毛玉とクッション
まったり回です。
俺が呼ばれていると思っていたら、それは違っていた。
呼ばれていたのはデシっぽい白い毛玉。
そして呼んだ飼い主、女神の勇者言葉の元へと元気良く駆けて行き、毛玉は足音を一切させず、言葉へ飛びつく。
「きゃっ」
「あ、」
結構な勢いで言葉へと飛び込んでいったが、其処には極上のクッションがあった為か、特に問題はなく言葉に抱えだっこされる白い毛玉。
予想外の再会に、思わず固まってしまっていたが、再起動しつつ口を開く。
「おうぅ言葉、東から戻って来たんだ‥」
「う、うん、ちょっと色々あってね、それで西に戻ろうかなって‥」
「ああ、なるほどね‥」
( って何がなるほどなんだよっ!? )
言葉もぎこちないが、俺もかなりぎこちない対応をしてしまう。
正直な所、なんともムズ痒いような、変にテレたりするともっとドツボにハマりそうな、そんな雰囲気にみまわれていた。
――いやいや、ええ~~?
あの子竜の名前は知っていたけど、なんかすっげ~恥ずかしいなコレ、
なんとなく呼び方に親愛がこもっていたというかなんと言うか‥
俺と言葉が、上手く会話を続けられないでいる中、彼女に抱っこされていた白い毛玉が、まるで枕の高さが合わないかのように、自身の身を預けているクッションに、モゾモゾと顔を沈めようとしていた。
そして良い位置が見つかったのか、心地良さげに満足そうな顔をする。
「‥‥‥‥」
「あのぉ、陣内君…」
思わずそれを凝視してしまっていた。
あまりにも良い光景であった為に、俺は我を忘れ、気付かずにそれをガン見してしまっていた。
そしてあまりの失態にハッとなって我に戻ると――
「……確か、ラムザだったよなアンタ…」
「えっと、スイマセンっ」
「――あぁぁ!?見えなくっ」
気が付くと俺の横には、大きいのが大好き冒険者ラムザが遠慮なしに言葉の胸元を凝視していた。そしてその露骨な視線に耐えれなくなったのか、言葉は身体を捻り肩で視線を遮った。
「なんか酷くなってんなアンタ‥」
「しまった、またやってしまった…これがバレたらお仕置――ぐあッ!?」
「この変態っ!」
「あ、三雲」
弓を使った綺麗なスイングで、冒険者ラムザの後頭部をきつめに叩き仁王立ちをする絶壁の勇者三雲唯。
本当にゴミを見るような目で、叩いたラムザを見下ろしていた。
――ああ、ちょっと懐かしいなこの目、
俺も最初は強姦魔って勘違いされて、このきっつい目で見られていたよな、
思わず遠い目をしながら三雲を見ていると、彼女は俺の視線に気付いたのか、弓を【宝箱】に戻しながら話し掛けてきた。
「陣内久々ね。それと例の噂、聞いているわよ」
「へ? 噂?」
( なんか嫌な予感が‥ )
少し困惑する俺に、三雲は愉しそうな笑みを浮かべ口を開く。
「ボッチラインだっけ? とてもアンタにお似合いな二つ名よね」
「ぐぉぉぉ…何故それを…」
閑話休題
俺達はそれから場所を移動した。
さすがに道の真ん中で、勇者2名を含む20人以上の集団は目立ち過ぎた。
特に勇者が二人もいるのだから、野次馬やら勇者信者やら、大きいの好きなども群がって来て大変な事になったのだった。
そして避難するように行きつけの店、『竜の尻尾亭』へ向かい。
「ふ~、やっと落ち着けたよ‥」
店内の椅子に腰を下ろし、深い呼吸と共に感想を漏らすハーティ。
「ハーティさんスイマセン、私が慌てちゃって‥その…」
「そうよ沙織、いきなり走り出すんだもの、びっくりしたわよ」
「ごめんなさい唯ちゃん、」
やんわりと窘められる勇者言葉。
どうやら言葉は、突然走り出して白い毛玉を夢中で追っていたそうだ。
勇者である彼女は、目立って騒ぎにならないように、ラティやサリオと同じようにローブのフードを深く被っていたそうだ、だが追うのに夢中で取れてしまっていたのだ。
そして先程のやりとりで注目を集め、竜の尻尾亭に避難となった。
馬車に揺られながらやってきた所為か、少し気怠そうにしつつ、注文を取りに来た店員に食事や飲み物を注文する。
それを眺めながら俺も何か飲み物でも注文しようかと思っていると――
「丸い!? でっか!?」
「ひゃい? まる?でか? ぇぇ?」
喰い付きそうな奴が喰い付いていた。
今にも握らんとばかりに手をワナつかせ、マジマジと店員の兎人ミミアを見つめる冒険者のラムザ。
奴の性格を考えると分からんでもないが、流石にミミアが可哀想なので、俺は彼女を助けることにする。
「あ~~、ラムザ。そのコはウチの陣内組のメンツ、後衛レプソルの彼女さんだから馬鹿なことすんなよ?」
「――ぇぇ」
「――なっ‥んだ…と」
小さくテレながら肯定っぽい返事するミミア。
そして驚愕な呻き声を漏らすラムザ。
――いやマジでやばいんだから、
ノトスの階段を全て敵に回した男だよ? マジでヤバかったんだから、
レプさん止めに入った俺にまで魔法とかブチ込んで来たし…
俺はあの時のレプソルの活躍を思い浮かべていた。
一人の女性の為になりふり構わないあの姿とあの行動。
男としてちょっと見習いたい所すらあったのだ。
俺がラムザに釘を刺すと、奴は仄暗い笑みを浮かべ俺に言う。
「そうでしたか…でも許せませんね…、何か罰が必要かと思うのですが…」
「ああ、それには同意する。俺も罰が少し足りないと思っていたんだ」
俺とラムザは、レプソルにツープラトン喉輪をかますことを決めた。
その後、話が少々脱線したが、俺は疑問に思ったことをハーティに訊ねる。
「ハーティさん、ちょっと気になったんですけど、何故ノトスに? 確か、東へ遠征に行っていたんじゃ? まだ東側は安定していないですよね?」
俺はアムさんから聞いていた情報を思い出していた。
東に分離するようにして出来た魔力の渦の影響か、魔物の異常な湧き現象が収まっていないという話を聞いていた。
――それなのに何でノトスに?
ウチのミズチさんとかスペさんは帰って来れないのに‥
何で正式に要請されている勇者達が、
おれがふと抱いた疑問に対して、三雲組のリーダーであるハーティは、少しの呆れ顔に濃い怒りの色を滲ませ、ノトスにやって来た理由を語った。
「陣内君、僕達が東に向かった理由は知っているよね?」
「ああ、さっきも言った”東への遠征”だよな? 魔物が湧きまくって大変だから、街とか村周辺の魔物討伐だろ? それが何か?」
「本当の目的は違ったんだよ。本当の目的は勇者の二人さ、もっと正確に言うならば言葉様に戻って来て欲しいらしい――」
ハーティは忌々しそうに続きを語った。
東への遠征は建前で、本当の目的は、女神の勇者言葉沙織の身柄。
村や町の防衛だと思っていたら、指示された場所は比較的に安全なエウロスの街の周辺だったらしい。
エウロス周辺であれば冒険者も多く、わざわざ勇者を呼びつける程ではなかったのだと。それなのに何故か執拗にエウロスの街の周辺を指示され、遂にエウロスの街に来るよう言われたのだと。
不信に思っている時に、やって来たある使者が。
『女神の勇者様を、エウロス公爵様の所に連れていって欲しい。褒美は――』などと話を持ち掛けて来たのだと言う。
そこからはハーティは独自で調べて、エウロス公爵の長男が言葉との婚姻を画策しており、今回の遠征はその計画の一端だったのだと知り、東から避難したのだと。
ハーティはエウロス出身であり、その時のツテを使って調べたのだと言う。
俺はハーティの話を聞いて、葉月から聞いた話を思い出した。
貴族達が、女性勇者に自分達の子供を求め、これからしばらくの間は、その活動が激しくなるだろうという話を。
「ハーティさん、それについてちょっと心当たりがある」
「心当たり?」
「ええ、これは言葉と三雲にも聞いて欲しい」
「え‥? 陣内君。聞いて欲しいってなんですか?」
「うん? 陣内アンタ何か知ってんの?」
俺は葉月から聞いた話を、女性勇者である二人に話した。
その話の出処は王女アイリスであり、信憑性が高いことも付け加えて。
「うえっ、アンタ最低ぇ」
「まさかそんなことが‥」
「俺じゃねぇよ!? 貴族側だぞ? なんで俺を見ながら言うんだよ三雲」
勇者三雲は、元からきつめな目つきをもっと尖らせ、嫌悪感を露わにして俺のことを睨む。
( 俺じゃないだろっ )
そして今の話を聞いていたハーティが、三雲をなだめつつ口を開く。
「なるほどね、それなら納得がいったかなあの言葉も」
「うん? 他にも何かあったんです?」
「ああ、言葉様を連れて来いと言うと同時に、僕ら、勇者様に付き従う三雲組は言葉様から離れるようにも言われたんだ、それなりの金も出すからとも言われてね」
「おい、それって勇者保護法に引っ掛かったりしないのか?」
「残念ながら駄目だろうね、理由としてはちょっと弱すぎる」
「くそっ、使えねぇな保護法、」
暫くの間、俺はハーティと情報交換などを行った。
そして俺の知らない東側の状況なども聞けた。
以前起きた事件、勇者加藤の我が侭による、冒険者の派遣先の間違え事件は、一人の冒険者が勇敢に村を守った、そんな英雄譚のようなモノにすり替えられ、あの事件は無かったことにされていた。
あの事件での被害者は狼人だけであり、特に反発も起きなかったそうだ。
他には、異常な魔物の湧きにより、普段とは比べ物にならない人数の冒険者を派遣していることにより、その人件費がかさむことを理由に東では、追加の増税があると宣言されたそうだ。
どっかの馬鹿が石を斬った所為で、東での混乱はまだまだ続いていた。
それと、ようちゃんこと子竜だが。
犬みたいな外見だが、中身は竜であり最強種のひとつ。
実は白い毛玉は、魔法を保管出来るだけではなく、他にも特殊な特技があったようだ。
それは魔物除けの効果。
毛玉には音を立てない状態と、音を立てる状態の二種類があり、音を立てる状態だと魔物が寄ってこなくなり、しかも周囲では魔物が湧かなくなる状態になるのだと言う。
RPG的にいうと、エンカウント率を下げる奴であった。
野営時にはとても重宝し、パーティからは歓迎されていると教えてくれた。
俺は貴重なチートアイテムを逃していたのだった。
そんな世間話や、時には大事な事を話し合っているとそれなりの時間が経過したのか、酒場も兼ねている店内には、仕事帰りの冒険者達の姿が多くなっていた。
「か~、今日も稼いだぜ。どうよ?今日も行くかあそこに」
「あん? お前も好きだなぁ、まあ行くけどよぉ」
深淵迷宮で稼いできたのか、その稼ぎの使い道を話し合っている雑談が聞こえてくる。
「お前ハマってるよな、狼人によぉ」
「馬ッ鹿お前、今は狼人が流行りだろ、それに結構良いぜ狼人は」
( 狼人‥? )
「そういや何かの代役とかで狼人が人気らしいな」
「ああ、”一段飛ばし”じゃあ、かなりの指名料を払わないと無理だぞ」
その冒険者達の会話からは、なにか下品染みた声音が感じられた。
「はぁ!? 指名料? 確か”踏み外し”なら指名料掛からねえだろ」
「兎人がいるってデマ流した”踏み外し”だろ、あの階段にいる狼人はパチモンだよ、付け耳と尻尾で狼人を装ってんだよ。天然の狼人はあの階段にはいねぇよ」
「マジかよ!? あっぶね~騙される所だったぜ‥いや、俺は付け耳でもアリだな、それはそれでイイんじゃぁねえの?」
その後も繰り返されるとても高尚な会話。
そのうちどの階段が良い店かなど、とても価値の高い情報までも惜しみなく垂れ流していた。
( ほほう、階段”踏み外し”か‥覚えておこう )
俺が冒険者らしく情報収集を行っていると、視界の隅では、何故か言葉が白い毛玉を頭の上に乗せていた。
「沙織‥あんた何やってんのよ…」
「唯ちゃん言わないで、私もコレは駄目だと思っているから‥」
「いやコトノハ様! とても似合っておりますよ!」
「ですです、とても愛らしいですよ」
「白いからちょっと違和感あるだけです」
「染めてしまえば違和感も無くります」
三雲組のメンツからは肯定的な反応だった。
俺はそれを見て、『なにをやってんだか』と、思っていると。
竜の尻尾亭に、狼耳をした小柄な人物がやってきたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
それとご指摘なども…