裏切り者
階段回です。
レプソルから冒険に行くぞと、そう告げられた。
俺は反射的に肯きはしたが、その次には恐怖する。
思考は読まれないが、感情の色は読まれてしまう可能性に。
――マズイっ
動揺するな俺、クレバーにクレバーになるんだ俺…
よしよし、落ち着いた…決して悟られるな俺、
浮立つ心を、神硬鉄のような固い意志でねじ伏せる。
ラティに悟られぬように。
だが問題はそれだけではない。
俺が酒場を出れば、それをラティに察知される。
心を隠し切ったとしても、酒場を出て階段に向かえばいつものように狩られるだけである。だから俺は――
「レプさん、俺は冒険に行ったとしても、途中で亜麻色の狩人に狩られるから、多分‥俺は辿り着けない…」
俺は今までの経緯をレプソルに正直に話した。
今までにあった、冒険へ向かい狩られ続けた悲劇を。
それを聞いたレプソルは――
「ジンナイ‥、作戦ってのは行動中に完璧にこなしたとしても足りないんだ。寧ろ行動を起こす前に実行するべきモノなんだ」
「え‥?それは一体どういう意味で…」
冒険者達が酒を呑み馬鹿騒ぎの喧騒の中、俺とレプソルはひっそりと会話を続ける。まるで、大声という森の中で、木というべき小さな声で。
「ジンナイ、今日の最後の特攻の時もそうだが、アレは一声相談があれば、俺が加速系魔法使ったんだぞ? わざわざサリオに危険なことさせなくても、俺が代わりに唱えられたんだぞ?」
「――あ…そうか、そうだよな‥」
「しっかりと事前に相談しろ、さっきも言ったが、作戦ってのは行動を起こす前に実行をするものなんだ、お前とサリオはヘイストゥを、『アレ』とか言ってたから分かんなかったぞ」
「すまん…」
俺的には、今日の最後の作戦はこれ以上は無いと思っていたが、レプソル視点からだとまだまだ甘く、もっと良い案があったと言う。
当然、咄嗟の事なのだから、アレはアレで”最高の作戦の一つ”とも言えると、そう付け加えてくれた。
そう、しっかりと作戦を練れるのであれば、もっと良いプランがあったと。
だから――
「いいかジンナイ、階段に向かうまでの道中も大事だ。だがそれは、お前以外の他の奴が必須とする所だ。ジンナイ、お前にとってもっとも障害となっているのは瞬迅ラティだ」
「な…、最大の味方が、最大の壁になっていると‥?」
「ああ、そうだ。だが逆に、その壁を排除出来れば問題は全て消え――って、殺気立つな!勘違いするな、排除と言ったが、要は無力化するってことだ」
「ん?どう違うんだ?」
殺気立つ俺に、手のひらを向けて『どうどう』と落ち着かせるレプソル。
「つか、排除イコールが力でねじ伏せるって…物騒過ぎるだろジンナイ」
「……じゃあそれ以外に何があるんだよ…」
( ラティにはあのネックレスがあるから、魔法で寝かすのは無理だぞ… )
「酒だよ、酒で酔わせて潰すんだ、それで無力化するんだ」
「天才かっ!」
作戦は決まった。
二時間後の階段へ向かう前に、ラティを酔わせてしまうという作戦が。
俺は速やかに行動に移る。
左手には木のコップ、右手には【狼殺し】という名の酒が入った瓶。
そして背中に冒険心背負い、俺は奮い立つ。
「ラティ、モモちゃん…ゴメン。俺は征くよ」
閑話休題
俺は冷静に酒場を見渡す。
ただ単に酒を持って行けば、きっとラティに怪しまれるであろう。
今までは、そのような事が無かったのだから。
――さて、どうしたものか、
迂闊に動くのはマズイよな、考えろ…
俺はレプソルの教えを心の中で反芻していた。
何でも即行動するのではなく、事前にならしてから動くという事を。
ラティはサリオと一緒にいた。
運良く酒でも飲んでいてくれないかと、そんな淡い期待をしてみたが、ラティの飲んでいる物は酒ではなさそうだった。
ラティの隣に座るサリオには、勇者葉月が話し掛けていた。
何となく内容が気になり、聞き耳を立ててその会話の内容を盗み聞きしたところ。どうやらサリオの持っている、ららん作の赤い杖について訊ねている様子だった。
葉月は、魔法障壁を通常とは異なる利用方法にも価値を見出し、それを可能にした赤い杖に対して興味を持って、その入手方法を聞いていた。
サリオはその葉月に対して、ららん作なのに、まるで自分の事のように自慢しながら話していた。
「ぬっふっふ~、これは笑顔の彫金師、ららんちゃんが作ってくれたんですよです」
「笑顔の彫金師ね、聞いてみよっと」
――アイツなに言ってんだ…
笑顔じゃねぇよ、嗤うだろうが、サリオにはそう見えてんのか?
あ、いま作るとなると、かなりの費用が掛かるだろうな…
俺はそんな会話を聞きながら周りの状況を観察し続ける。何か良い突破口となるモノがないかと。
ふと目に付く五神樹。
そして深淵迷宮内での、イエロの発言を思い出す。
イエロは他の4人とは違い、徹頭徹尾、目的の為に動いている姿勢。目的の為の手段が目的となっているような他の4人とは違い、聖女の勇者の赤子を欲する教会の犬。
「なるほどな、あの話はマジなのか…」
俺は思わず呟く、イエロが獣人好きだという発言が本当であった事に。
他の4人は常に葉月に目を向けているが、イエロだけは時折、酒場の店員の猫人に目を向けているのだ。
本当にチラリ程度だが、猫人の店員が身体を前に屈めたりして、少しばかり煽情的な服装から胸元や脚が露わになると、すっとそちらに視線を向けていた。
イエロからの発言が無ければ気付かない程度だが、聞いた後だと、そのイエロの行動に気付けるようになっていた。
一瞬、『これはイエロの罠か?』とも思った。
だがこのミスリードで、俺を陥れて何か得られるのか思い浮かばず、何よりも、あの時の奴の態度が演技だとは思えなかった。
だからアレは真実なのだろうと。
俺がイエロに気を取られていると、トイレにでも行くのか、サリオが席を外した。
――あ、そうだ、
俺が行くと怪しまれるけど…サリオなら
アイツならいけるか、
結果、作戦は見事に成功した。
俺はトイレから戻ってきたサリオに、美味しい飲み物を貰ったから、『ラティと一緒に飲みな』っと、酒の入った木のコップを手渡した。
俺の思惑など読めないサリオは、その酒の入ったコップを受け取り、素直にラティに手渡した。
そしてラティがそれを飲んだのだ。
少し離れた場所にいるレプソルからは、目線で『よくやった』と送られる。
俺は追加の酒を飲ますべく、追撃の体勢に入る。
『もう一杯飲むか?』と、さり気なく言うつもりで近寄ったのだが――
「へ?」
「ぎゃぼう?」
「えっと‥ラティちゃん?」
「………」
ラティの行動に、周りが一瞬で凍り付く。
それに気付いていなかった者の、周囲の反応に違和感を感じ、そしてそれを見て驚きに固まる。
「えっと‥ラティ?」
「ぷしゅ~」
ラティは近寄って来た俺の手を引き、自身と入れ替わるようにして俺を椅子に座らせ、そして俺の右膝の上に腰を下ろしたのだ。
どこからどう見てもバカップルのような体勢。
普段のラティを知っている者達は、彼女のその行動に驚く。
「えっと…ラティさん?」
「うんしょ、んしょ…」
ラティらしくない掛け声。彼女は俺の右腕をとり、シートベルトのように自身のお腹辺りに回し、満足そうにポンポンと俺の右腕を叩く。
俺よりも身長が低く、そして座高も低い彼女は完全に俺の懐に収まる。
「陣内君? 何をしたの? ねぇ、ナニをシタノ?」
葉月が底冷えるような声で俺に聞いてくる。
何をしたかなど、すぐに見当は付いていた。
絶対に酒であると。
ラティの頬は赤く染まっており、普段なら凛としていて揺れる事などない頭が、今はフラフラと揺れている。これは間違いなく酔っていると判断出来た。
だが――
――えええええ?
何でこんなに? アレ?酒に弱いとかか?
いや違う、これはそういうレベルじゃないよな‥あ、まさか…
俺には一つだけ思い当たった。
それは【蒼狼】が原因だと。
【蒼狼】には、数々のマイナス効果が存在していた。ならば、【弱酒】の【固有能力】があってもおかしくないだろうと。
実際には【弱眠】があり、ラティは眠りに対して耐性が低い。
だからこそ俺は、この酔わせて寝かす作戦の有効性を確信していたのだが。
――ミスった、
これは想定外過ぎる、
眠ったラティを葉月に頼んで、彼女の排除も視野に入れてたのに‥
『ぷしゅ~』と息漏れの音をさせながら、俺の胸元に頭をすり寄せるラティ。
「‥ラティい?」
「んっ…」
ラティに恐る恐る声を掛けると、今度は空いている俺の左手を取って、その手のひらを自身の頭の上に乗せ、撫でるのを要求する仕草を見せた。
完全に甘え切った姿勢。すると――
「あ、なんかモモちゃんみたい――かな? そう見えない陣内君」
「ああ、」
ラティはまるで、俺がモモちゃんに普段していることを要求しているようだった。耳と尻尾は普段から撫でてはいるが、あやすよう抱っこして撫でる事は今まで無かった。
「ん~、ちょっと羨ましいかもかなぁ~」
「ん?モモちゃんが? それとも――ッ!?」
俺は葉月の言葉に反応しつつ、ラティの顔を覗き込もうとした。
今、俺にすり寄って来ているラティの顔を見てみたくて。
そして俺は、覗き込もうとして顔を少し下げたのだが――
「あっ」
「――ッ」
はむっと唇の端をラティに食まれる。
そして再び、俺の胸元に顔を埋めるラティ。
「やってられっかあああああ!」
「もう行くぞロードズ、この裏切り者は置いて行く」
「けっ、この裏切り者めっ!」
「裏切り者」
「ほら行くぞお前等、この裏切り者が」
「あ~~あ、やってらんね、マジかよこの裏切り者め」
「黙って見てりゃぁ、この裏切り者っ」
「この裏切り者がっ」
今の光景を見た陣内組の全員が、俺を裏切り者と罵り立ち上がる。
そして酒場を出て行こうとする。
「早く行こうぜ、なんか今日から兎人のコがひとり、階段に入るんだってよ」
「おいマジかよ! 兎人ってあの兎人か?」
「あ~~、俺もちょっとそんな噂聞いた」
「おい、その階段にしようぜ今日は」
「――兎人だと‥」
兎人の話題に盛り上がる陣内組、だがレプソルだけは顔を顰める。
それと、レプソルよりも顔を顰め、今にも血の涙を流しそうな表情を見せる五神樹のイエロ。
( ああ、行きたいんだろうな‥ )
教会の五神樹としては、やはり階段には行けないのか、必死に我慢し続けるイエロ。
そして俺は――
「お、おい、俺も連れて――」
「「「「「「「「裏切り者が」」」」」」」」」」
俺をバッサリと切り捨て、陣内組とロードズは、『裏切り者』と連呼しつつ酒場を後にした。
「陣内君、後でちょっとお話がしたいかも」
「‥‥解せぬ」
閑話休題
その後、暫くしてから解散となった。
店を出て行く前にロードズが代金を支払い、他のメンツも店を後にする。
そして今は、帰宅途中なのだが――
「葉月、俺がラティを背負うからさ‥」
「ううん、平気だよ。これって練習にもなるし、だから気にしないでね陣内君」
「ハヅキ様すごいです! もう杖を使いこなしているよです」
俺は冒険に出ることすら叶わず、公爵家へと帰路に着く。
のだが――
「なあ葉月、流石に注目浴び過ぎだろうコレは‥」
「そうかな~、私はいつもこんな感じだから」
「魔法障壁って、人を運べるんですねです」
葉月は魔法障壁を展開させて、上手に腰を下ろせる形を作り、そこにラティを座らせて運んでいた。
小脇に椅子を抱え、それにラティを座らせつつ身体を支えて固定する、酔い潰れたラティをそんな感じで運んでいた。
遠くから見ると、女の子が女の子を小脇に抱えて運んでいるように見えるシュールな光景。しかも運んでいるのは聖女の勇者。
それを一目見ようと、ちょっとした人だかりが出来始めていた。
寄ってくる野次馬を遠ざけようと動く五神樹達。
ラティとサリオが居る為か、葉月の横に俺が居ても目線で威嚇してくるだけで、直接何か言ってくることはしなかった。
そしてエルネは少し離れた後ろに付いてくる。
偶然だが、今、この瞬間は葉月に話を出来るチャンスだった。
周りは野次馬と通行人で騒がしく、俺と葉月が会話をしていても、騒音で他に漏れる可能性は低く。しかも、五神樹達は野次馬を遠ざけるのに忙しく、邪魔をしに来る可能性が低かった。
そこで俺は、思い切って話を切り出す。
「葉月、ちょっといいか?」
「うん?なに陣内君、ラティちゃんはさっきも言ったけど私が運ぶよ」
「いや、それじゃなくてな…、あ~~あれだ、前は断ったけど、あれだったら俺からアムさんに言ってやろうか?ノトスに来れるように」
「――え?」
「あ~~、うん、何も無いならいいんだけど、ほら、思ったより色々ありそうだからな五神樹ってか、教会か? なんか大変そうだし」
俺の話を聞いて目を丸くして驚く葉月。
そして今度は驚きの表情から、少し悪戯めいた表情に変えて口を開く。
「ねぇねぇ、それってどういう事かな?」
「ん、だから‥なんか大変そうだからかな――」
俺はイエロとエルネの件を、簡単にではあるが葉月に話す。
「ふ~ん、そっかぁ~陣内君は私を心配してくれるんだぁ、ふ~ん」
何故か、『つまんない』『期待と違う』そんな文字でも顔に貼り付けているような表情を俺に見せる葉月。
彼女はコロコロと表情を変えて、今度は真面目な顔で――
「陣内君、それって同情だよね? 同情で私を誘っているんだよね?」
「いや、同情ってか、そりゃあんな話を聞けば誰だってそうだろ?」
「うん、だから私はまだ行けない、同情じゃあ駄目かな」
「へ?」
「それにね、今、私が動くとこのノトスが大変だよね」
「え、ああ…、まぁアムさんは確かに忙しそうだな」
「ありがとうね陣内君、私のことを心配してくれて」
「ああ、」
葉月は真摯に真面目な表情でそう言った、そして次に――
「それにね、約束をしているんだ。また来るねって教会の孤児院の子供達にそう約束しているから、今は行けないかなぁ」
葉月は本当に優しそうな顔でそう語って、俺からの申し出を断る。
断られたのであれば、俺からはもう言うことは何も無かった。
何か引っ掛かる中、俺はそれを明確にせずに歩き続ける。そして、俺達は公爵家へと辿り着いたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご指摘など感想コメント欄にて頂けましたら嬉しいです
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これから暫くは閑話っぽい話を挟み、次章へと進みます。
次章は、北原堅二の終章、『北原closing chapter』が始まります。