はいない」
「じゃあ、なんで…!」

なんでわたしは入っちゃったわけ!?

「……異界人特有の何かが、ひきつけられたのだろう」

タイムは少しの間を置いてそうこぼす。
特有の何かって…わたしは平凡が取り柄の凡人だよ? 何があるって言うのさ。それに

「なんでわたしを異界人だって知ってるの?」

彼の足が止まる。
比例するかのように、わたしの足も自然と止まった。

「誰も知らない森。どうしてタイムはここに居るの?」

タイムはゆっくりと振り返る。琥珀色の瞳が、細められた。

「……貴方は、何者?」

その瞬間、フッと空気が冷たくなった気がする。葉音もしない。風だけが不気味に囁いていた。

「……名はタイム。人は私を好きに呼ぶ。
時の使者。時計を司る者。時空の支配人。全知全能の神」

並べられたワードに、脳の理解が遅れる。

「全て正解でなく、不正解でもない」

……意味解らん。
そんな気持ちが顔に出てしまったのか、タイムは続けた。

「世の中には中立が存在する。単純なことだ」
「いや、ものすごい複雑だと思うけど。はっきりしないし」
「区別をつける必要はない。判断するのは人だ。ただの木の集まりを『森』と呼ぶから、そこは森になる。もし星を皆が『月』と呼ぶなら、それは紛れもない月になるのだ」

サラサラと彼の口から流れでる言葉に、余計混乱した。
ボキャブラリーは豊かなほうだけど、こうも比喩的表現を使われると、頭がこんがらがる。
――言ってる意味は、なんとなく分かるけどね。

「……アンタ詩人向いてるよ」
「生憎、兼職は許されない身だ」

もったいない、なんて漏らしてみる。
だけどそれで結局、この人はなんなの?
番人だか神だか言ってたけど……。ミステリアスだな。
この国で一番ファンタジーだし謎が多い。

「お前がここにいると私はすごく困る」

唐突に、そんなことを言われた。

「正直言うと、今すぐ鏡池にぶちこんで強制送還させたいところだ」
「正直に言いすぎだろ」
「仕事は増えるし面倒事が多くなるし、疲労が絶えない」
「それわたしのせい?」
「ああ。アリスがこの国に来たことで、両世界の均衡が崩れた。私は時空の歪みを直さなければならない。それも義務の一つだからだ」
「…はぁ…?」
「向こうが混乱しないように、お前が来てから彼方の世界は時を止めている」

――え?
向こうの世界という単語に、わたしは反応した。そして、時を止めているという、不可解な言葉。

「……ここまで来れば、大丈夫だろう」

彼の呟きにハッとする。いつのまにか、見覚えのある明るい原っぱに戻っていた。
丘の向こうにお城も見える。

「もう迷うな。これ以上私の仕事を増やさないでくれ」

そう言い、タイムはフードを深く被った。
その瞬間、突風がぶつかってきて。わたしは強く目を瞑った。

「私は時を動かすことが許された、彼方と此方を結ぶ唯一の者。いつか、また会うだろう」

耳に届いた声。

「待って! わたしまだ聞きたいことが……」

――聞きたいことがたくさん……!
瞼を開けたとき、すでに彼の姿はなかった。

「…なんで…」


どうして、わたしの世界の時を止めているの?
帰れと言うなら、どうして鏡池に案内してくれないの?
誰も知らない森に、どうして貴方はいたの?
いつかって、一体いつなの?

その問いに答えはなく、ただそよ風が草花を揺らすだけであった。









微シリアス?
鍵を握っているのはタイムです。この人が出てくる話は、向こうの世界の状況が分かる……かもしれません。











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