主変女優
スイマセン、この閑話っぽい話は大事なので!
そしてブクマ1万突破しました!
ガンオンでいえば、ガンダムNT-1の万BZと同じ数値です。
「……悔しいっ」
喫茶店の席に着きながら、思わず口からそんな言葉が零れる。
だが、どうしても出てしまう気分だった。
何故なら、上手くいかないから――
今までのお芝居は、何でもこなしてきた。
悲劇でも喜劇でも、そして派手な立ち回りな東の殺陣の劇でも。
だからそれなりの自信はある。
お芝居とは、ノリとアドリブで演じるモノ。
与えられた役で上手く立ち回り、そして観る者を喜ばせる。
それがお芝居であり、客から求められているモノだった。のに――
「何で上手くアレを演じられないのよワタシはっ」
上手くいかない理由は解かっていた。
脚本家シェイクの新作【狼人奴隷と主の恋】は、ノリだけでは駄目であり、そしてアドリブの入る余地の無い濃さだった。
今までのお芝居とは全く違った。
役者に要求されるモノが、その場のノリやアドリブだけでは無く、もっと深い部分の演技が要求される、そんなお芝居だったのだ。
そしてワタシは、それを満たせないでいた。
正直な所、悔しいの一言。
演じられないアレとは、ヒロインの奴隷狼人少女であるラティナのこと。
このラティナという役は、大人しいが苛烈。
控えめで従順だが、それに合わない言動も目立つ。
楚々として凛とした振る舞いと、獣の如き猛々しさを魅せる少女。
動きの部分はなんとかなる。
今まで舞台などで培ったものがあり、むしろ得意な分野であった。
だが、それ以外の部分が全く演じ切れていなかった。
表現出来なかった。
せめて、せめてヒロインの相方であるジンナイという槍持ちの男役が、他の役者であればマシであった。
自分と同じレベルであれば、違和感が薄れていたかもしれない。
しかしそのジンナイ役は、劇場の勇者とも呼ばれる勇者キリシマ様だった。
彼はこの難しいお芝居の役を、まるで見て来たかのようにしっかりと演じていた。
そしてそのジンナイという難しい役を、勇者キリシマ様が完璧に演じ切っている為、ワタシの拙い演技がより浮いて見えてしまっていた。
お芝居の最中、勇者キリシマ様の台詞や演技の時には、恍惚な溜め息のようなモノが客席から漏れ聞こえて来る。
本当に、一挙一動を見逃さない、そんな気配もヒシヒシと伝わって来る。
だがワタシの時には、それがほぼ無いのだ。あるのは落胆の溜め息。
激しく動くシーンでは、『わぁ!』などの歓声が上がる事はあるが、他のシーンでは全く無い。
だからこそ、『……悔しいっ』という言葉が零れてしまう。
この休憩が終われば、また舞台に立たねばならない。何も出来ぬままに――
そして何とかならないかと、そんな思いを巡らせて何気無しに見渡すと。
( アレ……あの子、奴隷? )
休憩の為に入っていた喫茶店の店内の隅に、深紅色の外套を纏った一人の少女がポツンと席に座っていた。
それ自体は特に珍しい事では無いのだが、外套の隙間から見えた首元には、赤色の奴隷の首輪がチラリと見えたのだ。
そしてそれが見えた瞬間、ワタシはある事を思い付いた。
彼女に、奴隷の気持ちを聞けないだろうかと。
そんなモノが本当に役に立つとは思わない。
だが今は、それでも縋りたかった――
「ちょっと相席良いかしら?」
「……あの、何かわたしにご用でしょうか?」
「え、えっとね……ワタシはパメラっていうんだけど、貴方にちょっと聞いてみたいことがあって……」
ワタシが声を掛けた少女は、警戒の色を滲ませた声音で返答してきた。
咄嗟にワタシは、なにか上手い言い訳でもしようかと逡巡したが、直感でこの子には通じないだろうと察し、素直に尋ねてみることにした。
離れた位置で見た時には気付かなかったが、奴隷の少女はとても綺麗だった。
それは容姿だけではなく、着ているモノも綺麗であり、値段もそれなりに高価な物だと見て取れた。
( 奴隷なのに、こんな良い物を? )
一瞬だが戸惑った。
だが、その少女の容姿を見れば、どこか納得出来るモノがあった。
きっと主に大切にされているのだろうと。
そして首輪の色から察するに、それは下卑た理由での大切では無いとも。
だから本当に丁度良いとも思った。
彼女は良いサンプリングになると。
「あの、わたしに聞きたい事ですか?」
目の前の少女は、整った眉を怪訝そうにひそめ、ワタシにそう聞き返してくる。
「ええ、本当に些細なこと? 興味って言うのかな? 奴隷の貴方に聞いてみたい事があるのよ。少しの間だけでイイから聞いちゃ駄目かな?」
「あの……はい、分かりました、少しの間で宜しければ」
「ありがとう」
彼女から上手いこと了承を得られた。
実はワタシには、【固有能力】で【魅了】と【誘導】がある。
【魅了】は相手を、特に異性をよく惹きつけ、そして【誘導】は、こちらが望む方向へと導きやすくなる【固有能力】。
大人数相手のお芝居などだと完全に力は発揮出来ないが、一対一の会話などだと、その力を十全に発揮するのだ。
そしてワタシは、奴隷の少女に質問をぶつけた。
今やっているお芝居、【狼人奴隷と主の恋】で、疑問に思った部分をそれとなくボカして彼女に訊ねてみた。
自分では把握出来ない心情の深い部分を、同じ奴隷である目の前の彼女ならば、少しは共感などが出来て解かるのではと――
ワタシは彼女に少しづつ質問していく。
「奴隷さんって、基本的にご主人様は敬うんだよね?」
「あの、間違ってはいないのですが、尊敬とは少し違うかもしれませんねぇ」
会話を交わしていくうちにふと思う。
この子は奴隷ではあるが、決して卑屈ではないと。
しっかりとした芯のある、強い子だと感じ取れた。
( この子、すっごくイイっ! )
ワタシは少し踏み込んで聞いてみることにする。
「ねね、例えばなんだけど。ご主人様を応援する時とかに、う~ん……気合いを見せろとか、気概を見せろなんて言うことはあるかな?」
「あの、たぶんそれは無いかと……、でも、この首輪が無いのでしたら、そう励ましてあげたい時があるかもしれませんねぇ」
「――なんで、そう思うのかな?」
「あの、それは……ご主人様が認められたいとか、隣に並ぶ資格?のようなモノを得たいと、そう願われているようでしたから。だから同じ高さからの『頑張れ』よりも、その方が目指している位置からの『頑張れ』の方が良いと思いまして……だから気概をと――ってアレ? 何故わたしは!?」
「あああ!? ゴメン、なんか変なことを聞いちゃったね。ちょっと話を変えよっか」
ワタシは、誘導に引っ掛かっていた奴隷の少女が不自然さを感じ始めたので、誤魔化すように次の話を振り続けた。
それでも所々に、不自然さを感じて傾げるような場面はあったが、色々と彼女から引き出せた。
時折、首を傾げる時にサラリと揺れる亜麻色の髪には、何か惹き込まれるような感覚に襲われたりもしたが、なんとか目的を達成出来たと思う。
もしかすると、ワタシが彼女に惹き込まれて、余計に聴き過ぎた部分もあったかもしれないが、それはそれで良しとした。
そしてふと思う。
目の前にいる子は、まるでお芝居に出て来るラティナのような子だと。
実際にお芝居のモデルとなった狼人の少女がいるのだから、実際に実在する人物なのだが、なんとなくお芝居から抜け出して来たかの様な子だと思えた。
そして、この子を真似して演じてみれば良いのではと、そう思えてきた。
今、この子から聞き出したモノを自分の中で消化して、それを自分の演技の肉として生かす。
自分の心の中に、フツフツと湧き立つモノを感じる。
思わず手に入れた強い武器を、すぐに試してみたくなるような感覚。
そして今なら、あの勇者キリシマ様とも張り合えるかもしれないと――
「ありがとうね、奴隷さん。支払はワタシがしておくから」
「あ、あの……」
ワタシは支払いを終えると、店を出てすぐに駆け出していた。
この熱のようなモノが覚めないウチに舞台に立って、熱い鉄を槌で打つようにして己の中に絶対的な刃を創り上げたいと。
気が付くとワタシは、さっきまでとは真逆で、いま自分の中で出来つつある刃を使って、あの劇場の勇者と戦うことを楽しみにしていたのであった。
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「ラティちゃんお待たせ」
「あ、あの、はい……」
私は珍しいモノを目撃した。
普段から油断なく無表情気味な彼女が、珍しく呆けていたのだ。
ハッキリ言って初めてみた顔かもしれない。
「あ、あの、では行きますかハヅキ様」
「うん、じゃあ行こうかお芝居に、【狼人奴隷と主の恋】を観にね」
そしてその日。
私達が観た【狼人奴隷と主の恋】は、今年一番の神回だと噂になった。
同じ演目でも、演じる役者さんが違う場合が多いので、役者の力量などで芝居の出来に差があると教えて貰った。
実際にそのお芝居は、主役とヒロインの二人がしっかりと噛み合い、確かに凄いと思えるお芝居だった。
だからこそ、それを見た私はモヤモヤする気持ちが大きくなった。
横にいる少女へのモヤモヤが――
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