月に吼える
『ギームル』『必要のない決断』にちょっと追加しました。
ギームルには王女と王子にちょっとエピソード足して、決断には最後に一文足しです。
あと、未来北原は消滅しています。
誤解を与える描写で申し訳ないです。
「あああああああああああ――」
俺は叫びながら、重くなった体で草原を駆けていた。
召喚の結界に飛び込んだ時の影響なのか、黒鱗装束に付加されていた魔法効果が消えて、重量緩和の付加が無くなり、いつもよりも装備が重い。
しかも、結界の小手までも発動しなくなっていた。
俺はそんな重くなった装備を身に纏い、俺は叫び続けていた。
本来ならば、叫ばない方が良いのだろう。
何故ならば、それはいま俺は逃走中なのだから。
自分の居場所を、不用意に知らせるような行為はするべきではないだろう。
だが――
「あああああああああああああ――」
今はどうしても叫びたかった。
「うぅあああああああああああああああ!」
どうしても吼えたかった。
「ぐうううううああああああっがああああ――」
脳裏にちらつくラティのあの表情を忘れたくて。
俺は月に向かって吼えていた。
俺が北原を引き裂いた後。
周りの連中は、火が付いたかのように騒ぎ立てた。
当然それは他にも飛び火して、全ての瞳が俺へと集まっていた。
中には『勇者殺し』と、激しく罵る者もいた。
真の勇者と呼ばれる八十神は、ガタガタと震えながら、『間違っている』という言葉を連呼しながら俺を睨んでいた。
そしてもう一人の勇者橘は、ボウガンを俺に構え、いつでも放てるように身構えた。
ふと見渡す視界の隅では、ギームルが縛られて磔にされていた王女アイリスを救出し、自身の着ていた外套で気を失っている王女を包み、そしてその彼女を胸元に大事そうに抱えながら、俺のことをきつく睨んでいた。
王女を救出してやったのだから、もう少し違った対応があるだろうにと、そう思わなくもないが、きっと奴にはそんな事は関係ないのだろう。
ただ、その瞳には僅かながらの揺れが見えた気はした。
勇者殺しの俺に、素直に投降するよう、そう呼び掛けてくる八十神。
気丈に振る舞ってはいる様子だが、俺には手が震えているのがしっかりと見えた。
温室育ちの勇者だろうとは思っていたのだが、俺の足元に転がる残骸程度に怯えている様子なので、きっと俺の予想よりもぬるい冒険をしてきたのだろうと判断出来る。
北原の召喚結界にやられたのか、いまだに膝をついたままの者も多く、そして勇者もヘタれているこの状況。
一番厄介そうなのは橘風夏だけ。
しかし此処は建物が多く、そして密集している場所。
矢の射線を遮る障害物は多く、逃げ出せば余裕で逃げ切れる状況。
ラティが居るならば、彼女の【索敵】も使ってほぼ間違いなく逃げおおせる。
だが俺は、ラティを残して逃げることを選択した。
俺は逃げる際に、聖女の勇者葉月にラティを譲ると宣言した。
その理由は、ラティを守る為。
もし俺が捕らえられるような状況に陥れば、必ず彼女はそれを阻止しようと動くであろう。
この場に居る、全ての者の首を刎ねてでも。
きっとラティはそれを実行しようとする。
俺は、そう確信出来るモノが俺の心の中にはあった。
だから間違っても投降などは選択出来ない。
そしてラティを連れて逃げるという事は、彼女にも俺を同じ罪を背負わせることにもなる。
ラティにまで、勇者殺しの罪を背負わせる事になってしまう。
”俺とラティは関係ない”
こんな無茶が簡単に通るとは思えないが、俺がラティを葉月に譲り、そして俺ひとりだけが逃走すれば、なんとなる勝算があった。
この場にいる勇者達は。
無駄に正義感が溢れている八十神。
女性に対しては、異様な程に過保護な橘。
芝居の大事なサンプルとして、そうラティを見ている霧島。
そして、ラティと仲の良い葉月。
だからきっと、ラティが害される事も、ましてや裁かれる事も無いと確信した。
八十神ならば、ラティを囮になどは使わせないだろう。
橘ならば、女性のラティを無下には扱わないだろう。
霧島も、きっとラティの味方になってくれる。
そして葉月なら、きっとラティを庇ってくれる。
だから俺は、一人で逃げた。
彼女を守る為に。
もう、絶対に誰かを失いたくなくて――
一応、サリオも葉月に譲るとも付け足しておいた。
そして、今後魔王討伐には参加出来そうにないので、俺は世界樹の木刀もその場に置いて逃走した。
世界樹の木刀は、きっと魔王討伐の役に立つ。
だから俺は、それを置いて行くことを選択し、槍を一本構えて駆け出したのだ。
当然、それを阻止しようと橘がWSを放って来たが、俺は建物を上手く障害物として利用し、簡単に逃げ切ることが出来た。
あの場で、もし俺に追い付いて来れるとしたらラティだけ。
そのラティからは、『死んでも一緒に着いて行く』そんな想いが、俺の心の中に強く流れて込んで来ていた。
実際にラティは、そう動こうとしていた。
俺に着いて行こうと。
だから俺は、初めて使用した。
”奴隷の首輪”の権限を。
奴隷に無理矢理命令を聞かせる手段として、奴隷の首輪には締まる機能が存在した。
俺はいままでそれを、その機能を使用したことなどは無かった。
使うつもりなど一切無かった。
だが、使ってしまった。
そしてラティは首を絞めつけられていた。
その苦しさから動けぬ中、死ぬほど悲しそうな表情を浮かべていた。
俺のことを見つめ、そして懇願していたのだ、『連れて行って欲しい』と。
ラティの藍色の瞳が、表情が、行動が、そして心がそう言っていた。
だが俺は、一人で逃げたのだった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「がああああ、っがあああああああああ!」
他の勇者達とは視点が違い過ぎた。
俺は北原がやらかした事を知っていた。
すでに勇者召喚を何回か行い、それを行うにあたり、何人もの人を生け贄として殺していた事を。
しかも召喚の失敗で、同級生の後藤を殺していた事も。
そして言葉も――
あの時、あの場に居た勇者達はその事を知らない。
きっと彼らの認識では、北原は万引きを繰り返し、そして王女を攫って誘拐し、勇者召喚の生け贄にしようとして、結果的には失敗した。
そんなぬるい認識だろう。
勘繰った見方をすれば、俺が言葉を盾として使って殺してしまったから、それの口封じで北原を殺したと、そう捉える可能性までもある。
ギームルであれば、それを押し通すかもしれない。
だが逆に、キチンと全てを説明すれば、彼らにも分かって貰えたかもしれない。
北原の言は全て誤解であり、そして北原のやらかした事実を説明すれば。
しかし同時に疑ってしまう。それは危険だと。
この異世界で生きてきた経験がそう俺に囁く、簡単に都合良くいくはずがないと。
希望に縋るだけのような行動は、きっと身を滅ぼすと。
自分の運命を、簡単に人に任せるような真似はしてはならないと。
それを任せて良いのは、ラティだけ。
だがその彼女は、今は横には居ない。
「ああああああああああああああああ」
俺は月に吼えながら、夜の草原をただ一人で駆けていたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
これにて『北原、クロージングキャプター編』が終了です。
この章は、この物語連載当初から書きたくてしかたない章でした。
そしてやっと書けて、読まれた方にも印象に残る章だったと思います。
ここまでの書き続けられたのは、応援のお陰です。
特に感想コメントでは、この物語に足りない部分を教えて貰ったり、作者視点では気が付ない部分を教えて頂けて、本当に感謝しております。
暫くのあいだ書き溜めてから、次の章。
『突然!?木こりな村人になったけど、槍しか使えずハードモードな村人ライフ』が開始されます。
引き続き、この物語を見て頂けましたら、幸いです。