する必要のない決断
「北原ああああああああああああああああ!」
俺は吼えた。
北原を視界に入れると、無意識に口が開いていた。
目の前には、力なく膝をつく者が多数いた。
むしろ、ほぼ全員が膝をついているような状態。
そして視界の中央には、高さ100メートル以上を誇っていた光の柱は、現在4~5メートル程にまでに低くなっており、不謹慎な言い方をするのであれば、どこかのRPGのセーブポイント。
そしてその根元、直径5メートルほどの魔法陣の中心には、苦痛の表情を浮かべたアイリス王女が縛り付けられていた。
元は薄い桃色の、きっと可憐であっただろうドレスは酷くボロボロに。
生地の薄いフリルの部分や、スカートの裾がまるで酸でもかけられたかのように無残にほつれ、そして両の肩が剝き出しになっていた。
王女のあまり惨状に、俺は再びきつく北原を睨み付ける。
「おっと~、やっと来たのか陣内。来るのが遅えから、うっかり罠にでもハマってくたばったのかと心配したぜぇ? お前はボクが殺してやるんだからな」
「てめぇ‥」
「あ、ひょっとして遅くなったのって‥アレを揉んでたりしたのか?」
「――――?」
( なにを言ってんだコイツ? )
「デカさだけはあったからな、あの根暗女は。だから死んじまったかって、抵抗されなくて丁度イイって揉んでたんじゃねぇの? このゴミクズ野郎がっ」
「――ッこの下衆がぁ!」
死者を冒涜し、過剰に俺を煽って来る北原。
そんな北原の挑発に、俺がブチ切れようとした瞬間、横から声が掛かる。
「え、死んだって‥まさか言葉さんが‥死んだの…?」
「なんだと!? 確かに彼女は陣内を追って行ったが」
「陣内! アンタ本当のことなの? ねぇ、言いなさいよどうなのよ」
「言葉先輩が…」
言葉の死という情報に、勇者達に激しい動揺が走る。
「ああ、このゴミクズが殺したのさ。自分を庇わさせて、あの女を盾にして根暗女を殺したんだよ。まったく酷い男だよ、このゴミクズ野郎はさあ」
「―――――ッ」
「ご、ご主人様…!?」
北原の言に、俺の中の何かが白くなる。
「陣内! アンタ、言葉さんになんて事をさせたのよ! 信じられない…女の子を盾にするなんて、どんだけ最低なのよアンタ…」
「風夏ちゃん待って! 陣内君がそんな事するはずないよ。何かの間違いだよ」
「陣内、一体どういう訳なんだ? 本当に彼女は死んだのかい?」
「庇って…?」
「お前がデカチチをどけなかったから、ああなったんだよ。ボクの所為じゃないからな――」
「――――――」
「くっ!? ご主人様…ヨーイチ様…」
北原がグダグダと何かを言い、そしてそれに反応して勇者達が俺に喚く。
ラティだけは俺の感情が流れ込んでいるのか、顔を少し顰め、俺を気遣うようにして俺の名前を呼ぶ。
「聞いてくれよ橘ぁ、ボクはどいてくれって頼んだんだよ? それなのにコイツは…」
「な、なんだと! 陣内それは――」
「アンタ何か言いなさいよ――」
周りの連中が囀り雑音を垂れ流し続ける中、俺は白くなる。
真っ白に――感情が白熱したかのように、真っ白に燃えた。
俺は激怒や憤怒の上があることを知った。
腹の奥底に、赤く黒い塊のようなモノがジリジリと熱を持つ、そんな感情は今までに何回もあった。
だがしかし、更にその上がある事をいま知る。
白く燃えて白熱した感情。
ただ真っ白に、思考と視界がクリアーになっていく。
何をすべきか、それのみが明確に感じる。
囀る北原の言動から、今、俺がやるべきことを理解してゆく。
「ボクに手を出したら、召喚魔法が暴走して王女さまが消し飛ぶよ?」
( ならば、王女を先に助けよう )
「お前の木刀でも魔法陣までは届かないぜ、なにせ中央までいかないとだから――」
( ならば、中央まで征こう )
「ああ、でも光の柱は、侵入した者の全てを、MPを通して吸いつくすぜ」
( そんなものは関係ない )
「まぁ中に入ったら、そこのオッサンの枯れ木みたいな手のようになるぜ――」
( 知るかっ )
「せっかく庇ってもらって助かった命なのになぁ~。――無駄にすんの?」
( ――――!! )
真っ白に見える視界。
そこに目的である、王女と北原が見える。
不要なモノは一切映り込まない白い視界。
勇者達の姿や雑音などは、認識の外へと排除する。
俺は身に着けている物を外し、横に立っているラティへとそれを預けた。
無骨な槍と黒鱗面当て、それと王女から貰った髪留め。
それらをラティに預け、俺は木刀一本を構え単騎にて駆け出す。
光る柱に縋り付くギームルのすぐ横、そこへ俺は木刀を突き立て、そのまま身体も捩じり込む。
世界樹の木刀に宿る結界解除の力なのか、光の柱の中へと侵入出来たが、100年間使い続けた廃油の海に飛び込んだような感覚に見舞われる。
身体に纏わりつく不快感、ねっとりとした重さ。
そして、僅かながらなヒリ付く感覚。
右手の指にはめてある、回復補助の指輪が熱くなる。
全身を纏う黒鱗装束までも熱く、何かが抜けていくような、そんな感覚に襲われる。
「あっははあああ、馬鹿だ! マジで飛び込みやがった。溶けちまえ、解けちまえよ」
「ご主人様!?」
「陣内君っ」
「中に入ったらもう最後だぜ! そのままMPを通して全部抜かれちまって、最後には分解されて勇者召喚の餌になっちまう! でもまぁゴミクズのお前でも、一応はその資格があるだろうからな。これで召喚出来る人数が増えるぜぇ!」
北原が俺を煽っていた理由が分かった。
奴は俺を殺すと同時に、俺を勇者召喚の生け贄にしようと考えていたのだと。
「一石二鳥ってヤツだな、そのまま庇ってもらった命を無駄にしちまえっ! あの根暗女は犬死だったんだな」
俺に絶望を与えようと、さらに汚く煽ってくる北原。
――ふざけんなっ!
その前に、この魔法陣をぶっ壊してやんよ、
って、アレ? なんだか…
俺はある違和感に気付いた。
「あはっははは…はは‥は、はぁぁあ!? なんで? なんで吸い尽くされない! なんで枯れないんだよお前は、なんで普通にいられんだよ! なんでMPと一緒に絞り取られない…」
――そうか、そういうことか!
俺にはMPが一切ない、だから持っていかれないのか、
「おっしゃあ!」
「ま、待て止めろ馬鹿!? ボクの勇者達が、ボクの奴隷達が来れなくなるだろっ!」
( 知るか! )
「この魔法陣は、俺がぁ穿つ!!」
「やめろおおおおおお!」
――イッィィインン――
聞きなれない金属音のような音を立てて木刀が突き刺さる。
縛り付けられている王女の足元、魔法陣の中心に俺は木刀を突き立てた。
廃油の海のような不快感と重さが一気に霧散する。
そして突き立てた木刀に、浮遊していた光の粒子が、渦を巻くようにして吸い込まれていった。
木刀によって弾かれ霧散するのではなく、その逆の現象が起きていた。
どこかで一度だけ見た事がある現象が、再び起きていた。
周りにいた者達が皆、なにか声を上げているが、俺はその全てを排除して、次の目標を達成するべく速やかに動く。
「ラティ! 槍を寄越せぇ!」
「はい! ご主人様」
俺の指示に即座に反応して、ラティは俺に槍を投げて寄越す。
俺はそれを左手で掴み、次のターゲットへと駆け。
「――っへ!? っあが!――ッガハァァ!??」
木刀で結界を破壊し、俺は北原へと向かった。
まず木刀で、北原が予備の結界を張っていないか叩いて確認し、その後に奴の両脚の付け根に槍を突き刺した。
北原の装備は、旅人風の装備で身を固めており、金属系の物を身に着けておらず、槍はなんの抵抗もなく深々と刺さり、北原は痛みのあまり立っていられなくなった。
「がああああああ!? 脚がああボクの脚がああああ」
「陣内君!?」
「お、おい陣内、なにをやっているんだ」
周囲から雑音が聞こえたが、俺は――
――ドスッ――
「うがぁっは、痛い痛い痛いいたいぃいい!?」
「きゃああ」
「陣内、なに刺してんだよ、お前やりすぎだぞ」
「アンタ勇者保護法知らないの?馬鹿なの?」
「先輩…」
俺は無骨な槍の穂先を、北原の腹の少し上の辺りに突き刺した。
刺された北原は、膝立ちの状態のまま信じられないとばかりに、己の腹に突き刺さっている槍の刃を見つめ降ろしている。
北原には、移動か転移系の魔法がある。
俺はそれを使わせないようにする為にも、奴の脚を刺して動きを封じるだけではなく、文字通りに磔にして動けぬようにしておいた。
「ご、ゴミクズがあ、保護法を知らねえのかよ、ボクに手を出したら――」
「そうだぞ陣内! 北原は拘束するんだ、殺しては駄目だ」
「知らねえよ、俺はコイツを殺すためにココに来たんだよ」
そう、それ以外の選択肢など無い。
だが勇者達は、その選択を取った時のリスクを俺に言ってくる。
「聞け陣内、僕達が大勢で此処に呼ばれたのには理由があるんだ――」
唐突に勇者八十神が語り出した。
その内容は、犯罪を行った勇者を捕らえる際には、複数の勇者達を動員して捕縛を行い、勇者達に不信感を持たれぬように、その捕縛は正義であり、必要なことだと勇者達に示す意味があるのだと言い出したのだ。
今思うと。
俺が強姦の冤罪で捕縛された時も、そして裁判モドキの時も勇者が多かったのは、それが理由だったのかもしれない。
だが――
「なぁ、その話いま関係あるのか? 無いよな?」
「っな!? 話を聞いていたのかい陣内。僕らは北原を逮捕するためにここへ来ているんだよ。だから彼を捕まえて、そして彼にはその罪を償ってもらう必要があるんだよ」
( ふざけんなっ )
あまりにも呑気な発想を吐き出す八十神に、俺は軽い目眩のようなモノを覚える。
「アホか、コイツは人を殺してんだぞ、王女だって危なかった。それに‥コイツは言葉を殺した、もう理由はそれだけで十分だ。コイツを生かしておく必要はねぇよ」
「そんな事は個人で決めていいモノじゃない。だからまずは裁いてから。そして北原にはその罪を償って貰おう、それが正しい正義なんだ。なぁ、分かるだろう陣内?」
「わかるかボケぇ! 八十神、お前は自分のことを庇って目の前で死んだ奴が居たとして、そいつを殺した奴を簡単に許すことが出来んのか? ふざけんなっ、そんなの出来る訳ねえだろうがっ!」
「い、いや‥だがな、その言葉さんもそんな事は望んでいないと――」
「――っざっけんな! ふざけんじゃねえ! お前が‥お前がアイツの気持ちを語ってんじゃねえっ! アイツは‥言葉は…、くっそ…」
視界が歪んでいく。
今は油断をしてはならない、しっかりと周りを見ないといけない時なのに、何故か視界がグシュグシュに歪んでいく。
「ご主人様…」
「陣内君…」
「先輩、」
周りの奴らが、何か意外なモノを目撃した、そんな表情を浮かべていた。
俺は水で濡れて歪んだ視界を裾で拭い、視線を北原へと戻した。
そして俺の行動に勘づいた八十神が声をあげる。
「駄目だ陣内、北原には償わせるんだ、彼を殺しては駄目だ。それは正義ではない」
「お、お前は…」
俺の中では色々と通り越して、もう完全に呆れて来た時に――
「つ、償う、だから殺さないでくれ‥頼むお願いだ、死にたくないっ」
槍を腹に刺したままの北原が喋ったのだ。
腐っても勇者と言うべきか、元の世界の時よりも身体的に強化されているのか、北原は槍が刺さっている状態でも口を開いていた。
「ほ、ほら陣内、北原も罪を償うと言っているんだぞ」
「そうよ陣内、アンタと北原の間に何があったか知らないけど、殺すのは駄目よ」
「あやまる、だから殺さないでぇぐれぇ」
懇願して命乞いを始める北原。
そしてそれに同調する八十神と橘。
だが俺は――
「だからお前らは駄目なんだよ、わかってねぇよ」
「は、何を?」
告げる――
「コイツは命が惜しいから償うって言ってんだ。反省とか謝罪の気持ちじゃねえよ」
「があああああああああああああああああああ――痛い、痛いよぉ‥」
――どんだけダメなんだコイツらは、
第一、こいつの反省や謝罪なんていらねえ、
もう言葉は…
俺は槍を、より奥へと突き刺した。
横幅15センチ近くある無骨な刃が、北原の腹へと割って入っていく。
「待て陣内! もし彼を殺したら、僕達はお前までも捕まえなくてはならなくなるんだぞ。それどころか、この異世界の人、全員から追われる事になるぞ」
「アンタ止めなさいよ! 由香っ、回復魔法の用意をお願い」
「あ、え? うん分かった風夏ちゃん」
「だから考え直すんだ、殺したら僕はお前を追う、葉月さんや橘さんもそうだぞ」
「そうよ! アンタのことを地の果てまで追ってやるんだから」
「え…私は……出来ない…」
八十神の言葉に同意する橘。
だが、葉月だけはそれに難色を示した瞬間。
「っが!?――っふ――ぁぁ――ッ」
声にならない声が小さく響く。
「陣内、お前…」
「アンタ…本当に…」
「先輩」
俺は槍を完全に北原の腹へと捻じ込んだ。
北原は目がこぼれ落ちそうな程に見開き、口は息を吐こうとしているのか、それとも吸おうとしているのかパクパクと動いている。
「葉月さん、回復魔法を――」
「え、あ、はい…」
「させねえよ!」
「――っぁ!!????」
柔らかいモノの中に、硬いモノがゴリゴリと引っ掛かる感触。
人として、きっと味わってはいけない感触が、いま俺の手に伝わってきた。
横幅15センチ以上の刃を縦から横へと捩じった。
肉を抉り、骨を砕き、筋を千切り、内臓をかき回し槍が90度ほど回る。
「北原、痛みと絶望と恐怖、その全てを磔て死ね」
俺は北原の足の甲を踏みつけて奴を固定し、槍を己の膂力に任せてかち上げた。
手に伝わる酷い感触と、耳障りな水音。
回復魔法などが、絶対に追い付かぬように追い込んだ。
そして勇者北原は、ダンプカーに轢かれた方がまだマシだというほどの、そんな残骸となった姿を晒し、その生を終わらせた。
そして俺は、この異世界に来て、初めて自分の手で人を殺した――